925. 首都での午後 ~ベデレ神殿・資料館
正午。うっかりパヴェルもついて来たため、旅の一行はイーアンとオーリンを除く6名が、パヴェルと共に、なかなか出てこない料理を待っていた。
「予約しておけば良かったですね!でもね、あるもので良いよと伝えたので、今、頑張って作ってくれていると思います」
アハハハと笑う初老の貴族。図書館まで馬車で移動した後、皆を乗せてリヒャルドさんお勧めの店へ。
ドルドレンたちが絶対に入ることの無い、敷居のむちゃくちゃ高そうなお店の3階丸ごとを貸し切り、7人は、だだっ広く豪華なお部屋に案内された。
こんなに広い食卓じゃなくても、と思うくらいデカイ円卓に、ぽつんぽつんと離れて座る、旅の一行(※隣の席が遠い)。『あるもので良い』と言われたところで、相手が貴族じゃそうも行かないだろう・・・と、皆は思っていた。
そんなこと気にしないパヴェルは、ザッカリアに『どうだった?面白い本はあった』満面の笑みで図書館の様子を聞く(※気分は孫とおじいちゃん)。
ザッカリアは『字が違うのもあったよ』と答えながらも、ヒラヒラおじさんに、いまだ緊張が解けない顔で答えている。
首都滞在中は、いろんな刺激に慣れなければいけないと、全員、じわじわ覚悟を決める時間を過ごす。
皆が図書館(※子供用)に居たために、離れた席でも図書館の感想を話しているのを聞きながら、ドルドレンは一人、水をちびちび飲んで、静かにさっきまでの回想をする(※パヴェルも話題に参加中)。
――「ベデレ神殿だが。先ほども話したが、あんなことが繰り返されてはいけないのだ。あの後、どう対処しているのか。まだ続きはあるのか」
副団長は、ベデレについて自分が把握している情報を伝えた。『忌わしい事件です。まだ捕らえていない主要関係者が2名います』それは現在も、今後も捜索すると言う。
「主要関係者8人中、3名が行方不明。これは・・・先ほどの『消えた犯罪者』のことです。そして5人の僧侶が逃亡し、3名は逮捕したので、現在拘留中です。来週、最初の裁判にかけられる予定です。
また、地元住人に提供された証拠の一つに帳簿があり、帳簿に掲載された個人には、内密に情報提供のお願いをしています。この一ヶ月で、実際に提供に協力があったのは、1~2名ですが」
直に出向いて聞かない理由は、年月が経っていると分かる日付もあることと、貢物の内容が性的である場合、また偽名を用いている可能性があるなどの理由だと言う。
『偽名が、他人の場合もあって』人数も多いため、そこは慎重らしかった。
「帳簿を残すような間抜けなことをしたのも、聴取の際に聞いた限りでは『見つかると思わなかったから』だそうで、万が一、自分たちが槍玉に挙げられた時に、相手をすぐ確定するためだったようです」
「犯罪者なのか、犯罪者もどきなのか、分からん行動だな」
ドルドレンが呆れたように呟くと、副団長も同意した。『犯罪意識は薄いのでしょう』彼らは少々、意識がおかしい部分が見えると話す。
「神殿の調査もあり、明るみに出た実態を知った国民からは、神殿存続を懸念する声が多く、今後は神殿を、テイワグナ共和国公的機関の施設として扱う方向です」
「それが良いと思う。辺鄙な場所だろうが、それなりに地方公益に役立つ使い方もあるだろう。
他にもああした神殿はあるのか?あそこに一つとは思えないのだが」
ドルドレンの質問に、団長が会議室の壁に動いて、上から垂れる紐を引くと、天井近くに巻いてあった地図がさっと下がる。
その地図を前にして、『ベデレ神殿がここです』団長が指差して教え、その指をずらし『こちらにも』『ここと』『この辺りにも』と言う。
「土着信仰も強いので、各地にあるにはあります。ただ、ベデレと同じくらい『神がかり』の噂が立つ神殿は、ヨライデ境のこちらにある、ハディファ・イスカンだけです。ここはちょっと風変わりですが」
そこはヨライデ国境に近い海岸線で、国境も、山脈や河などのはっきりした区切りがない場所という。
「このハディファ・イスカン神殿は、でも。手を出すに難しい所でもあります。信仰心というよりも」
「何か問題があるのか」
「現物がいるから、と。話だけは聞いています。
もう、ほぼヨライデみたいな地区で。あちらの宗教も影響している神殿のため、ちょっと。何と言うか。質がもっと土着的です。
ただですね、子供を集めるなどの行為は一切聞かないので、それはないと言えるでしょう」
「口を挟むよ。現物って言っただろう?子供じゃなくて、そうした力の噂が立つ、神官や巫女でもいるのかね」
パヴェルは団長に、気になったことを尋ねる。ドルドレンも同じことを思ったので、団長の答えを待った。団長は副団長と顔を見合わせ、言いにくそうに躊躇うものの『話だけですが』と前置きした。
「妖精がいるとか。姿は人間ですが、見れば人と違うと感じるようです。それも悪いことをしているわけじゃないんですよ。
治すんですね、病や怪我をした人を。死んだ人を蘇生するとか、そんなことは、さすがに無理らしいけれど」
「金を取っているのかい?神殿だろう。お布施や何か、あってこその場所に思うけれど」
「その神殿には、その人物というか。その者しか居ないそうです。
元々この神殿は、遺跡のような場所で、地域の祭りで使われるくらいだったと聞いています。そこへ、いつからか棲み着いたようで。
これはイスカン地区の警護団に、調査報告をもらっているので確かです。
その人物は、金を受け取らないという・・・えー、要はその。妖精だから、金も物も要らないというかな、そういうことらしく」
だから、信者が集う神殿とはいえ、話に聞く状況がそうなものだから、ベデレ神殿関連の調査としては手が出しにくいと彼らは話した。ドルドレンも、それを聞くと複雑な気持ちになる。横を向くと、貴族も眉を寄せて『それじゃ、単に善行だね』と呟いた。
こうしたことで、ドルドレンはベデレ神殿のその後と、警護団が関与する範囲に置いての処遇を知り、残る2名の逃亡者の逸早い逮捕を望む、と伝えて、この話を終えた。
ドルドレンとパヴェルは、話を終えた時間が昼前ということもあり、とりあえず他の仲間と連絡を取って、昼食にする流れとなった。
パヴェルの中では決定していたが、ドルドレンがここで改めて『一週間の宿を探す』と言ったことで、パヴェルは驚き『うちで良いじゃないですか』急いで、総長の言葉を否定した。
そうなるかな~と思っていたけれど、微妙だったドルドレン。あっさり決まったので、それはそれでお願いした(※ちょっと慣れた&宿賃と食費が浮く)。
帰り際、副団長から『夕方に、明日以降の連絡をします。バイラに頼むので』との話をもらい、警護団側の日程に、合う合わないの都合を、翌日連絡する話でまとまる。二人は団長たちに、良い話し合いが出来たことを伝え、会議室を後にした(※壊したガラス窓については伏せる)。
こうして総長と貴族は、送り出されて警護団本部を出て、表にいたリヒャルドさんに笑顔で迎えられると『皆様は今、テイワグナ子供図書館で楽しまれていらっしゃいます』情報を受け取った――
ようやく。目の前に料理が運ばれてきて、ドルドレンはぼんやりと意識を戻す。イスカン地域の神殿には、何か気になるものがある。今日の話は、後で仲間に聞かせようと思った。
そして、じっと料理を見つめるドルドレン。皿だけが大きい印象のお金持ち系料理は、ドルドレンには毎度、理解出来ない。
皿が大きい=中身が小さく見える。それは空腹に宜しくない気がする・・・せめて小さい皿に盛ってくれたら、ちょっとは食べ甲斐があるように見えそうなものである。
どうして皿だけ、いつもデカいんだろうと不思議に思いつつ、パヴェルに『さあ、どうぞ!好きなだけ食べて』と促され、ドルドレンも皆も、可愛い小奇麗な料理をちょびちょび食べ始めた(※すぐ、なくなるから)。
*****
お空のイーアンは、今日も赤ちゃんsと遊び、合間にビルガメス特訓を受け、休憩で赤ちゃんsに群がられ、腹が減るわけない空なのに、気分は腹ペコだった。
コロッとした、ルガルバンダ・ベイベの、ぷくっとした頬っぺたが、可愛くて美味しそうで、抱っこした序にマムッとかぶり付いてみたら、慌てたビルガメスに取り上げられた(※赤ちゃんはハハハと笑うだけ)。
「お前はっ 子供にまで食欲を」
「何仰るのですか。可愛いから。ぱくってしただけです。歯なんか立てません。唇でぱくってだけ。痛くないですし、子供たちはそんなの」
「ダメだ。お前はいつか食べようとする」
しないですよ、と笑うイーアン(※赤ちゃんsがちょっと遠巻きになる)。ビルガメスは眉を寄せて女龍を見つめ『ルガルバンダに一応伝える』と警戒していた。
イーアンはこの後も、ぷくぷく度No.1のタムズ・ベイベに同じことをして、ビルガメスに取り上げられ、ちょっと面白くなったので、ちょこちょこ近づいたビルガメ・ベイベにもマムッとしたら、とうとうビルガメスに抱え込まれる(※躾けの姿勢その1)。
角を摘まれ、上を向かされ、見下ろす金色の瞳に『子供を齧るな』と言われた。真顔で言うので、イーアンは笑いっぱなし。『齧っていません』言い返すと、もう一度『子供は齧らない』と念を押された。
「大丈夫ですよ。これもまた愛情表現」
「お前は」
困った顔で言いかけたビルガメスは、止まる。
ちらっと、胡坐を組む膝頭にビルガメスが視線を向けると、ビルガメ・ベイベが膝の角に、マムッとかぶり付いていた。イーアンは笑う。赤ちゃんもイーアンを見て笑う。
「ほら。可愛いだけです」
おじいちゃん、少し固まる(※可愛いには可愛い)。いつも齧られるが、今回は歯を立てないでかぶり付いたと知り、これの方が良いかもと思う(※いつもは本気で齧ってくるから歯型が付く)。
「大丈夫でしょう?赤ちゃんは、ちゃんと分かっています」
「そうみたいだな。おい、俺にもするか」
うえっ まただよ、とビビるイーアンは、せっせと首を振って『赤ちゃん限定』であることをビシッと伝える(※男龍はすぐ、自分にもしてもらいたがる)。
ビルガメスは、つまらなさそうにベイベを抱き上げ、自分の顔に近づけてから、ベイベにマムッとしてもらって嬉しそうに少し笑っていた(※おじいちゃん満足)。
「今日はゆっくりだな。お前は昨日、ちょっと面倒があったみたいだが。それで今日は遅いのか」
「え。遅い。ふむ、イヌァエル・テレンは時間が分かりませんからね。そうですか?」
ほら、と窓の外を見るビルガメス。イーアンが振り向くと、龍がぴゅーっと飛び去り、消えたと思ったらまた、ぴゅ―っと飛ぶ・・・『あら。オーリン』あれはガルホブラフ、と呟くイーアンに、ビルガメスは『お前は本当に鈍い』と笑っていた。
どうやら結構前から外にいたらしく、それを聞いたイーアンは、いそいそ帰り支度をし、赤ちゃんsとビルガメスに明日の約束をして、外に出た。
「オーリン。すみません、気がつかなくて」
「いいよ。もう昼も過ぎてるから、皆も食事してるだろ。この際だ。俺たちは首都で降りれる所、探そうよ」
昨日はうっかり捕まった。首都に少し滞在するみたいだし、それもそうだと思ったイーアン。そうしよう、そうしようと、二人は合意してガルホブラフに乗り、首都の安全そうな場所を目指して飛んだ。
*****
「イーアンから連絡って」
ミレイオは自分の食事を終えて、取り出した珠を見つめる。同じ席で親方も自分の腰袋を見て『いや』と首を傾げた。ドルドレンも珠を手に『今日は大丈夫だと思うが』と呟く。
「連絡してみたら?向かってるかもしれないけど」
ミレイオに言われて、ドルドレンが呼び出す。10秒くらい待つと『はい。イーアン』と応答があった。
ドルドレンは、自分たちが首都の食事処で先に食べていると伝えると、イーアンはどうやら、オーリンと一緒に降りられる安全な場所を見つけ、そこから首都に入ったとの話。
『どこなの。遠いだろう』
『でも。龍を今、帰しましたので、私、開き直って飛びますところ。オーリンだけですし』
『目立つのだ~』
『大丈夫よ。目立つけど。龍は告知が出てからの方が良いでしょうが、私は大丈夫』
『どこなの。もう一度聞くけど。俺たちはこれから郷土資料館だ』
『まだ町に入ったばかりですため、何か食べてから郷土資料館へ行きます』
イーアンも方向や場所の名前を知らない。ドルドレンは了解して、郷土資料館で待つと答え、通信を切った。そして皆に報告。
すぐ『郷土資料館の場所を知らないんじゃないの』とミレイオに言われ、ドルドレンはハッとした。
「まぁ、訊くだろ。子供じゃないんだから」
親方は大丈夫だ、とドルドレンに言う。『一人だと、イーアンは迷子になるだろうが。オーリンが一緒だ。二人なら辿りつく』と思う・・・ちょっと濁して、親方は頷く。心配そうな総長。
「あの二人が揃っていれば、俺が探せる。迷子になっていたら、探せばいい」
「そんなことにならないと良いが」
「総長、リヒャルドに伝えておきましょう。それで。さっきの珠は。もしかしてギアッチという騎士の」
目ざとく見ていたパヴェルに話を変えられて、うっかり見せていたと、全員が気が付く。
しかし既にはぐらかすのも難しい状態で、結局パヴェルの好奇心に負け、連絡珠のことを教えてやったら、とても欲しがっていた(※金はある)。
「でも。ダメである。旅の仲間の分なのだ」
「そうですよね~。それはそうだと思うんですけれど~」
粘るパヴェルに、皆でダメダメ首を振りながら、昼食を終えた席を立ち、一行はパヴェルの馬車に乗って郷土資料館へ向かった。
ザッカリアが子供図書館で楽しめた時間は、午後に、郷土資料館という、大人用の小難しい時間に変わる。
馬車を止めて下りた後、リヒャルドさんは馬車を停車場へ向け、7人は入り口に向かう。大きな資料館で、敷地に入ったところから、沢山の遺跡の一部が出迎え、シャンガマックはキョロキョロしていた。
入り口に向かうまでの道も、並べた敷石が古代の図案を元に組まれているので、気づいたミレイオが行ったり来たりしながら、全体の模様に関心を寄せる。
入り口をくぐったすぐの壁は、奥へ続く吹き抜けの大ホールに繋がり、傾斜して円錐に上がる屋根にはめ込まれた天窓から、光が降り注いでいた。
ここで親方の足が止まり、鳶色の瞳が食い入るようにじっと見つめる壁一面に、一見して魚の群れのように映るそれが、全てテイワグナ史上に残る剣の再現標本であることを、皆が知る。
「俺はここにいる」
皆を振り向くこともせず。一応、断りだけ入れると、親方はすたすた歩いて、剣の壁に吸い寄せられてしまった。壁の手前に置かれる、腰上丈の置き台にはガラスの蓋があり、その中も、地域別に製造された剣の複製が、並んでいるようだった。
「タンクラッドは仕事柄」
言いかけたドルドレンは、ふと思いついたように見渡す。剣の壁を左に折れて、曲がった先に広く空間をとってある防具だらけの部屋へ、ミレイオが歩いて行くのが目に入った。
「彼らは仕事柄」
言い直した矢先、シャンガマックが、巻物が積み上げられた『テイワグナ古代遺跡群資料』の棚へ向かっているのを見つける。
ドルドレンが黙ってその背中を見送る間、次々に皆が好きな場所へ移動して行き、ドルドレンは入り口を進んだちょっとの場所で、一人取り残されていた。
ザッカリアは、パヴェルの手を背中に添えられて『子供にも面白い、特別展がありますよ』と、目立つ展示へ案内されている。
程なく近い場所にいた妖精の騎士は、案内員の女性に捉まり、丁寧にお話を聞いていることから、どうも無理やりのご案内を受けている様子。
「フォラヴの側はやめよう」
うん、と頷くドルドレン。そっと常設展の巡回路を外れ、子供とパヴェルの後に付くことにした(※無害そうだから)。
足を向けた特別展は、今年の前半期間中開催とあり、『テイワグナ神話由来の考古資料』の共通語垂れ幕の下、明るい天窓の光を受ける、大きな張りぼての龍が吊るされている空間だった。
お読み頂き有難うございます。




