929. 資料館・首都の炉場
【到着順~3 資料館】
褐色の騎士が、馬を向けた郷土資料館。
開館まで時間があったので、先に郵送施設へ寄り、朝一で混み合う中に並んで手続きをして発送すると、出た時には丁度良いくらいの時刻だった。
そのまま急ぐことなく郷土資料館へ行き、開いたばかりの門を抜け、馬を停めた後、外に置かれた石碑などを見て、気持ちが高揚する状態で中へ入る。
人の数が少ないのは、内容的なものなのか。時期的なものなのか。それとも魔物騒動の影響か。
シャンガマックに理由は分かるわけもなかったが、とにかく昨日今日通して、資料館に勤める職員の姿が、ちらほら見えるだけの広い館内を歩き、昨日と同じ場所に落ち着いた。
イケメン・シャンガマックを覚えていた女性の職員が、彼を見かけて朝の挨拶をしたが、シャンガマックは軽く会釈して終わる(※関心⇒資料のみ)。
昨日の続きを思い出しながら、巻物を棚から選び、向かい合う棚の間に置かれた、大きな机に積む。椅子に掛け、カバンから紙とペンとインクを出して、書き写し始める。褐色の騎士は、静かで落ち着く空間に溶け込んだ。
ひたすら書き写し、必要な部分を終えると次の巻物を開く。それを繰り返している間に、少しペンのインクが気になり、インク壷を見ると残りが少なくなっていた。
「困ったな。もう一つ持って来れば良かったか」
呟いてから立ち上がり、資料館にインクを借りようと思って、机に広げた資料をそのままに、近くの職員を探す。
午前の早い時間は飛ぶように過ぎたようで、館内にひっそり掛かる時計を見れば、もう昼前だった。『もしかして。食事時で人が少ないか』ただでさえ、職員が少なく見えたのに。
誰かは残っているだろう、とシャンガマックはキョロキョロしながら、受付へ向かった。受付なら人はいる。そう考えて、入り口近くへ戻ると、二人の職員が話していた。
シャンガマックが近づくと、年配の男性と若い女性は彼を見て『案内か説明が必要ですか』と笑顔を向ける。シャンガマックはちょっと微笑んで、資料を複写していたらインクが足りなくなったことを伝えると、男性がすぐに、受付のカウンター下に手を伸ばし、新しいインク壷を渡してくれた。
「販売しているなら、購入する。幾らだろう」
「いえいえ。これは資料館の消耗品ですから。インクがなくなるまで複写する方は、ここ最近減りましたし、良かったら持って行って使って下さい」
恰幅の良い男性は、パヴェルよりも上、支部の中のオシーンくらいの年齢に見える。浅黒い肌に、大きな黒い目で賢そうな眼差しを向ける男に、シャンガマックは丁寧にお礼を言って受け取った。
「資料は手が届きますか?あなたは昨日、『古代遺跡群資料』の棚の前にいましたね」
男性に話しかけられ、シャンガマックは彼が自分を見ていたのかと少し驚き、頷く。頷く若い男に、男性は一層笑みを深めて『あんなに難しいものに挑戦されるとは』と嬉しそうに呟いた。
「巻物は上段にもあるのです。階段がないので、掛け梯子を回しましょう。きっとあなたに楽しい資料があるでしょうから」
お礼を言いながらも戸惑うシャンガマックに、カウンターから出てきた男性は、一緒に資料の棚までついて来てくれた。彼はこの資料館の館長で、魔物が出始めたので暫く大人しくしていると話す。
「前はよく、外へも調査へ向かったのですが」
今は怖くて行けないと言う男性は、若い男の体つきをさっと見てから、その顔つきに目を留める。
「あなたは。鍛えていますか?あなたくらいの年齢でその体躯。目付き。何かそうした仕事の人ですか?」
「俺はハイザンジェルの騎士です。用あって、ここへ派遣されて。首都に数日滞在しているので、資料館で調べ物をしています」
「ハイザンジェルの?騎士ですか!それじゃ、その体つきですね。見るからに逞しいです。騎士で、考古資料を勉強されて。ハイザンジェルは違うなぁ」
笑う館長に、シャンガマックも少し笑って首を振り『俺だけです。他の騎士は、別の趣味が』と教え、自分は騎士になる前から、遺跡が好きで回ったと話すと、館長はとても嬉しそうだった。
「そうですか。あなたみたいな人だと、きっと魔物が出ても恐れることなく、遺跡を調べ続けるんでしょうね。私は年だから、さすがに護衛でも雇わないと、目的地は辺鄙な場所ばかりだし」
「失礼ですが。あの遺跡群を調べたのは、多くの学者だとは思いますが、あなたも」
シャンガマックは並んで歩く館長に、テイワグナの道のりで見た遺跡の話をし、ブガドゥムの織り手の情報を伝えると、彼は目を少し大きく開いて首を振る。
「いや。それは私ではないですよ・・・その女性は、資料館の館長と言ったんですか」
「そうです。だから、俺はその人の見解も聞きたいと思っていました」
「それ、えー・・・どう言えば良いかな」
館長は資料の棚の脇に添えられた、掛け梯子を掴んで引き寄せながら、窓の外を見る。
シャンガマックは何だろうと思いながら、彼の返事を待つ。館長は何度か瞬きして、指を浮かせては考えた後、褐色に騎士を見た。
「あのですね。この資料館の馬車置き場の裏に、道が続くんです。そこから北へ進むと、もう一本大きい通りに出るんですが、そこに『テイワグナ史実資料館』があります。そこの館長ですよ」
「え。資料館・・・ここではないんですか」
「はい。ここは郷土資料館で、考古資料は遺跡などね。各地から集めた物が多いですが。史実資料館は紙物が多いんです。ここよりも、もう少し硬い印象かもしれません」
館長は、シャンガマックの見ていた巻物に視線を移してから、『遺跡の考古資料はこちらで見てから』詳しい考察などは、史実資料館で調べると角度が広がるから、深い理解を得られるだろうことを、教えてくれた。
「私は外へ行かなくなりましたが。彼は・・・その、史実資料館の館長ですが。あの人は、元気だからなぁ。魔物がいても、出かけていそうなんですよね」
褐色の騎士に、史実資料館のことを話した館長は、目当ての館長は留守かもしれない可能性を伝える。
勇敢だと呟いた騎士に、館長は吹き出して『失礼、勇敢と言うべきか』そう言って、可笑しそうに若い男を見上げた。
「それしか見えないんです。彼は、盗賊の根城に入ってでも、調べた人ですから」
こんな具合・・・両手を自分の顔の横に添えて、真ん前しか見えていないと、館長は仕草で教えた。驚くシャンガマックに、館長も笑って『筋金入りです。筋金入りの考古学者』首を振り、両手を50cmほどの間隔に開く。
「背中にね。こんな大きな傷跡ありますよ。自慢げに見せるんですよ、死ぬかと思った、って」
盗賊に切られて、命からがら逃げ出して、それでもまた調べに行くような館長(※懲りない)。
シャンガマックも一緒になって笑い、午後はそちらへ行ってみることにした。郷土資料館の館長は『いなかったら戻れば』と笑顔で頷いた。
*****
【到着順~4 炉場】
パヴェルの家から、首都に入らずに郊外の道を進んで近道をしたものの、ミレイオとタンクラッドの行き先が一番遠かった。バイラに横に付いてもらい、首都をずーっと西に向けて進んだ馬車は、およそ1時間半後に炉場へ到着した。
「これでも早い方です。中を通ったら、倍は掛かると思いますから」
「そうなのか?中って、首都の道だろう」
手綱を取っていたタンクラッドは、炉場の外れに馬車を停めると、御者台からを下りてバイラに訊ねる。
バイラは、炉場の裏手を通る道を指差して『首都の中を通ると、直接ここには着かない』と言い、正面に回るだけで迂回しないといけないことや、裏側に続く道にも他の敷地が被るから、何度も曲がることを教えた。
「結局、どこかで他所の敷地に入り込むことに。今、抜けた裏道は古い国道なんです。ここは特に言われないんですが」
「面倒があるな。炉場がこんなに引っ込んだ場所にあるのも、理由があるのか」
「はい。炉場で公害が。昔ですけれど、2度3度、施設が不十分で煙が問題になりました。職人が集まる地区にあったのですが、移設してここに納まりました」
一般の人が来ないので、敷地を通るのも関係者なら問題ないという話。大きな炉場は、首都で炉を使う職人たちが仕事に来る場所でもあると、タンクラッドは知る。
ミレイオも下りてきて『どうするの?どこまで運ぶの』荷台にまとめた荷物を見せる。タンクラッドとミレイオは、バイラの案内で炉場の施設へ入り、アリジェン家の使いのことを伝えた。
貴族が絡むと、当人(※貴族)が不在の場合は、あからさまに相手の目が変わる。金に物を言わせた、図々しい飛び入りのような印象なのか、そんな目付きで職員にも、側にいた職人にも3人は見られた。
「これ。イヤね。少し使ったら帰ろう」
「その方が良さそうだな。俺も、逆の立場なら同じような目になるかも知れん」
二人は手に持った荷物をぶら下げたまま、バイラと職員が話す横に立つ。自分たちをじろじろ見ている、奥の職人に挨拶する気にもなれず、用事を済ませたら退散しようと話し合った。
バイラはすぐに彼らの使う炉に案内し、居心地悪そうな表情の二人に苦笑いして『地図を描きます。来た道を戻ってもらえれば、混雑もないし誰にも咎められないですから』そう言って、その場で職員に紙とペンを借りた。
バイラが描いている間に、職員が『ここで』と見せた場所へ入り、二人は荷物を置く。それから、炉場にある道具一式と、炉の様子を見て、出来る作業を決めた。
「あんた、どれだけ作れると思う?」
「種類か。昼までなら、納得行く試作が、2つあれば良いんじゃないか」
「私は難しいか。一つ試作も微妙」
話しているとバイラが来て、地図を渡して説明し『私はこのまま本部へ』夕方また、アリジェン家へ向かうと言い残し、戻って行った。
ミレイオはとりあえず高炉の側へ行き、先にいる職人の仕事を後ろから眺める。
今、自分が見ている作業が、何かを作っているわけではないとすぐに理解し、ここでの高炉の使い道に見当がついた。
側に置かれた金箱の中もそうだし、近くに揃えた道具もそう。『材料なんだ』首都の高炉では、材料になる金属を取るための作業らしい。
何か作らないのかな、と思っていると、作業する職人の脇にいた別の職人が、ミレイオをちらちら見ていることに気がつく。目を合わせると、職人はさっと目を逸らしたが、またすぐに思い切ったように顔を上げる。
「あの。使うつもり?」
「ええ。使いたいと思ったの。でも待つわ」
「え。オカ」
マ・・・の、最後の文字を黙った職人は、ミレイオの金色の瞳に怒りを感じて『何でもない』と急いで伝えた。作業中の二人の職人も振り向いて『男?』『刺青かよ』と囁いて驚いている(※オカマとは言わない)。
ミレイオは咳払いして眉を寄せ『使わせてもらうまで、後ろにいるから』それだけ言うと腕組みして、荷物の袋を足元に置き、背負った盾を外して寄り掛かった。
「それ。それ、あの。何?盾?」
最初に話しかけた職人が、ミレイオの影にある派手な金属に目をつけて話しかける。ミレイオが彼を見て頷き『私が作るの』と答えると、職人は驚いて近寄ってきた。
「見せてくれる?何処の人?こんな盾・・・あ、ヨライデ!」
形と作りを見て気がついた職人は、ミレイオの出した盾を手にして大きな声で『ヨライデ』の名を口にし、すぐにミレイオの反応を見る。ちょっと笑った刺青男に、職人も笑顔が浮かぶ。
「すごい!こんな盾、歴史の中だけだと思った。使えるんでしょ?」
「当たり前でしょ。見た目だけなんか意味ないわよ。実戦で使うんだから、ちゃんとしてるわ」
まだ若そうな職人は、顎鬚を片手で触りながら、目の前の派手な盾に見入る。『すげぇ。こんなの作れる人いるんだな』へぇ~・・・素直に感心中。
「出身はヨライデだけど、住んでたのはハイザンジェルよ。騎士修道会で私の盾、使っているの」
「そうなんだ。軽いけど、何で分厚いの?衝撃で表面凹まない?」
「バカねぇ。そんなの計算して作るんじゃないのさ。わざわざ凹むようなもの売りつけないでしょ」
ミレイオがちょっと笑うと、職人は盾を返して『ここで何か作るの?』と訊く。
ミレイオは、倒した魔物の体から金属を取って作っていることを話し、それだけでもその場にいる職人が、一斉にミレイオを見たのに、さらにその金属で試しに防具の一つでも作ろうと思っていることを言うと、作業していた二人が振り向いたまま『ちょっと待ってな』と声をかけた。
「魔物?魔物倒すのか、あんた。倒せそうだもんな。見るからに(※オカマで刺青=強そう)」
「何よ。人に訊いておいて、自分で答え出すんじゃないわよ」
倒すけどさ、と笑うミレイオに、おじさんの職人たちが側に来て、『魔物の体ってどれ』と好奇心旺盛に群がる。
ミレイオは荷物を開けて見せてやり、これはこんな魔物、こっちは魔物のここの部分と教えると、職人たちは恐る恐る手に持って観察する。
こんなことから始まって、場所を貸してもらったミレイオは、最初に肋骨さんの性質を確かめると、考えていたものに変えるために、道具を借りて加工を始めた。
職人の何人かは、ミレイオの作業に興味津々で、側に付いてあれこれ質問しながら『こうしたら』『その辺使って良いよ』と協力してくれた。
正直を言えば、地味に鬱陶しいが。ミレイオは、こんな作業も面白いかもと笑って、彼らに合わせて製作時間を楽しんだ。
そんなミレイオの様子を遠めに見ていた親方も、場所を借りた炉で、細身の剣身を作っている最中。
切り出した金属でナイフも幾つか試し、持ち込んだ型で剣身を試作。すぐに仕上がるものではないけれど、材料にした魔物の質は確認出来る。
タンクラッドの横にいた職人のおじいさんが『お前。どこの職人だ』と手先を見ながら訊いたので『ハイザンジェル』と答えると、お前の剣はハイザンジェルの剣じゃないみたいだと言う。
「そうか。そう見えるなら、そうかも知れん。俺の剣は俺の剣だ」
「気を悪くするなよ。アイエラダハッドみたいだと思っただけだよ」
タンクラッドがちょっと彼を見ると、おじいさんは頷いて『俺はアイエラダハッドから来た』と微笑んだ。
「形が違うだろう。あっちはもっと反身だ」
「そうだな。でも作り方が似てる。お前の工程が、アイエラダハッドの剣の工程みたいに見える」
タンクラッドは少し鼻で笑う。そんなことを気がつく者がいるのかと思った。自分が若い頃に、アイエラダハッドへも旅したことを言うと、おじいさんは納得したように『それでか』と呟いた。
「お前が若い頃に見たような剣。今は同じ製法で作ってないぞ。アイエラダハッドの顔つきじゃないし、だが、やっていることはアイエラダハッドの製法に近いし。こんな出会いもあるんだな」
おじいさんの言葉に微笑んだタンクラッドだが、少し気になり『もう、作っていない?』その部分を聞き返す。おじいさんは炉の中を見て『熱。入りすぎだろ』と注意した。親方がちょっと引くと、おじいさんは『アイエラダハッドで習ってないのか』そうか?と確認した。
「習ったわけじゃない。作るところを何日か見せてもらったんだ」
「そうか。それで自分なりの方法に変えたのか。あのな、今のままでも良いだろうが、一度引くと硬さが取れるぞ。反身の剣じゃないから、硬さが欲しいだろうが、お前の製法だと切った力が中に籠もる」
「じいさん。あんた、剣職人か」
「昔な。今は雇われだ。手元が狂うから」
タンクラッド。なぜか急に、押し売りお師匠さんを受け取る。おじいさんは思い出したことで、若手に教えてやりたくなったのか(※老職人に時々ある)タンクラッドの横に付いて、豆知識と経験を話し始めた。
やりにくい・・・やりにくいだろう、と思うが、タンクラッドも剣の知識は、知らないことがあれば吸収したい。
もうアイエラダハッドで、あの頃に見た製法を使わないと、そんな話を聞いたばかり。元剣職人の老人の知恵を、この際、押し売りされて買ってやろうかと思い始める。
「じいさん。ただであんたの知識をもらうわけにいかん。金を払おう」
「バカ言うなよ。俺は老人だ。明日死ぬかもしれないだろ。一期一会だ、とっとけ若造」
気の好い老人に、ハハッと笑ったタンクラッドは頷いて、自分の横に並んで指導する老人の言葉を聞きながら作業を進めた。
途中、おじいさんが『これまでの金属と違うな』と眉を寄せたことで、タンクラッドが『じいさん。これは魔物の体だ』と教えると、老人は非常に驚き『とんでもないもの持ち込むな』と本気で怒っていた。
笑うタンクラッドに呆れるも、老人は苦笑いして『触って死んだら、化けて出る』と宣言して、それでも側で押し売り豆知識を続けた。
親方は面白い老人の反応を見て、ちょくちょく、からかいながら楽しい時間を過ごした。
お読み頂き有難うございます。




