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魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅は道連れ
911/2955

911. 総長と警護団員バイラ

 

 この日の夕方は、旧道沿いで野営をする。


 首都に近くなりつつあるので、農家や民家も周囲に見える率が増えたが、バイラに『ここは国の土地ですから』と誘導してもらった空き地は、特に誰が焚き火をしても咎められないらしかった。



「民家の家から、焚き火などは見えるでしょうけれど。でも、私有地ではないから問題ないです。もし聞かれたら、私が話します」


 バイラは離れた場所に見える家を数軒、振り返ってから『距離はあるので』と呟く。『馬車と焚き火くらいは。でも旅人はいますし、気にしないと思いますよ』彼なりに、経験として、総長に教えてくれる。


「私も護衛で回っていた頃に、あちこちで馬を休めました。私は馬でも、護衛を頼む相手は馬車ですし、台数ももっとありましたから、野営は気を遣いました」


「護衛。バイラは旅人を送り届ける仕事だったのだ。テイワグナだけ?」


「殆どテイワグナです。でも行き先によっては、船が着くまで依頼されることもあったので、他の国も行きました」


 ドルドレンは言いたいことを読まれる。バイラはちょっと笑って『ハイザンジェルも行きましたよ』と続けた。

 どこに?の質問には『東です。ハイザンジェルの港町。川を上がって、ティヤーの境界線くらいの場所』だそうで、ドルドレンは自分が知っているもんだから、親近感が湧く。


「俺も行ったことのある町かも知れない。バイラがハイザンジェルに来ていたなんて、嬉しいのだ」


「騎士修道会がどこにでもいる、と知った時は、徹底していると思いました。小さな国ですが、きちんとした制度で守られていて、関心を持ちました」


 誉められて嬉しいドルドレン。うん、と頷いて、野営準備を始める。『もっと話せると良いのだが』ちらっと、バイラが下りた馬の側に立つ若者を見て『また時間のある時に』と微笑んだ。


「夜でも。彼が眠ったら、話せる時間もあるだろう。明日は首都だ。俺たちは用事を抱えているから、今夜の方が時間はある」


「そうですね。あの、少々聞きたいことがあります。今朝方に、私は一瞬だけ目にしました、大きな体の女性は、夜の間に」


 バイラの小声の質問に、それがコルステインと分かり、ドルドレンは頷く。それから待つように言い、タンクラッドを呼ぶ。剣職人はバイラと総長を見て『何だ』と訊ねた。



「コルステインのことを。お前にも一緒に聞いてもらおうと思った」


 タンクラッドの眉が一瞬、すっと寄ったが、すぐに表情を戻して警護団員を見た。彼は自分を見ていて、少し気後れしているような顔をしている。


「私は。一瞬だけ、その方を見ました。はっきりではないので、間違えていたらすまないのですが。大きな体のあの()()は、夜だけに現れるのですか」


「そうだ。夜だけ、ではないが。夜が多い。今夜も来るだろう」


「本当にユータフが失礼を。もしあの方が気にされていたら、私が謝ります。大きな力に跪くことを許して頂きたい」


 タンクラッドはじっと茶色い瞳を見つめ、ドルドレンを少し振り向く。ドルドレンは笑っていないが、顔は穏やかだった。剣職人は考えてから、バイラの肩に手を置いた。見上げる彼に頷く。


「跪かなくていい。()()は、謝る格好を気にしない。あんたは。どう思ったんだ」


「あの方は偉大な存在の一人です。それは分かります。見たことはないので、初めて姿を知りました。でも、山間部に残る彫刻と似ているので、きっと遥か昔からテイワグナを守ってくれた存在だと思っています」


 タンクラッドは、ぴくっと反応。『山間部に残る彫刻』繰り返すと、バイラは頷いた。『石の棺が度々あるんです。空っぽの棺で、その蓋には同じ姿がどこでも彫刻されています』儀式的な名残だと思う、と彼は言う。


 驚くタンクラッドとドルドレン。バイラは誠実な眼差しで『だから。敬う相手であっても、恐れる相手ではありません』とはっきり伝えた。

 彼の言葉に考えさせられた親方は、真面目な警護団員に少し微笑んだ。


「あんたは信用出来る。朝もそう言ったが。()()を見ても恐れず、敬うと、最初から言える人間であることに嬉しく思う」


 親方の言葉に、バイラは頭を下げてお礼を言った。その様子を横で見ているドルドレンは、バイラはコルステインを見ても平気、と理解したが。それよりも、親方が『彼女』連発している方が気になっていた(※やっぱり、の意味)。


 何はさておき、バイラはコルステインに会うとしても、もう大丈夫と分かったので、夜にバイラと話をするのも可能になった。



 バイラが馬に戻った後。旅の仲間は、火を熾して調理を始め、料理を食べて夜を迎える。


 久しぶりに、イーアンはミレイオと『お風呂入ってきます』とのことで地下へ出かけ、親方は、きちんと馬車と板の壁を作ってから、コルステインが覗かれないよう空間を作った。


 やってきたコルステインに、朝のことを謝ると、少しだけ知っているようで『コルステイン。怖い?』と言われた。親方はぶんぶん首を振って『そんなこと考えたこともない』と大真面目に答える。


 どうやら。覗き魔の悲鳴は、コルステインにはあんまり分かっていない様子で、誰かが怖がった意識だけは感じた、ということだった。


『そんなもの。全く気にする必要ないぞ。そんなやつがいたら、俺が殺してやる』


 タンクラッドが、自分を守ろうとして怒っているので、コルステインはニコッと笑って抱き締める。

『大丈夫。コルステイン。タンクラッド。いる。幸せ。嬉しい。大丈夫』あなたがいるだけで私は幸せだよ・・・(※親方翻訳)そんなカワイイことを言ってくれるコルステインに、親方も幸せだった。



 こんな馬車間ベッドルームは、外野が近づけない状態なので、荷馬車近くにドルドレンは佇む。


 奥さんはお風呂。ミレイオもお風呂。洗濯物を渡したから、洗濯物が片付く。食事の後片付けは、騎士たちが引き受けたので、こちらも手数があってすぐに終了。


「することないのだ。さすがに時間も早いから、ユータフはまだ眠らないだろうし。早くバイラと話したいものだ」


 ドルドレンは思う。バイラ。本当にイイ感じなのだ・・・旅の仲間じゃないけれど、ルガルバンダの話していた『道案内』としては、実に運命的な人物に思う。


「彼の部下?部下かな。あの若手たちも、意識が高かった。彼と同じ地区の施設だからか、なかなか見込みある若者たちなのだ。正直そうだし、心も温かそうだ。

 うーん・・・彼ら、()()()()と同じくらいではないだろうか」


 ちらっと暗がりに浮かぶ、向こうにある小さな焚き火を見るドルドレン。ユータフはバイラの世話になって、彼曰く『味気ない肉』の夕食に、苛立っているのだろうと思う。


 イーアンが昨晩、彼と話した内容を教えてくれたのを聞き、ドルドレンも困ったものだと頷いた。そこに加えて朝の一件もある。

 町で出会ったユータフは、そんなに手のかかりそうな若者には思えなかった。多少、明け透けで口が軽く、少し図々しいところのあるお調子者、には感じたが。別に悪い性質ではないし、若ければ皆誰も、そんなものだろうと思えたのだが。


「騎士修道会に入ったばかりの、若い者。うーむ。でも俺が知る中では、いなかったなぁ。騎士修道会に入る時点で、幾つか()()()()の者ばかりだからなのか」


 ユータフはあの町で、楽しく暮らしていたのだと思う。家業を伯父家族に牛耳られ、預けられた身としては、窮屈で嫌な日々もあると想像出来るが、友達も多そうだし、町の人は彼を可愛がっているようだった。


「出たこと、なかったのだ。あの町が彼の世界だから。今、初めて外へ出て、想像以上・想定外だらけなのかも知れん」


 可愛がられ、何かしても許され、友達と仲良く何でも言えて付き合えて。それは良いことである。


 ドルドレンは思う。イーアンのお説教は多分、初めて食らった説教で怖いだけだっただろうな、と。

『俺だって胸倉掴まれて吊るされたら、漏らすかも』イーアンは怒ると怖いのだ・・・ぶるっと震えるドルドレンだが、でもイーアンは顔が怒っていなかったので、イーアンもまた『彼の若さゆえ』と思っていた気がする。



「バイラも手を焼いているだろう。彼の接している若者が、あの警護団員のような若手ばかりだったなら。ユータフは町の子だから、性質が違うな」


「そうですね。正直言えば、手を焼いていますよ」


 暗がりから低い落ち着いた声がして、馬車の荷台に腰掛けていたドルドレンが顔を向けると、バイラが歩いてきた。

 ユータフにテントから出ないように言い聞かせ、もう寝るようにと命じたらしく『私の自由時間ですね』と彼は笑った。笑顔を返す総長に招かれ、バイラはゆっくり荷台の横に腰を下ろした。


「でも、明日は彼を首都で下ろしますから。それまでの辛抱です」


「バイラの部下かな。今日の彼らは若かったが、随分としっかりしていたのだ」


 ドルドレンは、バイラに思ったことを話す。若者たちが、強くなろうとしていることと、現状を理解し、自分たちの役割を果たそうとする姿勢が見えること。バイラは真面目な顔で頷く。


「良い評価を有難うございます。部下と言うほどでもないのですが。役職のある私なので、管理はします。

 彼らは、地元の者ですが『農家上がりで弱い』と自分たちのことを話します。警護団に入って、地域の役に立ちたいと願っていました。魔物が出る前ですが、少しずつでも私に戦い方を習おうと、相談するような若者たちで」


「とても真面目なのだ。ちゃんと警護の仕事を理解している」


「そう思います。私も同じ地域の担当ですし、教えられる時は時間を作って教えます。

 恥ずかしい話ですが、戦うどころか、警護の心得も知らない団員が多い。武器を使う以前の状態が、ここの警護団です。魔物が出たので、そんなこと言っていられませんが」


 バイラの話を聞きながら、ドルドレンは魔物の出現前の騎士修道会の話をした。それと、王都にしかいない騎士団のことも併せて話すと、バイラは何と答えて良いか分からないような、複雑な表情を向けた。


「それは・・・そうでしたか。騎士修道会は演習などは取り込んでいても、実戦はやはり、テイワグナと同じような」


「そうだ。盗賊とかな。山賊相手だ。治安を守るわけだから、そうした場所に出向かなければ、大して何をするわけでもない。のんびりした時代が長かったのだ」


「騎士団は、初めて聞きました。そんな団体があるのですね。しかし、貴族だけとなると。形だけのような」


「実際にその通りである。彼らは王都の中から、まず出ない。魔物と戦ったことなどないような。装備だけは、大金が掛かっているがな」


 アハハと笑う総長に、バイラも苦笑いで『そんな感じがします』と答えた。


 バイラは、総長がどれだけ大変だっただろうと、この話をしながらしみじみ思った。人知れず苦労の続く中で、ひたすら戦って部下を守り、国民を守ったその人は、今、会ったばかりの自分に何の壁も作らず、こうして話してくれる。


「あなたは大したお方です。私は運が良い。あなたに会えて」


 思ったことを素直に伝えようと、バイラは敬愛の念を言葉に託して伝えた。灰色の瞳が自分を見て、微笑む。


「俺も運が良い。あなたのような人物に、入国して1ヶ月で会えたのだ。これが運命の導きでなく、何であろう」


 温かい言葉にバイラは少し会釈し、今日の朝の戦闘の話と、一日を通した思いをゆっくり話し始める。


 魔物と戦う直前、自分が感じたこと。初めて戦った感触。あれが、もしも警護団だけだったらの想像。

 それらを午後までずっと考え、午後の道で仲間と聞いた『龍のいない場合の戦い方』があると知った驚き。


 総長は静かに最後まで耳を傾けて、彼の言葉を聴き、バイラが話し終えると茶色い瞳を見つめて『バイラはこの国に必要な人材』と呟いた。


「俺は。昨日から思っていることがある。あなたが、俺たちとテイワグナを回ってくれたら、どんなに良いだろうと。しかしそれを願うには、バイラの仕事も収入も考えなければならず、また今日出会った若者たちにも迷惑をかけかねない」


「それは。本当ですか?」


 総長の突然の打ち明けに、バイラは目を丸くした。ドルドレンは大きく頷く。『冗談や大袈裟には言わない』そう断ると、話を少し続ける。


「だから。俺はこの出会いの継続を求めているにしても、悩むのだ。今、あなたの話を聞き、さらに悩む。俺たちと同行させたら、確実に、新たな展開をテイワグナに拓くであろう可能性を、奪うような気がして」


 バイラは言葉を失う。黒髪の騎士は、とても丁寧に、静かな口調で言いたいことを伝えると、驚いて言葉のない警護団員に顔を向けて、ニコリと笑った。


「難しいものだな」


「いえ。いいえ、いや。何と答えたら良いか。そんなふうに思って頂けていたなんて。私の評価には勿体ない」


「そんなことはない。バイラ。今日、俺たちの鎧や武器を見ただろう。あれをどう思う。俺の話どおり、このテイワグナに(もたら)す気であるのであれば」


 いきなり話が切り替わったような気がしたが、バイラはすぐに鎧や剣に最初に感じたものを伝える。


「あんな鎧。それに盾。見たことありませんでした。私もあちこち動きましたが、一度もないです。色は勿論、目を引きますが、あれほど頑丈で美しい防具は知りません。

 武器もです。ザッカリアの剣と、あなたの剣は、見たことのない美しさと強さでした。

 剣だけでも凄いと思ったけれど、あなたの部下の武器は、もう・・・これまでの武器の概念を越えています」


「うむ。満足だ。その素晴らしい賛辞を喜ぼう。

 俺とザッカリア、シャンガマックの剣を作ったのは、タンクラッドだ。俺たちの持つ盾を作ったのはミレイオ。フォラヴの不思議な武器もミレイオの製作だ。

 鎧はハイザンジェルの職人の技だが、シャンガマックとザッカリアの鎧は、元は破損鎧だった。

 それをイーアンが、修復したのだ・・・ん?待てよ。シャンガマックはもっと、イーアンに作ってもらっていたような」


 唖然とするバイラは、口が開いて塞がらない。何か言おうとして、すぐに止めることを何度か繰り返し、可笑しそうに笑顔を浮かべる総長に『この馬車の。私が見た彼らが』と、ようやく口にした。


「そうだ。龍に乗って現れる男がいるだろう?彼は弓職人だ。一人、弓で戦うが、あの弓も確かイーアンが途中まで作って、彼が改良しているのだ。矢がなくても、破壊力の凄まじい弓だ。これらは殆どが、倒した魔物で作られている」


「テイワグナにも。是非、どうか。広めて下さい。私は手伝いたい」


「そうなのだ。これを直に見て、知って、感動した者でなければ、広めようとまで思えない。

 バイラは、テイワグナに俺たちが持ち込んだ魔物製品の意味を広めるために、出会ったのかも知れない。俺は、今。そう思い始めている」



 総長の言葉に、何か一つの光を見たような気がしたバイラ。彼の意見は、バイラに真っ直ぐ届く。


 バイラは頷く。ドルドレンも彼を見つめたまま『導きかも』と呟いた。警護団員は数秒黙った後、何かを決めたように息を吸い込み、丁寧に短く、目の前に座る黒髪の騎士に伝えた。


「私を連れて行って下さい。このテイワグナにいる間だけでも」

お読み頂き有難うございます。

警護団のバイラを絵に描きましたので、こちらでもご紹介します。




挿絵(By みてみん)




この絵では、警護団の山羊革のベストを着用しています。

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