913. 首都ウム・デヤガ
首都手前の、旧道とはいえ。
民家農家の距離も縮まっている地域で。イーアンは、うっかりサービスで吼えたものだから、後が大変だった。
行き交う馬車に『朝、龍が出たんだよ』と一々言われ、民家の外に人が出て何人か集まり『あれは龍の声』と興奮している様子を、そこかしこで見ることになった。
御者台でイーアンとドルドレンが話していた時間も僅か。ちょっと進んでは、地元の人に『旅の人、さっきの見ましたか?』と情報源の一つとして呼び止められ、何となくはぐらかして『今日は良いことあるかも』笑顔でサヨナラして逃げることを繰り返す。
「イーアン・・・早く空へ」
「そうした方が良さそうな気がしています」
「人が多くなっている。皆が外に出て、思うに『もう一度出るかも』の期待を」
「そうなりますと。私、これから出かけたらマズイような」
「いや。進めば進むほど人は増えるのだ。今の内、だと思う。このくらいの人数で済むなら。
イーアンの龍の時の咆哮は広範囲に響く。あれが聞こえた、信心深いテイワグナのおじちゃんおばちゃんたちには、今日はハレの日になりかねん」
下手すると捕まってお祭りだ、と伴侶が真剣に言うので、イーアンはビビる。
自分がとっ捕まって(※やめてーと言ってもムシされる設定)4~5人のおじちゃんに担ぎ上げられ(※助けて~と叫んでも皆笑顔の設定)櫓太鼓が鳴り響く中、行進してゆく民に連れられ、頭に枝と葉っぱの冠被せられて、椅子に座らされて・・・・・(※発想が映画)ここまで想像したところで。
「イーアン、早く空に行きなさい」
ミレイオが後ろから来て、早く行けと急かす。
『あんたの声がデカ過ぎるからよ』龍の咆哮の威力を実感したと笑うミレイオは、ドルドレンに送り出されるイーアンを抱えて、後ろの荷台に連れて行き『ここから。びゅーって。一人で上行きなさい。ミンティンは途中で呼ぶなり何なりして』とにかく行け、と用意させる。
「はい。では行きます。皆さん。私のせいでご迷惑を」
「適当に交わしておくから。ムリだろうけど」
ミレイオは、早く早くとイーアンを突き飛ばした。慌てて翼を出し、その勢いで空へ一直線にイーアンは上がる。
迷ってはいけない!今振り返ってはいけない(※捕まる)!
遠くなる地上から、わぁわぁ声がするが振り向けない。伴侶たちに心で謝りながら、イーアンは出来るだけ速度を上げて、イヌァエル・テレンを目指した(※結局一人で飛ぶ羽目になった)。
混まないはずの旧道を、のろのろと。馬車と馬が進む午前の道。
「王都付近の道は、こんなに混んだ事ないのだ」
ぼやくドルドレンは、手綱をせっせと捌きながら、すれ違う馬車や人々に気を遣って動く。後ろのシャンガマックも同様、前の荷馬車との合間を詰めて、離れないように注意しながらゆっくり進む。
荷台にいる職人二人。寝台馬車にいる騎士二人。そーっと扉を半分閉めて、混み合う旧道で人目を気にする。
「かなりの影響力だ」
タンクラッドが壁に寄りかかって、ちょっと笑う。半分開いた後ろから見える風景に、確実に馬車か人の姿が見える。『ここは人が少ない道と言っていたのに』遅い馬車の歩みに呟く。
「仕方ないわよ。こんなに信心深いと驚くわね」
ミレイオも、後ろのシャンガマックの手綱に合わせる、馬の顔を見て同情する。大人しい馬たちは、大して広くもない道をすれ違う馬車を気にして、落ち着かないようで、耳や首を動かしている。
「馬が。疲れそう」
「バイラの馬はどうだろうな。前を進んでいるんだろうが」
どうだろね・・・ミレイオも見えない場所は何とも言えず。かといって、馬車から出て様子を見る気にもなれない。
「龍の声、聞こえたってだけでしょ?誰かは見たから、現地に行きたいのは分かるけど。こんなにすぐに、押し合いへし合い始まるのねぇ」
旧道はちょっとした行列が出来て、旅の馬車が夜を休んだ所に向かう、地元民の馬車で混み合う。
「私たちもさっきは、訊かれて大変だったけど。『龍が出た場所』の方が、意味大きいのね。あやかると言うか、記念というか」
「そうだろうな。シサイが話してくれた、あの場所だって。龍の柱が7本立っていたが、他に何もなかった。何百年も前の話が、今もああして場所を守るんだから」
イーアンが戻る時。首都に降りる手前で、気をつけさせないといけないと、タンクラッドは思う。イーアンに角がある時点で、もう『ゼーデアータ龍』再臨のような話も出たわけで。
「ミレイオ。ティヤーの換金所の話じゃないが。イーアンが祭壇に捧げられかねないぞ。ティヤーは危険そうな臭いがあるが、テイワグナのこれは、また別の意味で注意が必要に思う」
ミレイオはタンクラッドの言葉に頷く。ティヤーでおばあちゃんが『ウィハニの女に似ているから、捕まる』と言っていたのを思い出す。
信仰心が厚いのは良いことだが、テイワグナの場合は、魔物が出て怯えているから、一層、神頼み的な感覚が募るのかもしれない。昔から伝説が尊ばれている分、ここへ来て一気に現実化すると、きっと――
二人は思うところ一緒。顔を見合わせ、昼前に、戻るイーアンを迎えに行こうと決めた。
旅の馬車を誘導するバイラの馬も、面倒そうに嘶きながら、道塞ぎな遅い馬車や馬たちを退けていた。
「お前もこんな状態は久しぶりだな」
自分の馬のイライラしている様子に苦笑いして、バイラはそう呟くと、馬の首を軽く叩く。『もう少しで旧道が街道に繋がる。そこまでの辛抱だ』繋がる三叉路にでれば、道が広がるから動きも楽になる。
その三叉路まで後30分程度だと、バイラはゆっくり進む中、様子を見ていた。
反対方向から寄せる波のように、次々やって来る地元民。その気持ちはよく分かる。自分も警護団施設にいたら、ちょっと見に行こうとするだろう。
自分は―― 見た。目の前で、白い大きな龍が現れる全てを。龍が咆哮をあげた時、体中の血潮が波打った。空気はびりびりと震え、足元の小石は撥ねた。空は光り、風が一陣吹いて、テイワグナに今降り立ったように――
思い出す、数時間前の感動。ほんの僅かな1分にも満たない、龍の出現。それを自分は見た。
バイラはニヤニヤ笑って、嬉しさでどうにかなりそうだった。
イーアンこそ、ゼーデアータ龍だと確信している。古代の龍が再び、世界を救いに空から来て、その側に運命が導かれた自分がいる。
そう、だから。分かる。旧道が混むほど人々が動き、龍が本当に現れた場所へ行きたい気持ちが。
「お前のために。龍が現れた。それを決して」
「忘れるわけがない。俺の命に刻んだ」
ざわめく道の中。バイラは思わず口にした、後ろの若者への言葉。ざわめきで聞こえそうにないのに、若者はすぐに遮って答えた。
前を向いたままのバイラは、少し黙ってからゆっくりと肩越しに若者を見た。彼は首飾りを握り締めて、自分の目を見返す。『俺はこの日を忘れない。龍が俺に教えたこと。バイラが怒って言ったことを忘れない』ずっと心に繰り返していた言葉のように、若者はそう言った。
茶色い目を向けたバイラ。ユータフの頭に腕を伸ばし、ぼんと手を置いた。驚く若者に『干し肉の味も忘れるな』と呟くと、手を戻して顔を前に向けた。
バイラの後ろで、少しの間。すすり泣く音が聞こえた。
警護団員は少し笑って、空を見上げる。龍は、今頃・・・空の赤ん坊と一緒にいるのかと思う。そして子供と遊んだら、昼に地上に戻ってくる。
そんな、人間の生活をするような龍。身近な龍なんて信じられないな、と嬉しく思って微笑んだ。
この後。混雑する旧道を、いつもの5倍の時間をかけて進み、旅の馬車と警護団の馬はようやく分かれ道に出る。
昼近い時間を気にしたミレイオは、イーアンに連絡を取った。事情を説明し、まだ戻るなと止める。イーアンはとても申し訳なさそうに謝り、そのまま呼ばれるまで空にいると答えた。
このお陰で。連絡しただけのミレイオだったが、嬉しいサプライズを受け取る。
『ミレイオか』
『え。誰』
『ビルガメスだ。どうだ、元気か』
うっひゃ~~~ 喜びが顔に出るミレイオは、急いで『元気元気!』と返事をする。ビルガメスは笑っているようで、続けて用事を言いつけた。
『お前の話をタムズに聞いてな。辛そうだと。俺に話に来い。聞いてやろう(※上から)』
『えっ。タムズが。ごめんなさい、そんな大事じゃないのよ。私と親のことだから』
『気にするな。呼んでもドルドレンが来ないしな(※呼べば当日か翌日に来ると思ってる人)。お前が来ても良いんだ。お前の知りたいことを教えられるかも知れん』
ミレイオは空に行きたい。呼ばれた内容は浮かれるものではないけれど、呼んでくれたことが何より嬉しくて『これから首都に入るから、落ち着いたらすぐ行きたい』と答えた。
ビルガメス『首都って何だ』くらいの感じだったが、了解してくれた。
ミレイオは幸せ。自分を気に掛けてくれる男龍がいることも、空にサブパメントゥを呼んでくれることも(※裏はある)。理由は何であれ、明るいイヌァエル・テレン行きを楽しみにした。
ということで、イーアンはそのまま空で待機。昼を過ぎる時間に、三叉路を街道に移動して進む馬車は、首都郊外の家が増えてきた地域を通り、主道に繋がる大きな道へ入った。
「テイワグナの首都。大きいのね」
「こんなだったかな。覚えてないが。昔はもっと閑散として、本当にだだっ広い印象だったが」
タンクラッドは『通ったことがあると思うが』と前置きし、20年も経てば随分様変わりする・・・と驚いていた。
ミレイオも知らないわけではなかったが、昔過ぎて覚えてない(※若い頃の思い出は薄い)。『通らなかったかも知れない』と新鮮な気持ちに切り替えて、荷台の後ろから、流れる町並みを見ていた。
郊外を通過するだけでも1時間近くかかり、地図を見ると、かすった部分をちょっと通っただけ、と分かり、まともに郊外を通り抜けたら、首都にも入らない内に、日が暮れると知った。
後ろの馬車のザッカリアとフォラヴも、初めて来たテイワグナの首都の広さに驚いていた。こちらもやはり地図で見ながら、道を照らし合わせ、現在地と向かう先を確認した。
「フォラヴ。凄く遠いよ。これ、どこ行くの?本部?本部ならまだまだ先だ」
「どうでしょうね・・・魔物製品を受け取るような話を総長がしていたので、もしかすると郵送施設の本局かも知れません。だとしますと、こちらですよ。本部も近いですが・・・後1時間くらいかな」
道が広くて馬車の速度が上がったため、外の道を進むよりも早く移動している様子から、フォラヴは午後の明るいうちに、目的地には着くだろうと見当を付けた。
「人が多いね。俺、こんな場所は初めてだよ。町に住んでいたけど」
ザッカリアの住んでいた町。それは嫌な思い出だと分かっているので、フォラヴは話を逸らす。
「王都と比べるといかがですか。王都は城下町が賑やかで、人混みもしょっちゅうです」
「うん。でも、全然違うよ。こっちはとても広いもの。王都は狭い道が沢山でしょ」
確かに。人も馬車も多いのに、テイワグナの首都は全体的に土地が広いのか、店と店の間隔もあり、敷地も建物も平たくて広がっている。城壁ではないから、首都に入る手前に壁の囲いもないし、どこまでもぺたーっとした町並みが続く風景は、王都の建物を詰め込んだ雰囲気とは対照的だった。
ドルドレンは御者だから気になること、その1。『顔で、二度見は嫌である』広いテイワグナの道だけれど、それなりに見られるものだなと諦める。
でも有難いことに、前を歩いていたバイラが馬を並べてくれたので、斜め前に付いてもらって保護状態となる。ドルドレンはそれだけでも感謝。警護団と分かる雰囲気のバイラがいるだけで、ドルドレンへの二度見はささやかなもので済んでいた。
「総長は目立ちます。どこでも大変だったでしょう」
「特に言ってくれるな。もう諦めている。時間を取られる時は抵抗するが」
ハハハと笑うバイラの後ろで、ユータフもちょっと笑う。
元気のなさそうな笑い方だったが、出発した時とは雰囲気が変わったことは、ドルドレンにも伝わる。目が合ったので、ちょっと微笑んだら、恥ずかしそうに頭を掻いていた。
「首都なのだ。お前の親はどこにいるのか、分かるか?」
ドルドレンは普通に話しかけたが、バイラはやんわりと別の方向に首を向けた。ユータフはドルドレンの質問に一瞬、ぴたっと止まったが、すぐに首を小さく振って『これから探す』と答えた。
――首都に入ったら。『一歩入ったら下ろす』バイラはそう言い続けていた。
だから、ユータフは首都に入った時点で覚悟をしていたが、何も言われないので黙っていた。そこへドルドレンが質問したため、ユータフは『下ろされる』と思ったのだが。
この短いやり取りでも、バイラは何も言わなかった。当然、首都だと分かっているし、自分が言ったことも覚えているだろうけれど。なぜかバイラはそのまま、ユータフに下りるようには告げなかった。
一行はバイラに案内されるまま、大きな通りを進んでは曲がり、また大通りに出ては進んで渡り。
それを随分繰り返して、ようやく。馬車の出入りが頻繁な施設の敷地に入った。そこはテイワグナの郵送施設本局だった。
お読みいただき有難うございます。




