935. ちっちゃな男龍ジェーナイ登場
この日の夜。旅の一行は、既に数日繰り返しているパヴェル邸で、いつものようにお風呂に入り、夕食を頂戴し、パヴェルと団欒して、一日の終わりの挨拶をしてから部屋へ戻り、皆は明日の予定を確認後、就寝。
親方は炉を相手に一日過ごして、ちょっと仕事してる気分の2日間。コルステインと大きいベッドで眠る幸せ&快適さに、夜が楽しい(※語弊じみているがそうではない)。
イーアンとドルドレンも、お外のような部屋でぐっすり(※ヤモリ住み着いて煩いけれど)。
ドルドレンは、ミレイオにやられた打ち身に苦しみ、イーアンも心配で忙しかったが、シャンガマックたちに『イーアンが来る前、総長はもっと怪我をしていたけど平気だった』と暴露される。
イーアンは笑って、ドルドレン甘えん坊を理解するに至った(※ドルは甘えたい)。
慣れない寝床とはいえ、バイラも、オーリンも、シャンガマックも、数日繰り返すと寝つきが良くなる。ザッカリアは、ベッドがふかふかで嬉しいので、毎晩転がるのを堪能してから眠る夜。
フォラヴもミレイオも、ベッドと寝室がゴージャスなのは喜ばしいだけなので、夜は心から安心して休める日々。
こんな皆の夜はさておき。
イヌァエル・テレンでは、ファドゥが自分の子供に言葉を教えているところ。
「少しずつ。真似してご覧。君の名前はジェーナイ。ジェー、ナ、イ・・・言ってご覧」
「う。ジェ」
フフッと笑う銀色のファドゥは、息子の男龍の頭を撫でて『ジェーナイ』とゆっくり優しく繰り返す。子供は既に人の姿。龍では言葉は喋れないので、人の姿に変わったところで、ファドゥが教育中。
「ジェ。ジェ」
「ジェーナイ。ジェーナイ、だよ。私のジェーナイ。イーアンのジェーナイ」
「イアン」
イーアンの名前を先に言えるようになった子供に、ファドゥは笑う。お父さんが笑ったので、ジェーナイも笑った。
お父さん似の顔つきのジェーナイは、イーアンにどっさり、祝福を貰った子。ファドゥと同じ銀色の肌、金色の瞳、くるくるした白い巻き毛。白い小さな捻れた角。そして背中に畳まれた白い翼。
ファドゥは、小さなジェーナイが可愛くて仕方ない。他のどの子も可愛かったけれど、初めて男龍の子供を授かって、それもイーアンに重なる部分が、幾つもあるのが嬉しくてたまらない。
ちょっと垂れてる目も、母・ズィーリーや、父のルガルバンダと違うから、確実にイーアンだと分かる(※がっつり垂れ目はイーアンのみ)。
「ジェーナイ。君はジェーナイだよ。私とイーアンの子(※誤解デカめ)。可愛いジェーナイ。豊かなジェーナイ。愛してるよ」
「ジェ。ジェー。イアン」
アハハと笑うお父さんに抱き締められて、ジェーナイもニコニコしながら、小さな手でお父さんの顔を触ってちゅーっとキスをする。ファドゥはジェーナイの全部が可愛い。抱き締め、何度もキスして頬ずりし、何度も名前を呼び、何度も『愛してるよ』と笑顔で覗き込む。
「何て可愛いんだろう。この髪の毛。この角。白い翼。イーアンそっくりだ。それにちょっと目が(※垂れてるとは言わない)。イーアンみたいな笑顔だ。可愛いね。本当に可愛いね」
誉められているのは分かるジェーナイ。嬉しくて、笑顔一杯でお父さんの首に抱きつき、一生懸命、頭をこすり付けて愛情表現。
「その癖も、イーアンみたいだ。最近しないけど(※寂しい)」
イーアンはね、とファドゥは教える。『嬉しいと、抱きついて頭をこすり付けるんだよ。ジェーナイは知らないはずなのに。でも受け継ぐんだね(※イーアンは卵から孵った時に側にいただけ)』大事な子供にイーアンのことを話しながら、ファドゥは幸せを満喫する。
――ジェーナイ。『真実の愛』とイーアンは名付けた。
昨日の午前に、子供部屋へ来たイーアンは、シムに教えてもらったと言いながら、ファドゥの子供に会いたがった。ファドゥは喜んで彼女を案内し、頑張って人の姿に変われるようになった子供を紹介した。
イーアン、大喜び(※叫んで・両手を挙げて・駆け寄った)。
感激して、小さな子を抱き上げ、ぎゅうぎゅう抱き締めると、何度もキスして『何て凄い子!もうこんな立派な男龍の姿に!!あなたは最高ですよ!お父さんそっくりでとっても可愛い、何て頑張り屋さん、何て可愛いの!』思うことは全部言葉にして、沢山誉めた。
ファドゥは、イーアンと子供を腕に抱き上げ、笑顔で自分を見る二人に微笑んだ。
「イーアン。ズィーリーが私に名を与えてくれたように、この子に名前を授けてほしい」
ずっと頼みたかったそれを、初めてちゃんと伝えたファドゥ。イーアンは目を丸くして『私が?私が名前をつけて良いのですか』と驚いた。ファドゥは頷いて『そうしてもらいたい』ずっと願っていたと話すと。
「はい。ではね。ちょっとお待ち下さい・・・えーっと。えー・・・」
しばらーく天井を見上げて考えるイーアンは、幾つか候補を挙げたのか、少しすると、見守る父子に視線を戻してニコッと笑った。
「ファドゥのお母さんは、ズィーリーです。思うにですよ、彼女の故郷の言葉だったら。そして私が知っている数少ない彼女の故郷の言葉で。一番素敵に思えた言葉を、あなたの名前にしましょう」
ファドゥはビックリ。凄く嬉しいので、満面の笑みで『何?』と促す。イーアンは彼を見て微笑む。
「ジェーナイ。発音怪しいですけど、でも、確かそうだったはずです。『真実の愛』という意味です」
お母さんのズィーリーはきっと嬉しいですよ、とファドゥに言う。
『あなたの子供たち。沢山いるでしょう。でも初めて男龍ですから、それもまた、これまでの子供たちとまた違う喜びのはず』そう言って、腕に抱えたファドゥの子を見つめてから、おでこにちゅーっとしたイーアンは『ジェーナイ。おばあちゃんはあなたを抱き締めたいと思いますよ』と笑った。
ファドゥは感無量に落ちる。
イーアンと子供を抱き締めて、もがくイーアンにちゅーーーっとして(※これ、口)から、自分の子供にも同じようにちゅーーーーーっとして(※こっちも口)喜びを伝えた。
3m級ファドゥに、口付けされたイーアンと子供は、息が出来なくなるくらいの(※鼻も口も埋まるから)愛情を受け取り、ぜーはーぜーはー言いながら、お父さんの喜びに咳き込みつつ『良かった』と答えた(※子供も視線で了解を示す)――
こんな昨日を経て、ファドゥは幸せ三昧。
ジェーナイにたっぷり愛情を注ぐ時間は、丁寧に言葉を教える。その様子を見たタムズが、不思議そうに『放っておいても話す』と言ったが、ファドゥは『こういう時間が大切だよ』と返した。
ファドゥの意識の中では、自分の子供時代も蘇る。時々、イヌァエル・テレンに来た母に、時間の許す限り甘えて、慈しんだ思い出。イーアンは今、毎日来る。毎日午前中を空で過ごし、午後になると戻る。
「イーアンはね。君たちが大好きなんだよ。本当に大好きで・・・だから。毎日。嬉しいね。私も嬉しい」
少し涙が出そうなファドゥ。自分の子供の時もそうだったらと、過ぎってしまう切ない思い出を振り払い、今、イーアンは毎日通ってくれる、そのことに感謝する。
「ねぇ、ジェーナイ。君の名前を呼ぶと、その度に私は幸せを感じる。君がいることで、私は生まれて初めて。安心を得たんだよ」
小さなジェーナイは、そろそろ限界。うーんと頑張りながらも、笑っているお父さんに見守られながら、びゅっと龍の姿に戻る。ファドゥはジェーナイを撫でて『よく頑張ったね』と誉めてあげる。
この時間はジェーナイだけ。他の子供たちはまた翌朝に迎えに行く。
ジェーナイだけではなくて、一人ずつ、一日の長い時間を一緒に、大切に。イーアンに孵してもらった子供たちを、一人ずつ大切に愛そうと思う、銀色のファドゥの愛は増える一方だった。
*****
そんなファドゥの様子を見たのは、タムズだけではなく。
「ファドゥ。幸せそうだな。あれは何でだ」
ルガルバンダがタムズに聞く。タムズは翼をばさーっと広げてから畳み直し『名前じゃないだろうか』と呟く。
ルガルバンダ邸に寄ったタムズ。自分の子供を運んできたものだから、ただでさえ、わらわらいるルガルバンダ・ベイベの中、タムズ・ベイベも混ざって幼稚園状態の夜。二人の男龍は、これからを差し引き踏まえて話している最中。
「名前か。最初の男龍・・・決定だもんな。まさか二ヶ月程度で男龍になるとは。この早さ。信じられない」
「異例も異例だ。5年は待つものだと言うだろう?私は初めてだから、話しか知らないけれど。
あの子を見たが、こんなに小さい人の姿になる。男龍にしては、本当に一番幼い状態だろうな。だれも見たことないと思うが」
タムズは両手をちょっと広げて、ファドゥの子の身長を大体示した。『人の姿になったのも驚きだが』首を振るタムズに、ルガルバンダはじっと続きを待つ。
「龍になった時のイーアンの特徴が入っている。なぜだろうか。彼女が孵したわけではないのに」
「どんな」
「離れたところで見たから、はっきり分かる部分だけだが。
まずは髪の毛。ファドゥは銀色で真っ直ぐだろう?あの子は巻き毛で白いんだ。角も白い捻れた角が生えていて、翼も白い。まだ広げたところを見ていないけれど、あの白い翼の形は、ファドゥとも違う」
「他は?あとはファドゥに似るのか?龍の子の女が孵しているから、そっちの影響は」
「後はファドゥに似ている。見たところ、龍の子の女の特徴は見られない」
龍気が強い方が影響したのかもと二人で話し合う。『生まれ立ての状態でイーアンが来たから』だからじゃないか、とした結論。
「名は?何て名前だ」
「ちゃんと聞いていない。私が行った時には、名前を言えるように教えているようだったが」
ルガルバンダはちょっと羨ましい。自分の子供たちを見て、そこら中でひっくり返ったりぶつかったりして遊ぶ姿に『俺の子供たちも名前をつけないと』と呟く。タムズも自分の子供を膝に乗せ『私の子供もだよ』と返した。
ルガルバンダとしては、ズィーリーと自分の子・ファドゥ、・・・その子供が男龍となると、もうこれは『おじいちゃん』状態(※そういう意識薄いけど)。見たい気持ちが膨れ上がるが、複雑なのはイーアンが挟まっていること。
それはタムズも同じ。自分はズィーリーの子だが、ファドゥもそうであることと、そしてイーアンの影響を受けたと、見て分かる子供を見たばかりで、男龍の姿を早々得た小さな仲間に、事態が事態だけに手放しで喜べない。
「今。愛情を受けている最高潮は。間違いなくファドゥの子供だろうな」
「そうだろうね。イーアンはすごく喜んだと言っていたから。確かにとても可愛いよ」
「ファドゥの言葉は大袈裟じゃないからな。控えめなくらいだ。彼女は本当に大喜びしたんだろう」
「成長が早いことで、気にしてなければならないのは、ビルガメスの子供だ。半日で生まれてきた、あの子」
ルガルバンダとタムズは目を合わせる。異例中どころか、奇跡の誕生とビルガメスも周りも驚いた。『一日二日で孵るだけでも奇跡なのに』奇跡が増えて、拡大していると笑うタムズ。
笑えないルガルバンダ。このままでは、ファドゥかビルガメスに、イーアンの愛情が向いてしまうのではないかと懸念が出てくる。
イーアンは子供が大好きだ。どの子も可愛がるだろうが、早く男龍の姿に変わればその分、イーアンの目に付きやすく、その子供は彼女と過ごす時間も長くなる(※長男が可愛がられるよくある状況)。
「ビルガメスの子供か。あれはマズイな。親がビルガメスだろ。その上、イーアンが抱えて孵したんだ(※割れたけど)。随分大きくなっているし、後、半月もしたら男龍になりそうだ」
「それは・・・有り得るね。ファドゥの子のように、まだ人の姿になろうとはしていないみたいだけど」
「突然なりそうだ。知ってるか?ビルガメスが男龍になった時の話」
ルガルバンダが子供の頃、親に聞いたことがあるという。タムズは全く知らない話題なので、少し首を動かして、彼に続きを求める。
ルガルバンダは、近くにいる赤ちゃんを片腕にがーっと集めて、イヤイヤする赤ちゃんを抱え、顎を乗せて話し始める(※抱き枕or座布団)。
「ビルガメスの親は、始祖の龍だろ?お前の父親もそうだが。
俺の親、その父親に聞いた話と言ってな。ビルガメスの話をしてくれたことがある。
ビルガメスはある日、急に人の姿を取ったらしい。それまで龍の姿でしか見ていなかったのに、あっという間に完璧な人型に変わったそうだ。それは安定して、人の姿に変わったすぐに喋り始めたという」
「そんなことが。彼も奇跡的だな」
「ビルガメスらしい。以降、自由に姿を変え続けた。俺の親、その親が始祖の龍の、最初の方の子だが、当時多かった男龍の中でも、目立った逸話だ」
二人はじーっとお互いを見つめ『ビルガメスの子も。無い話じゃない』と呟く。ルガルバンダは、嫌がって腕から逃げていく子供を放し、自分の子供たちもいずれは男龍になるだろうが・・・と思う。
「あの子。ファドゥの子供。あの子はファドゥに似たんだろうと思う。体の変化に気が付いて、毎日努力していた。あんなに小さいうちから、自分が変わると知っていたのか、信じていたか。
そしてとうとう、最速で男龍になったんだ。努力を諦めないのは父親譲りのように思うよ」
タムズが子供たちを撫でながら言うと、ルガルバンダも長椅子に座り直して頷く。
「ズィーリーのように。ファドゥは忍耐強く、諦めなかった。諦めかけても、失いはしなかった。そして時を越えて、とうとう男龍だ。
その自分から・・・逸早く男龍の子供が生まれた。これが伝説じゃなくて何だろうか」
嬉しい気持ちと複雑な思いと、綯い交ぜにしたような、困った笑顔を向けるルガルバンダに、タムズは少し笑った。
「君も心の内側が難しそうだね。私もそうだが。つい最近まで『龍の子』だった彼が、今は特別さを誰よりも放つ。ビルガメスと良い勝負に思えてくるよ」
「救いは、ファドゥは性質も、ズィーリーに似ていることだ。大人しくて、押しのけてまで進もうとしない。ビルガメスを相手に、どうしようとも思わない気がする」
ルガルバンダの言葉に、タムズはちょっと彼を見て黙った―― ルガルバンダの性質も入ってるんだよ ――そう思うが、口にはしないでおく。突然、気が変わる。読めない勢いがある、ルガルバンダの性質。それは、タムズだけではなく、他の男龍も思う懸念。
「とにかくね。今はイーアンが毎日来る。日替わりで捉まえて(※イーアン捕獲)平等に時間を持つことに勤しもう。ビルガメスがまた最近は、ちょっとずつ奪回しているから」
「そうだな。ちょっと目を離すと、ビルガメスはすぐに側に行く。あれも困ったもんだ(※遠慮も我慢もしないおじいちゃん)」
二人は夜中まで赤ちゃんたちをあやして、いい加減、皆が眠くなった頃で、タムズが自分の赤ちゃんたちを抱えて帰った。
帰り道で、近いうちに中間の地へまた行こうかなと思う。ドルドレンにも会いたいし、ミレイオのヨーマイテス話も中途半端。
「午後かな。午前・・・オーリンと来るから。イーアンを連れて、午後にでも会いに行くか。序に少し連れて来るか」
タムズだけに出来る業で時間を増やすとすれば。それは中間の地で数時間過ごせること。『それでちょっと稼ぐかな』フフッと笑ったタムズは、眠る赤ちゃんたちに『お父さんは頑張るからね』と囁いた。
「龍王への道は、始まったばかり」
お読み頂き有難うございます。




