941. シャンガマック捕獲
「動きがないな」
遺跡の欠片に囲まれた空間で、金茶色の獅子はぼやく。
次の目的地があるのに、ミレイオは一向に動く気配がない。『何してんだ。大した用でもなさそうなのに』イライラするヨーマイテスは、この数日で新しい場所を見つけ、そこにミレイオを連れて行きたい。
「入れるかどうかは別だ。だが、情報はあるだろう。新しい場所なんて何十年ぶりか」
あの大津波の日以降、テイワグナの各地で、地震の影響を受けた土砂崩れが起きた。何百年もの間、土が少しずつ積もっていた場所も崩れ、偶々現われた遺跡を見つけたヨーマイテス。慎重に調べて、初期の遺跡と確認した後は、落ち着かなくて過ごす時間。
「面倒なもんだ。ミレイオめ。あんな場所に休むとは。一々、邪魔が入る」
ミレイオを連れて行けば、何を読み上げることもなく、一発で開く可能性がある。開いた先はどうなっているのか、それは見てからの話とはいえ。準備の要らない空繋がりの息子が一緒かどうかで、進みが断然違う。
「どうしたもんかな。ミレイオを引っ張り出そうにも、昼間は人間だらけの場所にいるし、影も少ない街中では、隙を狙うにも身動きが取り難い。
夕方にはあの家の中。あの家にまでコルステインが来ているとなると、連れ出すのも一苦労だ。この前は何もちょっかい出さないでいたが、何度も繰り返して平気かどうかも・・・・・ 」
ぶつぶつ言いながら、ふと。ヨーマイテスの碧の目がぴたっと、あるものに視線を定めた。じっと見つめたその先は、緋色の布。
「バニザット」
この数日。旅の仲間の動向を見ていたが、あのシャンガマックという男だけは一人、別行動をしている。
「明日もか?あいつだけは、薄暗いおかしな建物に通って、朝から夕方まで籠もっている」
緋色の古布を見てバニザットを思い出した。
今回、過去のあの男に似ている若者・シャンガマックは、なぜか毎日一人で動いている。一度だけ後をつけたが、暗い建物の中に入り、殆ど光もない中、他の人間と紙をひたすら見ていた(※館長とシャンガマックは気にしない)。
「シャンガマック・・・か。あれも、どの程度なのか」
過去のバニザットと同じくらいとは思いにくい。シャンガマックは若い。バニザットの半分くらいの年齢だとすれば、知識も知恵も経験も少ない。
「それに。あいつは精霊の加護を着けてしまった。何だ、あの飾りは」
ナシャウニットが味方についた男なんて、触れるはずもない。
最初の時のようには行かないと思うものの。ヨーマイテスは、息子の代わりにとっ捕まえ易そうな、遺跡に働かせるための材料(←シャンガマック)の扱いを考える。
「ふぅむ。ここは一つ、あの男の力試しでもしてやるかな(※自分が使いたいのに恩着せがましい人)」
シャンガマックは毎朝、街の中を通って、細い路地を抜けた先にある薄暗い建物へ入る。『捕まえるなら、その時だな』問題は触れないこと。そしてもう操ることも出来ない。となれば。
「釣るか」
バニザットが昔、食い付いてきたように。『あいつも食い付くかな』その辺は経験だな、と獅子は笑う。ようやく動きが取れそうな感覚に、気持ちを入れ替えた彼の夜は、楽しみを思いつつ過ぎて行った。
*****
翌朝。豪華な朝食を食べた旅の一行は、昨日の予定通りに順々、出発する。
イーアンはミンティンを呼ぶことにして、途中まで一人で飛ぶとのこと。『行ってきます』手を振り振り、見送る皆さんに『また後で~』間延びした挨拶を送って、お空に消えた。
それから次は親方とミレイオ。
荷馬車で出発した二人もまた、皆さんに見送られ『今日は金を作ってくるからな』『私の作品は高いわよ。楽しみにしてて』と意気揚々、持ち込みを換金する気満々で出かけて行った(※人生に自信のある人たち)。
「あそこまで、自分に自信を持ちたいものである」
手を振るドルドレンは、大人な中年組の板についた自信に賞賛を送る。見上げたザッカリアに『総長、まだ自信ないの。大人なのに』と言われて朝から凹んだ。
「ザッカリアは正直だな。思ったことがそのまま口から出る」
ハハハと笑うオーリンは、今日は馬車。御者台に座って、ドルドレンの代わりに手綱を取って出発する。『座ってろ。俺がやってやるよ』ドルドレンは定位置が御者台なので、うん、と頷いて横に座る。
「オーリンと一緒に出かけるの、なかなか新鮮なのだ」
「それ嫌味?俺はお手伝いさんなんだよ」
笑うオーリンに、ドルドレンは首を振って『嫌味じゃない』と笑顔で訂正。明るい龍の民は、いつ一緒にいても笑っていられるので、イーアンと一緒にいるみたい。それを伝えると、オーリンは『イーアンの方が笑ってる』と返す。ドルドレンは良い勝負だと思うけど、黙っていた。
「シャンガマックはここでお別れだな。気をつけるんだぞ」
いつもの分かれ道で、馬に乗った褐色の騎士に声をかけ、彼からも『はい。それじゃ夕方』と挨拶を返してもらって、皆は本部へ向かった。
「バイラも弓は引けるのか」
オーリンの質問に、斜め前を歩くバイラは振り返り『いいえ。殆ど使いません』とはっきり断る。聞けば弓は、本部で使える団員が少ないらしいので、オーリンは『見せるだけになりそう』と案じていた。
「大丈夫なのだ。弓だけではない。剣だって使える者は限られている」
ドルドレンがこの2日間で見た様子をきちんと話すと、オーリンは苦笑いして『大丈夫かよ』と本気で心配そう。だから教えるのだ・・・念を押す総長に、弓職人は笑いながら『頑張るよ』と約束してくれた。
*****
そして褐色の騎士。狭い路地を抜けて、今日も奇人館長の待つ史実資料館へ向かう。
「ゼーデアータ龍の話が、こんなに一遍に分かるなんて。資料館へ来て良かった。博物館は行かないままになりそうだが、学者の知識の方が有利だ」
毎日、楽しくてたまらないシャンガマックは、資料館に着くと馬を繋ぎ、建物の影を通って玄関へ。と思ったら。
「早いな。シャンガマック」
ひゅっと息を呑むシャンガマック。目の前に現われた、大きな体の男。腰に緋色の布を一枚巻いた、碧色の目。その目、見覚えが。『あ、お前は』口に出しかけたが、影に立つ男は首を振った。
「俺の名を呼ばなくて良い。だから教えることもない。しかし、お前とは呼ばれたくない。さてどうしたら良いかな」
「あの時の。俺を土に埋めた、イーアンを攫った」
「そうだな。根に持つなよ。死んだわけじゃないだろ?とりあえず、俺とお前は仲間だ。シャンガマック」
息が荒くなるシャンガマック。剣は置いてきている。ナシャウニットの加護があるから、操られはしないと分かるが、にしても――
「何の用だ。なぜ俺に」
「まぁ良いか。俺のことは『獅子』と呼べ。それで・・・お前に用。そうだな、お前の好きそうなことだぞ。始祖の龍以前の石碑を俺が案内してやる。どうだ」
「え。石碑?」
シャンガマックの頭の中に、イーアンが以前話していた、この相手が『何か手伝わせようとしている』あの話が浮かんだ。それが石碑・・・?そうなのか、と眉を寄せる。それほど害があるように思えない。
戸惑って黙った褐色の騎士の反応を見つめ、好印象を持ったヨーマイテスは、顔を近寄せて漆黒の瞳を覗きこんだ。『なるほどな。本当によく似ている。運命はいかに』呟きは、過去の男に思いを馳せる。
「何だ。誰のことだ。俺はシャンガマックだ。似ているなんて」
「若いお前だ。何も想像も及ばないか。無理もない。俺の・・・たった一人の理解者だった男と似ているんだよ」
その声が懐かしそうで、シャンガマックは警戒は解けないものの、少し様子を見る。焦げ茶色の金属のような肌の大男は、ゆっくりと騎士を眺め『バニザットが若かったら、お前みたいだったのかもな』と微笑んだ。
驚くシャンガマック。目を丸くして『今。何て』と呟く。獅子は首をちょっと傾げ『バニザットという名の男が俺の』と言いかける。
「俺はバニザットだ。バニザット・ヤンガ・シャンガマック(※正直者だからフルネームで名乗る)」
「んん?お前はシャンガマックだろ?」
「俺の名前はバニザットだ。シャンガマックは家族の名前。お前・・・獅子よ、お前の口にした名は」
次に驚いたのはヨーマイテスの方。名前が幾つもあるのは自分たちもだが、人間もそうなのかと理解して、目の前の若者を見つめる。『お前が。バニザット』何かを確かめるように、なぞるようにゆっくりと唇を動かす。
「もしかして。獅子よ、その名前が昔の旅の仲間なら。彼は俺の先祖だ。俺の一族は先祖の名を貰う」
「ほう・・・・・ そうなのか」
そっと手を伸ばして、その顔に触れてよく見ようとしたヨーマイテス。褐色の頬に指が触れる前で、ハッとして手を止めた。若者の首に輝く黄金の飾りが、自分を近づけない。シャンガマックもそれに気が付いて、首を振った。
「俺には触れない。俺は精霊ナシャウニットの加護の下にある」
そうだな、と呟くヨーマイテスは、手を戻すと背を伸ばした。それから改めて褐色の騎士に低い声で伝える。
「俺と来い。お前の力試しをしてやろう。中間の地に分け与えられた遺跡を見せてやる」
「嘘だったら?」
「俺を信じたぞ。バニザットは」
瞬きするシャンガマック。遥か昔に生きた、伝説の旅路を歩いた先祖の名前を、その口で呼び続けた男が、今、時を越えて自分にも名前を呼ぶ。ぎゅっと唇を噛んだシャンガマックは、息を大きく吸うと『仲間。なんだな?』と囁きのような声で確認した。
「そう言っただろ」
首を揺らして金茶色の髪を振った大男に、胸の中の温度が上がるシャンガマック。何か、理由の分からない熱がこみ上げるのに驚きながらも、小さく頷いた。
「俺はお前を信じる。獅子よ、俺はバニザット」
「そうか。名乗ってやろう。俺はホーミット。しかしこの名は、通り名の一つに過ぎない。そして、まだ誰にも言うなよ。お前にだけ教えたんだ、バニザット」
頷く騎士に、獅子はちょっと微笑む。その表情の柔らかさが、一瞬前の厳しさと大きく違うことに驚いたシャンガマックは彼を見つめた。
だが、見つめたのもまた一瞬。
突然、ホーミットの片腕が上がったのが見えた、その直後。ガチャンと音がして、シャンガマックは目を疑う。
「少し狭いかな。まぁでも、文句は言うなよ。こうでもしないと連れて行けないからな」
ビックリするシャンガマックは、自分を閉じ込めた金属の格子を掴んだ。
『何をする。出せっ』叫んで怒っても後の祭り。シャンガマックを閉じ込めた鳥かごの天辺の輪に、すっと指を通したホーミットは、小さな鳥かごを目の高さに持ち上げると、その中にいる騎士を見てニコッと笑った。
「小鳥のようだな。こうなるとお前も可愛い」
鳥かごに入れられたシャンガマックは息も荒く、怯えが走る。自分はいつの間にか、とんでもなく縮んでいると知った。
ホーミットの大きさはそのまま。なのに、彼の指先に引っ掛けられた輪の付いた鳥かごは。
「俺をどうする気だ。何をした」
「騒ぐなよ。小鳥のバニザット。連れて行くと、さっき言っただろ」
ホーミットは意地悪く笑うと、鳥かごを抱えて、するっと影の中に消えた。
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