932. 旅の三十日目 ~模範演習1・盾職人
首都に来て、4日目。滞在は一週間程度の予定だったが『バイラが動けるまで、最低一週間』の条件が加わったので、旅の一行は、短くても後4日・長引けば5日以上を首都で過ごす。
朝。イーアンはオーリンと毎日の日課である、お空へ旅立つ。
今日は、紙とインクとペンを入れた、カバン付きイーアン(※午後までにシナリオ作らないといけない)。
まだ半分も終わっていないと嘆くイーアンを慰めながら、オーリンがガルホブラフに乗せてやり『乗ってる間に考えたら』と協力(?)。二人は皆に見送られ、朝の空に消えた。
「イーアン。大変なんじゃないの?空で子供たちと遊んでさ、合間にビルガメスたちに、龍気の出し入れ覚えるまで、しごかれてるんでしょ?それで毎日、午後も戦法指導で、今日は内容書くって」
ひんひん言いながら、空へ消えたイーアンを見送ったミレイオは、横で手を振っていたドルドレンに、一応思ったことを伝える。
灰色の瞳がさっとミレイオを見て『え』と一言。ミレイオは、やっぱりなと思う瞬間。
「あんたはイイコなんだけど。時々、ちょっと抜けてるんだよね。忘れてるって言うか。食事、あの子に食べさせてもらってた時も、私思ったんだけど。イーアンの分まで食べてるの、全然気がつかないとかさ」
「う。む。うぬ。いや、そう。そうだけど」
「しょっちゅうじゃないから、まだしも。でもねぇ。あの子最近、毎日よ、毎日。空で赤ちゃんたちと全力で遊ぶみたいだし、男龍は手加減しないから、それにも付き合うでしょ?疲れてると思う」
「空は、でも。体力が回復するし、疲れもそんなではないとイーアンは言うのだ」
「だけど、気持ちはそうじゃないじゃない。精神的に疲れる、って。今はパヴェルの家で世話になってるから、それは救いだけど」
ドルドレンは困る。困った顔の黒髪の騎士に、ミレイオは首を振って『あのねぇ』ちょっと笑って、顔を撫でてやった。
「男なんだから。あんたが補佐しなきゃ。あんたが引っ張り回しちゃダメでしょう。
イーアンは。頼めば何でも、どうにか頑張ろうとするの、あんたも分かってるでしょ?毎日、ちょくちょく気にするの、分かった?」
「分かった」
ハハハと笑うミレイオに背中を押されて、困った顔のドルドレンは頭を掻き掻き、御者台に乗る(※やっちゃった感いっぱい)。
親方は先に出たので、今日は寝台馬車に、ミレイオとフォラヴとザッカリア。バイラも今日は馬で並んで、一緒に本部へ向かう。シャンガマックも、同時出発で資料館へ。
「総長が元気ないから。俺が楽器弾いたら、元気になるってミレイオがね」
動き出した馬車の後ろから、白い楽器を抱えたザッカリアが走ってきて、ひょいと御者台に座った。寂しいドルドレン。うん、と頷いて『頼む』と、子供に音楽をお願いする。
ザッカリアが弦を鳴らす朝の道。貴族の館を後にして、旅の一行は今日も本部へ仕事に向かった。
そうして到着、警護団本部。『連日だと出勤のようである』ドルドレンは、馬車を進める敷地内で、すれ違う団員たちに挨拶をもらい、返しながら呟く。ザッカリアは出勤の意味がピンと来ない。
それ何?と質問して、停まった馬車を降り、『普通の仕事はね・・・』総長に出勤の状態を教えてもらう、プチ社会勉強。ザッカリアは総長の話を聞きながら、フォラヴと一緒に鎧を着けて武装して、どうやら『出勤する仕事』は自分に縁がないと理解した(※支部は住み込み)。
ミレイオは荷馬車から持って来た自分の盾と、不思議な形の大きな武器を背負って、今日もギンギラギンで決めている(※金属パネルが眩しい)。
「ミレイオ。皆は地味である」
「ええ。そうね。だから?」
「きっとミレイオを見て、相手に選ばれると萎縮するのだ」
何それと笑うミレイオは、『戦わなきゃ分かんないでしょうが』そう言って、片腕に盾を通し、総長と並んで歩く。『団員が怖気づくなら、その時はあんたが私の相手しなさい』総長の背中をぽんぽん叩いたミレイオは、眉を寄せるドルドレンを臨時の相手に指名した(※ドルもイヤ)。
それから本部へ入り、武装した騎士と、武装したやたら派手なオカマ(?)が建物の中を歩く。
朝の挨拶は交わすものの。物騒な集団の様子に、あからさまに気圧されている団員の表情を見るバイラは、微妙な優越感に包まれた気持ちで、総長たちを建物の中庭へ案内した。
「皆が見ています。張り切り甲斐がありますね」
「そうだな。鎧だから目立つ。さらに目立つミレイオもいるし」
ミレイオは武器と盾を持っているが、その武器を使ったところは見たことがない。あれも使うのかなと、ドルドレンは少し関心があった。
刺青パンクは、金属パネル付きの袖のない、膝まである上着を羽織り、黒い革のズボンに、金具がっちりのごついブーツ。そして最近は暑いから、上着の下は上半身裸。見た目で皆さんがちょっと躊躇うのは毎度のこと。
ミレイオや部下たちが待機している間に、バイラとドルドレンで大体の打ち合わせ。それから15分後、副団長と一緒に、本部の団員で若手がぞろぞろ集まる。
中庭は広く、街中の支部だけに気を遣った造りで、四方を本部の建物に囲まれてあるため、よほどの騒音でもないと、外に迷惑にはならないという話だった。
「では、時間の都合もあるのだ。早速始めよう」
ドルドレンは、壁際にぐるりと並ばせた団員たちの顔を見て、大きな声で挨拶すると、皆さんから拍手をもらう。拍手がおさまった後で、ミレイオを呼び、改めて皆さんにご紹介。
「ハイザンジェル屈指の盾職人。ミレイオだ」
ドルドレンが勢いをつけて、どうだと言わんばかりに(※ヤケ)紹介すると、一瞬静まり返った場は、拍手がもう一度、沸き起こる。『ヤラセみたいよ』苦笑いするミレイオに、ドルドレンもちょっと笑う。
「ミレイオは、盾を使って戦える、数少ない技の持ち主でもある。剣や弓に馴染めない者も、中にはいるだろう。ミレイオの戦い方を見ると、参考になる。それでは、相手に志願する者、手を挙げよ」
しーん。
暫く待つが、誰も出てこない(※皆さん目を背ける)。
ミレイオはドルドレンを見た。ドルドレンはその視線を感じながら、そっとミレイオを見る。『何よ、その嫌そうな顔』ぼそっと言われ、ドルドレンはせっせと首を振って『嫌がってない』と急いで伝える。
ミレイオは背中に背負ったデカイ武器のベルトを外し、『これ、使わないか』と言うと、フォラヴを呼んで武器を預けた。『そっち置いといて』妖精の騎士に頼んでから、片腕の盾をぐっと腕の奥まで噛ませると、黒髪の騎士を振り向く。
ドルドレンは覚悟した。この人相手に戦うのかよ~~~ イーアン助けて~~~(※愛妻に宿題させてバチ当たったと思う瞬間)。
「おいで。ドルドレン」
ミレイオが、盾のない方の腕を出して、ちょいちょい指を動かして笑った。ドルドレンは観念して、剣を抜く。回りがざわめく。どよめき、怯えと期待の混じる声が膨らむ。
「行くぞ、ミレイオ。俺はタンクラッドのようには出来ないが」
「良いから、かかって来な」
ミレイオに畳まれ、仕方なし、ドルドレンは長剣を両手にがっちり握って踏み込む。すぐに跳躍し、跳び上がったミレイオの真上で、剣を向けて直下。
さっと見上げたミレイオは、すぐに盾を斜めに突き上げ、ドルドレンの剣を流して体勢を崩させるが、ドルドレンも一瞬、足場になる盾を蹴って、そのまま宙にまた跳んだ。笑うミレイオ。
「おお。やるね」
「苦手だ」
呟いたドルドレンは一回転して後ろに着地し、その足で剣を直線に構え、相手に突っ込む。ミレイオはそれを見極めて盾で払い、長剣を叩き退ける。ガンッと、重い衝撃音が朝の外に響く。
ざざっと足を広げて、ミレイオも浮いた体を地面に沈める。『タンクラッドも重いけど。あんたも重いわね』やれやれ、と腕を振るミレイオに、ドルドレンも苦笑いして『俺の剣を払うなんて』と困る。
「よし。じゃ、私がやるか」
顎を引いたミレイオは盾を水平に構え、地面を蹴ってドルドレンの構える剣に跳んだ。すぐに剣がミレイオを切ろうと動くが、ミレイオはその剣の線を見切り、ガガガと鈍い音を立て、盾の表面で刃を滑らせると、騎士の懐に入り込む。
「ぐおっ」
ドルドレン、一瞬で腹部に衝撃を受ける。凄い勢いで盾の縁が鎧の継ぎ目にぶち当たった。うっかり体を折りそうになって、慌てて後ろへ下がると、ミレイオが駆け出して騎士の横に回り、盾を地面に突き刺したと思いきや、それを足場に体を回転させて、ドルドレンの側頭部に蹴りを入れる。
びっくりして屈みこみ、間一髪のところでミレイオの蹴りを逃れたドルドレン。大急ぎで跳躍し、ミレイオの倍の高さに跳んで逃げた。その姿は、海面に跳ねる青魚のように、きらーん。総長、思わぬ場面で拍手喝采。
拍手の中。ミレイオは駆け抜け、ドルドレンの着地する場所の手前で、地面を蹴って跳び、盾の縁をもう片手で掴んで押し出した。
その縁がドルドレンの膝に直撃する。目を見開く総長に、ミレイオは『ごめん』と一言謝ってすぐ、自分の盾を蹴り、後ろへ方向を変えて着地。
がくーっと地面に落ちた総長。片膝を付いて苦悶に顔を歪める。『ぐぬぅ。痛い』たまらん、と歯軋りするドルドレンに、ミレイオは離れた場所から心配そうに『やめる?』の提案。
ドルドレンは騎士修道会総長。うん、と言いたいところだけど、ここは言えない(※観客多過ぎる)。
「総長、頑張って!」
絶対に言われたくなかった『頑張って』の言葉を受けてしまい(※それは既に、負けていると思われている証拠)さっと見た先のザッカリアに『問題ない』と冷静に返して立ち上がる(※膝、超痛い)。
「大丈夫?本気でかかって来て平気よ、気を遣わないで」
「ミレイオ相手に本気なんてイヤなのだ。俺は仲間にそんなこと出来ないのだ」
周囲はもう、大盛り上がり真っ最中!
わーわー、ピーピー、はしゃぐ団員が『凄い!』『カッコイイ!』『出来る気がしない(※ダメ)!』と声を上げて、二人の戦いに拍車をかける。
止めるにも難しい雰囲気を感じながら、ミレイオはドルドレンに、もうちょっと本気を出すように言う。
「ある程度よ、ある程度本気よ。じゃないと怪我する」
「そうだが」
眉尻を下げて困る総長に、ミレイオも同情。ミレイオの目には、ドルドレンの膝の温度が熱を持っているのが見える(※つまり腫れてる)。やっぱり、止めようかとミレイオは言い、バイラを呼んだ。
「バイラ。このへんで止めたいんだけど。この子、私が年上だから手が出せないのよ。優しいの」
「分かります。もう充分です。始まって5分?過ぎたくらいですが、普通なら、あの何回目かで倒されていると思います。
私たちは、総長たちの渡り合う姿を見せて頂けただけでも、全然・・・ほら。最初と違います」
バイラは、悲しそうな総長と、悩むミレイオに周囲の団員を見るように、腕をさっと横に振る。皆さん拍手で大喜び。
「こんなの、見たことないんですよ。私もありませんが、彼らは元々、鍛えてもない人たちです。強烈な印象を受けた、充分な時間だと思います」
バイラは、総長が優しいのはよく分かる。魔物を相手に戦った時は、もっと疲れ知らずで動きも大きく、体力無尽蔵のように、龍の背中から宙へ跳び回っていた。こんなにすぐに、立ち止まる人ではない。
萎れる総長の側へ行き『私が皆に説明します。ここまでで結構です』と微笑み、寂しい顔を向けるドルドレンの背中に手を当てた。それから盛り上がる観客に、腕を上げて黙るように合図する。
「仲間同士で戦うに、この辺が上限だ。今、見せてもらった模範を参考に、これから各自で演習に入る。騎士修道会の皆さんが指導に当たるので、全員、10名ずつに分かれて班を作れ」
後はバイラと、バイラに似た経験のある団員複数人が前に出て、班ごとに対面させて指導の準備。
ここからは、騎士修道会でほぼ毎日、演習をこなしていたフォラヴやザッカリアも加わり、一人2班を担当して演習指導に移る。
上級者は、ミレイオとお手合わせ。バイラは恐れ半分、好奇心半分。そんな茶色い目を見つめて、ミレイオは可笑しそうに笑うと『良いわよ。やってみな』と、相手になる宣言。
「お手柔らかに。私は総長の半分も動けませんから」
「大丈夫よ。この前、バイラの動きは見ていたもの」
ミレイオに言われて、バイラは剣を抜く。『剣で良いですか』一応、確認。ミレイオは一度、頷いたが、何かを思い出したか『盾じゃない方がやりやすいか』と呟き、バイラをちょっと待たせた。
待たせたすぐ、建物の壁付近から戻ってきたミレイオは、大きな武器の鞘を持っていた。バイラ、背筋に冷たいものが走る。
「それ。それは」
「これ?あんまり使わないんだけどね。刃物よ」
そう言うと、ミレイオは奇妙な形の鞘から刃物を引き出した。その形に、バイラもその場にいる団員も真っ青になる。
見た目が殆ど刃。どこ持つの、と思う形で、ミレイオは、刃物の中心にある、刳り貫きに渡した持ち手を掴む。反り刃が柄の上下にあるような形で、柄さえ、刃の内側に入っているその武器は、見るからに恐怖。
「ヨライデのね。昔々の武器なのよ。『マーシュライ』っていうの」
ミレイオは、片腕に派手な盾、もう片手に、剣身全長150cmほど、幅20cm以上ありそうなマーシュライを持つ。
その様子を、振り向いて見てしまったドルドレンは鳥肌が立った。『あんなの出されたら死ぬのだ』盾だけでも敵わないのにと、恐怖の色を瞳に浮かべる総長に、彼の顔が向いた先を見た団員たちもビックリ。
「何だか後ろで・・・わぁわぁ言ってるわね。バイラ、良いわよ。私も剣で戦えるから」
後ろ大騒ぎ(※殺されるぅ!と、慌て叫ぶ人々)を肩越しに見たミレイオは、前を向いてバイラに指を出し、ちょいちょい『かかっておいで』合図。
バイラは覚悟を決めて、『はい』と返事をすると、深呼吸してミレイオに斬りかかった。ミレイオも刃物を突き出し、笑みを浮かべて突進した。
ガンガンキンキン、そこら中で、金属がぶつかり合う音を鳴り響かせる、本部警護団の初・午前演習。
ミレイオ相手の、バイラは死にそう。何度も寸止めをもらいながら、刃を滑らせては腕を落としそうになり、心臓に悪い時間を過ごした(※もう止めましょうと言っても、笑って流される)。
ドルドレンたちも、別の意味で心臓に悪い時間。皆さんが驚くくらいに下手!うっかりすると、本当に刺さりそう、本当に切りそう、その連発で、ヒヤヒヤしっぱなしの演習指導。
ザッカリアも、皆さんのへっぴり腰具合に、どうやって対処したら良いのか分からず、『こうだよ』『それだと危ないよ』『持つところが後ろ過ぎるよ』と、一生懸命教えてあげた。
それはフォラヴも同じ。自分を相手に剣を向けさせると、悲鳴のような声と共に(※団員は気合のつもり)襲い掛かられる。
剣の使い方を知らない、力任せの相手に『それでは体が止まりません』『足を引かないと』『頭は下げて』同時に色々こなすように教え続ける時間は、担当した全員に行われ、終わる頃には声が枯れた(※フェアリー・ボイスに限界)。
演習はまず、武器の使い方と体の動かし方から。そこから始まった初日。
ドルドレンたちはお昼の鐘がなった時、ぐったりしてその場にしゃがみ込む。
ミレイオも上着を脱いで『熱い』と笑って刃物を置き、バイラの腕を誉める。バイラは初めて、ここまで緊張した手合わせに、終わるなり剣を落としてへたり込んだ。
団員は皆、同じ状態。初めて本物の剣を使った演習に、緊張が解けるなり地面に倒れ、笑いながら『明日動けないかも』とお互いに言い合っていた。
お読み頂き有難うございます。




