942. 職人と、職人と
親方&ミレイオは馬車で到着した先、炉場で今日も『おはよう』の挨拶を交わす。仲良くなれた、職場のような関係を築いて、二人は職人たちに今日の予定を話す。
「あと2時間もすれば、店も開くから。そうしたら、俺が昨日教えた店へ持ってくと良いよ。
昨日は、俺も帰るのが遅かったから、店には話してないんだけどさ。でもまぁ、店の親父は目は悪くないから」
ミレイオは職人のおじさんにお礼を言って『だと良いけど』とちょっと笑う。
「ほら。テイワグナで需要がないとさ、価値って分からないでしょ。口利きなら別だろうけれど」
「大丈夫だよ。あんた、腕も良いし。それくらいの質って、これから流行るだろうから」
タンクラッドと目を見合わせて、困ったように笑う二人。そうなのだ、と思う。ハイザンジェルのように武器や防具が行き届いていないのが、テイワグナの現状。
一足早く来てしまった自分たちは、売りに出しても、需要と価値が釣り合わなくて・・・なんてことがないとも思えなかった。
「自信はあるんだけどね」
「当たり前だろ。この国にだって、俺たちの同業者はいるんだ。俺たちの自信が実らないことはない」
そうね、肩をすくめたミレイオの方が、若干、現実的。タンクラッドは、持込を高く売る気でいるので、そんじょそこらの剣や防具と同じに扱われないよう、言いたいことは頭に用意してある。
「とりあえずさ、やんなよ。使うんだろ。いつまでいるの」
「2日?長引けば3日かな」
「そんなもんかよ。折角、ここに来たのに!」
ミレイオの答えに職人が笑って『もうちょっと、いなよ』と言ってくれるが、ミレイオもタンクラッドも『旅に出ないと』と笑顔でやんわり断った。
「そんなに早いのか。一ヶ月くらい居るのかと思ってたよ」
しょうがねぇな、と何人かの職人が、紙を取りに行って何かを書き付けて戻ってくる。手渡された紙切れに、地名と住所があった。
「これさ、俺の親戚なんだよ。行けば分かるけど、工房出してるから。近くまで行ったら、俺の名前出して、炉を貸してもらいな」
「俺も親父がまだ生きてるから、炉はいつも火を入れてんだよ。ちょっと遠いけどな。この町の近くに行けたら、行ってみな。首都で俺の紹介って言えば、親父は話を聞くから」
タンクラッドもミレイオも、仲良くなった職人に、各地にいる親族の工房を教えてもらう。優しい人たちに気持ちが温まるミレイオは笑顔で『有難う』と何度も言った。
タンクラッドは、豆知識おじいさんに『俺の親戚はアイエラダハッド』と笑われて、一緒に笑った(※行くあてナシ)。
そんなこんなで、昨日手に入れたばかりの白銀の金属も使って、想像以上の手応えに目を見合わせた二人は、ほくそ笑む(※金になる)。
「いけるな、ミレイオ」
「これ、もうちょっと集めとかなきゃ。まだあるんでしょ?」
集めるかとタンクラッドも乗り気。ひそひそ話しながら、白銀の金属であれこれ試し、形を適当に作って試作を終えた後。二人は荷物をまとめて『持ち込みで話してくる』教えてくれた職人たちに声をかけた。
炉場を後にした二人は、教えてもらった店へ徒歩で出かけ、開店したばかりの街の中をのんびり歩く。
「タンクラッド。お金持ってる?」
「何だ。何か買うのか」
「あれ。あれ買おうよ。多分、もう焼けてない?」
ミレイオが指差す先に、店頭販売の焼き菓子・・・タンクラッドはじーっとそれを見て、イーアンとなら良いけど、と躊躇う。そんな剣職人を無視したミレイオは、腕を引っ張って『あれ、買おうってば』と催促する。
「ミレイオは金を持ってきてないのか」
「持ってたら聞かないわよ。買おうよ!」
こういうところ、コイツ、女みたいなんだよなと思いながら、仕方なし、タンクラッドは渋々お金を出してあげる(※優しい)。渡した途端、『え。あんたも食べるんでしょ?二つ買うのよ』と言われ、嫌々二つ分の金を渡した(※『お前と食べたくない』思い一杯)。
そしてミレイオは、二人分の焼き菓子を買って、笑顔で一つをタンクラッドに渡し、『焼き立て~』と無邪気に喜んでいた(※ミレイオ51or52才)。
「美味しいね。イーアンにも食べさせたいなぁ」
「そうだな。あいつは何でも食べるけど(※肉のが良いんじゃないかの暗喩)」
「あの子、全然街の中知らないまま、首都離れるんだわ。ちょっと遊ぶ時間もあって良いと思うけど」
ミレイオとタンクラッドは、果物の入った焼き菓子をむしゃむしゃ食べながら、お空のイーアンは、今回一番、人間味のない首都滞在状況ではないかと話し合いながら、目当ての店へ辿りつく。
「ここぉ?開いてるの?」
「開いてるだろ。鍵かかってないんだから」
タンクラッドが扉を押して開けると、戸の上に付いていた鐘がカランと鳴る。二人が一歩、店内に入ると、そこは狭くて、いきなりカウンターが迎えた。焦げ茶色の磨かれた床とカウンター。それに金縁の薄い線が引かれて、狭いなりに品良く見せている。
すっきりした壁の3面と比べると、カウンターの背中に当たる壁の棚には、目を引きやすい品物が、大きく提示された値段表を挟んだ左右に並んでいた。
「おはよう。誰かいる?」
誰も出てこないので、ミレイオがちょっと大きい声でカウンターの閉じた扉に向かって挨拶すると、向こうで『お待ち下さい』と返事が戻る。
「いるな」
タンクラッドは荷物を足元に置いて、カウンターに腕を乗せた。少し待つと、奥に続く扉が開いて、頭髪の薄い男性がひょこっと現われた。
きちんとした、清潔なパリッとした衣服。薄い頭髪もちゃんと撫で付けられていて、年齢の頃は思うに自分たちと同年代と見える、神経質そうな男を前に、ミレイオとタンクラッドはふんぞり返る(※本能的に威嚇)。
お客様の異質さにビビる男の人は『いらっしゃいませ』と、かろうじて挨拶したものの、オロオロして落ち着かない。
「ねぇ。あっちにある炉場でさ。ここは持ち込みを買ってくれるような話を聞いたんだけど」
「ええ。それは、その。物によりますけれど。いろんな品がありますから、見合う価値が」
「あるから持って来たんだ。これから高く売れるぞ」
タンクラッドは彼に最後まで言わせるのを止めた。これは値踏みされてるな、と判断したから、さっとナイフを一つ出して、カウンターに置く。鞘もないナイフに、どう反応するのか。
「ナイフですか。これは・・・ちょっと刃が見慣れませんね。この辺りだと使う金属は大体決まっていますけれど。これは違う種類みたいだから、それと鞘がないので」
「よく見ろ。お前の目が良いと聞いてきたんだ。安値で買うなら他所へ行くだけだ」
「いえ。その。ええと、どこのナイフですか?これは見慣れないので値打ちが」
「ハイザンジェルだ。序にそれは魔物の体で出来ている。先取りするなら今だが」
「魔物・・・・・ ま。魔物。ですか。安全性が」
はーっと息を吐いたタンクラッドは、店員からナイフをさっと取り上げた。『結構だ。帰るぞ、ミレイオ』話にならん、と吐き捨てて、ナイフを荷物に仕舞う。
慌てる店員が『確認するのは義務なので。お客様に販売するものですから』慌てて待ったを願う。タンクラッドはじろっと睨み、首をゆっくり傾げた。
「お前の態度はそう見えなかったがな。安値で買い叩かれて満足すると思うなよ。俺は職人だ。コイツもな。この道で生きてきたんだ。
魔物の出始めたテイワグナで、ハイザンジェル王の命によって活用を導く為に来た。お前の店で、テイワグナ初の販売も出来る機会だろうに」
「え?ハイザンジェル王ですか?本当に?でも、その、魔物製となると安全はやはり」
「だから。お前と話す時間はもう要らないと言っているんだ。引き止めるな」
荷物を仕舞った剣職人は、屈めていた背を伸ばして荷を背負うと、ミレイオの肩をとんと叩いて『行くぞ』一言伝えて、扉を開けた。
「ちょっと、お待ち下さい。その、値打ちが分かりませんから!普通のナイフと同じくらいの金額でしか」
「お前と・話す時間は・要らない。そう言った。聞こえたか」
タンクラッドはアホらしくてそのまま店を出る。ミレイオはちらっと店員を見たが、剣職人に背中を押されて一緒に店を出た。
「あの人。親父、って感じの年に見えなかったわね」
炉場で聞いた印象と違うと、ミレイオが呟く。タンクラッドは生返事。
「良かったの?私、説明したら、聞くんじゃないかと思ったけど」
「まぁ待ってろよ。俺は自分のやり方が一番なんだ」
知ってるけど、とミレイオは友達に返す。でも買わせることも出来たのにと思うと、ちょっと辛抱が足りないと言うか。駆け引きになってないのが気になった。剣職人はそんなのどこ吹く風。
「すみません。もう一度見せてもらって良いですか」
二人が外を歩いて10mもしないうちに。声が背中に掛かる。にやっと笑う剣職人は、ミレイオをちょっと見て口端を上げた。フフッと笑うミレイオは首を振る。
「何だ。俺の話を聞いていたか」
「ちゃんと見ていないので。それと説明をもらえますか」
タンクラッドは見下ろして、頭髪の薄い男に『良いだろう』と頷いた。ミレイオはそれを見て、上から目線を好む剣職人に、やや悩むところだった(※ミレイオは自分が、個人を尊重していると思ってる)。
こうして二人は店に戻り、店員の男性にナイフの説明をして、自分たちの言い値を教え、ハイザンジェルでの価値を伝え、また『これはまだ、これからだろうが』ともったいぶった情報として前置きしてから『警護団で購入あり』とも打ち明けた。
それにより、剣の単価の3分の一で買い取る話でまとまり、ミレイオの作った腕用防具もそれなりの金額で買い上げられた。
二人はまぁまぁの収穫を得て、炉場へ戻った。その様子を、一人の人物がずっと見ていた。
ミレイオとタンクラッドが炉場へ戻り、買い取って貰った話を職人たちに話していると、先ほどの店の男性が炉場に入ってきた。
「何だ?金額見直しか(※『返せ』と言われてる判断)」
「いえ。そうじゃないです。もう一度、店に来てもらえますか」
息切れする男の人に、職人たちもちょっと気になり『何だよ。この人たちの作るナイフは、悪いもんじゃないぞ。親父は何て言ったんだ?』と味方する。はーはー息切れしながら、店員の男の人は咳き込んで『違います。もう少しお渡しできたと思って』と途切れがちに伝えた。
ミレイオは彼の言葉に、友達を見上げる。剣職人もミレイオを見て首を捻り、何だろうと無言で答えると。
店員の男の人はもう一度『何度もすみませんが、もう一度店に来てもらえれば』と続ける。二人は、別に損するわけじゃなさそうと考えて、了解した。
炉場の外へ出てすぐ、ミレイオは『あ』の一声。タンクラッドも目を少し大きくして、『何でお前が』と呟く。
「こんちは。偶々だけど。その近くまで売りに来てて」
肩身狭そうに遠慮がちに笑ったその人は、若い男。
「ユータフ。お前、この近くだったのか」
驚くタンクラッドに聞かれて、ユータフはへへっと笑った。
「違うよ。首都の中は商売柄、全体に回るんだ。それで、さっき反対から来たところで見たからさ。何してんのかな、って」
ユータフはそう言って、買取店の男性を見た。彼も頷いて『彼が、あなたたちが戦った魔物の話をしてくれて』と言い始める。
驚くミレイオと親方は、短い話の中で、どうやらユータフが営業したらしいことを理解した。
「彼の言葉を信じていいか分からなかったですが。ここまで送ってもらったというし、警護団の話も出て。ハイザンジェルの職人が、普及に来ているとも聞いたので」
店員の男性は、歩きながら説明し、ユータフは誰の顔も見ないまま、笑顔で横を歩いていた。
ミレイオとタンクラッドは、ユータフなりの恩返しかもと考えて、ちょっと笑った。その声に振り向いたユータフも笑い『もっと高くても良いと思ったんだよ』と言った。
お読み頂き有難うございます。




