95. 硬質の魔物
ドルドレンの合図で、パドリックが矢を放った。何も現れない。もう一度、矢を放つ。
「出たぞ」
パドリックが後ろに下がる。中から1頭、2頭、3頭・・・4頭。
「何だあれ」
イーアンもパドリックと同じことを思う。なぁに、あれ。パッと見、作りものみたいに見える。
ツルッツルの体。以前の世界で言えば、アクリル板でも加工して張り付けた印象。色は豊か。虹色に輝くが、光の加減で渦巻く縞が違う明度で見える。
大きさは2mほどで、2本足で立ち、細いダチョウを思い起こす体型だが、体には一本の羽もない。嘴と言えそうなものもない。わずかに切込みが頭の先にあるから、それが口かもしれない。
大きな関節でアクリル板的部分が分かれていて、隙間は見えるが、隙間も黒きキラキラしているから、硬そう。足も指が2本。指と言って良ければ、と思う形。平たくて鰭のよう。
そう、目もない。目がないだけで不思議な造形。何で見てるのか分からない。大きな各パーツがぎこちなく動くが、腹側は蛇腹的というか、ワニのお腹みたいというか、割と内側には曲がりそうである。背中側はほとんど継ぎ目がない。
「矢は刺さってなかったみたいですね」
小さい声でパドリックが呟いた。刺さりそうに見えない。無理もない。しかし、4頭でいるということは、群れなのかもしれない。まだいるのだろうか・・・・・
ドルドレンが剣を振り、シャンガマックが剣を構える。ドルドレンが走り、1頭めの魔物に切りかかる。凄まじい勢いで走り寄って長剣を振る。高い音が響いて、剣が弾き返された。弾き返された反動を使って、ドルドレンが跳んで戻る。
「総長」 「剣が使えないかもしれない」
魔物はぎこちない動きで近づいてくる。
足が長いので、変な音を立てて進んでいる割に、近づくのが早い。動きが鈍いわけではない様子に、嫌な汗が出る。シャンガマックが4頭めの横へ走って、真横から、魔物の横っ腹の隙間に向けて、剣を突き立てる。
斧で木を叩いたような音がして、シャンガマックの顔色が変わる。次の瞬間、魔物の長い首が振られ、シャンガマックの鎧に思い切り叩きつけられた。
吹っ飛ぶシャンガマック。ドルドレンが走り、4頭めの魔物が、シャンガマックの上に跳び上がったところを、目一杯長剣で叩き撥ねる。体勢を崩した魔物がドルドレンの力で弾かれて地面に転がった。
ドルドレンの顔がわずかに歪む。長剣を持つ手に、相当な衝撃があったように見えた。
転がった魔物は足を宙にかいて、地面に足の先を引っ掛けて少しずつ起き上がる。体が柔らかくないからか、転ばされると起きるまでに時間がかかる様子。
2頭めの魔物がパドリックに向かって突進した。続いて3頭めも走り出した。動きが奇妙だが、走ると早い。馬を立ち上がらせて、慌てたパドリックが道を走り逃げる。2頭の魔物はパドリックの動きが見えているように後を追う。馬よりは遅いが、追い続けていく。
イーアンは嫌な予感がして振り向いた。最初に森から出てきた魔物が、イーアンとウィアドに近づいている。ウィアドが落ち着かなさそうに首を振る。
3mほどの距離で、魔物がぐっと沈み込んだと思うと、あっさりイーアンの真上に飛び跳ねた。
ドルドレンが走り跳んで、跳んだ魔物の背中に剣を斜めに振り下ろし、魔物の体を撥ね飛ばす。イーアンの頭上で金属を叩くような音が響いて、間一髪で魔物がウィアドの横へ落ちる。ドルドレンも衝撃で弾かれ、逆側へ着地する。
「イーアン、怪我は」 「大丈夫です」
倒れた魔物は足をもがいているが、すぐには立ち上がれない。
「パドリックは」 「道を向こうへ。魔物2頭が追いかけています」
ドルドレンがシャンガマックを見ると、起き上がった魔物を前に、立ち上がれないまま胸を押さえたシャンガマックが、片手で剣を構えていた。
「ドルドレン。急いでこの倒れている腹側の隙間に剣を入れて下さい。どこでも良いです、少しでも良い」
イーアンが早口で頼む。ドルドレンがイーアンの目を見て、即、剣を逆さに両手で持ち、狙いを定めて腹甲の隙間に剣先を押し込んだ
板のような覆いの隙間に剣の先が沈み、『ブツッ』と鈍い音がした。魔物がびくんと体を動かしたが、まだ、ばたばたしている。
「これ以上、剣が入らない」 「良いです!引き抜いて、シャンガマックを助けに」
ドルドレンは急いで剣を抜いて、シャンガマックの援護に走った。ウィアドの手綱を握り締めながら、シャンガマックと倒れている魔物を交互に見る、イーアン。
魔物の動きが少し変わり、足を宙にかいていた動きが、目に見えて痙攣に変わってきた。息はしていると思うが、あまり呼吸をしている気配が分からない体。痙攣は異様な震え方で、見ていても分かる。
「毒が。毒が効いている」
痙攣が、足のもがきを押さえている。小さく切れ目のある口のような場所が、わずかに稼動しているのか、ガチガチと音と小さな火花を上げて、上下がぶつかり合っている。
イーアンはハッとして、持っている容器の中からイオライのガス石を一つ取り、ウィアドを下りて魔物に近づき、その痙攣する口に放り込んだ。
石は欠けて跳ね返された。だが、地面に落ちる前に火が燃え立ち、魔物の口付近が炎で包まれた。首を振って体の向きを変えようとしているが、痙攣のせいで炎を避けるほどに動けない。
火勢が強く、炎はどんどん勢いを増し、楽しむようにメラメラと、焚き火くらいに燃え上がった。
背後で激しい音がしてドルドレンを振り返ると、魔物が再び転がっていたが、頭がシャンガマックのすぐ近くにあった。
慌ててイーアンはウィアドに跨る。イーアンが乗るとすぐウィアドが主のもとへ駆け出し、ドルドレンの後ろに飛び込んだ。
シャンガマックが胸を押さえたまま、膝をついている。ドルドレンは、薙ぎ払った手の痛みに顔を歪めるものの、イーアンを見て頷き、倒れた魔物の腹の隙間に剣を突き刺した。
妙な音がして、魔物の体が大きく動く。ドルドレンは目一杯に長剣を差し込む。ギギギと軋み音を立て、さっきより剣の先が入る。そこまで押し込んでから、剣を引き抜いた。刃が少しこぼれている
見ている前で魔物の動きが変わり始め、痙攣が始まった。
その時、道の向こうから叫び声が上がり、3人が振り返ると、馬を走らせたパドリックが戻ってきた。離れた後ろに魔物が2頭いる。
イーアンが馬を下りて『ドルドレン、シャンガマックの剣で同じようにして下さい』とドルドレンに頼むと、ドルドレンはシャンガマックの剣を受け取り、ウィアドに飛び乗ってパドリックを助けに走った。
イーアンは、膝を突いて立ち上がれないシャンガマックに、『もう少しで片付きます。辛いでしょうが、もう少しだけ辛抱して』と伝え、イオライのガス石を痙攣の酷くなる魔物の口に放ると同時に、その場から動けないシャンガマックの体を抱え込んだ。
魔物の口が火花を散らし、ガス石が勢いよく火を立ち上げる。
真後ろで火が上がっているが、イーアンは青い布をかけているので火は燃え移らない。動けないシャンガマックと魔物の間に入って、炎が落ち着くまでシャンガマックの盾になる。
一つ丸ごと使うと、イオライの石はかなり長い時間で燃焼すると分かった。そして火勢が強い。青い布を背に掛けていなかったら、自分は熱で焼かれていただろうと思った。熱いのは伝わる。しかし布がかなり効果を発揮して焼かれずに済んでいた。
「イーアン、どけ!イーアン、焼けてしまう」
シャンガマックはイーアンをどけようと必死に片手を動かしたが、イーアンは『大丈夫です』と何度も囁き続け、シャンガマックの頭と広い肩を抱えて、絶対に離さなかった。
精霊の言葉通り、イーアンの背中は、燃え移りかねない火勢を受けながらも、熱は軽減されていた。
汗は流れる。冷や汗なのか、熱を耐える汗なのか。自分でも分からなかった。息が少しずつ荒くなる。シャンガマックに聞こえないように、意識してゆっくり呼吸をする。
そのままどれくらい居たのか。遠くで、ドルドレンの声がした。
そっと後ろを見ると、炎が小さくなりかけていた。もう大丈夫だ、と思って、イーアンは力を振り絞って立ち上がった。シャンガマックの頬が濡れている。自分の汗か、彼にも熱が伝わって熱かったのか。
とにかく彼は無事、と確認して、ウィアドが駆けて来るのを待った。
ウィアドに続いて、パドリックも戻った。イーアンはドルドレンに、ウィアドに乗せてもらい、残りの2頭を片付けに連れて行ってもらった。パドリックには、シャンガマックを馬に乗せるようにドルドレンが指示した。
ドルドレンも苦戦していた。手が腫れそうだ、と笑っていたが、顔が少し青ざめている。道の先で魔物が転がり、2頭とも痙攣が強かった。
イーアンはすぐに馬を下りて、魔物の口の火花を確認してから、イオライのガス石を放った。2頭の口元で炎が燃え上がり、頭を包みながら、火はあっという間に大きくなった。
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