927. 本部からの伝言・明日の予定
夕食の2時間前。馬車にいた一行は、昨日同様にお風呂のご案内を受ける。
馬車にいたため、着替えは自分たちの服を手にし、8人は風呂場へ移動(※ヒラヒラ服苦手)。順番に風呂を済ませた後、夕食まで一時間はあるということで、ドルドレンとイーアンの部屋へ集まった。
「時間も時間だが。小包を開けていないのだ。開けよう」
お風呂前。馬車で、オーリンに弓矢の箱を見せた後、寝ていたイーアンも起きて、鎧の箱を見た。
二人とも感激して、嬉しい時間を過ごしたのだが、小包を開梱していなかったことに気づいたドルドレンは『これも開けよう』と手を伸ばした。その時、お風呂のご案内だった。
「これ。そこそこ重い。もしかすると、80部じゃなくてもっと送付状が入っているかも」
小包の木箱に打たれた釘をイーアンに見せ、イーアンが龍の爪を出してピンピンと弾くと、釘は抜ける。蓋を開けたドルドレンは、暫く中身を見て考えた。
「菓子である」
呟き、皆を見た灰色の瞳は、すぐにザッカリアに向けられる。お昼寝を終えて頭がすっきりした子供は、喜んで側へ寄り『あっ。ホントだ!俺が好きなやつだ』箱に手を入れて持ち上げ、イーアンに見せた。
包みは蝋引き紙で、すぐにそれを焼き菓子と判断するのは難しそうだが、匂いで判断したザッカリアは、イーアンの横に座って紙を開けた。
「んまー。本当。私が作ってないけれど、私の作るケーキ・・・って分からないか。焼き菓子ですよ。もしやこれは、ロゼ」
「誰が作ったのかな、ヘイズ?ロゼール?ブローガン?」
「ロゼールだ。手紙がある。ロゼールがイーアンに試食を、と」
うきゃ~~~!!! ドルドレンが小さな手紙を読んで伝えた言葉に、イーアンは喜びに叫ぶ。ザッカリアも喜ぶ。『ロゼール?!これ、そっくりだよ!』食べようよとはしゃぐ子供に、イーアンはナイフを、すちゃっと出す。
「これから夕食なのだ」
止めるドルドレンに、イーアンはゆっくりと大きく首を振り『ロゼールの愛情たっぷりケーキ・・・これ、ケーキって名前(※今更紹介)。食べなくては、上司として顔向け出来ませんっ』がつっと言い切り『今、切りますよ』と、齧ろうとする子供を抑えつつ、皆さんの見守る中で白いナイフを使って(※魔物散々切ったナイフ)ケーキの端を切る。
「はい、これザッカリア。これ私。ロゼール。素晴らしい、良い香りっ。頂きます」
二人分で切られたお菓子を、分けないのかなぁと皆が何も言わずに見つめる中。イーアンとザッカリアは試食。二人で目を見合わせて『美味しい・・・』困ったように笑う母子(※義)。
「ロゼールにお手紙書かなきゃ!字、書けませんけど!ザッカリア、今夜連絡しますよ」
「イーアンのみたいに美味しいよ。ロゼールに『上手だよ』って言ったら喜ぶよ!」
頷き合いながら喜ぶ二人を見つめたままの仲間。親方がイーアンの側へ行き、じっと見つめたことで、ハッとしたイーアンが了解した。
ザッカリアも『喜びは分かち合うもの』とギアッチに学んでいるので、『いいよ』と許可。
こうして8人は、ロゼールの作ったお菓子を一口ずつ食べ、大変美味しいと笑顔を共有した。
ドルドレンは言わなかったが、お菓子の下に送付状一式が入っていた。イーアンも皆も忘れているので、これは後で教えることにし、ドルドレンも焼き菓子を味わった(※機構頑張ったのに)。
離れてまだ一ヶ月弱。それでも、母国から届いた荷物は嬉しいし、自分に宛てられた贈り物は喜び。皆がそれを共有し、一緒に手紙を出そうと、夕食の時間までにそれぞれ手紙を書いた。
イーアンは字が難しいため、伴侶にお願いして書いてもらい、ロゼール宛と、ロゼールに配ってもらう職人仲間宛を認めて、小包を作ろう(※贈り物拡大!)と話し合った。
笑顔で話し合う時間は早く過ぎ、気が付けば夕食時の15分前。
ミレイオが気が付き、いそいそ全員支度して、大旦那様と楽しむ空間へ向かう。
螺旋階段を下りて、昨日の豪華な部屋へ到着する手前。見つけたのは『バイラ』総長が声をかけると、馬車小屋側の通路に立っていた警護団員は振り向いた。
「総長、皆さん。良かった。誰もいないから」
「すまなかった。今、下りたのだ。疲れただろう、一緒に席へ」
バイラを労い、ドルドレンは部屋に入る。慣れない豪奢な部屋だが、一日パヴェル付きで過ごした、二日目なので衝撃も少なめ。
バイラを自分の横に座らせると『伝言か』と早々、訊ねる。パヴェルのいない間に聞けることは話してもらうつもりで、小声で訊ねた言い方に、バイラはちゃんと理解して頷いた。
「はい。詳細はまた後で。明日の午前に魔物製品購入です。午後は遠征の実戦で使われた戦法の講義です。明後日以降は、戦法指導と模範演習の講師を」
「了解した。参加者はこちらで決めるが、俺とイーアンはいる。イーアンは午後のみだ。
魔物製品の扱いで戦い方を見せられる者がいる。それは職人だ。オーリン、タンクラッド、ミレイオがそれぞれ専門分野の、模範演習の講師に当たる。イーアンは戦法指導の講義担当。俺も剣と、全体統率は担当だ」
ミレイオの名前を聞いたバイラは、ちょっと口を挟ませてもらい『ミレイオは防具では』と、伺うように訊ねる。ドルドレンは、ニコッと笑って頷いた。
「見れば分かる。盾をあんな使い方出来るのは、ミレイオだけだ。俺たちもこの目で見て魂消た」
へぇ、と笑みが浮かぶバイラは『楽しみですね!』と了解。それから総長の部下は来るかどうかも質問。
「部下の方はどうしますか」
「俺の部下は連れて行ける者を、状況に応じて伴うが、彼らは補助だ。シャンガマックは来ない。そっちに座っている褐色の騎士だ。フォラヴ・・・あの白金の髪の男と、ザッカリア。この二人が手伝うだろう」
ここまで話すと、パヴェルが部屋に入り『お待たせしてすみません。食事にしましょう』笑顔で皆を見渡して告げた。
「お。バイラも来ていますね!今日はうちに泊まるのかな?部屋はあるから問題ないよ」
「いえ。あの、それは」
「リヒャルド!バイラも泊まるよ!部屋を用意しておいてくれ。それと着替えだね」
着替え、と聞いて、ドルドレンはパヴェルを止め『俺の服を貸す。気にしないでくれ』と頼む。パヴェルは『着替えを使って良い』と、積極的に勧めてくれたが、気持ちだけ受け取って丁寧にお断りした。
食事が運ばれる間に、着替えがパヴェルと同じような服装であることを、そっとバイラに伝えると、バイラは少し笑って、総長にお礼を言った。
「でも。泊まるのは」
「遅いのだ。もう手筈は整った。俺たちと一緒に動くなら、今後もこうしたことはある。慣れるのだ」
ひそひそ話す二人に、皆は何となく見当をつけて可笑しそうに見守る。
食卓に運ばれてくる料理を取り分けてもらい(※ごそっと)初日の夜よりも、若干気の抜けた雰囲気で、夕食の時間は過ぎた。
夕食も終わりに近くなる時、パヴェルは小さな咳払いをし、リヒャルドを呼んで、皆に果実酒と果汁を配らせる。その振る舞いに、何か新しい料理でもまだ出るのかと一同が思いきや。
「さて。少々、私の話をさせて頂きたい。先ほど、夕方に私が来客を迎えた、それについてです。皆さんの耳に入れておきたいと思い、早いうちにお伝えします」
パヴェルが突然、手をパンと打ち合わせてから、笑みを含んだ顔を向けて、ぽかんとしている旅の一行を見渡す。
「今日午前に、私が本部で提案したことがあります。魔物製品製造に掛かる費用を、テイワグナ国内の貴族で出資しようという内容でした。
私はハイザンジェル籍ですから、実際に関わるのは私の親戚ですが。先ほどの来客は、親戚です。首都に近い南に住んでいまして、馬車で4時間ほどの地域から、駆けつけてくれました」
「すまない、パヴェル。話を止めるが、その親戚に知らせるまでに、既に4時間掛かっているはずである。夕方に親戚が来たとなると」
「さすが総長。目の付け所が良いですね!実は昨日の晩には、私はこれを考えていましたから。夜の間に使いを出しました」
パヴェルは、ニコッと笑う。ドルドレンは頷いた。
夜・・・魔物出るだろうに。昼でも出るんだから。以前、王様が雪の夜中に、手紙を北西支部に出したことを思い出す。
王様や貴族は、早馬を出す人間が危ないかどうか、そこまで考えないのだ。でも良かれと思ってのこと・・・とも分かる。ドルドレンは複雑な心境で、話を再開してもらう。
「はい。では再開します。私はハイザンジェルで約束した『貴族のあり方』。今後の人生、そこに尽力する気でいます。ですから、世界中を回ってでも、私たち貴族だからこそ協力できること、それを常に実行しようと考えているのです」
熱く喋るパヴェルに、バイラ以外の皆が思うこと。それは―― ここにパヴェルがいるのも偶然ではなく(※バレた)これからも『付きまとう気満々』ということ。
自分に向けられる静かな視線が、疑いと困惑に満ちていることに全く気づかないパヴェルは、意気揚々と勢いを増して、自分がどれほど魔物退治と国のために役立てるかを、ドラマチックに語り上げた。
「このような気持ち、熱意でいますから、私は早速一つ実行に移した次第です。まずは貴族間で会議の時間を設け、それから国に会議の場を求めるつもりです。警護団への決定通知はその後の予定です」
つまり。貴族が動くだけ動いてから、ようやく現場の人たちにあれこれ変化が訪れるわけで、これを聞くと、きっとこれまでも全てが貴族ありきの土台から始まる、テイワグナだったのだと理解した。
「どこも一緒ね。お金持ってる人に頼らないと、国って動かないのね」
「ハイザンジェルもそうですから。騎士団の給料が良いのは、自分たちの親・兄弟・親戚が回しているからです」
ミレイオのひそひそに、シャンガマックが小声で教える。『それって、遠回しにお小遣いってことでしょ?』ミレイオが突っ込むと、褐色の騎士は笑って頷いていた。
「騎士修道会もそうですよ。貴族の寄付金も大きいと聞いています。だから騎士団制度が変でも、あまり強く言えないようで。俺たちは税金で動いていると教えられますが、それだけでは足りないらしいから」
「あんたたちも、金のしがらみがあるのねぇ」
同情されたシャンガマックは、ミレイオに苦笑いして『腕で食べていける人を尊敬する』と伝える。ミレイオは少し笑って、彼の肩をぽんと叩くと『あんたたちに、守ってもらってるから暮らせるのよ』と答えた。
それからミレイオ。その言葉に続けるように、パヴェルが一息付いたのを見計らい『ちょっと良い?』と話を変える。パヴェルがどうぞ、と答えたので、ミレイオはタンクラッドをちらっと見てから、話し始めた。
「明日以降。炉がある場所に行きたいのよ。試作したいの。出来れば早い方が良いんだけど。バイラに案内ってお願いできるかしら?急だと向こうも困るだろうし」
「そうだな。首都に来て、明日で3日目だろ?バイラの手続きに日にちが掛かるなら、その間にでも」
ミレイオとタンクラッドが試作をしたい旨を話すと、バイラは、自分が動ける朝早い時間になら、案内出来ることを教える。
「ご案内して、そこですぐに使えるかどうかまでは分からないですから、明日は確認ですね」
バイラがそう言うと、待ってましたとばかりに、思いついたパヴェルが割り込む。
「私が連絡しておきましょう。詳しい条件などあったら、教えて頂いて!そうしたら明日にも使えますよ(※金の力で確信)!」
勝手に決めるパヴェルに、苦笑いする親方とミレイオ。
でもこの場で話しちゃったから、と諦めて、その手も使えそうならお願いすることにした。滞在時間が限られている以上、四の五の言わずに使えるものは使う方が早い。
職人の了解を、すぐにもらえた貴族は満足そうに頷き、リヒャルドさんに『ってことだよ。明日の朝に行くから。お願いね!』と軽く頼む。
リヒャルドさんは、いつもと変わらぬ笑顔で丁寧に頷き『かしこまりました。ではすぐに』そう、人様に迷惑になりそうな発言を、穏やかに返していた(※もう、夜)。
少し早い時間からの食事だったので、話しも終わる頃に暗くなり、夕食を終えてそれぞれ明日の時間を確認すると、部屋へ戻った。
親方はいつもどおり(※コルステインお迎え)。バイラもお風呂を済ませ、緊張したように出てきて総長の服を借り、緊張しながら部屋へ入った。
他の者も、慣れたような慣れないような。ただ、初日に比べれば、諦めもあり(※一週間ここだから)別に不都合があるわけでもなしと、お休みの挨拶を交わして今日は終了する。
イーアンは、今日も長い一日を過ごした気がしていた。昨日は留置所、今日は朝から破壊(※止むを得ず)。
テイワグナにも、いろんな人がいる。感動してくれる人もいれば、羨みのようにネガティブに対応する人もいる。
ハイザンジェルよりも、龍や精霊に知識や信仰があるけれど、それを基盤に、様々な反応を見ることで『なかなか気の抜けない国』とした印象が付いた。
「ユータフ。どうしたかしらね」
バイラは一緒に行くと分かったが、彼を導いたような、ユータフは。
あの若者は、今頃、親御さんの家にいるのだろうか。
イーアンは分かっていた。彼は自分と話した最後の日の朝。ちゃんと彼の中に、成長したものを持ったことを。だから花丸として、スペシャルサービスだっだのだ。
「私は。彼くらいの時。ぶん殴られて、蹴り倒されて。それでも分かっていませんでしたね」
反抗だけが術のようにケンカっ早かった、若い頃。無駄な時間が長過ぎた自分と比べれば。『ユータフは物分り良い方でしょう』元々良い子なのです・・・フフッと笑ったイーアンは、彼が無事に今後も生きていけるように祈る。
どこかで。テイワグナの空の下。またユータフに会ったなら。今度は、龍になった頭に乗せてあげようと思う。
信仰心のあるなし関係なく、旅する自分たちには一つ一つが大きい出会いだけれど、今自分たちが、生きた伝説を作っているのだと思うと、もっと意識を高める必要を感じる。いつでも誠実に、いつでも本気で関わるのだ。
テイワグナの国民は、きっと伝説を語り継ぐだろう。皆さんの言葉に乗って、自分たちの旅は時代を超える。始祖の龍、ズィーリーたちがそうだったように。
横で眠る伴侶(※ドルもお疲れ)をナデナデしながら、イーアンは布団を引っ張り上げ、目を閉じて眠りにつく。
天井に貼り付いたヤモリの声は、眠りに落ちるまでずっと響いていた(※部屋が植物だらけで入ってくる)。
お読み頂き有難うございます。




