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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
93/2938

93. シャンガマックの忠誠?

 

 パドリックに明日の午前出発を命じたドルドレンは、イーアンを作業場に送って、鉢に入れた灰を部屋に置いた。明日の遠征予定を作るから、と執務室に向かうドルドレンを見送り、イーアンは扉を閉じる。



 下顎袋に灰を入れて、顎によく絡むように混ぜる。袋の口まで灰で埋めて袋口を閉じた。


 それから、作業台に置きっぱなしだった魔物の針セットの続きを行う。


 分泌腺を丁寧に取り外してから、毒袋と針の本体と表面層に分けてまとめた。容器をいくつか用意して蓋を開け、容器の半分より少し上まで毒を流し入れてから蓋をした。


 毒の液体の容器は最初のも合わせて3個。もう一つの容器に、毒袋に液体を少し残した水風船(()()()とも言う)を8個入れた。毒風船の容器には、衝撃があっても袋が割れないように、上下と隙間に粗布をそっと詰めておいた。



 これが済んだので、筋肉の繊維も8本分から取り除く。神経を使う作業だが、慣れると要領が分かってスムースになる。ナイフも実によく切れるので、最初に比べると割と早めに終わった。

 繊維は目の粗い生地に並べて乾燥させることにした。もし乾燥後に使えなかったら残念だが、水戻しで使えるなら、使い勝手が良い。ダメもとで乾燥へ。残り部分は、廃棄ということでまとめる。



「回収した9本の針から・・・表面層・繊維・毒袋・毒、の4点を採集・・・・・ 」


 この前の紙に書き込んで、魔物の姿を思い出せる範囲で、絵に描いて特徴を書き込んだ。この手の魔物に遭遇したら、また集めておこう、と決めた。いろんな種類の毒があるだろうから。



 明日の遠征は『近所』らしいので、すぐに戻れるという。でも日中を使いそうだから、と思い、イーアンはとりあえず必要なことを急ぐ。とにかくまず、ナイフの鞘がいる。



 負傷者の鎧をどうやって受け取ろうかな、と考えていると、扉を叩く音がした。イーアンが返事をすると『シャンガマックだ』と声がしたので、急いで開ける。


 淡い茶色の髪が午後の日差しに輝いている。漆黒の瞳がイーアンの目を見つめ『大丈夫そうだな』と微笑んだ。イーアンは、自分を助けるために、寝ずに薬を作ってくれたシャンガマックに、もう一度頭を下げてお礼を言った。



「椅子が一つしかなくて。立ち話でも宜しかったら」


 シャンガマックを中に通して、扉を閉め、水筒の水とツィーレインでもらったお菓子を出した。シャンガマックは少し驚いた顔をしたが、やんわり笑顔で『ありがとう』と菓子を食べた。


 体調を見に来た、と言うので、イーアンは朝からのことを話した。


 トゥートリクスとロゼールが、ヘイズと一緒に元気になる朝食を用意してくれたこと。クローハルとブラスケッドが魔物の死体を裏庭に入れてくれたこと。そこから使うものを回収したこと。


「死体?回収?また何かやったのか」


 シャンガマックが眉根を寄せながら『見ていなくて良かったかもしれない』と笑った。

 イーアンも笑いながら『皆、朝っぱらから何してるのか、という感じで見ていました』と答えた。


 それで、と続けて、お昼前の出来事と本部の人が、自分をどう見ているかをいくらか曖昧に話した。でもドルドレンが怒って、話はそこまでになった、と。そして明日、遠征に出ることも。



 シャンガマックは、本部の人間の話になると、あからさまに不愉快な表情に変わった。廊下に放り出された本部の人間が何を言ったのか、その場にいたスウィーニーから、聞かされて驚いたのはさっきだ。


 スウィーニーは常に穏やかで、人一倍礼儀をわきまえた男だが、総長に廊下に放り出された奴らに、イーアンを『この支部の慰み役の女』と侮辱されたことに、烈火のごとく怒ったという。

 シャンガマックに話している間も、スウィーニーの顔は険しかった。殺してやりたかった、と呟くくらい、そのことを思い出して怒っていた。


 イーアンが話した内容に、その言葉が入っていないのは、それを控えたのだろうと思った。


 直接言われたから、総長が激怒したのだし、とシャンガマックはイーアンに心底同情した。自分がその場にいたら、確実に奴らを無傷で帰しはしなかった。――総長の大事な人。そして、俺にとっても――



「話を変えましょう。嫌な人の話をしても、ね。せっかくシャンガマックが来てくれているのだし」


 美形が怒りを堪えると、美形なのにシワが、シワが・・・とシワが出来ることを懸念し、イーアンは話を変えた。そう、怒りの顔は老け顔のもと。美形は特に怒ってはいけない。


 シャンガマックは『ああ』と顔を上げて、気持ちを切り替えたように微笑み『遠征とは』とすぐ話を移した。

 先ほどの話をして、パドリックが同行することだけは決まっている、と教えた。


「ポドリック隊長?」 「いいえ。パドリックさんです、弓の部隊長の」


 ああ・・・とシャンガマックは頷く。イーアンの発音が時々聞き取れないので、何でポドリック隊長が弓の話をしているのかと思っていた。


「それで、今日の間に出来ることをしていました。いろいろと起こりましたが、シャンガマックの作って下さった薬のおかげで元気です。本当に有難う」



『後は、明日持って行くナイフの鞘を作りたいのですけれど』と、負傷者の鎧の話を出すと、シャンガマックが引き受けてくれた。

 倉庫にあるから見てきてくれると言う。シャンガマックが扉を出る時、ドルドレンと同じように『自分が戻るまで、誰が来ても開けてはいけない』と注意したのが少し可笑しかった。



 シャンガマックは倉庫に入れてある鎧をいくつか選び、きれいそうなのを持ち帰ることにした。イーアンの作業場には、椅子も必要かもしれないと思って、壊れていない椅子も2脚、背もたれを掴んで持つ。


 ――作業机には、魔物の尻が分解されて転がっていたし、紙には遠征で地面に書いていた文字が、再び書かれていた。

 違う世界から来た、と朝方に聞いて、ようやく納得した。不思議な外見も、知恵の出所も、文字の違いも。


「明日、あの森に遠征か」


 シャンガマックは自分も同行を願おう、と思った。どうせ支部にいても演習しかしない。なら遠征で、イーアンの次の目論見を見れる方が面白い。それにイーアンの、新しい服を見るのも楽しみになった。今日も綺麗だ。チュニックも悪くないが、彼女の雰囲気が一層引き立つ格好を見るのは嬉しかった。



 作業部屋に着いて、扉を開けてもらう。イーアンが笑顔で『お帰りなさい』と声をかける。シャンガマックの心臓が少し高鳴った。

 手に持つ鎧と椅子に、イーアンが喜ぶ。一生懸命お礼を言う彼女に、シャンガマックは『大したことはしていない』と笑った。やはり遠征に同行する、と決めた。


「ではイーアン。俺はちょっと用があるから。良い鞘が作れると良いな」


 イーアンの作業机に鎧を置いて、シャンガマックは見送られながら作業部屋を出て、その足で執務室へ向かった。




 それからしばらくして、ドルドレンが迎えに来た。その頃にはイーアンは、負傷者の鎧で簡易的な鞘を仕上げていた。

 石化革と呼ばれる加工された鎧を、切ったり、穴を開けるのに時間はかかったが、それが終われば後は難しくなかった。糸に魔物の繊維を使って縫い上げると、簡易的でも、それなりに見えるものが仕上がった。


 迎えに来たドルドレンと一緒に、夕食を食べて、その後はお風呂に入って、部屋へ戻る。近いとは言え、明日は遠征だから酒は控える。



 ドルドレンは普通に振舞っていたが、何となくずっと態度が落ち着かないので、イーアンは理由を訊ねた。


 ちょっと鳶色の瞳を見つめてから、『今日は午後に何をしていたのか』と訊くドルドレン。イーアンは毒の袋のことと、シャンガマックの来訪と、鞘を作った話をした。

『そこ。そこだ』とドルドレンが椅子の背に体を預けて、腕組みをする。



「シャンガマックが来たところだ。彼を作業部屋に通したことだ」



『それを言ったら、ロゼールや、ダビもギアッチも来ていますよ』とイーアンは首を傾げる。クローハルの名は、違う意味で刺激がありそうなので控えた。

 ドルドレンが眉根を寄せながら唸る。イーアンは、ドルドレンの美しい顔にも、シワは厳禁だと思っていたので、その顔をさせていることに申し訳なかった。



「明日、遠征に一緒に行く、とシャンガマックが言いに来た」


 そうなの?とイーアンが見つめると、灰色の瞳を『どうしてだと思う?』といった具合に向ける。イーアンは、遠征に3人以外の誰かを同行させる話はしていない。それは自分の範囲ではないからだ。


 イーアンが分からなさそうにしているので、ドルドレンは溜息をついて、イーアンの腕を引っ張った。椅子から立ち上がるイーアンを自分の膝に座らせて、イーアンの腰に両腕を回す。



「シャンガマックは、イーアンと一緒にいたいそうだ」



 イーアンのくるくるした髪に顔を埋めながら、ドルドレンが呟く。イーアンとしては、どう答えていいやら、分からなかった。『彼がそう言ったのですか』少しの間を置いて、ドルドレンに訊いてみる。


「そう」 「本当?」 「嘘ついてどうする」 「だって。別の言い方ではないのですか」


 違う、とドルドレンがはっきり言い切った


「あいつがそう言いに来たんだ。一緒にいたいので遠征同行を志願します、と」


 あら、まあ・・・とイーアンは言うしかなかった。

 それを執務室に来て言い放った男に、もちろんドルドレンは睨みつけたが、『怒っても無駄ですよ。そう約束しましたから』と朝の話を持ち出したそうだ。


「ああ、それで」 「それで、じゃないだろう。納得してはいけない」


 あの人は忠義心が篤いのですね、とイーアンは笑った。ドルドレンは『作業部屋にも、きっとその系統で来たのだろう』と言うので、『心配して下さっているだけですよ』とイーアンは宥めた。


「気にしないようにしよう、とは思っていたが」


 無理だったのね、とイーアンは思った。逆だったら自分もそうだろう、と思う。


 相手が忠義に篤いと分かっていても、使命感から出来る時に見回ろうとしているだけ、と知っても。ドルドレンを追いかける女性がいたら、落ち着かないだろう、と・・・・・ 

 ――クローハルさんくらいまで行くと、全然気にならないけど。あの人、誰にでもああだろうし(ただの女好き)。


 自分の胴を逞しい両腕で抱き締める、大事な大事な黒髪の騎士を、イーアンは体の向きを少し変えて自分も抱き締めた。


「彼は私を心配しているだけです。言葉が多くない方ですから、率直だったのでしょう」


 ドルドレンの銀色に光る瞳を見つめて、イーアンはゆっくりキスをした。『私もあなたの立場だったら辛いです。だから、あなたを困らせることはしません』と囁く。



 もう眠りましょう、とイーアンが促すと、ドルドレンはイーアンを抱き締めて頷いた。


 明かりを消して、ベッドに入る。ドルドレンが『朝食を食べているイーアンの姿』の感想を伝えると、『そんなことばっかり言って』と笑われた。


「だからね。思い出してしまうと」 「寝ましょう」 「駄目?」 「何がですか」 「だから」 「駄目です、と答えたら?」 「駄目ではなく、良いと思う」 「ドルドレン」


 イーアンは笑いながらキスをする。『他の方は一人で眠るんですよ』と注意すると、ドルドレンも唸る。



 間もなく。抱き締めたイーアンから寝息が聞こえ始め、ドルドレンは諦めて眠ることにした。



お読み頂き有難うございます。

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