916. 警護団と魔物製品とあの人と
ミレイオは焦っていた。どうして連絡が付かないのか。『何で?イーアン、どうして出ないんだろ』何度呼び出しても応答がないまま、ミレイオは郊外に続く緑の道でウロウロしていた。
「まだ、空なのかしら。ビルガメスと、何か練習しているって言ってたけど。あんまり呼ばれないから、練習長引いているのかしら?」
どうしよう、と悩むミレイオ。もう一度迎えに来ることは出来るけれど。
「何か嫌な予感がする。なんだろ、何でこんな。私、落ち着かないんだ?イーアン、何かあったわけじゃないわよね?」
気持ちが勝手に焦る自分に、こんなのおかしいと思うミレイオは、自分の勘が当たることが少し心配でもある。もしかして。空には既にいないんじゃないのか・・・そう思うと、それが合ってる気がしてくる。
握り締める、小さな色とりどりの珠。いつものようにすぐ光はせず、どんなに待っても、美しい珠はそのままだった。
「何か変。何か、変よ。ドルドレンに教えた方が良いかも」
ミレイオは空を見上げてお皿ちゃんを上昇させる。それから出来るだけ人の目に映らない高さで移動し、本部へ戻った。
本部内では、運び込まれた魔物製品を前に、本部の団員たちが大勢集まって、騒がしいほどに盛り上がっていた。
「こんなことが出来るんですか!信じられない」
手に取り、触ってみて、自分たちの武器や防具を並べて比較し、団員は興奮しながら魔物製品を取り囲む。一人が『この前、貴族の人が来た時も見せてもらったけれど』あれともまた違うんですね、と騎士に笑いかけた。
「貴族」
シャンガマックが聞き返すと、ドルドレンとタンクラッドは目を見合わせる。団員の話では、もう日も経ったが、結構前に『ハイザンジェルから来た貴族が、魔物製の剣を持ってきて見せた』という。
「あ、そうだ。その時、確か。騎士たちが来たら知らせて欲しいと話していましたね。後援の存在とか」
ドルドレンは過ぎる。あの貴族たちのうちの誰かだなと。そんなことしそうなのは、パヴェルか、あのホーションの女くらいだと思う(※他老人)。
知らせなくても良いよ、と言おうとしたが、既に数人の団員が出て行ったので、きっと知らされるんだろうなと諦めた。どこにいるか知らないが、近日中に貴族に連絡を受けそうな気がして、仕方なし頷く。
バイラがハイザンジェルの騎士たちを紹介し、10日ほど前に報告書で上がっていた『ブガドゥム』からの話を皆に説明した。他の団員も各地報告書に目を通すので、誰もがすぐに思い出し『本当に送ってもらえた』と喜ぶばかり。
「ブガドゥムであなた方が炉を借りた、とありました。そして、製品をすぐに作れないテイワグナのために、参考品として取り寄せてくれるような話をされた。それを読んで、私たちは誰もが楽しみでした」
バイラがそう言うと、他の団員の中で、バイラと似た背格好の若い男性も、騎士たちに笑顔を向け続ける。
「剣職人の方に、購入にあたり詳しく聞いたこと、それも資料として読みました。ここに剣職人の方はいますか」
騎士たちの中、一人だけ雰囲気の違う男を見て、その男性は笑顔で頷く(※あなたそう?の意味)。積極的な指摘に少々戸惑うものの、親方は小さく頷く。
「やはり。あなたは一人だけ鋭い印象です。騎士とは異なる凛々しさですね。ここにある魔物製品は、あなたが値段を教えて下さった額の範囲ですか?」
誉められて嬉しくなるのも一瞬。『金額は言われた通りで良いのか』と購買意欲を見せる団員に、きちっとした金額を、全て知っているわけではないタンクラッドは、ドルドレンに話を振る。
「う。俺は剣なんだ。鎧なんかは分からんぞ。どうなんだ、ドルドレン」
「大体だな。盾と弓は、それぞれ範囲を教えてもらっているが。鎧だけは、イーアンじゃないとはっきり分からん。俺の鎧も特注だったのだ」
どうしようかと話していると、バイラとその男性が少し相談して、『もう一人。呼びます』と断り、すぐに他の団員が呼びに向かう。3分ほどで戻ってきた団員と一緒に、服装の違う男性が付いてきた。
年は60代くらいだろうが、目つきが印象的な、がたいの良い男だった。彼は屯す団員たちの中を通って、大きな机の上に並ぶ魔物製品を見ると、目を丸くした。それから側に立つ男5人に目を走らせる。
「俺は、ハイザンジェル騎士修道会総長ドルドレン・ダヴァート。警護団員バイラの案内で、本日魔物製品を警護団本部へ紹介に来た」
「あなたが。総長のダヴァート。こんな遠くまでようこそ。大変な時期のテイワグナに派遣された旨は、各地報告書で確認しています。
私はジャアート・イサ。警護団本部所属副団長です。バイラ副分団長の案内、そうでしたか。昨日バイラから手紙を受け取りましたが、このような形でお目にかかれたことに嬉しく思います」
ドルドレンは握手して、この人エライ人なのかと知る。
そんな雰囲気に感じるが、物腰が柔らかく、がっちりした体の割には腰が低いので、自分が年下で敬語を使わないのもイケナイのかと・・・ちょっと思った(※思うだけ)。
意外でもないが、初耳で少し驚いたのは『役職がある』と話していたバイラが、副分団長だったこと。それって地方行動部で、結構な立場なんでないの?と驚いた。
この話。後から聞けば、『分団長と副分団長は、主に外出担当。地方行動部の動かない立場の人たちは、部長と副部長。その立場の方が給与待遇は上』らしかった。
とにかく、本部に所属する立場として二位の副団長が来て、魔物製品の紹介をお願いされて説明し、金額などの話から、輸送費用等も細かく教える流れになり、ドルドレンを始めとする一行は、警護団本部に製品紹介したことを有意義に感じた。
この話の最中。バイラが呼ばれ、彼が廊下に出て暫くすると、バイラとミレイオが走って戻ってきた。
「総長。お話の途中ですみません」
血相を変えたミレイオを後ろに、バイラがドルドレンを呼んで廊下に連れ出すと、部屋の中の皆もそっちを見て眉を寄せる。何かあったのかと、どよめく中。ミレイオと話すドルドレンの顔つきが僅かに変わる。
「どうしても?出ない?」
「こんなことないでしょ?これまで、一度もないわ。あの子が遮られている環境ならまだしも。もしくはケンカしたとか」
「け。ケンカは、その。置いといてだな(※最近の記憶)。遮られる環境とはその、上か」
「他にあるとしたら、下よ」
ドルドレンが上を指差したので、ミレイオはまだるっこしさにイライラしながら、下も指差す。『とにかく!』急いでドルドレンに対処するように言う。
「何かあったのよ。おかしいもの。探そう、どこか分からないけど。タンクラッド!ちょっと、ちょっとあんた来なさい!一緒に外行くわよ」
イーアンを見つけるタンクラッドを思い出し(※センサー付き)ミレイオは、自分と二人で探せば効率が上がると、剣職人に大声で呼びかける。親方も騎士も、こうなると非常事態と理解して、団員たちに不安そうな顔を向けられながら、廊下へ出た。
団員たちも、バイラと一緒に現れた、刺青だらけの派手なオカマ(※ここに一番驚く)の言葉が急を要することは理解し、お互いの顔を見合わせる。
イサ副団長は彼らの様子が変わったことに、怪訝なものを感じ、廊下で話す総長たちの輪に割り込んだ。
「何か。ありましたか?ご一緒の仲間の方に何か」
「分からないのだ。ちょっと・・・その。目立つ仲間なのだ。後から呼ぶ予定だったのだが、時間がずれてしまったために、行き違ったのか」
「行き違ったんじゃないわよ、何かあったのよ。あれだけ律儀なのに、連絡も取れないなんて、そんなことないもの!もしかしたら、龍を見た人がいるかも知れないわ。早く」
副団長に説明したドルドレンに、ミレイオは遮って早くしろと急かす。
「龍?あなた方が乗ると言う。報告にあった龍ですか」
ミレイオの言葉の最後『龍』に反応した副団長は質問した。総長は頷く。『そうだ。龍で彼女が来るはずなのだ』この際だから、と伝えると。
「何と。では、誰かが見ています。首都に龍で来るなら、どこに現れても、これだけの人目がありますから、聞いてみましょう。本部の分館が首都には何箇所かあります。そちらにも知らせます」
「でも、たった一人のために」
「いえ。特定指定活動団体の緊急保護です。ハイザンジェル王国からも、この活動の詳細は受け取っていますから、不明者救援対象で扱います」
誰が行方不明でも捜索はするし、緊急扱いというだけ・・・イサはそう答えると、団員たちに分館に緊急事項を伝えるように命じ、『龍を見たか、もしくは龍が現れたらすぐに知らせるように』と付け加えた。
「失礼ですが。不明者の特徴を伺っても良いですか?『彼女』と先ほど聞いたような」
「そう。女性だ。黒髪でくるくるしている。少々見慣れない顔つきで、垂れ目で、笑うと可愛い」
「それ、笑えない状況じゃ見分けられないでしょ」
ドルドレンはミレイオに突っ込まれて、固まる副団長にもう一度説明し直す。
「身長はこのくらいだ。俺のこのくらいだから、160cm少しだな。喋り方は丁寧だが、怒るとヒジョーにキケンである。怒らせてはいけない(※要注意)。年齢は44だ。黒いクロークを着ていて、白い剣を持っている」
「その方が、龍に乗って首都へ?」
「そうだ。オーリンと一緒かもしれないが・・・大きい龍か、もしくは翼のある小型の龍に、男性と一緒に乗って。ここへ来ると思う」
「名前!名前言わなきゃ!」
ミレイオは『いつ名前言うんだ』とドルドレンに怒る。
ハッとして『彼女はイーアンという。男性と一緒なら、相手はオーリン。目つきの鋭い黄色い瞳で、黒髪の男だ』必要なことを教えると、イサは全てを書き取らせていて、了解した。
「イーアンだけを発見したら、出来るだけ丁寧に接してくれ。我慢強いが、一度怒らせると大変なことになる。
もしも男の方を・・・オーリンを見つけたら、イーアンは一緒のはずだ。二人は兄弟のように親しい。どちらを軽んじても、お互いを守るために危険な行為を選ぶ。二人を引き離してもいけない」
「分かりました。イーアン一人か、オーリンという男性と一緒か。二人であれば、一緒に。あの。怒らせると、ちなみに」
イサは恐る恐る、その場合のことを尋ねる。ドルドレンは頭に手を置いて眉を寄せ『俺か、ミレイオでもないと宥められないと思う』心配そうなミレイオと目を見合わせる。親方は、自分でもイケルと思った。
「怒ると。多くのものが破壊されます。インガル地区の地方行動部のように」
側に立つシャンガマックが静かに付け加え、自分に目を向けた全員に言う。
「彼女は龍です」
ドルドレンとミレイオが、ゲッと顔を歪ませたが(※今、言うの?的反応)正直者シャンガマックは彼らを見て、また、驚く団員たちを見て頷いた。
「仲間を守る時。侮辱に制裁を与える時。彼女は腕を龍の爪に変え、翼を出して飛び、誰も逃がさない」
褐色の騎士の厳かな言い方に、わっと鳥肌が立った団員たちと副団長は、戦いて慌て『急げ!早く!おかしな連中に彼女が捕まる前に』と、もう誰かに捕まった前提で命令を出す(※勘は当たる)。
わらわらと蜘蛛の子を散らすように、一斉に団員たちは部屋を駆け出し、イサはドルドレンの腕を掴んで、ビックリする総長に顔を近づけて頼んだ。
「あなたは。私と一緒に行動して下さい。私は部下に命令が出来ます。あなたはイーアンを止められる(※ここ重要)!」
ドルドレンは戸惑いつつも、副団長の必死な形相に何度か頷いて見せ、彼の中に『インガル地方行動部』の凄惨な報告状況が蘇ったのかと理解した。
このすぐ後。皆は時間を決めて、それまで探すとし、時間になったら一度本部へ戻る約束をする。ミレイオとタンクラッドは一緒に郊外へ行き、騎士たちは本部周辺を回る分担で動き始めた。
「龍は?俺も龍で探せる」
ザッカリアが総長に心配そうに言うと、出ようとしたタンクラッドが振り向いて『ダメだ。他の龍がいると、俺が散漫になる』と教える。
「龍は出さないでくれ。オーリンかイーアンなら、俺は反応する。ミレイオもだ」
ミレイオに腕を掴まれた親方に注意され、ドルドレンと騎士たちは了承する。ザッカリアは悲しそうだったが、『分かった』と頷いて、イーアンを見つけてと頼むしか出来なかった。
そして、全員が行動に移り、不明者イーアンを探す緊急事態が始まった(※危険人物だから大事)。
*****
同じ頃。絢爛豪華な馬車が夕方前の午後の道を、少し急いで進んでいた。前を走る黒馬車の後に付いて、郊外から首都へ向かう緑の道を抜ける。
「楽しみだなぁ。やっと来たよ」
「大旦那様が早かったのです。方角が正しかったから」
「ハハハ。彼らはだって。業務なんだから、仕方ないよ。しかし随分と回り道していたんだねぇ。私との再会は嬉しいと思うよ。オーリンはいるかな?」
喜色満面の笑みで召使さんと話すパヴェル・アリジェン。午後のお茶の時間はちょっと遅いかな、と笑う。
「夕食をね!うちで是非食べてもらおう。遠慮がちで、生真面目な彼らだ。彼らが何かを言う前に、夕食をどーんと用意してさ!見たら、すぐに食べたくなるようにしなくちゃね。
それから。ええっと今回の屋敷はどうなのかな。部屋は何部屋?客室は整っているのかな」
「ご心配に及びません。夕食の手配は、先ほど終えました。20名分設定で、夕食会同様の内容を指示しましたので、沢山召し上がられる旅の方たちにも、ご満足頂けましょう。
こちらの客室は30です。うち、一部屋は最初に仰せ付かいましたとおり、少々こじんまりとした雰囲気と、観葉植物を多数配置してありますため、恐らく、野の花がお好きな客人(←イーアン)には、心休まる空間のご用意が出来ていると思います」
「そうか。何から何まで有難う。それでね、リヒャルド。肉はどうだろう。私は以前、大失敗してしまったんだよ。君は別荘担当だから知らないだろうけれど。
彼らは、本当に肉が大好きなんだ。オーリンと、イーアンと。あの剣職人の彼・・・タンクラッドもだね。総長もかな。あの4人は、とにかく何Kgも食べるから。こんなことなら、牧場持っておけば良かったよ(※客来ると牛が死ぬ)!」
「問題ございません。大旦那様がお心を煩わせる時間など、一秒も要りません。
ハイザンジェルの昼食会の一件。私も耳に入れておりますため、肉の用意は完璧でございます。夕食用に注文を至急入れましたので、精肉60kgがこの後1時間後に配達されます」
「あっ、そう!凄い。有難うね。きっと喜ぶよ、一人10kg以上食べても平気だね(※イーアンでいう体重の五分の1)!!」
朗らかな笑い声の響く馬車。大貴族のパヴェルと別荘担当召使さんリヒャルドの会話は、お客様おもてなしにワクワクしながら終わることなく続く。
そして。ガタンと馬車が止まったことで、つんのめりそうになったパヴェルは、リヒャルドに支えられ『何かに躓いた?』急いで馬を確認する。
リヒャルドが扉を開けて御者に『どうしましたか』と叫ぶと、自分たちの馬車の前に、黒馬車が3台いて『緊急事態・・・』の声がした。
「何だって?」
「いえ。聞こえません。緊急?私たちに連絡した警護団以外に、2台馬車がいます。首都で何かあったのです」
召使さんが不安そうに大旦那様を見る。パヴェルはすぐに馬車を降りて、自分に驚く警護団に挨拶もそこそこ『どうしたのかね』と訊ねた。
「緊急事態で。御用のお邪魔をして申し訳ありません」
言い淀む警護団員に、パヴェルは緊急事態の内容を訊ねた。
お読み頂き有難うございます。




