919. 今夜はパヴェル邸
そこからは、流れるように全てが運んだ。
夕方も暮れかかる中、本部へ移動した一行とパヴェルの馬車は、本部に置きっ放しにしていた魔物製品を引き取り、再び馬車に積んだ。
数日滞在するため、今回のことが一件落着した後『改めて、購入手続きを』総長にそう言われて、イサ副団長は止むを得ないので了承する。箱に仕舞われ、運び出される魔物製品を、惜しい気持ちで見送る。
「総長。今日はもう、うちへ行きましょう。時間も遅いし、これ以上疲れる理由はないです。明日以降、警護団からの謝罪その他・・・それに伴う表明をね。連絡して頂きましょう」
「ああ・・・そうだな。分かった」
パヴェルはドルドレンに、はっきり『帰ろう』と告げると、総長の横に立つ副団長に『団長に全て話を通すように』それをもう一度命じ、総長の背中に手を添えた。
「皆も待っています。雨も降ってきました。長居する理由はないんです。オーリンの怪我も手当てしなければ(※45才・おでこ擦り傷)。後は私に任せて下さい」
なかなか歩き出そうとしない、ドルドレンの背中をやんわり押し、パヴェルは一緒に本部の廊下を進む。
副団長が見送りに、途中まで付いて来たが、振り向いたパヴェルに『君は団長に話しに行くんだろう?』と睨まれ、挨拶もそこそこ、逃げるように消えた。
館内を通り抜ける間。誰も二人に声をかけることはせず、パヴェルと総長は本部入り口をくぐる。表へ出て裏へ回り、自分たちを待つ馬車へ。
召使さんがいそいそ、大旦那様用マントを肩に掛け、主人を馬車に乗せると、騎士たちに『後ろを付いて来てください』とお願いした。
了解した旅の一行は貴族の馬車に続く。夕日の沈む首都の道を、疲れと空腹の体に鞭打って、ドルドレンは郊外の道へ馬車を進めた。
荷馬車の中では、イーアンとオーリンが、取り戻した荷物を確認。『良かった。王様の指輪や、笛や連絡珠、地下の鍵、キンキートさんのリボン(?)大事なものいっぱいです。全部あります』イーアンはホッとした。
「俺のも大丈夫そうだ。引っ掻き回した、って感じはないね。取り上げただけか」
「オーリン。脂塗って。ほら、こっち向け」
ミレイオに声をかけられて顔を向けた弓職人に、食品用獣脂を指にとったミレイオが、擦りむいたオーリンのおでこに脂を塗る。
『石とか入ってるわけじゃないから・・・多分、平気だと思うけど』ミレイオはオーリンの頭を掴んで、側に寄せて観察。『パヴェルの家で洗って、また薬付けな』そう言って応急処置(※脂塗るだけ)。
「別に薬塗るようなもんじゃないよ。こんなの」
「でもオーリン。あそこ。お便所が横にあったのです。思うに、床や壁は雑菌が」
イーアンが思い出した不潔な場所の環境に眉を寄せると、それを聞いたミレイオも顔をしかめて『うえ、汚ね』嫌そうに呟く。オーリンはイーアンに『そういうこと、言うなよ』と注意した。
「ともかく。とりあえずは無事だ。お前も、イーアンも。ガルホブラフも無事で良かった」
親方は二人を見て、ようやく安堵したように壁に寄り掛かった。
「もうすぐね。パヴェルの家は本部から30分程度・・・って、馬を走らせたら、そうみたいだから。もうちょっとか」
雨の降り始めた外を見ながら、ミレイオもタンクラッドの横に座る。
イーアンとオーリンも並んで座り、顔を見合わせて、小さい声で『誰も他に怪我しなかったのかな』『それはありませんよ。きっと怪我人います』向かいに座る二人に聞こえないよう、ひそひそ話し合っていた。
寝台馬車でも、ザッカリアとフォラヴが、仲間の救出の時間を思い出している。『こんなことがあるとは』妖精の騎士は、少し汚れてしまった服を払いながら呟く。
「フォラヴ。警護団の人に掴まれたの。大丈夫だった?俺は総長と一緒だったから、何ともなかったけど」
「はい、怪我などのことですか?それはありません。私の衣服が少々・・・あまり、きれいではない手で触られましたために、汚れが。
シャンガマックだって・・・彼は服が少ないのに、あんなにベタベタ触られては汚れたと思います」
ミレイオに言って、早く洗ってもらわないと、とフォラヴは悩む。『この生地は、手垢がつくと目立ちます』取れるだろうか・・・一生懸命悩む妖精の騎士を見つめ、ザッカリアは、彼はイーアンとオーリンの無事より、服の方が気になるんだなと思った(※当)。
ザッカリアは、流れに乗って動いていたので、知らないままのことを思う。ユータフとバイラ。どうしたのだろうか。総長は話を聞いているのか。
ユータフは、バイラの馬から下りることなく、そのままいなくなった。バイラが戻った時には、もう。別れの挨拶くらいすれば良かったかなと、ちょっと思った。
バイラもそう。外へイーアンを探しに、皆で出た時にはいなかった。バイラは、遠くの分館に知らせに行ったのか、幾つもある分館の一つへ移動していたら、あの騒ぎは後から聞かされることになる。
「バイラ。良い人だから。もし警護団に、イーアンたちが捕まっていたって知ったら、悲しむかも」
真面目なバイラの性格は、同じ警護団の悪い行いを恥じるんじゃないかと、ザッカリアは心配する。早くバイラに会って『バイラがそんなふうに思わないで』と言ってあげたくなった。
「バイラを見てると。ギアッチみたいに見える時がある」
同じ茶色の目。ギアッチと顔や雰囲気は似てないけれど、話を聞いてくれる姿勢や、目の優しさが同じに感じる。『バイラも一緒に行けると良いな』ザッカリアは、バイラがいない今を少し寂しく思った。
皆の胸中は様々。雨が強くなりつつある中、郊外の最初の敷地に入る。前を行く貴族の馬車に続く、旅の馬車は、中央を抜ける道から左に入り、背の高い木々が左右を包む一本道を進んだ。
5分も進むと、暗がりに少し人工的なものが見え、御者のドルドレンが目を凝らして分かったのは『門?』一見して壁のような境目が黒く浮かび上がる場所に、幅が10mほど取られた入り口が見えた。
入り口の奥には、曲がった壁がある様子だが、それがどうも両開きの門だった。
「馬車の大きさなんか知れているのに。何でこんなに広い間口なのだ」
ドルドレンは雨に打たれながら苦笑い。
無駄に広い・・・それは、ハイザンジェルの王都にある貴族の家にも思ったが、どうも貴族は、無駄に広いのが普通なのだと認める。
門の奥には、さらに無駄にでかく見えるお屋敷が、どーん。明かりが灯る窓の並んだ様子に、何十人が生活しているのかと思ってしまう。
不慣れなお招きに、お願いした自分たち。馬車は土の道からレンガの道に上がり、そのまま馬車小屋へ入った。
「総長。お疲れ様でした!さあ、どうぞ。家に入りましょう」
ドルドレンたちの馬車が停まったところで、前からパヴェルが下りてきて、馬の世話は召使に頼むからと、やってきた客人を急かし始めた。
「さあ、さあ!疲れましたね!まずは、この嫌な雨に打たれて、冷えてしまった体を温めましょう。
リヒャルド。皆さんを案内して。お風呂もだよ、着替えとお風呂と。皆さんの部屋を教えて差し上げて。食事はもう作り始めて良いからね!」
よく喋る初老の貴族に、リヒャルドは固定された微笑で頷き『はい』『勿論です』『すぐに』と短く答え、馬車を下りた旅人たちの人数を確認する。
「8名様ですね。貴重品など、大切なものはどうぞお持ち下さい。ここに馬車がある以上、全く以って安全ではありますが、誰にでも身に付けて離したくない思い出の品が」
「リヒャルド。皆さんは疲れてるんだよ!」
主人に注意され、はいはい、と答える召使さんは笑顔を絶やさずに、旅の一行を従えて、館の通路を歩き出す。
リヒャルドの後ろを付いて行くドルドレンとイーアンは、この召使さんが面白くて、ちょっと笑いそうになる。ふと、くすくす笑う声が後ろから聞こえ、振り向くとミレイオたちも頑張って堪えていた。
「イーアン。大丈夫か」
ドルドレンは長い廊下を歩く愛妻(※未婚)を気遣う。彼女はこうした場所に抵抗が大きい。今日は特に大変だったのに、一日の終わりがこことは。
イーアンは少し考えてから、自分を見下ろす伴侶を見上げ、ニコッと笑った。
「大丈夫です。前よりも。なぜか分からないけれど」
「本当か?俺も得意ではない。でもイーアンの方が心配だ。前は動悸息切れと、帰りたい病だったのだ」
ハハハと笑うイーアン。『当たっています。今も緊張はあります』でもね、と続ける。
「どうしてでしょう。疲れているからなのか。でもそれ言ったら、以前のあの日も疲れてはいましたが。とにかく、今日はそこまでではないの」
良かった、と肩を抱き寄せ、ドルドレンはイーアンをしっかり包んで歩く。『俺が一緒なのだ。皆もいる。泊まるのだから、俺たちは一緒の部屋。心配要らない』大丈夫だよと微笑むドルドレン。
イーアンは嬉しい。今は、本当に嬉しい気持ちで一杯だった。
もしかして、嬉しいから平気なのかなとも思う。
とっ捕まって留置所にぶち込まれたが。皆が助けに来てくれて、それが凄く嬉しかった。その気持ちがずーっと続いている。伴侶も優しいし、皆も優しい。温かさで胸が満ちる。
だから今。貴族のおうちでも、前みたいにそればかりに、意識が行かないのかも知れない。
ドルドレンはニコニコしているイーアンに安心して、長い廊下を歩き続けた。いい加減、どこまで行くんだと聞こうとした矢先に『こちらがお部屋でございます』と言われ、立ち止まる。
「総長とご婦人はこちらです」
はい、どうぞ・・・と扉を開けられて、皆で中を覗き込む。『緑よ』ミレイオがぼそっと呟く。中は植物で埋め尽くされて、薄い若葉色のベッドがちょこんと真ん中に置いてあった。
「ここ。外じゃないの」
「いいえ。外の美しい自然を取り込んだ、贅沢な屋内でございます」
ミレイオが思わず、思ったことを口にすると、リヒャルドは笑顔でぴしっと訂正した。イーアンとドルドレンも目を丸くして中へ入る。
『お着替えとお風呂の品は、籠の中にありますものをご使用下さい』執事はベッド脇の台に置かれた籠を示す。イーアンたちはお礼を言い、すぐにまた部屋の様子に目を移す。
「本物、本物の植物が。鉢植えにこんなに沢山・・・あら。え、池。池あります。魚がいる・・・?」
「おお。イーアン。よくご覧。足元は草原のようだが、毛足が長い緑色の絨毯なのだ。卓上ランタンもまるで木の洞のようだよ」
面白がって、あちこち見て回るドルドレンとイーアン。その様子に『よし』と思うリヒャルド。口端をちょっと上げて『ご満足頂けますように尽力しました』と伝えた。
「それでは、他の皆様のお部屋へ案内致します。皆様は並びですので、扉の色でお見分け下さい」
こうして皆は各自の部屋へ案内され、それぞれ、わぁわぁ、きゃあきゃあ、喜びの声を上げながら部屋の確認を済ませ、7部屋の提供が行われた後、リヒャルドは鍵を渡して『次はお風呂でございます』と、お風呂のご案内に移る。
執事のリヒャルドの後を、8人は再び廊下を歩き付いて行く。
お風呂は意外にも同じ階にあり、『4部屋ございますので』入る順番を決めて使って・・・と見せてもらった。4部屋だが、一部屋の風呂に、浴槽が3つあるので、何のためにどう入るのかと騎士たちは悩んだ。
「別荘ですため、お風呂の数が少々、お客様の人数分に満たない場合がございます。
今回は正にその状況でありまして、仲睦まじく肌を寄せ合うご関係でないお客様には、当方の不十分さが」
「良いのだ。充分である。有難う。他に何かあるか」
風呂が少ないことを懸念するリヒャルドの言い方に、何となく面白くて笑ってしまいそうになるので、ドルドレンは先を促した。
「はい。他はお食事でございます。今から1時間後に、この廊下の突き当りにあります、階段を下りて頂きますと、左側に扉の解放された部屋がすぐに見えます。そちらが大旦那様とお食事を楽しむ空間で」
「分かった。1時間後に、食事を楽しむ空間のお部屋に行くのだ」
総長の返事に、『宜しくお願い致します』と笑顔の執事が頭を下げ、彼は皆に『御用がありましたら、廊下に出してある鈴を鳴らして』と教えた。見れば、そこらかしこに鈴が置いてあった。
こうして一行は、まずは着替えを持って風呂に入る。着替えを広げた時、何名かは懸念と抵抗を持ったが、どうしてか体の大きさを熟知したように用意されていたため、その気遣いを汲み、今夜だけと受け入れた。
広過ぎる風呂に、なぜか浴槽も3つある状態で、落ち着かない風呂の時間を早々終えた皆は、上がってきてお互いの格好に失笑。突っ込んではいけないので、笑うのみ。
「唯一似合ってるの、フォラヴだけよ」
パヴェル・ヒラヒラ服とぴちっとしたズボンの組み合わせは、貴公子のような妖精の騎士のみが違和感ナシ。フォラヴは苦笑いして『ザッカリアも似合います』と言うが、子供は恥ずかしくて目を逸らした。
「本当よ。ザッカリアも似合いますよ。あなたの濃くて深い美しい肌の色に、そのレモン色のシャツはとても綺麗に似合っています」
「でも、何か嫌だよ。イーアンは女だから、気にならないかも知れないけどさ」
ザッカリアは、笑顔で励ますイーアンに近寄ってくっ付く。イーアンもオレンジ色のヒラヒラドレス。
苦笑いも難しく、自分の格好に笑い出した。『私だって。ここまでの服ですと、もう魚の鰭みたいですよ』アハハハと笑うイーアンに、男たちも笑う(※イーアン金魚)。
そう。全員が、襟も袖もヒラヒラとふんだんに煌く布を縫い付けられたシャツに(※胸元前回)ぴっちり光沢ズボンという姿。イーアンは、伴侶も良く似合っていると誉めたが『気恥ずかしい』と顔を赤くしていた。
イーアン的には。皆さんイケメンですから、と思う部分。イケメンは何を着ても似合うのだ。ズボンのぴたっと加減で、何となく股間が目立つのは困るが。
フォラヴだけではなく、普段はざっくりした服装の親方も、きちっと黒で固めた上下のドルドレンも、金色の腕飾りと首飾りをつけた部族的なシャンガマックも、騎士見習いの服装そのままのザッカリアも。山間部に居を持つオーリンさえ似合って見える。そして、ギラギラパンクなミレイオ・・・・・
「カッコ悪い」
ぶすっとした顔で、ヒラヒラ・テラテラ衣服を着たミレイオは機嫌が悪い。『私、後で着替え持って来る』先に持ってくりゃ良かったわよ、と文句たらたら。イーアンは笑って『ミレイオは新鮮でカッコイイ』と誉めたが、『こんなのイヤ』で終わった。
不機嫌なミレイオを皆で慰め、約束した1時間後の、10分前。
廊下の先にある、無駄に広い幅のくるくる階段を下りて、一行は大旦那様の待つ食事の空間へ向かった。
お読み頂き有難うございます。




