915. ウム・デヤガ初日の午後 ~警護団一悶着
ドルドレンたちがバイラを待とうと決めて、5分後。敷地の門に、黒く艶のある馬が現れた。
『あ、バイラ』ミレイオが口にして、すぐに皆が同じ方向を見ると、青毛の馬はこちらへ真っ直ぐに近づいた。
「お待たせしてすみませんでした。倍の時間が掛かってしまった」
「良いのだ。俺たちもいろいろと済ませて、待とうと決めた時だ。丁度良い」
労う総長にバイラはお礼を言う。『それでは、特にここに用がもう無いようでしたら、本部へ行きましょう』本部はすぐ近くで、裏道を10分も進めば着くことを話した。
一行が馬車に乗り込んだのを見て、バイラは馬を返す。馬車を誘導しながら、人の多い道を避けて警護団本部へ向かった。外の通りは、昼下がりの落ち着きもなく、休日でもないのに賑やかなまま。
賑やかさが一層、増したような雰囲気に、馬車の一行は『ここもお祭りかもね』と笑って話し合った。
馬車は、バイラの後を付いて建物と建物の間の道をすり抜け、あちこち曲がって、あっという間に警護団本部へ到着した。10分もかかった印象はなく、せいぜい7~8分程度の距離だった。
本部の大きく開いた門の前まで来て、黒馬車が2~3台、丁度出て行くのを待ってから、バイラの馬と旅の馬車は中へ入る。
入り口付近に立つ警護団の二人に止められたが、バイラが挨拶して、後ろの馬車を紹介すると、そのまま難なく通過して、本部の敷地に入った。
ゴトゴト進んで、本部敷地内を通る間。馬車の荷台は警護団員に覗き込まれたり、二度見される。
『私たちみたいの、珍しいのかしら』馬車も見慣れない色と模様だからかな、とミレイオ。タンクラッドはじーっと友達を見て、お前が珍しいんだ、と言いたかった(※言ったら最後)。
ふと、親方は腹が減り過ぎて、何か摘もうかなと思う。そして、何か食べたい時は反射的に思い出す=イーアンがいたらな・・・と思ったことで『あ。イーアン』その名を呟いた。
ミレイオがさっと振り向いて『やだ。忘れてた』と驚く。
「結構、首都の中まで来ちゃったわよ。どうしよ、どうやって迎えに行こう。どこに降りてもらおう」
珠を取り出しながら、タンクラッドに急いで相談するミレイオに、親方も腕組みして『外までかなりある』と眉を寄せる。
「行くなら、お前だろう。お皿ちゃんで飛ぶしか・・・龍はさすがにまだ使えないから。お皿ちゃんでも目立つだろうが、まだマシだぞ」
「そうよね。それしかないと思うけど。どうしよう、地図見せて。ここからだと、どの方向が一番、外に近いの?」
まずは地図で確認。広げた地図に指を当て、二人で屈みこんだ時、ゴトンと馬車が停まった。ふと見れば、馬車の並ぶ列に収まっているらしいと知る。
「着いた。え、私たちも行くの?」
「ドルドレンに事情を話そう。バイラにも一応伝えて、何かあったら・・・って。俺とお前が連絡を取る方法がないじゃないか」
「あんた。予備の珠、持ってないの?持って来たでしょ?」
ああそうか、と親方も急かされるままに、自分の荷物を探し始めたところで、ドルドレンが荷台に来た。ミレイオは事情を伝えて、自分はイーアンを迎えに行こうと思うことを話すと、ドルドレンは頷く。
「そうなると。お皿ちゃんだから、ミレイオ一人だな?タンクラッドは俺たちと一緒だ」
「そうね。ちょっと、バイラに待ってもらって。この荷箱も運ぶんだろうけど、私は行ってくるから、誰かに頼んで・・・それで今。ここから一番近い、外に出られるところ探す」
ドルドレンが了解すると、横からバイラが顔を出して『どうかしましたか』と訊ねる。ミレイオがイーアンを迎えに行くことを話すと、バイラは地図を回してもらい、イーアンが空から降りても目立ち難い場所を教える。
「少し離れますが。ここは郊外に続く道です。郊外でも、こちらは貴族や裕福な商人が暮らす地区に続くため、首都とここまでは、かなり距離があり、間には林が。
その林にだったら、イーアンが一瞬降りてきても、恐らく、騒ぎにならないと思います」
本部に戻るまでは、道なりに進むと40分ほどありそうだが、空を飛んだまま本部の『この場所へ』と笑うバイラは指を下に向けて、ミレイオに『ここへ。直に降りてもらえば、自分が皆に説明をする』と言った。
「有難う。そうする。じゃ、私行ってくるから」
ミレイオはそう言って、とりあえず珠を握ったまま、急いで外へ出てお皿ちゃんに乗り、ちょっと騒がれながらも一気に上昇して空に消えた。
「あれは。説明を求められますね」
見上げてアハハハと笑ったバイラに、ドルドレンも笑う。『これから、テイワグナに広まる』そう思う、と頷いた。タンクラッドは、連絡球を持たせようと用意した矢先、ミレイオが行ってしまったので、引っ張り出した箱をまた仕舞った。
それから騎士たちと親方とバイラは、荷台から箱を下ろして抱えると、案内されるままに本部の中へ入った。
*****
首都を見つけたイーアンとオーリンもまた、首都の外に降りたのだが。
「どうしてここに降りましたか」
ぶすっとするイーアンが低い声でぼやく。オーリンは大きく溜め息をついて『ガルホブラフは無事だ』と答えた。
「私たちはそうでもなさそうですけれど」
「怒るなよ。俺のせいじゃないぜ」
髪の毛をかき上げて、オーリンは自分の横で仏頂面の女龍に笑うが、じろっと見られて黙る。
「ガルホブラフは逃げてもらいましたが。私たち、この後どうなるんですか」
「イーアン。声が低い。言い方がいつもより、素に近づいてる」
「仕方ないでしょう。私、これでもまだ我慢しています」
「俺だって我慢してるよ。話なんか聞かないんだからさ、あいつら」
黄色い目を戸口に向けたオーリンは、小さな部屋の一室で、簡素な椅子に座ったまま、もう一度溜め息をつく。
イーアンも『あ゛~~~・・・』と、おっさんみたいな声で溜め息を吐く。態度がどんどん悪くなっていく女龍に、オーリン苦笑い。
「イーアンさ、それ。被ってるの。取るなよ。角が見えたら、何言われるか分からない」
「そんくらい分かってますよ。急いで被ったのに、何でわざわざ取りますか」
「大丈夫だと思うよ。総長たちはとっくに、警護団本部に入ってるはずだし、バイラだっているんだからさ。連絡さえ付けば。前みたいにはならないよ」
「当たり前ですよっ そうじゃなきゃ、今すぐここ、壊し」
イーアンがオーリンに噛み付こうとした時、扉が開く。二人はすっと黙って、開いた扉の影から出てきた男を見た。
自分たちよりも年が上と分かる男性は、頭髪が薄く、太っていて、臭いがきつかった。制服を着ているから警護団と分かるものの、チュニックとくたびれたズボンでも穿いていたら、その辺の農家のおじさんみたいだった。
「お前たちか。どこの人間だ、見慣れない顔だが」
「その前に、何が理由で捕まってるのか。ちゃんと教えてくれよ」
濁声で横柄に質問した男に、オーリンが聞き返す。『いきなり捕まって、持ち物まで没収なんて酷いだろ』口調は静かだが、警護団の扱いに嫌気が差すオーリンは、態度に出る。
「理由もはっきりしないのに、手持ちを引っぺがすなんて。警護団のすることかよ」
「龍と一緒にいたと聞いたぞ。龍はどこだ。お前たちはどうして、龍といたんだ」
「それじゃねぇよ。俺が訊いているのは」
「違う部屋に入りたいか?空き部屋は2つあるぞ。便所も同じ室内にある。そっちで柵越しに話そうか」
無礼な扱いを平気で口にする男に、オーリンは思いっきり息を吸い込み、大袈裟に吐き出した。イライラしているオーリンは『何の理由で』ともう一度、訊く。
横柄な男は、机を挟んだ前の椅子に座り、余裕そうにそっぽを向いてから、のんびりタバコを取り出して火を点けた。
「最近な。ここ半月・・・いや。もう少し前か。隣の国から龍に乗る騎士たちが、魔物退治に来たとかな。各地でもう、結構な噂になっているだろ?お前たちも、聞いたことくらいあるだろうが。
その者たちが乗り回す龍、とは聞いているんだが。龍がどこから来るのかは誰も知らない。空から来るらしいが、空のどこからかも」
「それと。俺たちの荷物を取ったことの関係が見えねぇよ」
オーリンが遮ると、太った男は睨んで煙を吹きかけた。オーリンが手で大振りに煙を払い、睨み返す。イーアンも蔑んだ目で、フードの奥から男を見た。男は二人を交互に見て、首を傾げて鼻で笑う。
「お前たちの荷物?剣だか弓だか、そんなもの持ち歩いている物騒なヤツが、危険じゃないわけないだろう。考えなくても分かることを」
「剣と弓だけではありませんね。貴重品一切、ベルトごとですよ」
「お前。女か?小さいとは思ったが。女に見えないな。声が何となく女みたいってだけで」
オーリンはひくっとする(※そういうこと言うな!の状態)。イーアンは機嫌悪いの絶好調。黙ったまま、太った男を睨み続ける。男はせせら笑ってタバコをふかす。
「まあな。女に見えない女も世の中にはいるけど。とにかく、お前たちが何で龍と一緒にいたのか、それを話すまでは帰れないぞ。隣の国の騎士たちが乗り回してる龍と同じか、そうじゃないのか。
テイワグナにも龍がいるのか・・・それをどこかでお前たちが見つけたのか?
お前たちは、絶対に騎士じゃないしな。ましてお前。おい、女。お前の顔なんて、ハイザンジェルの人間ですらないだろ。何て目つきの悪い女だ。どこの顔だ、どこから出てきた。おい」
「よせよ。彼女にそれ以上言うと、許さねぇぞ」
オーリンは立ち上がる。イーアンは黙ったまま、座った体を前に屈めて、膝に両肘を乗せ、相手から目を逸らさない。
男は嫌悪を顔に出し、立ち上がった男の黄色い目を見て『ネコみたいな目しやがって』と吐き捨てた。オーリン、目つきでネコ扱い人生で2度目(※一度目は『ヤマネコ』=By親方)。
「そういうお前は何なんだよ。ぶくぶく太って、焼いたら脂だらけで食えもしねぇだろ」
馬鹿にされた太った男は、カッとした顔で机を拳で叩き、派手な音を立てて椅子を倒して立ち上がる。
イーアンは、こういう単純に物音で相手を威嚇する方法しか知らないバカが大嫌い。どうせ、この後。怒鳴り散らして何か投げるんだ、と思っていると。
「警護団を侮辱か!聴取にも応じないでその態度なら、今すぐ別室に入れてやるからな!」
濁った声で唾を飛ばしてがなり立て、火の付いたタバコをオーリンの顔に投げた。オーリンが避けると同時に、イーアンは投げられたタバコの前に手を出した。タバコは、イーアンの手に触れる前に消えた。
「何だ?消えたのか?」
太った男が消えたタバコに顔をしかめる。立ち上がったイーアンは、その序にオーリンと机の間にゆっくり入る。オーリンを背中にし、目の前の太った男を睨み続ける。
「何のつもりだ。お前が守ってやるのか、その男。お前の男か」
「私の男?彼は、私の兄弟。私の血。私の同胞。お前のきったねぇ口が付いたタバコなんかで、汚されるわけにいかねぇんだよ」
イーアンの凄む声に、オーリンは心がぞくぞくする(※ワイルド大好き)。イーアンは、黒いクロークのフードを被ったまま。その妙な迫力に、太った男の顔が少し恐れを浮かべた。
イーアンは、どこまで我慢しようかと考えていた。
連絡珠も剣も、ベルトごと没収されてどうにもならない状態で、どうにかするなら、龍の力を見せるしかないのだが。それはでも、出来ればまだ避けたかった。
伴侶たちが首都に入ったら、本部へ最初に行くのは知っている。だからここで龍の力を見せては、変に揉めたり、何かの面倒もありそうに思えて。だが、この男の失礼は酷いなと思う。
「荷物を返せ。私たちが龍と一緒だった理由なんて、人に話すことじゃない」
「お前が決めることじゃないぞ!自分の状況が分かってるのか?警護団に捕まった不審者で、武器も持ち歩いてる得体の知れない輩だ。それに龍がいた報告がある。ハイザンジェルの騎士たちならまだしも」
太った男が大声で怒鳴り、物音も派手に立てていたため。喚き終わる前に、廊下に人が走る音が聞こえ、扉がノックもなしに開く。『何かされましたか!』数人の男が部屋に駆け込み、太った男と二人の不審者を見た。
「こいつらを入れろ!」
太った男は、部下らしき男の数人にすぐに命じて、二人に顔を向けた。『頭を冷やせ。出たければ話せ』言ってやれることはそれだけだ・・・馬鹿にしたように言い捨てると、太った男は部屋を出て行く。
オーリンとイーアンは目を見合わせたが、逃げるかどうかを合図し合う前に、5~6人の男に体を掴まれ、抵抗の声を上げても空しく、引っ張られて連れて行かれた。
オーリンは、イーアンが力を使わないために、自分がどう動いて良いか戸惑った。イーアンもまた、どうするべきか、即決出来ずに出遅れた。
「イーアンッ」
廊下を引っ張られ、壁沿いに並ぶ柵の部屋に押し込まれるオーリンが名前を叫ぶ。『オーリン』イーアンも、隣の部屋の扉を開けられ、背中を押される瞬間に、彼の名を呼んだ。
二人はそのまま、冷たい壁の阻むそれぞれの部屋に押し込められ、扉はあっさりと閉められた。
お読み頂き有難うございます。




