923. 本部にて ~龍との約束
本部に馬車が到着した時間は、門が開く時間を10分程度過ぎた頃で、敷地は人が多かった。
ここからはバイラが先に動く必要があるため、彼はまずは中で話し合う4人を連れて、建物へ入った。職人と若い騎士たちは、リヒャルドさんと一緒に馬車で待機する。
「落ち着かんな」
「出たら?」
タンクラッドとミレイオは、ぼそっと会話して、正面にきちっと座るリヒャルドさんに『馬車の外で待つ』と言うと、彼の笑顔と了解を貰った。二人の職人は馬車を出て、その辺の壁に寄り掛かる。
ちょっとしてから、ザッカリアが出てきて『俺も外』笑いながらタンクラッドの側に来た。
「お兄ちゃんたちだけ、中に置いてきたの?」
ミレイオが笑うと、すぐに馬車の扉が開いて、残る二人も困ったように笑いながら馬車を降りた。『慣れません』シャンガマックが髪をかき上げて、外の空気を吸い込む。
馬車の扉は開け放されたまま、ちょっとそちらを見ると、リヒャルドさんが笑顔で手を軽く振ってくれた。笑う皆で手を振り返し、そこかしこに水溜りの残る、朝の晴れた空気に深呼吸。特に何も言わなかったが、皆が思うことは同じだった(※自分たちは平民)。
そうして待つこと20分。
建物の裏口からバイラが現れ、皆に挨拶をする。移動用に馬を借りるため、バイラは5人を厩へ連れ、4頭の馬を出した。
ザッカリアは、4頭しかいないことに、自分は二人乗りと分かって機嫌が少し悪くなったが、ミレイオに『お菓子を買ってあげる』と言われて了解した(※首都は菓子屋が多い)。
ミレイオはザッカリアを乗せ、それぞれも馬に乗ったところで、バイラは彼らを、郷土資料館や美術館のある通りへ連れて行った。
一方、イーアンとオーリンは、ドルドレンとパヴェルとは別の部屋に案内されていた。
その状況は急に訪れ、最初にバイラに案内されて入った会議室から、バイラが退出後、違う団員が来て『イーアンたちに用事』と呼び出したことによる。
ドルドレンとパヴェルは、何だろうと思うものの、彼らが件の二人であることだし、すぐに戻ると思って黙っていた。だが、5分10分経っても戻らなかった。
「何かまたあるのだろうか。探してくるか」
ドルドレンが眉間にシワを寄せて立ち上がった時、扉が開いて団長と副団長、他役職に就いていそうな年齢の数名が入ってきた。
彼らは総長と貴族の訪問に驚いていると最初に伝え『本日。こちらから書面で、アリジェン家に伺うのかと』昨日そのように聞いていたからと、うろたえる。
パヴェルは頷き『昨日はそう言った。でも少々ね。事情が分かったものだから、先に片付けに来たんだ』有無を言わさぬ言い方で、それ以上引っ張らせない。
「先日は大変失礼しました。こちらで処分を決定した団員のことも」
「うん。とりあえずね、幾つか確認したいんだよ。確認が済んだら、うちの者を改めてここへ送るから、その者に書類をもらってくれたまえ」
「あのう。確認、とは」
団長が椅子に掛けたので、ドルドレンは、パヴェルが話そうとして口を開いた時に、ちょっと待ってもらった。『その前に。イーアンとオーリンはどこだ』静かに質問する総長。団長は副団長を見て『彼らは?』困ったように小声で訊ねる。副団長は、目が落ちそうなほどに見開き、ゆっくりと首を振った。
「お二人でいらっしゃったのだと」
「何だって?4人だ。イーアンとオーリンに用事だとかで、連れて行ったぞ。団員だと思うが」
総長の目つきが険しくなったので、副団長は立ち上がり『確認してきます』一言そう断ると、転がるように慌てて部屋を出て行った。
総長と貴族の表情が一気に曇る。団長は冷や汗を流しながら、『すぐに戻ると思いますから』を何度も口にした。数分後、その言葉は逆の形で叶う。
一先ず、副団長が戻る前にと、団長は総長・貴族を両者相手に質問を受け、一言一句間違えないように、丁寧に礼儀正しく、顔色を伺いながら、誠実に答えることに務めた。
初老の貴族が直に来て『確認』と称した内容は、一つは『警護団の意識に、貴族の出資はどう映っているのか』。
二つめは『ハイザンジェル国王の名の下に、派遣された騎士修道会の一行について、なぜこれほど情報が行き届いていないのか』。三つめは『龍の存在』その在り方だった。
団長は『貴族の出資あってこその警護団である』と最初に質問に答え、二つめの質問には『情報は回している』とした当たり前のことしか答えられず、三つめの答えに『信仰の対象であり、テイワグナを救った伝説の存在』と地元らしい返答をした。
この時間から20分ほど前。
イーアンとオーリンは、廊下へ出されたと思ったら、通路を挟んで向かいにある一室へ案内された。部屋は会議室からすぐだったし、何かと一瞬考えただけで、二人は部屋の中へ入った。
書棚が並ぶ横長の部屋は、資料室のような雰囲気で、調べもの用に置かれた長机が2台ある。
そこに二人の男が立っていて、イーアンたちは彼らを見て足を止めた。横を向くと、案内した団員は、顔を見せない素振りで、そそくさ立ち去る。
「何となく読める」
呟いたオーリンは、イーアンの腕を取った。ちょっと顔を向けた女龍に『行こうぜ』素っ気なく短く伝え、二人は背中を向けた。その背中にすぐに声が掛かる。
「待ってくれ。話を聞いてもらおうと思ったんだ」
「誰の。あんたか」
振り向くオーリンは戸口付近で、背の低い痩せた男に訊ねた。イーアンはオーリンの横に立ち止まり、その横に並んで立つ、太った男を見ていた。痩せた男は『座ってくれ。まずは座って、昨日の説明をしないと』机を挟んだ椅子を指差す。
オーリンは首を振り『あんたに命じられる覚えはないね』切羽詰った顔の男を、冷たく突き放した。
「お願いだ。聞いてほしい。この・・・トーゴ副部長は、テイワグナ共和国警護団に貢献したかったんだ。ハイザンジェルの魔物騒動で、この半年間に龍が現れて以来、勝ち戦と聞いた。そのハイザンジェルから、龍に乗る騎士が本国へ派遣されたのを知って、警護団にも龍がいればと」
「間違えています」
遮るイーアンの声が低い。オーリンはイーアンをちらっと見たが、表情の消えたイーアンは、痩せた男を見つめたまま動かない。
「何が間違えているのかね。龍のお陰でハイザンジェルが」
「あなたの話は歪曲されています。騎士修道会が戦い抜いたから、魔物を退けたのです。龍が活躍しても、龍だけでどうにかなったわけではないです」
痩せた男は、口を開いたまま、太った男を見て『何か言え。お前の理由だぞ』と責任を逃れ始める。
答えにならない、もごもごした言葉が二人の男の間で小さく交わされ、イーアンとオーリンは不愉快そうな目つきでそれを見ていた。
「そして。もう一つ間違えています。あなた方が例え、龍に乗りたいと願っても、それは決して叶いません」
「それは分からないだろう。騎士修道会が乗っているんだから」
「黙っていなさい」
トーゴと呼ばれた太った男が口を挟み、イーアンは止める。黙らせた後に、イーアンは面倒そうに続けた。
「あなたたちは、何を理由に龍に乗れると思いこむのか。インガル地区に降りた龍たちの話を、知らないとは思いませんが」
「知っている。騎士が奇妙な笛で呼んだ後に来たん・・・・・あ」
イーアンの話を再び遮ったトーゴは、呼び方に固執した言葉をうっかり口にし、ハッとして黙る。それを聞いたオーリンの目が、ぎらっと光った。イーアンは首を振り、眉を寄せて『とんでもない』と呟く。
「龍は呼べば、来る。それは合ってるだろう?警護団にも龍がいれば、テイワグナは龍を崇め」
イーアンは聞くに堪えず、横にいるオーリンの体に、とん、と手を当てた。意味が伝わるオーリンは、イーアンが被っていたフードを引っ張って下ろす。
フードを下ろした女の頭に、妙な白い塊が二つ見え、その意味を瞬時に悟った二人の男は、顔を見合わせた。
「とんでもない」
もう一度イーアンがそう呟いた時、イーアンの片腕がびゅっと白い光を伴って伸びる。伸びた腕は太った男の喉に向けられた。
目を見開いて驚く痩せた男は、同じように焦るトーゴの、引き攣る声と息切れに慌てる。
「呼べば来るのですか。誰が来たか。龍だけではなかったのを、知らないのですか」
「お前が・・・いや、あんた、いや、あなたが」
トーゴは上ずった声でふーふー息を荒くして、恐怖に戦く。痩せた男もオロオロして『殺さないで』と、どうにか声を絞り出す。
「どうすると、分からないでいられんだよ。どう見たって、馬車にいる女なんだから、彼女しかいないじゃないか」
「オーリン。この男は、私を女だと思っていませんでしたから」
オーリンの呆れた言葉に、目の据わるイーアンはちょっと嫌そうに答える。『多分、さっきまで』付け加えて、溜め息。
伸ばした龍の爪の先、震える二人の男は『龍の女が一緒なんて。書いてなかった』裏声のような声で、怯えて言い訳をする。
『お前がよく見ないから!』『騎士に龍を譲ってもらえと、部長が言ったんですよ!』『騎士に、だ!』『別の人間が乗ってるなら、そっち取るのが早いじゃないで』すか・・・と言いかけた擦り付け合いは、突然終わる。
苛立ったイーアンは、もう片手も爪に変え、二人の男の言い争う後ろの窓を切った。鋭い音と共に、爪を引いた窓が部屋の床に落ちて割れる。ガシャガシャと騒音を立てて、降り注ぐガラスの雨に、二人の男は悲鳴を上げた。
「何をお前たちは言ってるんだ。譲るだとか、取るだとか」
低い声で唸る、角のある女に睨む目を向けられて、身を屈めた二人は『殺される』恐怖で堪らず、大声で叫んだ。
そのすぐ後、扉が勢いよく開いて、副団長が部屋の状況に悲鳴を上げる。『あんたが悲鳴を上げなくても』オーリンはおじさんに、あんたじゃないんだから、と教えた。
ハッとした副団長は、オーリンの手を急いで握ると、驚くオーリンに『命だけは!命だけは助けてやって下さい!』お願いします!と、頼み込む。振り返るイーアンも、副団長と目を合わせると、困ったように垂れ目を垂れさせて『この人たちを、ちゃんと処分しますか』と訊ねた。
イーアンに答えが戻る前に、向かい合う会議室から伴侶たちも来て、部屋を見渡したドルドレンは一言『怒らせたか』小さく呟いた。
一緒に来たパヴェルも驚き、イーアンの白い長い鎌のような腕と、白く光る角を見て『イーアン。あなたはそんな力を』そう言うと、オーリンに『これが、龍ですか』と訊ねた。オーリンは当然といった感じで頷く。
横一列に切り裂かれた窓。ガラスも窓枠も内側に引っ掛けられて、床はガラスと木片だらけだった。
「こんな程度で済んだから。まだ良かったと思わないと。インガルは壁ごとなくなったのだ」
目にした光景に、頭を両手で鷲掴みにして、はーはー言っている団長を見て、ドルドレンは静かに教えた。
「どうしたの。この太ったのが、龍のこと何か言ったの」
ドルドレンがイーアンの横へ動いて事情を聞くと、イーアンは、うん、と頷く。『龍をコケにしやがったのです』だから、と言う愛妻に、ドルドレンは『それは仕方ないね』と理解を示し、もう壊したんだから爪を仕舞いなさい・・・そっと背中を撫でて2本の爪に、目をちょいと向けた。
ぶすっとしたイーアンは、伴侶が言うならと、爪を消す。それから伴侶にフードを被せてもらい(※被ってなさいと言われる)『何か飲む?肉でも食べるか?』落ち着くのだと宥められた。
そうしてイーアンを大人しくさせた総長は、副団長に『何でも良いから、腸詰とか焼いた肉とか持ってきて』と頼み(※朝食済ませたばっか)イーアンをナデナデしてその場から退散させる。
振り向いて『オーリン、パヴェル。会議室だ』と伝え、団長には『龍の女を怒らせたのだ。弁償はしない』大事なことだから、ちゃんと言った(※そんなの払ってたら大変だから)。
この続きは、会議室に集まった警護団と、総長、イーアン、オーリン、そして貴族を交えて、長い話し合いに進む。
団長は真っ先にイーアンとオーリンに謝罪し、今し方、あの二人の男が何を言ったのかを、最初に訊ねた。
イーアンは答え、その後、団長が何かを言おうとするのを手を上げて止め、自分が今日ここに来た理由として『インガル地区で約束させたこと』の確認があったと話す。
約束後、実行されなかった場合には、約束を破ったと看做す話を改めて伝えると、その場にいる警護団員は全員が青ざめた(※もう死ぬんだ~的な感覚)。彼らを見渡して、イーアンは咳払いをする。
「私はね。龍なのです。オーリンも龍族です。見た目はこれですから、信じられないかも知れませんが、本当です。
龍との約束を破ると、どうなるか。尊い犠牲を以って、知らしめる事態が発生」
「すみません、話の途中。その、どうか。それだけは」
「そうですね。私もそんなことを望みません」
団長は頭を下げる。目をぎゅっと瞑って、汗を浮かべた額を拭い、誰を犠牲に差し出すことも出来ないと震える声で、どうにか伝える。イーアンは、彼に謝らせるのは嫌だった。悪いのは彼じゃないのだ。
「あなたは団長。だから謝るのでしょうけれど。あなたに謝らせたくて伝えていません。
私はあの時に言ったのです。『ハイザンジェル国王の命を受け、魔物退治をする、騎士修道会総長の率いる旅人の動きを、今後決して遮らないように』と(※798話参照)。
それを、テイワグナの警護団全てにきちんと伝えて約束させるように、そこまで言ってあります」
「はい。分かります。それはそのまま。報告書でも、口頭でも」
「分かって頂きたいのですが。私だって誰かの命を取りたくないのです。
でも、こうして再び同じようなことが起こり、また先ほどのように愚弄に近い認識を知ると、どこかで教えなければいけません。それは、私と交わす約束が人間相手ではないからです」
イーアンの言葉が重く、場が静まり返る。
パヴェルは、ここまで強烈な内容とは思わず、しかし本当に存在する、龍族としての言葉を聞くもまた、非常に類稀な時間に感じて、是非、この顛末を見届けようと気を引き締めた。
イーアンは立つ。それから、先ほどの太った男を呼んでもらう。赦しを願って抵抗した、団長たちの声を聞き入れず、とにかく太った男・トーゴは連れて来られた。
トーゴは震えて、衣服は汗でびっしょりだった。イーアンは、彼を机を挟んだ向かいに立たせた。彼に手を添える、団員や副団長に離れるように伝えると、トーゴは罰を察して逃げようとした。
すぐにイーアンが翼を出して、飛んで回り込み、男の前に立って退路を塞ぐ。
「イーアン」
ドルドレンは、彼女がどうするのか分からず思わず名を呼んだが、イーアンは答えなかった。
白い翼を広げたイーアンは、男の真ん前で彼を見つめる。息が荒くて、倒れそうなくらいに体を揺らす太った男は、瞬きも出来ずに涙を浮かべて『許してくれ』と声を漏らした。
イーアンは小さく首を振る。それを見て、目を見開いたトーゴは、次の瞬間、倒れた。
「ダメだ、イーアン!」
焦って立ち叫んだドルドレンに続いて、その場にいた警護団の殆どが半狂乱になって、我先に逃げ出した。イーアンは無表情のまま、動かない男を見下ろしていた。
お読み頂き有難うございます。




