934. シャンガマックと噂の奇人館長
片やシャンガマック。資料館通い2日目。とにかく、シャンガマックは夢中だった。
――史実資料館を教えてもらった昨日の午前。
午後はそちらへ行こうと思い、お昼に郷土資料館を切り上げて、昼食を近くで食べると、シャンガマックは史実資料館に向かった。
先の館長に教えてもらった道を進み、少し行った辺りに横長の建物が現れ、そこ以外にそれらしい感じの建物がないことから、ここだろうと入ってみた。
表に小振りな表示で『テイワグナ史実資料館』と塀にあったことで、間違えてはいないと分かったが、あまりにも簡素で、本当にここだろうかと思うような施設。
塀の中も簡素一徹。
こだわりなのかと思うほど、何もない。ここと比べると、郷土資料館は表の庭も広く、あちこち趣向を凝らした、来館者歓迎の模範的学習施設にさえ思う。そのくらいに、史実資料館は単調で驚く。
ここまで簡素だと、来館者なんて来ないだろうなと思いながら、かろうじて馬を繋ぐ場所と分かる、杭と屋根のあるところで馬を下り、シャンガマックは人影も見えない施設の入り口に入った。
資料館の中は暗い。明るさがほぼない。シャンガマックは、かび臭く、大して広くもない、どこかの役場のような館内を進む。受付も・・・あって、ないような。あるのだが、人がいない。小さな卓上の鈴が置かれ『御用の方は鳴らして下さい』とあるだけ。
もしかすると、休館日だろうか?と、訝しい思いを胸に、受付も通り過ぎて暗い廊下を歩き、すぐに横に見えた一部屋へ入ると。
「あ。お客さんかな。こんにちは」
いきなり人影が動いて、さっと身構えた騎士は、その声に動きを止めて目を凝らす。『あの。開館していますよね』伺うように、窓から入る光の逆光になった影に向かって訊ねると、影は頷く。
「はい。暗いですね。いつも誰も来ないから、明かりを入れないんですよ。勿体無いし」
ええっ。勿体無いって。開館日でも明かりがないことを『勿体無い』と言い切った人に、シャンガマックは驚くが、どうも話し方からこの人は職員だと察する。
「資料館だから。中を見たいんですが、良いですか?」
「ああ、それはもう。別に。どこでも、見て・・・って、暗いか。ちょっと待ってて下さい」
人影はシャンガマックの不審そうな顔つきに笑って、部屋の中の棚を探り、ランタンを取り出す。真昼にランタン一つ。火を灯して『これどうぞ』と渡してきた。
お礼を言ってその顔を見ると、自分より少し背の低い男性は目が泳いでいる。この人、大丈夫なんだろうか?と心配し始めたシャンガマックに、彼はいきなり視線を定めて『あなた。何か背負ってる?』と言う。
「へ?背負ってる?」
意表を突かれて、騎士が間抜けな答えを口にすると、男性は背後を気にしながら眉を寄せ『何だ?何だろう?あなた、何かいるでしょ?あっち系?』と訳のわからない質問を浴びせた。
シャンガマックは眉を寄せて、首を振り『一体、何の話ですか?俺は資料を見たいと思って』と言いかけ、もしやと止まった。男性はその反応を見て、にやっと笑う。騎士はぞくっとした。
「やっぱりなぁ。あなた、そんな感じするもの。テイワグナの人じゃないでしょ。顔も違うけど、滲む雰囲気が違うよ。
資料見たいなら、何でも見て良いですよ。この部屋から向こうは、私が集めたのがほとんどだけど」
その答えに、シャンガマックはじっと男性を見つめた。
年は60前後。50代と言われたらそう見える。白いシャツに茶色いズボン。袖をまくったシャツはよれていて、あまり清潔そうに見えない。腰に下げた腰袋は年季が入り過ぎていて、ベルトはカサカサだし、腰袋の蓋も千切れかけている。
シャンガマックよりも肌の色が濃く、贅肉のない体つきで、高い鷲鼻、垂れた目、広い口元。しっかりした顎、撫で付けてあるはずの黒髪はバラけて目元に下がり、邪魔なのか、何度も頭を揺する。時々、髪をかき上げる手は、骨太で傷だらけ。
「あのう。館長さんですか?」
この人じゃないか、と訊いてみると、男性は騎士を見て『そうだよ』と。それから向かい合う客に向かって『あなたは。ただの人じゃないでしょ』そう言って、またにやっと笑った。
これが、シャンガマックと史実資料館長の出会いだった――
で。昨日はそのまま、夕方まで館長に案内してもらって、人のいない資料館を堪能した。その資料の多さはとんでもない量で、人生をつぎ込んでいるとこんなことになるのかと驚いた。
館長は、褐色の騎士を気に入ったようで、翌日も来たいという騎士に快く返事をした。
そしてシャンガマックは、今日も朝から史実資料館へ行き、暗い館内に入ると鈴を鳴らして館長を呼び、二人で一緒に、楽しい考古学講座を展開していた。
お昼休みの時間になった頃、館長が一緒に食事に行こうと誘い、シャンガマックは了解して表へ出た。館長が好んで食べる店に連れて行ってもらうと、それは屋台だった。
「ここ。ヨライデの人が作ってるんだよ。ヨライデの料理って、いろんな材料重ねて、煮たり焼いたりするから。そうすると、一度に沢山栄養摂れるでしょ?一食で一日動けちゃうんだよね」
つまり、食べる時間が勿体無いという感覚。食べる時間を増やさないように、いっぺんに済ませて、残りの時間を考古学に使いたいと・・・なるほど、と思うシャンガマックは、館長に奢ってもらって一皿受け取る。二人は屋台の外に置かれた長椅子に座り、簡素な昼食時間。
「ミレイオの料理みたいだ。同じかな」
「ん?誰って?知り合いがヨライデの人?」
見た目もそうだけれど、一口食べて思ったことを口にしたシャンガマックに、館長は食べながら訊ねる。自分の仲間にヨライデ出身の人がいて、その人が料理上手でと話すと、館長は目を大きく開いて『いいね』と頷く。
「男の人?女の人?いつも、ヨライデの料理食べれるなんて羨ましい」
「男の・・・ええっと。男ですね。でもその。何と言うかな、女の人みたいなところもあって。その、見た目は男なんですけれど、内面がその。女性的というか。料理も上手です」
「あ~、オカマの人ね!」
はっきり言うなぁと思うシャンガマックは苦笑い。館長はニコニコしながら料理を頬張って『ヨライデは多いよ』と言った。びっくりする騎士に、彼はもう一度『ホント。ヨライデは多いんだよ』上塗りする。
「そうなんですか?そんな話、初めて聞きました」
「逆もいる。いっぱいいるよ、女だと思って話しかけたら、男みたいな話し方したり。男だからと思って気にしてないと、女そのものみたいな態度で煩く言ってくるとか。変わってる人、あそこ多いんだよ」
「はぁ。そうなんだ。自由ですね」
「そうだね。そういう信仰だからじゃないの?ヨライデはテイワグナよりも、もっと土着信仰強い。精霊信仰なんだよね、あそこ。精霊って男女の区別ないでしょ。国民も、だからだと思うよ」
へえ~。感心するシャンガマックは、ミレイオの秘密(?)が実は、別に秘密ではなかったのか、と思い始める。館長は騎士を見て『行ったことないのか』と確認。騎士が頷くと、『行けばすぐ分かるよ』と言っていた。
「じゃ、刺青なんかも多いですか?」
「え?どうかな。刺青は・・・あんまりいないかな。彼ら、体に染料で絵を描くね。そういう、呪い的な保護術はあるみたいだけど。
月によって、祝い事も変わるから、それに合わせて絵を変えるし、刺青みたいに『入れたらそのまま』っていう絵は、やらないかもね。いるかも知れないけど、私が回った地域では見てないよ」
ここでまた新たな事実。刺青は、ミレイオの特徴(※ミレイオ解読中シャンガマック)。ミレイオはヨライデ国民ではなく、地下の人だけど。ヨライデに住んでいただろうから、きっと影響は受けているのかもと思う。
館長の話に、そうなんだと相槌を打って、食事を食べ終えた二人は、また暗い資料館へ戻る。
ブガドゥムの織り手が教えてくれた話や、フィギから続いた遺跡の資料を見せながら、館長に話を聞く時間。
昨日の午後もこうして過ごしたが、館長が何かを思い出すと、違う資料も引っ張り出してくれるので、新しいことを沢山知る。その度に、シャンガマックは目を輝かせて説明を聞き、資料を食い入るように見た。
「シャンガマックの資料も大したもんだよ。学者みたいなことをするね」
「俺はそういう勉強していないんです。学校を出てすぐに遺跡巡りに出て・・・と言っても、ハイザンジェルとアイエラダハッドと、ティヤーに少しくらいですが。
それで騎士になったから。そこからは動けてない分、資料はそんなに」
「いやぁ、そんなことないよ。これなんか面白い。ちょっと、良い?ここ、このページの。君の部族の話なのかな。ハイザンジェルの部族は、殆どが口伝じゃないの?資料に絵もあるから、これはどこで?」
よく集めてるよ、と誉められて、シャンガマックは照れる。でも。館長が興味を持った部分を、どう説明して良いか、考えた。さすが館長だ、と思う注意力。
「これさ、君は北東の出身なんでしょ?でも流れは、アイエラダハッドだからかな。
アムハールの空の伝説。精霊が雨を降らせる、あの話。私も知ってるけれど、この・・・こんな剣の詳細、どこかの遺跡にあった?」
「うーん・・・と。えー・・・どうしよう」
悩むシャンガマック。資料の絵に指を置いたまま、館長は彼の目を見る。『もしかしてさ。持ってるの?』突っ込んで訊いてくる館長。困る騎士を見上げて、首をゆっくり傾げた。
「シャンガマックは。部族の精霊を信仰していると思うから、今から言うこと、外れてないと思うんだよね。
その首と腕の飾り。それ、何か違うだろう?くれた相手が特別なんじゃないの?継ぎ目もないし、君にぴたっとくっ付いているし。
それで、この絵だろ?君の後ろに、何かいる感じがしてならないんだよ。その飾り以外にも、何か特別なもの、持ってるでしょ?」
「え。あの。うーん。その、困ったな」
考古学者は、少しずつ仰け反って距離を置く騎士に詰め寄る。
シャンガマックも『精霊に貰った』と言えないことはないが、館長は調べたがりそうで、それも困ると思った。そして大顎の剣についても、空の存在を話すことになりそうで、それは良いのかどうか。独断では即決出来なかった。
「あのう。俺たちは旅をしているので、仲間内だけの話もあるんです。だから、人に言えないというか。これらについては、俺一人の判断で言えなくて」
そんな答えを貰った館長の目がきらーんと光る。『仲間。仲間内の』そこだけ繰り返す館長に、褐色の騎士は目を瞑った(※正直者はこういうの弱い)。
「シャンガマック。君は騎士だろ?仲間も騎士なんだよね」
「そうです。俺の上司がいて、同僚と新入りの子供と一緒です」
「後は?他にも仲間はいるの?」
「え。あ、はい。さっき話した、ヨライデ出身の人と」
「その人は騎士じゃないんだよね?何してる人か、聞いても良い?」
ぐいぐい来る館長に、シャンガマックは困る。困ると顔に出るので、館長は追い詰める(※好奇心だらけの人)。『何してる人?』追い込む館長に、騎士はうーんうーん悩みながら『職人です』と呟く。
「旅を一緒にしてる人が職人。面白い組み合わせだね。騎士と一緒に・・・その前にさ、どうして旅してるの?」
ええ~~~ どんどん裸にされていくシャンガマック(※やだん)。
困ってしまって俯くが、少し考えてハッとする。別に言っても良いのか(※今更思い出す)。そうだ、魔物退治に来ているって、全国に知らせているんだから、館長に隠すことなかった・・・・・
ということで、うっかり館長に迫られて、隠す方向に意識が働いたことを改め、シャンガマックは自分たちの旅の目的を話した(※姿勢を正す)。
館長は目を丸くして『魔物退治?』本気で驚いている様子。シャンガマックが頷いて『魔物資源活用機構って名前の、ハイザンジェルに新しい機関が出来て』そこの命令で派遣されたと教えた。
「すごい!すごいじゃないか、シャンガマック!そんなに強いのか。
で?テイワグナに魔物が出たから、君たちが倒したり、戦い方を教えるの?そのために来たのか」
「はい。魔物の体を使った、武器や防具も作れることを紹介します。だから職人が一緒なんです」
「魔物製の武器。防具。そんなことまで。信じられない・・・ハイザンジェルは大変だったとは知っているが。そんな底力を出したか。そうだったのか」
そこから、館長はちょっと静かになった。シャンガマックが大役を仕事に訪れたと知り、少なからず感動したようで、館長は話を変える。
「私はさ。考古学を追いかけて、この年になった。調べていることはいつか、後の世の人のためになる。過去から学ぶことは多い、と思うことで、少しでも多くの資料や事実をね。こうして記録に残そうと努力しているんだよ。
でも、いつも思うこともある。それは今、誰かの為にならないだろうかってことなんだ」
「はい」
「シャンガマック。ここで会ったのも何かの縁だよ。君は遺跡巡りが好きでここへ訪れた。でも君の話を聞いていると、私が長年追い続けた、遥か昔の古代の時間ばかり過ぎるんだ。
もしかして。その伝説は、その時間は、今。生きているんじゃないか?単なる信仰心で言ってるんじゃない。だって、龍が現れているんだよ。最近、話を・・・あ。あれ?」
館長は気がつく。シャンガマックが話していた経路。遺跡の場所、地域。遺跡の内容、魔物退治の旅。アムハールの空の剣・・・・・
褐色の騎士は、じっと見つめられて、つい目を逸らして少し笑った。館長は大きくゆっくりと頷く。
「そういうことか。シャンガマック。君たちか」
シャンガマックは笑顔のまま首を振る。『俺の謎解きは、もう、俺の人生をはみ出ています』だから知りたいことが沢山ある、と館長に伝えると、館長は笑い出した。シャンガマックも一緒になって笑う。
それなら今。私の考古学は、生きた時代に活かせるじゃないか・・・館長は嬉しそうに、騎士の肩を組んで大笑いした。
「よし、面白くなってきた。シャンガマック。滞在している間、来れる時は毎日来るんだ。私が体を張って集めてきた資料を、その頭の中に叩き込んで行け。
ずっと先の、未来の子供たちに役立つ為にだけあるなんて、私の研究が勿体無い。生きた時間に、私にも喜びをくれ」
「ありがとうございます。俺もそれをお願いしたかった。じゃないとこれだけの知恵が勿体無い」
シャンガマックは、館長の『勿体無い』の口癖に合わせた。
でもそれは、本当にそう思ったからだったし、年は離れていても、シャンガマックには初めて。この人は『自分の中年以降の友達』と思えるからでもあった。
彼との出会いを、ただの来館訪問なんて。そんな『勿体無い』終わらせ方をしたくなかった。
お読み頂き有難うございます。




