918. 留置所救出劇
「今。何か怒鳴り声が」
「おう。したよな。何だ・・・?」
壁に寄りかかったイーアンとオーリンは、小さな穴を挟んで、作戦を練っていたところだった。徐に、離れた場所で物音が聞こえたと思ったら、次に誰かの怒鳴り声とそれに反応する大勢の人々の声が響く。
留置所は建物の奥。廊下を何度も曲がった半地下にあるので、はっきりは聞こえてこない。二人は暫く、耳を澄ませ、誰かが自分たちの処分を決めたか、もしくは龍が、と。嫌な想像を過ぎらせる。
「ガルホブラフじゃないでしょうね」
「そんなわけないよ。あいつは俺を助けたくても、俺が呼ぶまで空にいる」
「ええ、そう。でも、龍じゃないと思うけれど。人間じゃない気配が(←ミレイオ)。何でしょう」
眉を寄せた二人はお互いの目を見合う。『何だろ』龍じゃないと良いけれど。それだけが気がかりの二人の龍族。
しかし心配したのも束の間。すぐに『こっちだ。こっちにいる』低い迫力のある怒号が響き渡り、イーアンはハッとして立ち上がった。オーリンも立ち上がる。
「親方!」
「タンクラッドか?」
イーアンが金属の柵に走り寄って、柵に両手を添え、下りてくる階段に顔を向ける。続いて聞こえた声が『どこよっ!こっちの廊下なの?』聞き慣れたお姉さんの声(※Byオカマ)!
「ミレイオ、ミレイオです!」
「乗り込んだか」
ハハハと笑うオーリンの声が嬉しそう。イーアンも嬉しい。我慢した形は台無し(※決定)と思うと笑ってしまうが、思い遣りと乗り込んでくれるその行動が、ただただ胸を熱くする。
「待て、タンクラッド!イーアンは」
ざわめきと大勢の慌しい足音に紛れて、イーアンの耳に届いたのは『ドルドレン』愛する伴侶の声に、イーアンはじわっと来る。『何だよ、全員?』大丈夫なのか、とオーリンが言う。
「せっかく、暴れないで我慢してたのに。これ、乗り込んできたってことだろ?大丈夫かよ」
困ったようなオーリンの笑う声に、イーアンは目頭熱い。ちょっと涙を拭いて、『どうにかなります』と頷く。助けに来てくれた皆の気持ちが、心を満たして溢れる。
そっちへ行くな、勝手に入るなと、方々で止める声が飛び交う中、タンクラッドたちの声と走る音がどんどん近づいてくるのを、二人は待つ。今か今かと、笑顔で柵を握り締めるイーアンの前に。
階段上の廊下の角から、どんっと背の高い男の影が現れた。
『イーアン!!』叫んだ親方に、イーアンは大喜び!柵を持ったままぴょんぴょん跳ねて『タンクラッド!』嬉しくて名前を叫び返す。
凄い勢いで走ってきた親方は、柵の中のイーアンに、隙間から腕を伸ばして頭を抱き寄せた。
「何てザマだ!こんな場所でお前を見るなんて」
「助けに来てくれました!私は果報者です」
当たり前だ、と泣きそうな顔で笑う親方は、抱き寄せるイーアンと自分を阻む、金属の柵をざっと見回す。『壊すわけに行かないってだけか』その意味、お前は壊せただろうと聞こえ、イーアンは頷く。
「オーリンは?お・・・あ。いたか」
「横だよ、横にずっといただろっ」
柵を見渡した序に思い出したオーリンも発見し、苦笑いする柵越しの弓職人に、タンクラッドも済まなそうに笑った。
すぐにミレイオが来て、親方同様『イーアン、やだぁっ』驚いて叫ぶ。階段を駆け下りて柵を鷲掴みし、片手を中に滑らせてイーアンの頭を撫でた。『ミレイオ』笑顔で迎えたイーアンに、首を振るミレイオの目が怒っている。
「何よ、何なの?!こんな所にあんたを閉じ込めてっ!あいつら殺してやる」
「えっ!ミレイオ、ミレイオ、いけません!死体は不要です」
「イーアンッ!!」
ミレイオが青白く光りかけて危険な状態で、伴侶とザッカリアが来た。
『ドルドレン、ザッカリア』笑顔が爆発。イーアンは嬉しくて嬉しくて、柵から腕を一生懸命伸ばす。その両手を握ったドルドレンは泣きそう。
ザッカリアもイーアンの牢獄姿に衝撃を受けて『どうして』と、その手に触れながら呟く。ドルドレンは、汚れた留置所に怒りがこみ上げる。
「こんな場所に。酷い扱いだ!理由が何であれ、許さん」
「うへっ あなたまで何を言い出すのです。タンクラッド、止めて下さい」
怒りに震える伴侶が剣を抜く姿に、ビビるイーアンは慌ててタンクラッドにお願いする。タンクラッドも急いで総長とオカマを両腕に抱え『そうじゃないだろ!』と言い聞かせる。
「俺は?俺もいるんだよ」
横で柵越しに、ちっとも見向きもしてもらえないオーリンが訴える。ハッとしたミレイオとドルドレンは、ちょっと我に返って弓職人に『大丈夫か』と普通に声をかけた。ザッカリアは、オーリンの側へ行き『怪我したの』擦りむいた額に同情。
このすぐ後、大勢の声がわっと増え、いっぺんに警護団が階段に流れ込んできた。
「すみません、限界です。人数が多い」
「こちらは攻撃出来ませんから」
フォラヴとシャンガマックの姿が見え、二人が警護団を阻止してくれていたことに、イーアンとオーリンは知る。
一気に留置所の狭い通路が、人で溢れ返り、怒鳴り声とやり合う声で何も聞こえなくなる。親方はイーアンをぐっと奥へ押して『下がってろ』と柵の中に戻す。
留置所に集まった旅の一行に、警護団の団員やイーアンたちを押し込んだ男が勢いで掴みかかり、ドルドレンは触られる手前で一喝する。
「貴様らはイーアンに何てことを!俺の妻だぞ」
「名前なんか知るか。こいつらは聴取に応じなかっ」
「バカ言ってんじゃないわよっ 死にたいの、あんたっ」
「お前たちは別件で逮捕だ!」
「やれるもんなら、やってみな!触る前に潰すわよ」
「これ以上の無礼は俺が許さんっ」
ミレイオとドルドレンが前面で言い返し、一度は鞘に戻した剣の柄を握る総長と、青白く少しずつ光り始めるミレイオに、取り巻く警護団員もざわめきはそのまま、一歩下がる。
階段上の廊下までぎっちり詰め込まれた人間の状態は、イーアンが思い出す範囲で、朝の山手線。恐ろしい人数が押し込まれ、次々に入ってくる人々に揉まれるのだ。
この状態で伴侶が剣でも抜こうものなら、間違いなく誰かが死者になる。ミレイオが暴発(?)したら、この一帯の人間が飛び散る(※ホラー)。マズイ、と思った矢先。
「何だね。これは。ちょっと君。動いて」
どこかで聞いた声が、場違いのような落ち着きで煩い空間に滑り込む。イーアンはこの気配を誰か知っている気がしたが、思い出すよりも早く、上の廊下の様子が変わり始めた。
「ほら。通れないだろう。退きなさい」
「大旦那様に指一本触れてはなりませんよ。あなた方が処罰されます」
誰。大旦那様。って。
イーアンとオーリンは聞き覚えはあるものの、状況が意外な方向に流れたので頭が付いていかない。そしてすぐ、その答えが出る。
あれほど詰め合っていた警護団が、波でも割れるように左右に引き始めて、その間を悠々と二人の男が進んできた。
「随分陰気な場所だねぇ。あっ!オーリン!何てことだ、私の親族がこんな無様な姿で辱められるとはっ」
「えっ、パヴェルか?」
廊下の光で影になるその男の声と、内容。オーリンは目をまん丸、口が開いたまま塞がらない。マジかよ、と呟くオーリンの声を壁越しに聞いたイーアンも、登場した貴族にビビる。ホントに来た~
初老の貴族は怒ったように大股で階段を下りると、自分たちを取り巻く警護団を睨み回して『こんなことをして』と吐き捨て、オーリンの柵の側へ寄る。
「すぐに出してあげるよ。何て酷いことを。あ、怪我してるじゃないか!彼らかね」
オーリンはビックリし過ぎて反応が追いつかないが、柵を両手に掴んだまま、うんと頷く。頷いたオーリンに、貴族の目つきが怒りに満ちる。さっと周囲を振り返り『今すぐ、彼を出すんだ』と命じた。
「彼に、怪我をさせたのは誰かね」
見るからに貴族の服を着た、見るからに貴族の人に、答えたら最後、仕事を失うだけではない結果をくっ付けた質問をされ、警護団の全員が黙る。そして一人ずつ、そっと階段を上がって逃げる。
「聞こえているのかね。早く、出すんだ!」
パヴェルが大きな声で叱ると、後ろにいた鍵を持った団員が慌てて出てきて、オーリンの柵の鍵を開ける。『出なさい、オーリン』パヴェルは弓職人の腕を取って引っ張り出す。
「何をボーっとしてるんだ。彼女もだ!早く」
放置されたイーアンを見たパヴェルが怒って、鍵を持つ団員に怒鳴ると、彼は大急ぎでイーアンの鍵もガチャガチャ音を立てて外す。扉を開けたと同時、ドルドレンが入ってイーアンを引っ張り出して抱き締めた。
「可哀相に」
ドルドレンが愛妻をぎゅっと抱き締めた3秒後。
その腕を無理に解かせた親方に取られ、目の据わる二人に構わず、親方は急いでイーアンを抱き締める。『大丈夫か!どれだけ心配したか』抱え込む頭に頬ずりし続ける親方(※自分のペースの人)。
それを引っこ抜いて、ミレイオがイーアンを抱え『呼べなかったの?どこも変じゃない?』抱え込んだイーアンの顔を覗きこんで、顔を撫でながら矢継ぎ早に質問を浴びせた。
最終的に、ミレイオに保護されるイーアンで落ち着いたので(※奥さん⇒ワンちゃん⇒妹の順)ドルドレンとタンクラッドは、騎士たちを背中に回して、警護団から距離をとる。オーリンは、パヴェルと召使さんの背中側。
見るからに『貴族』が加わってくれたお陰で、既に団員では話にならないと、階級持ちが前に出された。
階級持ち代表が二人。一人は背の低い痩せた男で、もう一人はあの太った男だった。出てきた二人の警護団を見たパヴェルは、彼らにゆっくりと話しかける。
「君たちは。どうして彼らをこんな場所に閉じ込めたのかね」
「その前にこの騒動の発端を」
「私の質問が先だよ。誰に向かっていると思うんだ」
貴族が怒っているので、分館所属の部長と副部長は黙った。パヴェルは首を振り、彼らを睨むと『連れて帰る。私の行動に異論があるなら、改めて明日申し立てをするように』それだけ言うと、召使さんを見た。
背の高い召使さんは頷いて、話の続きを引き取る。さっと部長と副部長を見て、見下ろしながら丁寧に告げる。
「郊外にあるアリジェン家の館はご存知でしょう。申し立ては書類で受け付けます。こちらの返事をお待ち下さい」
「アリジェン家」
驚いて呟いた痩せた男は、ゆっくりとぎこちない首の動きで、横に立つ太った男を見た。太った男もその視線を受けて、急いで首を振る。
「知らなかったんです。こんな男と、その変な女が」
言いかけてざわついた背景に、太った副部長は言葉を飲み込んだ。貴族も後ろの男たちも怒っている。
「トーゴ副部長。君が捕まえたと話した不審者は・・・身元の確認を」
「い、え。だって、それより龍が」
声が小さくなる副部長は、静まり返ったその場に、自分の言葉が響くのを恐れて、言い訳が出来なくなった。
痩せた部長は、脂汗をかく男を見つめたまま青ざめているが、それは副部長の取った処置が、あまりにもずさんであり、この結末を想像してだった。
「トーゴ・・・・・ 責任、取れるんだろうね」
肩を震わす部長は、言わなければいけないことを、どうにか口にする。貴族が相手で、警護団が一つ潰れかけたことは記憶に新しい。汗がぼたぼた落ちる男は答えない。ただただ、息が荒くなるだけ。
「部長、副部長!ここにいるかねっ」
さらに冷たい汗が流れる瞬間を、二人の警護団は迎えた。階段上に現れたのは本部のイサ副団長だった。
「ここに、イーアンという女性が」
階段を駆け下りた副団長は、下りながら最後の段で足を止める。そこにいる面々を見て全てを理解し、とんでもないことを、と呟く。
「まさか。君たちは。彼らを留置所に」
「知らなかったんですよ!聴取で名乗らないし」
「名乗らなかったんじゃないだろ、訊かなかったんだ。俺たちがどこから来たか、龍はどこだって!俺たちの弓と剣と、荷物返せよっ」
オーリンが遮って怒ると、パヴェルが振り向いて『龍?龍が目当てと』呆れたように繰り返し、太った警護団の男を見る。
「龍を目当てに?荷も取り上げて、オーリンとイーアンをこんな所にぶち込んだと言うのかね!何てことだ」
声を荒げた貴族に、副団長も目を瞑る(※もう終わりだ~の意味)。怒る貴族は首を振りながら、太った男に詰め寄ると『名前も訊かず。身元の確認もせず?彼らが龍といただけで、留置所に入れていたぶるつもりだったのか』と怒鳴りそうな勢いで吐き捨てた。
「龍をどうするつもりだったんだ。それだけでも恐れ多いのに」
「ここは!ここは、私がっ」
どんどん怒りを増す貴族の顔が怖くて、イサ副団長は焦って止めた。それから部長と副部長の前に立ち、どうにか焦る気持ちを落ち着けつつ『今すぐ解決出来ることは対処します。イーアンとオーリンには申し訳なかった』言えることを選んで、率直に最初の動きを伝えた。
「当然だ。連れて帰る。彼らの馬車を取りに戻るが、本部へ着いたら団長に伝えなさい。ハイザンジェル騎士修道会一行と、アリジェン家に無礼を働いた全てを」
ハイザンジェル騎士修道会の名を聞いた太った男は、諦めたように肩をガクッと落として背を丸める。
『知らなかったんだ』そればかりを繰り返す呟きに、連帯責任を取らなければいけない腹立たしさで、部長が彼の背中を引っぱたいた。
「何てことしてくれたんだ!インガル地区だけでも醜態だったのに!」
「それも本部の分館で。君たちの処分が先だ」
我慢できず金切り声を上げた部長に、副団長は静かに教えた。その声は抑揚がなく、同情の欠片も感じられなかった。
「とにかく。もうこんな所にいるだけで腹が立つよ。帰りましょう!オーリン、傷の手当をしないと」
パヴェルはオーリンの背中を押して、警護団たちの間をすり抜けると『早く荷物を返すんだ!』階段を上がってすぐに警護団に命じた。続いて、ドルドレンたちも動く。
副団長の側を通り抜ける際に『一緒に本部へ』とドルドレンはイサに伝えた。イサは総長が自分に怒っていないことを感じ、すぐに頷いた。そしてすぐに謝罪をすると、総長は少し微笑んだ。
「一緒に探してくれたのだ。あなたはそのままであるように頼もう」
立場を失ってはいけない人がいる・・・総長は副団長にそう言って、仲間と一緒に廊下を歩いて行った。
お読み頂き有難うございます。




