924.これからの警護団へ
会議室に、イーアンと他3人。団長と副団長だけが残った状態で、副団長は、怒りとも恐れともつかない目を、背の低い女に向けていた。
ひどい・・・それを言えない自分がいる。伝説の龍を怒らせた以上、受けるべき罰とは理解するが、無情にも思えるこの仕打ちに、人としての怒りがこみ上げる。団長も、この惨事に頭が真っ白。
ドルドレンは何て言って良いのか分からない。イーアンのことだから、殺さないと思ったが。
しかし、彼女は『龍。龍なのだ』あの日。ビルガメスが消した時の顔そのものを、今、愛する妻に見ているドルドレンは、解釈が追いつかないでいた。
パヴェルも、上がってくる苦い唾を何度か飲み込む。
初めて目にした、大きな存在の鉄槌。容赦のない決行。背中に白い翼を出したイーアンは、旅人パヴェルを助けたイーアンではない。決して、人の手の届かない範囲の裁きを見たような気持ちだった。
オーリンだけは腕組みし、座った足を組んで、じーっとその場を見ている。
黄色い瞳の見つめる熱に、目を向けたイーアンは、オーリンを見てちょっとだけ口端を上げた。
オーリンも座ったまま、フフフと笑い、堪えていたように『アハハハ』突然に声を上げて笑い出す。イーアンもフンと苦笑いしてすぐ、弾けるように笑い始めた。
『何だよ、結局』オーリンは笑いながら、そう言うものの、笑う声が抑えられない様子。イーアンも『だって無理ですよ』そう答えて笑いっぱなし。
呵呵大笑そのままの二人に、ビックリしたのも束の間。副団長は、カッと来て『何が可笑しいんだ!』と怒った。
「人が死んだんだぞ!こんな男でも、私の部下だったんだ!殺しておいて」
叫んだ副団長に、イーアンは笑った顔をさっと戻して彼を見る。びくっとした副団長に、首を傾げる女は、何も悪いことをしていないように、不思議そうにしている。その顔が子供のようで、異様に怖く感じる副団長。
殺しておいて笑い、咎められて何故と思う・・・その人間離れした反応に、副団長はふらつく。
「おいおい、本当に死んでると思ってるのか」
オーリンが立ち上がって、苦笑い。彼の言葉に、その場にいる皆は、倒れている男に視線を投げる。動いていない。瞼も開いていない。『死んで』言いかけて、止まる団長。
もしやと、倒れた部下に駆け寄って、その胸に手を置く。『し、心臓、動いてるぞ』副団長に急いで教えた。唖然としたままの副団長に、早く、と手を引っ張り、同じように胸に手を当てさせた。『本当だ・・・』副団長もその動きに呟く。
彼らを見つめるイーアンは、ちょっと考えて顎に手を添え、うーんと唸る。
「日本刀ならね。峰打ちって言えるのですけれど。この場合は何でしょうか」
「何、みねうちって。にほんとうって?何か、2本あるのかよ」
「何でもありません。独り言」
「またそうやって、俺に分からないからって、適当にはぐらかすんだ」
「言っても分からないじゃありませんか。聞きたがるだけで」
「最初から俺に分かるように、言ってくれたら良いだけだろ」
「今、そこじゃないだろうっ!」
眉を寄せるドルドレンが頭を振りながら、普通に言い合いする二人の龍族に割って入る。
「オーリン、何か知っていたのか?早く言えっ! イーアン、何をしたんだ。彼は」
「知ってたも何も。イーアンじゃなかったら(※By男龍)こいつ死んでるだろうけど。彼女は、許そうとしてたじゃないか。演技だって分かるだろ。
まぁ、彼女を知らなきゃ、このおじさんたちみたいに、慌てるかも知れないけど」
何やら取り乱している総長に、オーリンは肩をすくめる。イーアンも続けて、気がついていなさそうな伴侶に教える。
「ドルドレン。あなたもタムズにこう・・・以前、この状態ではありませんでしたか」
ハッとするドルドレン。オーリンはイーアンを見て『そうなの?』と訊ねる。イーアンも『私は知らないのですけれど』と頷く。ドルドレンは理解した。
「イーアン・・・君は、男龍と同じことが出来るのか」
伴侶の質問に頷くイーアン。『ついこの前も。ユータフにそうしました』軽く拳を握って見せると、ドルドレンは目を丸くして『そうだ。ユータフもだ』と、吊るし上げられたユータフを思い出す。
「気力か。気力を取っただけで」
「そうです。最近出来るようになりました。でもこれだけであっても、自分が罰されたことは理解出来ます。体に傷がつかなくてもです」
「そうだったのか・・・俺はてっきり」
ホッとするドルドレンは、良かったと胸を撫で下ろしたが、すぐにオーリンに怪訝そうな目を向けられる。
「おい、総長まで。イーアンが殺すと思ったのか?何だよ、信じてねぇんだな」
「違う、違う。信じているのだ!イーアン、信じてるよ。だけど、こんなの見ないから」
慌てるドルドレンに、イーアンはちょっと瞼を下ろして伴侶をじーっと見つめる。オーリンが側に来て『総長、信じてなかったんだな。今日、空行こうぜ(※ナンパ)』関係ないノリで、イーアンを誘う。
「言われなくても、赤ちゃんが待ってますから行きますけど。じゃ、私の話はここで終わりにします。そろそろ行かなければ」
「えっ。イーアン、もう?かなり唐突なのだ。怒ったのか?俺に?肉は・・・肉がないっ」
肉、肉、と機嫌を取るアイテムを探すドルドレン。パヴェルも我に返って『え、肉ですか?うちにあるけど』とよく分からない協力を持ち出す。
そんな伴侶はさておき。イーアンは、倒れたトーゴを見てから、自分を見上げる団長と副団長に、ちょっとだけ微笑んだ。
「怖かったと思います。でも、そのくらい。龍との約束を守ることは大きいことです。私たちは龍。テイワグナを守るために来たのです。あなた方もどうか、龍の心を守って下さい」
そう言うと、イーアンはトーゴの胸に指を一本置いた。白い煙が腕から立ち上り、這うようにイーアンの腕を伝って指先に流れ、その煙はトーゴを包む。2~3秒で男は瞼を開け、息を大きく吸い込んだ。
「トーゴ」
部下の目が覚めたことに、団長が顔をくしゃくしゃにして、涙声で名前を呼ぶ。副団長も涙を流して『良かった』と喜んだ。
オーリンも側に寄って、膝に手を付き、太った男を覗き込む。その仕草に、団長と副団長は緊張する。
「あのさぁ。赦してもらうなんて、ないんだぜ。龍相手に、人間が侮辱して。また繰り返しても赦してもらえるかも、って思うなよ。
俺、インガルでも言ったんだけど、次は死ぬぜ。彼女は赦してくれたけど、彼女を守る龍たちは無理だ。一瞬で侮辱したやつが消える。瞬きしたら消えるって話なんだ。覚えておいてくれ。
それに俺が笑った時点で、演技が苦手なのかなくらい、気がついてくれよ」
「あなたは。でも、そんな・・・演技と思えるような状況では」
「俺たちは、テイワグナ助けに来たんだよ。誰か殺したら本末転倒だろ?」
アハハハと笑う、龍の民。『だけど次はよせよ・・・・・ 』冗談とも本気ともつかない言葉を残し、オーリンは体を起こした。
この数十分に起こった出来事と、それを締め括った彼の言葉で。警護団の団長と副団長は、ようやく、自分たちがするべきことを、心で理解した気がした。
イーアンはこの後、ドルドレンに『お空行ってきます』と、目の据わった状態で挨拶し、嫌がるドルドレンに『昼には帰る(※男らしいイーアン)』と言い聞かせ、やたら喜ぶオーリンと一緒に出て行った。
トーゴは目を開けたものの、憔悴していて声が出ず、そのまま医務室へ運ばれた。
仕切り直したパヴェルと、肩を落とすドルドレンは、団長と副団長を相手に、自分たちの要望を伝え、警護団の了解を各地へ広めるように願った。
ドルドレンはこの時、パヴェルに、分館でイーアンたちを捕らえた二人の警護団員に処罰はしても、団長たちにそれはしないでほしい、と頼んだ。『彼らが、一番上の立場である必要がある』そう言うと、パヴェルも理解したようで、すんなり了承してくれた。
そして、今回の件を引き起こした二人は『貴族への無礼』とした理由で役職を解かれ、騎士修道会及び、ハイザンジェル国王の立場を、軽んじた行いを取ったとして、給与が著しく下がった。
ドルドレンはこのまま、時間のあるうちにと、バイラのこと・戦法指導のこと・魔物製品の購入のこと・そして、ベデレ神殿の話まで全部伝えた。
ベデレ神殿の話を聞いた団長は、大津波の翌日付けで上がった報告書に、地元民の申請書が添えてあり、そこに不思議なことが書いてあったことを話した。
「さっき。トーゴが目を覚ました時に、あの黄色い目の彼が私たちに言いました。
『彼女は赦してくれたけど、彼女を守る龍たちは無理。一瞬で侮辱したやつが消える。瞬きしたら消える』それを聞いて、彼女と同じような存在が他にもいる・・・そのことと、ベデレ神殿の『消えた犯罪者』の話が過ぎりました。もしかして同じ内容ですか」
ドルドレンは頷く。パヴェルは黙って話を聞いていたが、本当にそんなことがあるのかと背筋に冷たいものが走る。
総長は、ベデレ神殿の悪事報告に『補足として、龍の存在を教える』と彼らに言った。
「俺たちの、テイワグナの旅は始まったばかりだ。首都には一週間ほど滞在するだろうが、その後は各地を回るため、首都へ訪れることはないだろう。
今、直接、耳に入れられる機会であれば、伝えておいた方が良い。
テイワグナ入国、数日後。俺たちは、街道沿いで魔物を倒した。そこで農家を襲った魔物も倒したが、その時、二人が犠牲になりつつあった。既に傷を負い、助かる見込みがなかったのだ。
偶々、イーアンと一緒に来てくれた龍族が、彼らを助けてくれた。
先ほど、トーゴと呼ばれた男をイーアンが回復させたように。その龍族を見た農家の者は『龍の人』と彼を呼んだ」
「龍の人ですって?イーアンは龍の女、と知りましたが。龍の人も?もうテイワグナに現れたんですか?」
そうだ、と答えて、ドルドレンは続ける。団長たちも、伝説をすぐ思い出すのかと分かる返事。
「死にかけていた二人を、傷一つなく回復させた『龍の人』。その彼は、大津波の後にベデレ神殿で、犯罪者を一瞬で消した、彼でもある」
「何ですって・・・一瞬とは」
「文字通りだ。彼が意識を向けたと同時に、そこに何もなかったように消えたのだ。俺たちも目の前で見ていたが、何が起きたわけでもない。消えたんだ」
「し。死んだ、という意味ですか」
「それも分からない。おそらく存在そのものが無くなったのだと思う。つまり死んだのかもしれない。しかしそれは、どれほど彼に訊ねても、答えはもらえなかった。
龍から見れば、命の采配をする立場である自分たちの行動に、人間が疑問を持つこと自体、彼曰く『神経質で小さな理解』なのだ」
「そんな恐ろしいことを平然と。でも、一方では助けてもくれて」
「そう。恐ろしいことかも知れない。だが、彼らは、単純な人間の価値観を持たない。
実際に彼らと話すと、恐ろしいかどうかは、人間側の見方でしかないと知る。
聖なる存在を侮辱し、愚弄した時、彼らは人間を消す。その采配を以ってして、他の人間に教えるために。彼らなりの『愛』なんだ。命を奪うのが目的じゃない。
人を助けたのは、イーアンが頼んだからだ。
そして『龍の人』は彼だけではない。他にもいる。
イーアンは彼らに守られている。ここで勘違いはいけない。守られてはいるが、彼らよりもイーアンの方が強いと聞いている。
俺たちが一緒にいる、あの小さな彼女は、空の最強だ。人を思い遣り、罰することに痛みを感じて嫌がる、心優しい龍なのだ」
ドルドレンの説明により、信じ難い存在についても、また、その恐ろしい力についても理解を深めた、団長と副団長。暫しの間、複雑そうな表情を浮かべた沈黙が続いた後、副団長が総長を見る。
「魔物が。現れたことも、私たちには衝撃でした。隣国で、魔物による甚大な被害が生じていると聞いて知っていても。
いざ、自分たちが向かい合ったら、聞いた話に感じた恐れを上回る、恐怖の想像ばかりです。
今はそこに、『龍』という存在も現れました。
伝説にあるように、各地の民間伝承に残るように・・・魔物が現れると龍が助けに来てくれる、それが現実になり、今はもう情報を受け入れることで精一杯です。感謝はしているけれど、頭が」
副団長の言葉に、総長は何度か小さく頷きを繰り返し、自分たちと龍の出会いを少し話した。
「分かるのだ。そうなるだろう。ハイザンジェルは1年半、龍がいない状態で人々が戦い続けた。俺の力も及ばず、殺されて終わるまで戦おうと足掻いた。そこへ、龍が現れた。状況は一変した。
龍は、自分たちがいるからだ、とは言わなかった。騎士修道会が死に物狂いで戦ったから、ハイザンジェルから魔物がいなくなったのだと。龍は手伝うだけ、と言ってくれた」
ドルドレンは机に視線を落とし、思い出しながら、その話をする。少し微笑むと、自分の話を聞く二人の警護団員に、灰色の瞳を向けた。
「あなた方も戦うのだ。俺たちは手伝う。戦い方を教え、勇気を持つことを教えるために来た。
恐れるだけではないことを知るのだ。俺たちが我武者羅に生き抜き、最期も覚悟して日々死んだように生きていた時間を、龍が希望と共に終わらせて導いたように。
魔物を倒し、魔物を使え。自分の手で、知恵で、勇気で倒した相手を、その身を守る道具に変えろ。
それが出来ることを、俺たちは身を以って知っている。俺たちは龍と共に、あなたたちテイワグナ国民を助け、命をかけて守り、恐れを乗り越える最初の礎になろう」
騎士修道会の総長。その背中に、多くの犠牲になった命を背負った男が、目の前で心の声を伝えてくれる時間。
警護団長と副団長の二人は、感じ入って話を聞き、ゆっくりと頷いてから頭を下げた。そして団長は、ぐっと唾を飲み込んでから息を吸い込み、意を決したように、総長を真っ直ぐ見た。
「教えて下さい。時間が許す限り。私たち二人を含む、7000人の警護団員が、国民を守り、このテイワグナを守るために」
「勿論だ」
立ち上がった団長はさっと右手を伸ばす。ドルドレンも腰を上げて右手を差し出し、彼の手を握った。
その手の上に、副団長が手を重ね『ハイザンジェル騎士修道会に。心から感謝と、敬意をこめて』と囁く。その声が少し震えていて、彼の目に薄っすら涙が浮かんでいた。
横で見ていたパヴェルは、自分もこの感動的な場面に参加したかったが、ちょっと違う気がして我慢した。
それから話は、警護団が購入する魔物製品と、その製造詳細に進み、また、戦法指導の話に関心を持った副団長により、騎士修道会の遠征記録を参考に、講義の時間を組むことになった。
パヴェルは『魔物製品を製造する工房への、資金出資には協力できる』と、新しい展開へ積極的な参加の姿勢を見せ、これについてはテイワグナ共和国を通し、国内の貴族を集めた場で(※平民が行きたくない場所)第一回目の会議を行う段取りを考えるとした。
講義の時間にも、パヴェルは『聴きたい・行きたい』と口にしたが、それは総長に断られた(※皆が緊張するから)。
とても残念そうな貴族に、ドルドレンは『夕食の場で、イーアンに頼んで(※丸投げ)』と提案すると、彼の笑顔はあっさり戻った。
そして話は、再びベデレ神殿へ移る。ドルドレンはこれについては、しっかり終えたかった。
お読み頂き有難うございます。




