933. 午後 ~魔物が出たらこうしましょう講座1
午前で体力も気力も使い切った、騎士たちと団員の皆さんは、ヨロヨロと屋内へ入って、ヨロヨロと食堂へ向かい、倒れこむように食堂の椅子に座る。
事務担当の団員たちに労われて、腫れ上がった腕や脚を擦る疲れた団員たちは、その場に座ったまま食事を運んでもらった。
ドルドレンたちも、副団長自ら給仕してくれた食事のお盆を受け取り、お礼を言ってお昼を頂戴する。
副団長は絶賛(※自分見てるだけ)!『凄かったですよ』目を輝かせて、総長のキレのある動きや、ミレイオの迫力、騎士二人の指導に長けた様子を褒め称えた。
一緒に食事をするバイラは、口も利けないほどに疲れ切っていて、副団長に『バイラは午後、執務室』と命じられるとげんなりしていた(※手続きが山)。
「強い。信じられないくらい、強いですね。総長も凄いし、ミレイオさんも凄い。部下の君たちも、さすがだ」
「こんなもんじゃないのだ。魔物相手では。でも、人間相手だと手加減に気を遣う。そっちのが疲れる」
ドルドレン、口調がフツーに変わっていることに、気が付かないほど疲労。食事をとにかく詰め込んで、疲れた体を癒す。
「そうね。バイラは強いから面白いけど。うっかりすると怪我させそうで、やっぱり人が相手は難しいわよ」
ミレイオも首をゴキゴキ鳴らしながら、苦笑い。ドルドレンを見て『足。大丈夫?』と小さい声で訊ねる。ドルドレンは悲しそうに、ちょびっと首を振って(※ムリの意味)目を閉じた。その答えに可哀相がったミレイオは『ごめんね』を何度も言っていた。
「足。痛いのだ。膝だから、歩くたびにズキズキする」
鎧を着けていなかったら折れた・・・と思うドルドレンは、鎧の中で腫れ上がった足の痛みに、頑張って耐えるのみ。
小声も震えるドルドレンに、ミレイオはすごーく心配して『帰ったら、シャンガマックに薬もらおう』と慰めて、午後は座っているように頼んだ。
そんなこんなで忘れかけていた、お空の人たち。しかしここは、子供の記憶力が抜群で、ザッカリアは立ち上がる。『俺、屋上行って来る』連絡珠を使って交信済みらしく、ハッとしたドルドレンたちに頷くと、さーっと出て行った(※食事もちゃんと終わってる)。
「ザッカリアは頼もしい子です。頭も良いし、記憶も良くて」
「フォラヴ。ギアッチみたいなのだ」
だって、と笑う妖精の騎士。普段の澄んだ声が枯れているので、気の毒。
でもその通りで(※忘れてごめんねイーアン)ザッカリアが思い出してくれて良かったと、総長もミレイオも思った。
間もなくして、ザッカリアはやっぱりラシディと一緒に、イーアン&オーリンを連れて戻ってきた。ラシディも演習参加で疲れていたが、ザッカリアが動くのを見て、鍵を開けてあげなきゃと付いて行ってくれていた。
「イーアン、オーリン。お帰り。食事を貰うのだ。俺はもう立てない」
ドルドレンの言葉に、ミレイオが咽る。
何があったのかと驚くイーアンは、とりあえず了解して、オーリンと一緒に食事を受け取って食卓に戻ると。
演習の様子を聞き、様々あったことを知る。同情したイーアンは、ドルドレンに『鎧を早く外して、冷やして』と助言。
ふんふん半泣きになる伴侶(※奥さん帰ってきたから甘えん坊)を撫でて慰め『よく頑張った』と誉めてあげた(※鎧の総長がイーアンに貼り付くのを、副団長もバイラも団員も目を丸くして見ている状況)。
ミレイオはイーアンにも謝り、『ドルドレン、私に遠慮するのよ』と言い訳。オーリンは横でそれを聞きながら、ミレイオ相手に本気で戦えるのはタンクラッドくらいだろうと思っていた(※当)。
こうして食事の時間を終えると、ドルドレンと部下は一先ず馬車へ戻って鎧を外し、イーアンとオーリンとミレイオは、そのまま会議室へ向かった。
伴侶たちが戻るまで、講義の時間を待ってもらおうと話していると、案外あっさり戻ってきて、ザッカリア曰く『総長は子供』ということで、ドルドレンは引っ張られていた。
「このくらいのことで、総長が音を上げるなんて。久しぶりに甘えたくなったのでしょう」
掠れるフォラヴの声を聞いて驚くイーアン。『声が』伴侶よりも、フォラヴの声に反応したイーアンに、フォラヴも笑って『午前は働いた』と返す。
子供扱いされて寂しいドルドレンは、足を冷やしてもらいながら、そっとイーアンの横に座った(※それでも甘えたい)。
6人がそんなこんなで話していると時間になり、午後の部が始まる。
会議室には、昨日同様に100人近い団員が集まり、今日は副団長が来た。『時間作りました』とのこと。他の団員も、この一週間は特別期間として、普段の業務が変更され、事務員以外は参加できるようだった。
「では始める。講師はイーアン。騎士修道会北西支部付属、工房ディアンタ・ドーマン工房主兼、遠征軍師である」
座る総長(※足痛い)の紹介で、場がわーっと沸いて、拍手を貰うイーアン。深々と頭を下げ、『イーアンです』の短い自己紹介と、お招き頂いて~のご挨拶を済ませると、紙を取り出し(※シナリオ)咳払い。
「今日は、実戦の詳細・・・一例と、その導き方をお話します」
イーアンも考えた。昨日はなかなか眠れず、夢にも遠征が出て、朝になってお空でも書いていたシナリオ。場所場所によって、使える方法が異なるにしても、基本はギアッチが話していたことなので、それをベースに組み立てた(※ギアッチ先生偉大)。
「最初に、どんな時でも。魔物がいたら、先に魔物をちゃんと見ましょう。怖いと思うし、観察する暇がないかも知れないけれど、出来るだけ、魔物自体がどんな形で、どんな動きで、どこにいるのかを知るのです」
即、倒せる場合ならそうした方が良いが、そうではない場合は、相手を知って仮定を立てましょう・・・と教える。
「今日は『魔物を観察して倒す』話です」
段階分け、その1。『魔物だけ編』
「ハイザンジェル北東援護遠征で、大きなトカゲのような魔物が出ていました。既に別の支部が戦っていましたが、怪我人が出ていて長引いていました。
話を聞く限りだと、魔物は夜、見えなくなるといいます。大きな体なのに、どこにいるか分からなくなると。本当にそうでしたが、実は昼間の光の中でも同じでした。保護色の羽毛があって、ぼんやり目に映るのです。そんな情報から始まりました」
ドルドレンとフォラヴは思い出す。ショーリとイーアンが出会った、あの遠征。フォラヴはその時、北に援護で出ていたが、相手にした魔物は同じ種類で、記憶に新しい。
「最初に遠征地に着いてから、既に援護遠征で出かけていた同じ支部の人に、情報を聞きました。それが先ほどのもので、夜になると襲ってくるとも聞いたので、昼は行動が少ないかもと思い、魔物の巣に向かいました」
魔物の巣に向かう、と聞いた団員は嫌がる。怖がって嫌がる皆さんを、イーアンは宥めて『一人で行ってはいけません』と注意し、馬で数人単位で動くようにと教える(※普通のこと)。
「するとですね。案内された巣には、目がチカチカする魔物がいたのです。地面に開いたすり鉢状の穴に、何頭かまとまって。昼間はそこで休んでいるようなのですね。
魔物は見るからに、肉食。に、思える顔でした。被害はありましたし、魔物は人を見ると襲いますから、食べたかどうかは定かではなくても、肉食的な印象の魔物と認識しました」
団員がとっても嫌がるので、イーアンは皆さんに落ち着くように頼む(※騒いでる)。『ここで大切なのは、肉食的な魔物、と仮定することです』これで、試しに取る行動が一つ決まるのですと言う。
「私は荷物に、魔物から採取した毒を持っていました。鹿の肉に毒を塗って、魔物に与えたら食べるかも知れない。もしかすると、毒が効くかも知れない。これが最初の試みです。でもこれで倒せたので、この場合は退治完了でしたが」
わぁわぁ嫌がっていた団員が、ぴたッと静まり『倒せた』小さな声が次々に上がる。イーアンはニコッと笑って『そうです。倒せたのです』皆さんにもう一度はっきり伝えて安心させる。
ドルドレンは、ニコニコ笑う愛妻(※未婚)と、希望を持った様子の団員たちをじーっと見ている。
言おうかどうしようか、悩むことがある。イーアンは確かに『毒』を使った倒し方で退治した。でもそんな、あっさりじゃなかった気がするんだけど。
すると団員が手を挙げて、イーアンに質問した。『鹿の肉は買ったんですか』場所がどこかを知らない質問なので、イーアンは頷き『良い質問』と答える。
「近所の集落の方から購入しました」
「その肉に毒を塗って、巣に放り込んだら食べたんですか」
「そうですね。ちょっと工夫はしましたが」
ドルドレンは、愛妻と団員のやり取りが核心に近づいていることに、止めた方が良いのか、聞かせた方が良いのか悩む。だが『工夫』の言葉に、学ぼうとする姿勢の団員は続きを求めた。
「工夫は、どんなことですか。自分たちも出来ることですか」
「それは俺が話そう」
愛妻が答えようとした時、さっと割って入るドルドレンは、自分を見たイーアンに『俺が』と繰り返す。イーアンは『何でだろう』と思ったような顔をしたが、了解して伴侶に譲る。
前に出たドルドレンは、質問者に『偏見を捨てろ』と前置き。その言葉でフォラヴが苦笑いした。
「工夫は、だな。臭いだ。
魔物は人間を見ると襲うと、さっき話しただろう。つまり、動物や毒の臭いのほうが強いと、警戒するかもしれない可能性があるのだ。
そこでイーアンは、遠征に出ている騎士たちの着替えを求めた。着用後の、体臭の強い衣服一式を求め、男だらけの遠征地で、洗濯もしない衣服の、強烈な臭いを放つ衣服を受け取る」
ハッとする団員たち。ドルドレンは、うん、と頷く。『もう一度言おう。偏見を捨てろ』力強く命じる。
「その衣服を。毒を塗った、首のない鹿の屠体に着せたのだ」
「うわ」
「偏見を捨てるのだ」
「おえええ」
「そうだ。その反応が普通だろうが、偏見を捨てろ。場所は戦場なのだ(?)。
イーアンは、2頭の鹿の体に、騎士のチュニックとズボンを丁寧に着用させると、それを魔物の巣の中に放り込んだ。
案の定、人間臭がするわけで、魔物は先を争って齧る。そして毒は効いたのだ」
団員が目を瞑り、誰もが俯いて苦しんでいる様子に、ドルドレンは何度も静かに頷き『気持ちは分かる。だが、倒せた』と成果を重視するように念押し。
「正確には。毒の効き目により、魔物が泡を吹き、痙攣が激しくなった後。
イーアンともう一人の騎士が巣へ下りて、魔物の首を取ったのだが。倒せる機を得た、という話だな」
『魔物の巣に下りて、その首を取る女』がそこにいる。それもまた『人体臭を魔物の餌にした』話に加え、追い討ちのように団員の怯えを増す。
ミレイオもごくっと唾を飲み込み、横に座るフォラヴに『そうなの?』小声で訊ねる。妖精の騎士は小さく首を振って『私は別の場所にいたから知らないのです』と答えた。
ザッカリアはそわそわして怖がっているようで、オーリンの腕に寄り掛かる。オーリンは寄りかかった子供の顔を見て、不安そうなのでつい笑った。『イーアンらしいだろ』と言うと、ザッカリアは困っていた。
イーアン。それの何がいけないのか。全く分からない。無表情で皆さんを見つめ、伴侶を見つめ、自分が取った行動に間違いはないはず、と首を傾げる(※結果重視)。
ドルドレンは、何やら不満そうな愛妻に向き直り『イーアンはいつも頼もしい』と誉めた。イーアンはその言葉の裏側に何があるのかと、じっと伴侶を見つめたが、灰色の瞳は優しく微笑み続けるだけだった(※理解を示す眼差し)。
団員たちの笑顔が消え、具合の悪そうな人たちの呻き声が暫く続く部屋で、話を一緒に聞いていたミレイオも感じた。
――イーアンって。そうなのよね・・・・・
ドルドレンと同じ顔した魔物でも、迷わず斬り殺すとか。解体もあんまり気にしてる感じないし(※気にする感0)。今回は、人間臭を餌にした話だし。
そういうところ、龍かなって思うのよねぇ・・・大事なもの以外が、意識をジャマしないような。
それは良いことなんだけれど、人間の感覚からすれば、ドルドレンが念を押したように偏見の対象になりかねなかったり、酷い言い方されたら、残酷・冷徹とか言われそうな。
ミレイオはそう思わないが、驚くには驚く。
ここまで区別が出来ている神経は、ある意味、超越に近い。自分の中に確固たる判断材料がある、そうした意味でもあるわけで。
それは人間のように脆く、自分が揺れやすい存在には、その時々で左右される感覚に、扱い難しい宝物に思う。それをイーアンは持っているのだ。
タンクラッドも・・・そういうところがある。変化に弱い人間のはずなのに。全く判断に迷わずに、大切なものの前に阻むものを作らない。平気で切り捨てるし、斬り捨てもする。誰の反応も気にしない、とした面では、彼の方がイーアンより強いが。
「イーアンは、人間育ち。魂が龍。なのかな」
ぼそっと呟いたミレイオに、離れた場所に立つイーアンは振り向いて、ニコッと笑った。聞こえていたわけではなく、単に何となく振り向いて、目が合ったから笑ったその顔。
ミレイオはフフッと笑って、頬肘ついた手じゃない方で、ささっと手を振った。『可愛い顔してんのよねぇ』続けて呟いた言葉に、隣のオーリンが気づいて『撫でたくなるよな』と笑った。
団員の皆さん。具合が悪い人が増える一方なので、已む無くこの後、休憩時間を挟み、午後の講座は続く。ドルドレンは、愛妻の話に危険信号を感じるたび、前に出て、一緒に話すことを繰り返した(※足痛いけど)。
お読み頂き有難うございます。




