939. イヌァエル・テレンの午後 ~タムズの都合
タムズのお宅で、皆が楽しく子供と遊んでいる時間。
タムズはドルドレンに最近の話を聞き、嬉しいドルドレンはタムズに寄り掛かりながら(※そうして良い、って言われた)赤ちゃんたちを代わりばんこに抱っこして話す。
「そうか。君たちは今、あの場所に滞在。それももう少しで出発」
「新しい同行者が現れたから、彼の用事待ちなのだ。とても信頼出来る良い男で、頼もしい」
「ふむ。面白い。君たちの旅は、随分と変化に富んでいる。昔はこうではなかったようだから、やはり」
そこまで言いかけてタムズは黙る。見上げるドルドレンに微笑んで『人が違えば状況も変わるね』と続けると、ドルドレンもにこーっと笑って(※幸せ)頷いた。
タムズは思う。イーアンが龍になるのも早ければ、グィードの登場も早かった。それを言ってしまうと、アオファに繋がるのもあっという間だったし、コルステインが関わるのも・・・ヨーマイテスも。今回は早い。
話にだけ聞いている、母・ズィーリーの時代の旅路の長さとは、比べ物にならない進み方に感じる。
自分たちの子供も、もはやこれは男龍だろうと確信する特徴を備えているし、生まれ方も育ち方も、これまでと全く異なる。
これらの意味するところは一体、何なのか。勇者が真面目であることは大切な要素だが(※前とその前がボロボロ)それだけでもない気がしてならない。
タムズの推測では、彼らの旅路と、その他の世界が同時進行で変化をし続けている現状なのだが、この行き着く先は――
「タムズ。何だ、ここにだけ集めて」
ふと、声がして、タムズ以下皆さんが外に顔を向けると、重鎮ビルガメス。『お前まで、イーアンみたいに気が付かないとは』アッハッハと笑うおじいちゃん(※親方も気が付かなかった)。
ムスッとする女龍の角を摘んで、ビルガメスは笑いながら側に座ると『午前も午後もイヌァエル・テレンか』と顔を覗きこむ。
「タムズとニヌルタが迎えてきて下さいました。赤ちゃんたちと遊んでも良いと」
「ほう・・・そうか。どれ、ドルドレン。こっちへ来い。顔を見せろ」
遠回しに鈍いと言われたイーアンが、ぶすっとしたまま答えると、おじいちゃんはタムズをちらっと見て笑い、すぐにドルドレンを見つけて手招きする。ドルドレンは赤ちゃんを抱っこしたまま、ニコニコしてビルガメスの側へ移動。
「どうだ。お前の成長具合を見ようと呼んでも、ちっとも来ないから。うん?お前、足はどうした」
「足を痛めたのだ。いろいろと事情があって」
親方、さっと顔を背ける。タムズは笑わないように目を閉じて、子供たちと遊ぶ。ザッカリアとフォラヴはビルガメスに『総長はそれくらい、何てことない』ときちんと伝えた。
嫌そうに睨む総長を無視した部下の発現に、ビルガメスは察しをつけてドルドレンを横に座らせ、痛がっている足に手を置いた。
「頑張ったな」
「あ。何で」
ビルガメスが手を離すと、ドルドレンは彼の顔を見上げ、微笑む男龍の顔と手を交互に見た。『痛くない。治してくれたのか』そう?と訊ねる灰色の瞳に、顔をちょっと寄せて『お前を愛していると言っただろう』冗談を言うようにビルガメスは囁く。
ドルドレン、倒れそう。赤くなって『あ、あり、有難う』息切れしながらお礼を言うと、ビルガメスが笑った。そんな二人にタムズは首を傾げて『私が治そうと思っていたのに』つまらなさそうに呟く。
「ビルガメスはいつもそうだ。さっさと自分の好きにして」
「お前が慎重だからだ。もう少し早く動け」
「用事は何だね。彼らは私と一緒にいて楽しんでいるんだよ。ニヌルタも一緒に中間の地に降りたけれど、彼は用があって出かけたし」
タムズの素っ気無い態度に、ビルガメスはニヤニヤしている。イーアンは二人に何があるのかなと思うけれど、これは毎度のことなので、見守るのみ。
意味ありげに笑うビルガメスに、タムズはじーっと見つめてから『私と同じことをしたかね』と訊ねた。
「お前と同じこと。そうなのか?俺はお前が何をどうしているかは知らないが」
「しらばっくれて。ビルガメス、ちょっと出てくれ」
タムズは立ち上がり、イーアンとドルドレンの横に座るビルガメスの肩をパンッと叩く。タムズはそのまま外へ出て、振り向いた。ビルガメスは余裕そうに大振りに息を吐き出すと『困ったやつだ』と呟いて立ち、続いて外へ出る。
外へ出る男龍二人を見つめる旅の仲間は『タムズはビルガメスが相手でも、ぺちって叩けるんだね』と、その部分に感心していた(※ビルガメス長生き説から感じること)。
「何だ。何かあれらに聞かれたくない話か」
出てきたビルガメスが、若手の男龍の背中に言うと、赤銅色の男龍は首を小さく振って呆れるように返す。
「気配を消しただろう。私に何がしたいんだね」
「そのくらい、イヌァエル・テレンでなら俺にも出来ることだ。シムも出来るだろうし。それだけのことで呼び出したか」
「ビルガメス」
向き直るタムズに、大きな男龍は腕組みしてニヤニヤするだけ。タムズは機嫌が悪そうな顔を隠さずに、そのまま目の前の彼を見つめる。
「その圧力は必要?私が彼らと一緒に過ごす、自宅の時間にまで入ってきて。私と同じような気配の変え方もしてみせて。たかが半日程度、我慢できない?」
「お前の抜け駆けが続くと、碌なことがなさそうだ」
「抜け駆け。そう言うなら、ビルガメスはどうなんだ。しょっちゅう、気が付けばイーアンの側にいる。
最近はイーアンの朝が早いから、ルガルバンダもシムも、彼女の時間を使おうと動いているが、子供部屋に入れば、知らない間にビルガメスが」
「怒るな。毎日の努力の一環だ」
少し首を回して、豊かな長い髪の毛を揺らすビルガメスは、金色の瞳で若手をちらっと見て、鼻で笑った。
「そうだろ?努力はそれぞれの形がある。俺はこうする動きになるだけだ。お前の動きを邪魔しているわけじゃない。タムズも警戒している範囲というだけの話だ」
「『自分の相手にしてやってるから、手を出して構ってる』としか聞こえないね。結構だよ、そんな気遣い。
私を相手にしないで、のんびり自分の子供たちをあやしてくれ。私だって、イーアンだけではなく、彼らと親しくするのが、私なりの動きなんだ」
「お前は段々、父親に似てきて。昔はもっと素直だったのに(※おじいちゃんが育ててもいるタムズ)」
「随分っと前の話だ。ものすごく前だよ、ものすごーくね。私が素直だった頃なんて、子供の時じゃないか。そんなこと引っ張り出して。
今はどうでも良い話だ。私の父が、ビルガメスに嫌味を言いたくなった心境はよく分かるが、私は私。そして、とっくに死んでしまった父は、今の状況に全く関係ない。
私の時間と方法に首を突っ込む暇があるなら、均等に皆が渡り合えるように、何か案を考えてくれた方が、ずっと平和な関係に良いと思うよ。ビルガメスはそういう立場だろ?」
おじいちゃんは嫌味に目が据わる。タムズはこんなに可愛くない性格じゃなかったのに、と思う。『龍王』の立場を意識した途端、こんなになっちゃって、と嘆かわしい(※自分のことは棚の上)。
「そうか。分かった。俺が暇だというのは若干間違いだが(※男龍は大体ヒマだけど)。それに、平和な関係はいつだって存在している。それが失われかけているような、嫌な言い方はよせ。
さて、ではな。お前にまた何を言われるか分からんが、彼らをこんな人数で、連れて来た自覚はあるだろうな」
ビルガメスの言い方に、タムズは眉を寄せる。『その意味は』何かあると気が付いて、空の向こうに視線を投げると、大きな男龍はフフンと笑った。
「彼らの助けが必要な事態が、下で起きているのに」
ハッとするタムズ。ビルガメスは、家の中のドルドレンたちをちょっと見て『早く行かないと、旅の意味がないな』と呟いた。
それを聞いたタムズは急いで家に入り、『イーアン。ドルドレン、皆、中間の地に戻りなさい。魔物だ』と教え、驚いて立ち上がった5人を急かし、龍を呼ぶ。皆は慌てて龍に跨り、ビルガメスに挨拶もそこそこ飛び立つ。
タムズは大急ぎで結界を家に張って(←ベイベ・ガード)『私も行く』と言うと、旅の仲間を連れてきた責任とばかり、やって来たミンティンと一緒に、白い光の玉になって空へ飛んだ。
「俺が行こうと思っていたが。譲ってやったぞ、タムズ」
貸しだな・・・見送るビルガメスは、面白そうに一人呟く。『全く。先を見て動けと言っているのに』ちょっと違うんだよなぁと、首を振り振り、ビルガメスは自分の家へ戻った。
「まだ若いからな。先を見通しているつもりでも、少しでもズレると、すぐに見えなくなる・・・『見たいものしか見ない』とそうなるんだぞ、タムズ。
お前の親もそうだったが。どうも親子揃って、先の見方が間違えているな」
真っ青に輝く空を悠々と飛ぶ美しい男龍は、中間の地に出てきた魔物の気配を感じ続ける。
「大した量だな。増えるばかり。大元がいる魔物は、あの国の質か。
大元さえ倒せば消えてしまうが、さてタムズは、すぐに見つけるのかどうか・・・帰って来たら、きっと頼んでいなくても、俺に会いに来るだろうな」
ハッハッハ・・・・・ ビルガメスは笑いながら空を飛び、イーアンは引き止めても良かったかな、と今更思っていた(※タムズが行くなら別に良いだろ、的な感覚)。
――邪魔扱いされていた、ビルガメスとしては。
中間の地に、目立つ数で魔物が出たのに、空に皆がいるままとは、何か理由でもあるのかと見に来ただけ。
その前に、タムズやニヌルタが降りたのは知っていたが、彼らが戻ってきて、なぜかドルドレンたちが一緒であること、その人数に、首を傾げた次第。
タムズに加え、ニヌルタも一緒だったことから、単に連れて来たわけではないのだろうかと思いつつ、途中でニヌルタの龍気も遠退き、タムズの家に集中している様子から『抜け駆け』だけが目的と理解した。
しかし、旅の仲間をまとめて連れて来たことに、タムズがなぜ気にもしないのか(※ニヌルタ気紛れによる、タムズ計画外)。それも分からないので、直に見に出かけて事情を聞いただけ。
思ったとおり。中間の地から旅の仲間の人数が減れば、ここぞとばかりに魔物が出るのも当然の成り行き。ドルドレンたちがイヌァエル・テレンに来て間もなくして、魔物は勢いをつけた。
ビルガメスは間に合ううちに、それを教えがてら一緒に降りてやって、魔物を倒して恩でも売ろうかと(※細かい)考えていた。
「ドルドレンの足を治してやったくらいかな。今日のところは。あの程度、イーアンでも治せそうだが。自分に何が出来るか把握してないから、あいつは頭が回らないんだな(※イーアン、頭も回らないと決定)」
オパール色に輝く男龍は自宅に降りて、静かな家に入る。子供たちは子供部屋で、これから引き取りに行くつもり。
『少し、一人でも良いな』タムズが戻るまで・・・ビルガメスは大きなベッドに寝そべり、久しぶりの一人時間に目を閉じて、嫌味なタムズが戻るのを待つことにした。
*****
空から一気に降りた、旅の仲間と龍たちが見たものは、夥しい数の魔物。
ビックリする皆をよそに、タムズはぐわっと龍に身を変えて、誰よりも早く魔物の群れに向かい、山崩れのように迫り来る魔物の黒いうねりに攻撃に移る。
タムズのその動きに気が付いたイーアンは、自分も龍になって、彼の上を飛んで山脈の向こうへ一直線。後から付いてきたオーリンとガルホブラフに、龍気を支えてもらっている短い時間で、魔物の群れが発生した場所で大きな黒い塊を見つけ、それを消し去った。
急いで龍から人に戻り、ガルホブラフに乗せてもらってタムズの場所に戻ると、もう終わっていた。
「人里離れていて、何よりでした」
ガルホブラフに乗るイーアンがタムズ龍の側へ行って、お礼を言うと、タムズも男龍の姿に戻って『そうだね。だから攻撃も早かった』と笑う。それから少し済まなそうに、イーアンと皆を見た。
「君たちをまとめてイヌァエル・テレンに連れたことで、こんなことになって。気をつけなければ」
謝ったタムズに、ドルドレンは急いで『違う違う』と取り繕う。『タムズのせいではないのだ。俺たちがうっかりしたから。楽しかったし、本当にうっかりして』だから気にしないで、とお願いする。
ドルドレンが謝るので、他の者も一緒に謝り『タムズのせいではなくて、自分たちの自覚に問題あり』と一件落着(?)した。
「次に呼ぶ時は、一人ずつにしよう。今日はこれで間に合ったからまだしも・・・今後、私の力が必要な時は、来るからね。呼びなさい」
タムズはそう微笑んで伝えると、ドルドレンの頭を撫でて、ミンティンと一緒に戻って行った。
「タムズ。気にしてしまった」
可哀相なことをしたと呟くドルドレン。タンクラッドも溜め息を付いて『悪いことしたな』と反省。
イーアンはこうした時はいつも思う。男龍でもすんなり『すまないね』と謝るのは、タムズくらい。彼はそういうところが、人間思いなのである。
だからだろうが、自分含め、伴侶たちの男龍人気1位(※ビルガメスと僅差)なのだ。理解ある男龍は貴重。
「今日はニヌルタが一緒でしたから。本当はタムズは、全員ではなくて、誰か選んで連れて行こうと考えていたようでした。ニヌルタは勢いでしか動きませんし、急に彼が来たことで、タムズの計画が狂ったのでしょう」
「そうだったのか。でも、言われてみると分かる。タムズは慎重なのだ。それなのに、全員連れて行ったのだから、あれはニヌルタ(※ニヌルタのせいに決定)」
そんなニヌルタ。空に着いたすぐ、また思いつきでいなくなっている辺り、実に自由な性格だと、皆は理解した。
フォラヴとしては、自分の為に動いてくれていると知っているので、ニヌルタをあまり責める気にはなれなかった。
「さて。村も集落も無い場所で大量発生したから、あっさりと龍族の力で終わった退治だが。
これ、どうする。置いて帰るにも気が引けるぞ」
何はさておき、親方は眼下に広がる地面を見下ろして、イーアンに話を振る。イーアンも気になっていた。
「袋もありませんよ。どうしましょうね。ここはテイワグナのどの辺りかも見当付きません。一番近い人里に、袋を頂戴しに行きたいところ」
龍の背に乗る皆が見下ろした地表には、タムズが攻撃した結果の魔物の残骸―― 白銀に輝く地面が広がる。『タムズの攻撃は、魔物の何を変えたんだろうな』呟く親方の言葉に、イーアンも黙って頷いた。
タムズの力は、物質を変える力。グィードその存在と似ていると、以前ビルガメスに教えて貰ったが。
もしかすると、今回の魔物の体を作った、元々の材質に戻してしまったのかも知れない。それはこの山脈の中にあった鉱物で・・・とした、そんな推測が立った。
「とにかく。放っておくには惜しいぞ。これ、もう触れるだろ。袋が得られる民家を探すか」
親方の提案に、皆も了解する。民家で交渉序、場所も聞いて、回収後に首都へ戻ろうと決まる。そして騎士3人と職人2人、イーアンの6人で、近隣の家を探しに夕方前の空を飛んだ。
*****
戻ったタムズはその足で、ビルガメスの家へ。
ベッドに横たわる暢気な男龍を見つけると、大袈裟に溜め息を付いて起こした。目を開けたビルガメスは、フフンと笑う。
「帰ったか。早かったのか?俺も眠ったようだが」
「早かったよ。あっという間だ。私が出たからね」
そうか、と体を起こすビルガメスは、自分を不服そうに見下ろす赤銅色の男龍に笑う。
「イーアンも龍になっただろう。お前もなったが。一人じゃ難しかったか?」
「煽ってどうするね。終わったんだから、それで良いだろう。意地が悪いよ、ビルガメス」
タムズはそう言うと、ビルガメスのベッドに腰掛けて彼を見つめた。『さっきの話』切り出した言葉を少し考えて繋げる。
「私にだって、私なりの方法で努力する時間があって当然だろう?それまで遮ってくれるな」
「そんなことを言いに来たのか。お前の時間を潰す気はないよ。だが体が勝手に動く」
タムズは怒ったように眉を寄せると、ビルガメスの足をぺちっと叩く。おじいちゃんはちょっと顔をしかめ『こら。叩かない』と叱った(※おじいちゃんは躾ける)。タムズは首を振って、言いたいことは言わせてもらう。
「我慢してくれ。少しくらい。先がまだ長いだろうに。ビルガメスだって、明日明後日に死ぬわけじゃないんだから」
「嫌なこと言うな。今は生きて楽しもうとしているのに」
「私だけじゃないんだよ。皆が龍・・・目指すべき場所に挑戦しているんだ。どこでも手を出して遮るなんて、長寿のする手本じゃない」
面倒臭いことをまた言われたビルガメス(※この前シムにも言われた)は、鬱陶しそうに顔を背けて『分かった、分かった』と往なす。
その態度が気に食わないタムズは、ちくちくと念を押して、どうにかビルガメスに了解させると、翼を仰々しく広げ、羽ばたく音も豪快に帰った。
「彼には見えているんだろう。自分こそが龍王になる姿が。そうはさせるか。例え、運命の可能性が彼に大きく開かれていようと、定まった運命ではない。私だって龍王になれるんだ。
それに。私たちの空が統一する前後には。恐らくサブパメントゥも。そして中間の地も。この3つの世界がもしかしたら」
タムズは、ガドゥグ・ィッダンを思い続ける。自分も見たことがある、最終的な予言。
「まだ始まったばかりだ。どこで何かが帳尻を狂わすかも知れない。慎重に気を緩めないで進まなければ」
自宅に降りて、結界の中へ入る赤銅色の男龍は、自分を待つ赤ちゃんたちに迎えられて、彼らを相手に、これからの計画を話して夜を過ごした(※赤ちゃんは眠る)。
お読み頂き有難うございます。




