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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅は道連れ
938/2953

938. イヌァエル・テレンの午後 ~フォラヴと空

 

 イヌァエル・テレンで過ごす午後を、思いがけず受け取った4人は、気分が高揚して大喜び。一番嬉しいのはフォラヴ。初めて来た空の上に、最初から感動しっ放し。



「こんな世界が広がっていたなんて」


 いつも見上げる空のずっと上に、地上と同じような景色が広がり、そこはずっと穏やかで美しく輝く。地上のような躍動感ある命の群れや、人の築いた各地の様子などはないけれど、別の生命力溢れる豊かな世界であることは、しっかり伝わる。


「フォラヴの行く、妖精の世界とは違うの」


「そうですね。また異なります。それに、空の世界の話を聞いたこともなかったので、私はただ驚いているばかりです」


「何でも知ってる妖精かと思ってたよ」


 並んで飛ぶザッカリアに、フォラヴは微笑んで首を振る。『それぞれの世界に介入しません。自分たちに与えられた場所を尊ぶものです』妖精は特にそうかもしれないと教えた。



 それを聞いていたらしいニヌルタが振り向く。

 白赤の模様が体を彩り、角と背鰭の並ぶ迫力の男龍。その金色の眼差しを受けて、フォラヴはドキッとする。あまり怖がらない性質だが、それでも、初めて間近に見る、新しい男龍に緊張が走った。男龍は速度を緩めて、水色の龍の側に並ぶ。


「お前は妖精の、どの辺りだ?自分を知っているのか?」


「あの。いえ。私は、人と妖精の合いの子としか。人の親はもういません」


「俺が教えてやれるとしたら、知りたいか?」


「何ですって・・・あなたが私の。でもどうして」


 ニヌルタは微笑む。それから白金の髪に手を伸ばして撫でた。フォラヴは貴重な触れ合いに嬉しくて、笑みを深める。男龍は指をすり抜ける柔らかい髪の毛を見つめ『お前の力は、まだまだ伸びる』と呟いた。


「知らないんだな。本当に。俺がお前に感じるだけでも、お前はまだ使っていない力を持つ。仲間の妖精に何も聞いていないか」


「いいえ。何も。特には、そうした話がないのです」


「ふむ。なぜだろうな。教えてやっても良いのか、そうなると少し考えるが」


 フォラヴは知りたくなる。自分の過去は有るがままを受け入れた。まだ知らないことがある。そして新しい力が眠っている。弱々しい力しか持たないと思っていた自分に、何かが光る。それを知りたいと思った。


 ニヌルタは首を傾げて、妖精の騎士を見つめると『訊いてみるか。それからだな』と頷いた。フォラヴはそれが、誰に訊くのかと気になったが、彼はそれ以上言わなかった。


「お前。名前を言え。俺はニヌルタ」


「私はドーナル・フォラヴです。皆は私をフォラヴと呼びます」


「よし、フォラヴ。今日はイヌァエル・テレンに来たんだ。夕方にイーアンが戻るまで、お前も仲間と一緒にここを楽しめ。俺はまたお前に会うだろう」


「ニヌルタ。あなたはご一緒しないのですか?せっかく話が出来たのに」


 ハハハと笑った男龍は、フォラヴをもう一度撫でると『お前のために動いてやる。また会おう』と短く挨拶し、後ろを振り向いた。フォラヴがつられて後ろを見ると、翼を広げたタムズとイーアンが見えた。


「後はあいつらが案内するだろう。それじゃあな、フォラヴ。女王に愛された男よ」


 ニヌルタは大きな声で笑うと、一気に加速して輝く空の先へ飛び去った。フォラヴは目を丸くして、一瞬で消えた男龍の後を見つめ『女王に愛された・・・私?』そんなまさか、と信じられない気持ちで呟いた。



 フォラヴとニヌルタの会話を、ちゃんとは聞こえていないにしても、ドルドレンやタンクラッド、ザッカリアは不思議そうに眺めていた。


 すぐにタムズとイーアンが追いついて、タムズは妖精の騎士の横へ回り込み、彼を見て微笑む。ドルドレン、羨ましい(※ニヌルタにもタムズにも、と思う瞬間)。


「フォラヴか。君の名前は以前聞いた。なるほどね、近くでこうして見ると、完全な妖精ではないのか」


「あの、どうして私が完全な妖精とか、そう・・・何か見えますか?気配でしょうか」


「ん?君はそこまでは分からないんだね。完全な妖精なら、私もニヌルタも触らない。君が人間の肉を持つから、まだこうして接することも出来るが。シャンガマックと似てるかな」


 シャンガマックは精霊の加護があるだろう?とタムズは言う。『彼に触れることは出来るけれど、あまり得意じゃないね』そう言うと微笑んで、フォラヴの頭を撫でた。遠目で見ているドルドレンは目が離せない(※俺も、と思う)。


「このくらいならね。ニヌルタが触ったから、何かあるなと思ったが。てっきり妖精かと思い込んでいた」


 フォラヴは何のことか、さっぱり。

 それが顔に出ていたのか、男龍は笑って『気にしなくて良い。()()()()()()()()()()は、結構多いものだな』そう言うと、イーアンを見て『イーアンもそうだしね』と笑う。言葉を向けられたイーアンは、可笑しそうに首を傾げた。



「タムズ。どこへ案内しますか。このままですと、ずっと飛んでいることに」


「おお、そうだね。うっかりしたよ。では、そうだね。ドルドレンと約束もしているから、私の家に行こう」


 ようやくドルドレンの名前を呼んだタムズに、嬉しいドルドレンは龍を寄せて笑顔で近づく。『タムズの家に行くのか』笑顔で訊くと、男龍は笑って『すぐそこだよ』と黒髪の騎士の背中を撫でた。



 タムズを先頭に、浮島の海へ入った辺りで、フォラヴは側を飛ぶイーアンを見つめ、彼女が気が付いて自分を見たので、さっきの話を少し聞いてみる。


「イーアン。あなたと同じ、ミレイオと、シャンガマックと・・・それは一体。分かりますか」


「いえ。でも共通することがありますね。それはこの4人の誰もが、生粋じゃないという意味です」


 それを言えばあの子も、とイーアンはザッカリアに目を向けた。フォラヴも彼を見てから、またイーアンに視線を戻し『でもミレイオは違うでしょう?』と訂正する。


 イーアンはそこは少し考えてから、思うことを伝えた。


「ミレイオ。あの方は、サブパメントゥですが。光をまともに受けても平気なのです。生まれも創りも、地下の方なのですけれど、どういうわけか最初から、光がお好きでいらしたと聞いています。

 謎の多い方ですが、イヌァエル・テレンに入れたし、私とも龍とも問題なく触れ合いますでしょう?これ、非常に大変なことなのです。私たち龍族が、コルステインとは出来ない関係を、あの方は作れるのです」


 イーアンの説明に、フォラヴも納得する。『そうでした。ミレイオ、つい』そこまで言いかけて、タムズが角度を変えたので、皆は一つの浮島へ向かって降下した。


 ミレイオは、自分とも触れ合える。精霊の加護がついた後のシャンガマックにも。完全なサブパメントゥのはずなのに、抵抗がない。触られている自分たちも違和感がない。いつも自然だから忘れていたこと。


 フォラヴの中で、一つの思いが湧く―― 自分たちはもしかして、『同じ条件』を持って出会っているのでは、と()ぎった。



「フォラヴ」


 呼ばれてハッとしたフォラヴは、既に着陸していた龍を急いで下りた。『イーニッド。気が付かずにすみません』自分の龍に謝ると、龍は微笑んで首を振る(※『気にしないで』の意味)。


 それから皆はタムズの家へ。ふと気が付けば、オーリンがいない。どうしたかな、と思っていると、タンクラッドが側に来て『オーリンを探しているのか』と心を読まれた。見上げた剣職人はちょっと笑っている。


「オーリンは、タムズだけじゃないが、男龍があまり得意じゃないんだ。あいつは龍の民だから」


「そうなのですか。考えたことがありませんでした」


「男龍は、オーリンを面白がっているが、実のところは男龍も、龍の民全体は関わりがないらしい。差別ではないんだが、圧倒的な力の差があるから、棲み分けているみたいだな」


 だからオーリンは途中で離れたよ・・・と笑う親方に、フォラヴは頷いた。そんなこともあるんだなと思う。妖精の世界にもあるけれど、平等に見える空でも。



「わぁ、可愛い!」


 フォラヴと親方が、タムズの家に入るとすぐ、ザッカリアの声が響く。タムズに案内された部屋の中に、赤銅色の赤ちゃん龍がわちゃわちゃしているのが見えた。『ああ、龍の子供!あんなに小さい』フォラヴも驚く。


 親方はフォラヴの背中を押して『触っても大丈夫か試しておけ』と言った。『ミレイオも最初は、自分が触って平気かどうか、気にしていた』それを話すと、さっきの話が蘇るフォラヴはぴたっと止まる。


「少し様子を見てみます。あの子達に何かあっては大変です」


 とても可愛い、ころころ丸っこい龍の赤ちゃんを見て、撫でたくなるものの。こんな場面で自分の妖精の血を気にするとは思わず、フォラヴは暫し我慢する。


 ザッカリアも総長も、イーアンもタンクラッドも楽しそうに赤ちゃんたちに触り、抱き上げて喜んでいる。自分もそう出来たらなと思いながら、眺めて微笑むだけのフォラヴに、タムズが気が付いた。


 男龍は妖精の騎士の側に来て、その顔を覗き込むと微笑んだ。


「心配なのか」


「はい。どんな影響が出るか知りません。子供たちが危ないと困ります」


「私の子供たちは強い。君が大丈夫なら、構わないと思うよ」


 でも、とフォラヴが言いかけると、タムズの後ろについてきた小さい赤ちゃんが、フォラヴを見上げている。その金色の大きな目と目が合って、フォラヴは可愛らしさに笑った。


 赤ちゃんはちょこちょこ近づいて、騎士の足元に来ると、その足に寄り掛かった(※大人しい)。フォラヴが驚いて背を屈め、赤銅色の赤ちゃん龍を見つめる。赤ちゃんはフォラヴの顔に手を伸ばし、ぺたぺた触ってからちゅーっとした。


「あ。私にキスしてくれました」


 喜ぶフォラヴに、タムズも笑顔を向ける。『龍の子供は強いんだ。大人の私たちよりも、純粋な龍に近いから』だから大丈夫だよと教える。


 嬉しくなったフォラヴは、子供をそっと抱き上げる。滑らかな鱗がお父さんそっくりの色に輝く。小さな翼が伸びたり縮んだりして、赤ちゃんは突然ハハハと笑った。


「笑いました!龍の赤ちゃんは笑うんですね」


「イーアンが孵したから。どの子もよく笑うよ。口を付けるのもイーアンが教えたから、皆やるんだ」


 タムズが可笑しそうに言いながら、フォラヴを床に座らせて、自分も側に座る。寄ってきた赤ちゃんを一頭抱き上げると、その子はお父さんの顔に手を伸ばすので、タムズは顔に近づけてやる。


 すると赤ちゃんは、最近覚えた『マムッ』をした(※イーアンにやられた子)。笑うタムズに、見ているフォラヴも幸せな気持ちになる。

 大きな男龍が、自分の小さな子供に顔をかぶりつかれて喜んでいる。その微笑ましい様子は、どの世界も同じなんだなと感じた。抱っこした赤ちゃんは兄弟の様子を見ていて、フォラヴにもマムッとしてあげた。


「私にも?」


 笑う妖精の騎士に、赤ちゃんもアハハと笑う。フォラヴは赤ちゃんが可愛くて仕方ない。両腕にちゃんと抱えて、顔を見ながら何度も撫でた。

 小さな龍の赤ちゃんは大人しく、とても綺麗。フォラヴはこんな体験をするなんて、奇跡のようだと呟く。


「口を開けると歯があるけれど、こうして齧りつかれても痛くありません」


「これは、最近イーアンが教えたらしい。ビルガメスが見ていて、最初は赤ん坊を食べていると思ったそうだが。実はそうではなかったとか」


 二人で笑い合って『イーアンはそういう印象があるのかも』と話していると、向こうで女龍が聞いていて、真顔で首を振り、否定していた。



 ドルドレンもザッカリアも、タムズ・ベイベが可愛いので、両手に何頭も抱えてあやす。ドルドレンはイーアンに『毎日、この子たちの世話をしているの』と訊ねると、イーアンは『もっと沢山いる』と笑った。


 タンクラッドも大きい子を抱っこして、イーアンの側に来て座ると『この子供はいつ生まれたんだ』と訊いた。『成長が早いんだろ?』顔をマムッとされている親方に、笑うイーアンは頷く。


「この前ですよ、私が空に一週間いた時。最初の方の子ですね」


「半月くらい前か。もうこんなに育って」


 親方がイーアンに赤ちゃんを渡すと、イーアンにもマムッとする赤ちゃんは、イーアンを見て笑う。二人で笑ってるので、親方はその子をまた戻してもらって『お前の母親なんだな』と言った。


 ザッカリアは、そんな親方とイーアンを見て、横の総長に『ああしてると親子みたいだね』と小さい声で吹っかける(※子供にそんなつもりはない)。


 ドルドレンは気にしなくなっていたが、改めて言われると、親方とイーアンと龍の赤ちゃんが親子に見えて複雑だった。そして溜め息を付くと、ザッカリアに『タンクラッドは人間だから』違うからね・・・と丁寧に訂正した。


 そこへタムズとフォラヴが来て、嬉しいフォラヴは皆と一緒に、赤ちゃんたちの集まる中に入る。


 タムズは長椅子に腰掛け、赤ちゃんを両手に抱っこするイーアンを呼んで、横に座らせる。『皆、よく笑うよ。本当にいつも笑って』笑顔を向けると、イーアンもにこにこして『笑うのは良いことです』と答える。


 長椅子の背凭れに腕を渡したタムズは、イーアンの背中から手を伸ばして、抱える赤ちゃんを撫で『シムの家でもこうして過ごすね?』と質問。イーアンは頷いて『攫われるとそうなる』不可抗力だ、と答え、タムズに笑われた。


「じゃ。私も遠慮なく攫おうか。放っておくと、ビルガメスにばかり連れて行かれるから」


「朝が早い時は、誰かの家で子守も良いかなと思います。時間になったら子供部屋に行けば良いので」


「そうしよう。それでは明日は早くおいで。朝、迎えに行くから」


 ハハハ・・・笑い合う、男龍と女龍。


 その様子を皆は何となーく見ている。殊更、寂しそうに見つめる総長の横顔に、ザッカリアは『あの場合は親子じゃないの?』そう見える、と呟く。ドルドレン、返す言葉がない(※パパ・ママ・子供が龍だから、太刀打ち出来ない)。


 タンクラッドはその呟きが聞こえていて、そっとザッカリアに『言わなくても良いことがあるんだ。お前は大人なんだから』とやんわり注意した(※自分も聞きたくなかった)。子供は頷く(※俺大人、と思う)。



 そんなイーアンと男龍の様子を見つめて、妖精の騎士が思うことは、意外なことに『自分にもああした場面が訪れるのだろうか』とした気持ちだった。

 それはフォラヴに初めて生まれた感覚で、妖精の血を引く自分が、同じような立場の相手に巡り合うかなと・・・漠然としたものだったが、そんな気持ちが胸に満ちた。


 イーアンがやって来た最初の頃。フォラヴは彼女の特別さに惹かれた。


 見るからに顔つきも雰囲気も、これまで出会った人々と違う彼女の、特別な印象。それは魅力的で、ただただ惹かれるだけだった。

 自分が他の人間と異なることを、意識しながら生きていたフォラヴは、自分と似たものを持っているイーアンに、共通するものを感じて、惹かれていたのかもしれない。今、初めてそう思う。


 それは、ある意味。救いでもあり、仲間意識でもあり、まだ見ぬ未知を期待させるような、そんな要素だった。


 それが今。こうして、時間が流れて、思いもよらぬ展開の運命に導かれて。自分の知らない世界を、どんどん受け取る目まぐるしい日常を過ごしていると、徐々におぼろげな『自分の思い』が見えてきた。


 もしかして。


 フォラヴは思う。同じような存在が側にいなかった私は、突然現れた彼女を通して、自分の存在を知りたかったのではないかと。


 目の前で仲睦まじく笑っている、龍の二人を見ていると、自分にもそうした相手がいるような気がしてくる。その相手を探そうなんて、これまで考えたこともなかったのに。今はそこに意識が集中していることに気が付いた。



 赤銅色の丸々した赤ちゃんは、フォラヴの空色の瞳を見上げて、ぼんやりしているその顔に腕を伸ばす。ハッとした妖精の騎士の顔を両手で挟むと、顔を引っ張り下ろしてマムッ。


 可愛い赤ちゃんに、フォラヴは笑って抱き締め『私も、あなたのような可愛い子供を授かりたい』と囁いた。

 いつか。そんな日が来るかもしれない。初めてそう思えたこの時間に、フォラヴはとても新鮮なものを心に残した。

お読み頂き有難うございます。

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