914. ウム・デヤガ初日の午後 ~魔物製品受け取り
「大きいな。さすが本局」
ドルドレンは馬車を停めて、広い敷地と大きな建物を見渡す。バイラも馬から下りて、総長の横に立つ。
「中へ入りますが、私は少し。15分ぐらい留守にします。15分後にはここに戻りますから、今は少しだけご案内します」
ドルドレンはそれが、ユータフのことだと気が付いて頷く。バイラは馬の背に乗ったままのユータフを見て、『そこにいろ』と言うと、総長に向き直る。
「他に誰か一緒に行きますね?」
訊かれたので、ドルドレンはすぐにシャンガマックと親方を呼ぶ。『私も行く』ミレイオが下りて来て『受け取りあるんでしょ?』と確認されたので、ドルドレンはミレイオの手も頼む。
「それでは。私とザッカリアで馬車番をします」
フォラヴとザッカリアが馬車を見ていてくれることになり、総長とシャンガマック、親方とミレイオが、バイラに案内されて建物へ向かった。
「総長。印章はありますか?」
シャンガマックに訊かれて、『あるよ』と見せてやる。褐色の騎士は興味深げにそれを見て『イーアンの指輪と違う』と呟き、とても古い時代のものに見えることを教えた。総長、ちょっと得意。
「この前はあまりよく見ていなかったけれど。こうして見ると、宝飾の付け方とか、やはり歴史ものですね」
王様の持ち物だからね・・・ドルドレンは部下に呟く。シャンガマックもハッとして『そうだった』と答える(※考古資料に目がない人)。
二人が話しながら、バイラの後について施設に入ると、ミレイオがすぐに『固まっといて』の声と共に3人をまとめた。何だろうかと振り向く総長に、『あんたたちは目立つ』びしっと言われる。
「うっかりしないの。話しに気を取られて、気をつけるの忘れがちよ。人混みなんだから、バイラに迷惑掛けないようになさい。散らばると連れてかれるわよ(※女に)」
えっ、驚いて周囲を見ると、客の女性も局の女性もこっちを見ていた。シャンガマックが困ったように眉を寄せる。
鼻で笑った親方は、先を行くバイラの背中を見て『おい、行っちまうぞ』と皆に教え、ミレイオに保護された3人は、いそいそバイラの後を追いかけ、建物の端にある受け取り口へ向かった。
バイラは振り向いて、少し後から付いてきた4人を手招きし、行列の出来ているカウンター前に並ばせる。
『ちょっと待っていて下さい』そう言って、すぐに割り込み始め、ドルドレンたちが不思議そうに彼の行動を見ていると、カウンターの右にある撥ね戸を開けた局員が、バイラと話して自分たちを見た。
「こちらへどうぞ」
呼ばれたドルドレンたちは、後から来たにも関わらず、行列に並ぶ人々の視線を申し訳なく受け止めつつ、局員の呼ぶ場所へ進んだ。
「皆にすまないのだ。俺たちは待ちもせずに」
ドルドレンがバイラに小声で言うと、バイラは笑って首を振る。『内容が普通じゃありませんから』気にしないで、と総長に伝えてから、撥ね戸の奥へ4人を通した。
それからバイラは、最初に言っていたとおり、用事のため局を出て行った。
待機していた局員が、カウンターからは見えない、横付けの倉庫に4人を連れて行き、局預かりの荷を見せる。
大きな木箱で4箱。170cmほどの長さ、高さ50cmほど、奥行きは100cmくらい。ドルドレンたちはお互い、顔を見合わせる(※こんなあったっけ?の意味)。
『こちらがハイザンジェルから届いていますが』伺うように訊かれ、ドルドレンはすぐに印章を出した。
「俺は騎士修道会総長ドルドレン・ダヴァート。魔物資源活用機構のイーアンは不在だが、俺が代理で受け取りに来た」
「はい。了解しました。印章を捺して頂く紙があるので、こちらで手続きをお願いします。料金は、ハイザンジェル王国が前払いです」
言われてビックリ。当たり前だ!と思うドルドレン。後払いなんて冗談じゃない(※手持ちカラッケツになる恐れあり)。
機構のやつらは、どんな言い方で送ったんだと眉を寄せるが、この局員に文句を言うところでもないので、黙って出される紙に、印章をちょいちょい捺す。
書類の他にもう一つ小包の箱があり、それも機構から届いていると言われ、これが送付状かなと受け取った。ドルドレンが全ての手続きを済ませたところで、シャンガマックがちらっと見て『文字、平気でしたか』と後から訊く。
「早く言うのだ。大丈夫そうだけど」
「本局だからかな。呼ばれたら、俺が書こうと思ってたんですが。総長でも大丈夫でしたね」
ドルドレンは褐色の騎士の顔をちょっと見て、彼も少しずつ・・・自分に馴染んできている気がした(※お友達感覚)。シャンガマックが『?』の顔で見つめ返したので、ドルドレンは目を閉じて首を振り『何でもない』と答えた。
手続きが済んだので、局員に荷をもう一度確認してもらってから、4箱と小包一箱を皆で分けて持つ。皆はごった返す局の中を、大きな箱を抱えて表に出て、馬車へ歩いた。
「これ。かなり重いぞ。剣か?」
自分の箱が異様に重い気がすると、タンクラッドが言う。ミレイオも自分の持つ箱に『これも重いわ。梱包が厳重なのかしら』と眉を寄せる。
ドルドレンとシャンガマックは、職人の言葉に頷くのみ。自分たちのは重く感じなかった(※言うの気が引ける)。ドルドレンが確認した書類には、がっさりと『魔物製品』としか書いていなかったので、内容物までは分からない(※機構もテキトー)。
馬車に着いて、荷馬車の中に箱を入れる。フォラヴとザッカリアも手伝って、箱を荷台に並べた。『ここで確認したら?』一応、蓋を開けようとミレイオが言うので、親方が釘抜きを持ってきて、箱の蓋を打ち付けた釘を引き抜く。
最初はタンクラッドの持っていた箱で、開けてすぐに分厚い毛布が見えた。毛布をどかすと『おお!』タンクラッドの顔に笑みが浮かぶ。
「やはり、剣だったか。鞘も全部にきちんと。サージとセルメが」
嬉しそうな親方の顔に、騎士たちも微笑む。まだハイザンジェルを出てから一ヶ月弱。だけど、知り合いの仕事に嬉しく思うだろう、と理解する。
親方は、一本剣を取り出して鞘から引き抜く。ぎらっと光る青黒い剣身。
「凄い綺麗。こんなの見たら、警護団も腰抜かすわよ」
ミレイオがタンクラッドの肩を叩いて、剣を誉める。タンクラッドも笑顔のまま頷き『サージたちの仕事だ』と満足そうに呟いた。
そして次。ミレイオの運んだ箱の蓋を開けると、そこも毛布があり、めくって驚く。
「あらやだ。こんなの作ってたんだ」
弓矢一式。弓は毒々しい紫色の革に包まれて、怪しく姿を現す。矢も束で入っていて、下にある金属の箱には、鏃がびっしり入っていた。
「ダビ。ダビの鏃だ」
ドルドレンは頬が緩む。鋭い鏃が並ぶ箱に、感動して見つめる。親方とミレイオは、騎士たちが覗き込む鏃に、顔を見合わせて微笑んだ。
「この箱。オーリンに見せなきゃね」
『きっと大喜びするわよ』ミレイオがそう言って、弓矢一式の箱の蓋を閉じ、次の箱を開ける。開けて魂消る。
「うわっ!もう?」
ドルドレンの運んだ箱は、色鮮やかな盾が重ねられて並んでいた。『わぁ~・・・頑張ったんだ』きちんと作られた盾をそっと撫でて、グジュラ防具工房の仕事にミレイオは感極まる。
「まだ、数作れないと思っていたのよ。あそこは高炉がないから・・・でも凄い。よくやった」
美しい盾を一つ取って、表と内側を交互に眺めるミレイオ。タンクラッドも一つ取り出し『お前のみたいじゃないか』と驚く。『よく出来ている』素直に誉めるとミレイオはニコッと笑う。
「当たり前よ。サンジェイが約束したのよ。あのおじさん、腕は良いもの」
嬉しい仕事に胸を満たされて、4つめの箱に移る。開けてみて、これは騎士たちが驚いた。
「鎧だ!鎧は来ないと言っていたのに」
鎧は大きいので、2つだけ。でも腕覆いも脛当てもマスクも揃えて入っていた。美しく堅固な芸術のような鎧は、魔物の棘や鱗を模様のように帯びて、生きているようだった。
「オークロイ親子は優しいから。出来ないと言っていても、ロゼールに持たせたんだろう」
ドルドレンは、箱から出さずに鎧の胸に手を当てて、その技に惚れ惚れする。騎士たちも触って喜び『新しい形だ』とはしゃいでいた(※自分のじゃないけど)。
「オークロイか。会ったことがある。真面目な親子だよな」
「そうだ。余計なものを受け付けない、生粋の古代の製法で作るのだ。イーアンに見せなければ」
タンクラッドとドルドレンの会話に、シャンガマックは自分の鎧を思う。『イーアンが作った鎧。直してくれた鎧。彼女は専門じゃないけれど、鎧はこれからもイーアンでしょうね』と話す。
ザッカリアも頷いて『俺の鎧もそうだよ。俺の防具は全部、イーアンが直して作ったんだ』そう言って、褐色の騎士に微笑む。フォラヴはこの時、ちょっと寂しかった(※自分だけそれはない)。
小包以外を確認したので、蓋を戻して箱を閉じる。小包は、宿で開けようということで、後は。バイラを待つだけか』ドルドレンは黒馬の姿が見えないか、敷地の門に顔を向けた。
彼が出てから15分は過ぎていて、もうそろそろ30分経とうとする頃。馬車に荷を運び入れて、中身の確認をして、その時点で20分は過ぎていた。
「どこまで行ったかな」
親方が呟き、ドルドレンも頷く。きっとユータフのために、動いていると思う。首都は広いから、15分で行って帰ってこれる場所ではない・・・距離を移動したのかも知れなかった。
「停めてても、特に文句は言われないでしょ?もうちょっと待ちましょ」
ミレイオは、バイラを待とうと促す。皆は同意して、少しの間。黒馬が来るまで、門をぼんやり見つめながら馬車に寄りかかっていた。
お腹の空いたザッカリアは、お菓子箱から少し取り出して、皆に分けてあげる。お礼を言って、子供からお菓子を受け取る皆の中、ミレイオはイーアンに連絡するのをすっかり忘れていた。
*****
「もう良いんじゃないの」
「どうなのでしょう~」
オーリンはガルホブラフに跨った状態で、イーアンに『行こう』と何度も言う。『だって、もう昼も過ぎて結構経つぞ。忘れてんだよ』オーリンに言われ、イーアンはちょびっと寂しい。
「ミレイオが私を忘れる・・・悲しいですねぇ」
「そういうこともあるだろ。変に悲しむなよ。あっちも用事があるんだから」
だから行こうぜ、とオーリン。待て、って言われている分、待とうとするイーアン。これを1時間続けていた。
いい加減、オーリンは『行こうって。このままじゃ、今夜イヌァエル・テレンに泊まれって言われるぞ』と脅かす(※脅かしに使える文句)。ゲッと顔を歪ませたイーアンは、渋々立ち上がる。
――この手前。子供たちと遊んでいた。そこへオーリンが迎えに来たので、1時間前には外に出ていたイーアン。
男龍は『まだ居ろ』と言っていたが、彼らは時間の感覚があまりないため、彼らに合わせると、とっぷり日が暮れかねない。
長居を期待させるのも良くないので、いつ地上から連絡があってもすぐに動けるようにと、外へ出ていたのだが。どんなに待っても、連絡珠に変化はなかった――
「行こう。ここにずっといるだけでも、男龍には伝わってるんだから。痺れを切らして、様子を見に来るかもしれない」
そこまで言われると、そんな気もしてくる。
已む無し。イーアンはガルホブラフに乗せてもらい、ようやくオーリンと地上へ向かった。
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