909. 思い遣るって何だろう
「うへ~ん。疲れました~」
情けない声を出すイーアンは、朝食後、オーリンにお願いして、一緒にお空へ旅立つことにする。
「俺も疲れた。ちょっと龍の島で休もうぜ」
あそこなら、卵部屋と龍の民の町の、間くらいだから・・・首を手に当てたオーリンが、笛を気だるそうに吹いてガルホブラフを呼び、やってきた龍に『休んだと思ったらもうかよ』みたいな顔をされて、二人でその背中に乗る。
「空に入ったら、自分で飛びますから」
ミンティン呼ぶのも何だからと、ガルホブラフに了解を得て、イーアンは龍の背中にへばりつく。
「中年ですからね。疲れがね。早いですよ」
「イーアンは女龍なのに。何言ってんだ。俺のが疲れるって」
「あなた、山暮らしで体力あるでしょう。私、女龍ですけど、それまで地味な生活でしたからね」
「俺だって工房にいたら動かない。地味だよ。この年で全力で戦ってんだから」
「それ言ったら、私のがキビシイ。環境の変化も映画レベル」
「何だよ、えいがって。レベルって何」
「何でもありません。疲れる」
「分かりやすく言えよ。この前だって、俺が訊いても話し半端でさ」
「私が説明してる側から、オーリンが女の人の話に変えちゃったじゃありませんか」
「それは。だって、ちょっとそういう時期だったから・・・・・ 」
疲れた、疲れた、言う割には。わぁわぁやり返しながら、馬車の皆さんに見送られ、龍に乗った二人は空へ飛び立った。
ふらら~っと飛んで消える龍を見送り、ミレイオとタンクラッドは荷台で笑う。
「あれで仲が良いのよね」
「あいつらは兄弟みたいなんだよな。お前とイーアンもそうだが」
「私の状態はもっと仲良し。あんなケンカはしないでしょ。あの子たち(※44&45=あの子たち?)しょっちゅう言い合いしてる気がすんだけど」
アハハと笑うミレイオに、タンクラッドも笑って『ホントだな。何か気が許せるんだろ』それも良いな・・・と頷く。『お前と俺も。腐れ縁だから』ちょっと呟くと、ミレイオは盾の部品を引っ張りながら『腐れ縁と兄弟は違うわよ』と笑った。
「そういうこと、言ってるんじゃない。分かるだろ」
「あんたはいつも、そう。分かるだろって言うくせに、私が何か言うと『そうじゃない』ってさ」
「お前の返し方が分かり難いんだ」
「あんたに言われたくない。私、あんたより言葉知ってるもの」
前の馬車で、すぐに言い合いする二人の中年を見つめる、後ろの馬車の御者台で、シャンガマックは、彼らも仲が良い・・・と、いつも思う(※丸聞こえ)。
自分が中年になる頃。
あんなふうに(※イーアン&オーリン&親方&ミレイオ)仲良く付き合える友達がいるだろうかと考えてしまう。それはとても、恵まれた状態に感じた。
「なかなか。ああは、なれないものだ。フォラヴは友達だが、彼と言い合いをするなんて考えられない(※それは既に嫌われる寸前)。年も近くて、友達。俺には特にいないような・・・(※今気が付く)」
出会いは占いで見ているけれど、自分はいつでも、孤独な星回りのシャンガマック。
別に寂しくはないが、仲良く(?)言い合いしては、助け合う彼らと過ごしていると、そんな付き合いが出来る相手を持つのは、素敵なことのように思えてくるのだった(※本人たちは『違う』と否定する部分)。
後ろの御者台から、微笑と柔らかな眼差しを送られていることに気が付いた中年二人は、揃って褐色の騎士を見つめ、その優しい笑顔にどう答えようと少し黙った後、自分の作業にそっと戻った。
前の馬車の手綱を取るドルドレンは、鎧を脱ぐのも忘れて、武装したまま。
『熱いのだ』茹るかも・・・晴れる空に輝く太陽。テイワグナは雨が少ない。ハイザンジェルは、今が雨の増える時期で、涼しい日もあるのだが。
鎧に熱がこもるので、ドルドレンは早めにどこかで馬車を停めて、鎧だけでも脱がなければと、汗をかきながら思う。
それを思いつつ、前を進む青毛の馬の騎手は『鎖帷子なのだ。あれは涼しいのかな』金属で作っているから、熱いと思うのだが。バイラは慣れているのか、それとも防具の熱放散が良いからなのか。
「そう言えば。昨日も今日も、汗一つかいていなかったな。護衛で回っていたから、彼も体は強いか」
バイラは見所満載である・・・茹りそうになるドルドレンは、バイラの鍛えた歴史に賞賛を送りながら、早く鎧脱ぎたい~と心で叫んでいた(※顔真っ赤)。
馬車の前を行くバイラたちは、無言で規則正しい速度を保つ。
ユータフの胸中は最悪。首都に入ったら、即、この人たちから離れようと、馬の背で揺られる間に何十回も誓う(※切り替え早い)。
――こんな集団と一緒にいたら。命が幾つあっても足りない。
『仲間』とか言っていたけど、あの明け方の化け物(←某地下の最強)みたいなの・・・あんなの仲間にしてるなんて、こいつら全員、頭がどうかしてる。
あのイーアンって口の悪い女だって、自分のことを『龍って呼べ』と言ったけど、奇妙な角と翼があるだけだ。変な顔してるし(※イーアンに聞かれたら危険)きっと、人間の見た目に似せた別の生き物なんだろう(※酷評)。龍でも何でもないじゃないか。
それにこいつだ。この警護団員。とんでもないヤツだ。俺が魔物同等とか恥晒しとか。俺の反応が普通だ!バイラや、あいつらの反応が鈍くて、強さに酔い過ぎなんだ。
守るって言ったくせに、終わるまで戻りもしなかった。朝食もまた、枝みたいな干からびた肉だけ。昨日の夜は、こいつの食べ残し。バイラは最低だ。
馬車のオカマも、妙に怖い男(※親方)も、意味の分からない仲間意識で、大人のクセに感情的。
ドルドレンは、出発して以来、宿の世話してやった俺に話しかけもしない。イーアンの旦那って・・・まともそうに見えるのに、あんなの(←イーアン)と結婚しているから、やっぱり変なんだろう。他の騎士も愛想が悪いのか、喋りかけてこないし、あの子は・・・・・
ユータフは文句が心に渦巻く中、自分が付いて行きたいと思った、一番の理由をふと思う。
どうして。あの子は。馬車の集団にいるんだろう――
あの子も騎士、とドルドレンは言っていた。だけどあの子が戦えるようになんか見えない。さっきの魔物退治も、俺はテントにいたから知らないけど、あの子も出ていたんだろうか。あんなカワイイ顔して、魔物に危なくないのか。
ユータフは、彼が何歳か分からないにしても、あの子は自分よりも年下ということは分かるから、もう一度話せたらと思う。きっと小さいうちに、あの集団に入ってしまった子で、外の世界を知らないのだ。
「俺は。もっと普通に生活できる、って教えてあげられるよな」
名前も知らない、あの非常に魅力的な顔の子。あの子はあんなイカレ集団よりも、もっと普通に楽しい生活が出来る。話が出来たら、伝えられるのに。
「誰に何をお前が教える気だ」
前から太い声が降ってきた。ハッとしたユータフが見上げると、バイラの茶色い目が自分を見据えている。うっかり独り言を口にしていた。
「別に。何でもないよ」
「お前は、朝も何をしていたんだ。彼らに近づくなと言ってるのに」
「何だよ、どうでも良いだろ」
「何をしていたんだ。俺は気が長くない。言え」
ユータフはこの命令も大っ嫌い。赤の他人にこんな言い方されて、自分の弱みを握られているから言い返すことも出来ない。ムカつく気持ちを抑えて『朝、早く起きてるみたいだから』と話し始める。
「誰かに食料の交渉出来るかって思ったんだよ。食料たくさんありそうだから」
「それで勝手に。その上、彼らを怒らせることをしたのか」
「あんな化け物がいるなんて、どう考えたって」
「今すぐ下りろ」
馬を歩かせたまま、バイラは冷たく言い渡す。ごくっと唾を飲んだユータフは『こんな場所で置いてくのか』と言い返す。『俺は間違ってない。俺が普通だ。あんたたちがおかしい』何で、そんなことも分からないんだ、と苛立ちが募って声を荒げた。
「あの子だって、普通の生活してないだろ。子供なんて連れて退治しないぞ。どれだけ常識が」
「彼は、戦っていた。龍に乗り、剣で切り裂き、宙を駆け抜け、数え切れない魔物を倒したぞ」
バイラはユータフを見ない。ユータフに見える、前の男の顔は固まったように青ざめて冷たく、それが怒りを抑えて震えている状態だと伝わる。ユータフは何かを言ったら、本当に下ろされる気がして黙った。
「お前の普通は。平和の普通だろう。その平和が壊れ始めたテイワグナに、彼らは来た。どう戦って良いか、分からないままに、魔物の犠牲にされるテイワグナを助けに。
ハイザンジェルで2年間。国民の半分以上が減った、魔物騒動。彼ら騎士修道会が、何百人も死者を出しながら戦い続けた。
魔物に翻弄され、被害で国が倒れるのも目に見えた未来にあったのに、決して戦うことを諦めなかった。
彼らが。仲間が死に続けるのを悲しまなかったと思うのか。昨日隣にいた友が、死体になったのを泣かないと思うか。自分の家族が、故郷が、見る影もなく魔物の餌食となって、それでも平気だったと思うのか。
それを乗り越えた彼らが、今、もう二度と御免だと思うだろうに・・・テイワグナに魔物が出たと聞いて助けに来たんだ。命がけで。お前に命がけの重さの意味など、分かるわけもない。想像もしないんだからな。
お前が気に入った彼は、お前なんかよりも何十倍も逞しい。何十倍も強く、本物を知り、本当の自分の使命を知っている。そんな彼に、お前が教えることなど、何一つない」
歯を噛みしめたまま、怒りを噛み殺すバイラの声が、怖くて重くて、ユータフは下を向いた。バイラは続ける。
「彼らと戦う偉大な存在を。お前は化け物と罵った。俺はお前に、最後の温情をかけてやろう。彼らには言わないでやる。
心無い魔物じみた言葉を平気で言える、平和ボケのお前の言葉などで、彼らを無駄に怒らせるなんて冗談じゃない。
テイワグナの国民なら。精霊と龍と生きることくらい教わっているはずだ。日々を守られる多くの力に感謝をする心を、お前は育てなかった。そんな愚かで怠惰な若造が、恥晒しじゃなくて何なんだ。
お前は。平和ボケした、自分だけの不運や不満に浸り切っている。誰が平和を取り戻してくれると思ってるんだ。お前が『おかしい』と呼ばわった相手が、お前のだらけた平和を守ろうとしてくれるんだ。そのくらい理解しろ。
・・・・・首都に一歩入ったら、お前は下ろす。どこへでも行け」
バイラの言葉に、ユータフは静かになった。下ろされる。そのことではなく。
昨日からのことと、バイラの怒りの理由が、なぜかドスッと繋がって心に入った。それがどうしてか分からないにしても、警護団員の話を聞いて、ユータフの中に文句ではなく、居心地の悪い恥ずかしさが生まれたのは感じた。
ユータフは黙り続けた。バイラもそれから一言も喋らなかった。
街道を逸れて細い道へ入り、木陰を進む道で馬車のドルドレンに『ちょっと着替える』と停止を求められた間も、二人は何も会話をしなかった。馬車が再び動き始め、道案内に先頭を進む道のり。目的地に着くまで、一言も、うんともすんともないままに。
昼近くに到着した、警護団の巡回する地区。
そこは道の手前から、ぽつんぽつんと家が現れ、広い範囲で散らばった家々が複数の集落として集まり、その続き、道の行き止まりが村だった。村も広く、家は密集していなかった。
畑と小道があるため見通し良く、なだらかな傾斜と、奥にある林までが村のようで、どこにでも見られる家畜と畑の様子から、自給自足が主となっていることが分かる。
バイラは、到着した村を気持ち程度に囲む低い柵に馬を寄せて、同行者がいないかのように自分だけ馬を下りると、手綱を枝に結んだ。
それから馬車へ近寄り、柵沿いに馬車を停めるように案内した。『この辺りだと、馬にも木陰がありますから』真昼の太陽の下、影は小さく、木々が集まっている場所に寄せないと、馬が熱いとバイラは言う。
「巡回で訪れるので、掘っ立て小屋のような休憩場所はあるんですよ。そこで報告書を書きましょう」
ドルドレンはお礼を言って、御者台を下りると『馬にも気を遣ってもらえて』と微笑む。バイラは笑って『馬がいなかったらどこにも行けません』と答えた。
「私。まだやってることあるから、中にいるけど。食事はどうするの?」
ミレイオが降りてきて、村の雰囲気をさっと見渡してから『ここじゃないところで、煮炊きした方が良いでしょ』とドルドレンに言う。ドルドレンも頷いて『そうだな。昼は少し遅くなるが、移動してから』思うことを伝える。
「ここだと、焚き火なんてしたら嫌がられそうだ。報告書だけ書いたら出よう」
分かったと頷いて荷台に戻るミレイオ。ドルドレンは、シャンガマックを呼び、バイラと一緒に村の中へ歩いて入った。
村の入り口付近にいた村人を呼び止め、バイラは簡単に紹介する。村人は、自分から話しかけては来ないが、見たことのない人間には警戒するので、バイラは『警護団の協力している、隣国の騎士たち』と教える。
村人は、バイラが警護団であることは知っているので、ちょっと興味を持って話をしたがった。ドルドレンとシャンガマックが歩きながら、村人の話を聞いていると、もう魔物が現れているとか。
「それは。最近なのか」
「一昨日も出ています。でも警護団の巡回は週に一度だし、私たちは家に入って出ないだけです。家畜は何頭かやられてしまいました」
ドルドレンはシャンガマックを見てから『鱗』と呟く。褐色の騎士も頷き『取ってきますか』今、と聞き返す。総長はそれを頼み、部下が戻るまでの少し、その場で立ち話をすることにした。
バイラは眉を寄せ、村人の話に心配している。ドルドレンも彼らの話を少しずつ聞き出して、呼ぶに呼べない離れた地区の苦労に同情する。
「ハイザンジェルも、こうして街道や町から離れた地域は多い。そこを見回りに行くのは俺たちの仕事だったが、魔物が出るなら、巡回の頻度を増やしてもらった方が良いのだ。家畜や畑も、被害に遭うと大変だ。生活が出来なくなってしまう」
ドルドレンの言葉に、村人は『私たちもそう思って、何度か早馬でお願いしているんです』と、横にいるバイラにちょっと遠慮しながら言う。バイラは小さく首を振る。
「警護団が来ないんですよ。私は自分の番の時は来ますが、魔物が出るから来てくれと言われて、積極的に向かう準備が。剣や盾はあるのですが、気持ちの準備ですね。逃げ腰なので」
バイラの話で、ドルドレンと村人は言葉を探す。気持ちは分かるが、それでは犠牲が増えるのを見ない振りしているのだ。
暫しの沈黙の間で、部下は戻り、小さな布の袋を総長に渡す。『これだけあれば。少しずつ使っても』シャンガマックから受け取った袋を、総長はバイラと村人に見せた。
「これは龍の鱗」
総長の一言で、彼らはビックリする。それから袋の中を見て、指を突っ込み、一枚取り出して『何て綺麗なんだろう』と初めて見たものを、あっさり信用してくれた。
魔物がいないと反応しないが、魔物が出たらこれを一枚、宙に落とせと教えた。『龍の風が魔物を倒す。使い切りだ』そこまで伝えると、村人は総長とシャンガマックの手を握って喜んだ。
「噂で。ハイザンジェルに、ここ半年くらいの間で龍がいると。こんな田舎の村にも聞こえました。ここにも行商が来ますから、行商が仲間内で知った情報を教えてくれるんです。
そんなまさか、と思ったけれど、行商の一人は見ていて。青い龍に乗る騎士修道会の人がいるって(※某イーアン)。生きているうちに見てみたいなと思ったんですよ。
そうしたら、魔物なんか見ることになっちゃって。早く死ねば良かった(※極端)と恐ろしい時代に悲しく思っていてね」
村のおじさんの言葉が胸に刺さる、騎士の二人。
龍を信じる彼らは、平和時には長生きして龍を見たいと思い、魔物が出た最近は死にたくなるという・・・素朴な村人の心境に、同情するばかり(※死なないで、と思う)。
「私たちが死んだってね。変な言い方するけど、テイワグナは大きい国で、気が付いてももらえないと思うんですよ。警護団も魔物が怖くて来ないし・・・あの、バイラのことじゃないですよ。他の人。
なのに、大変だったハイザンジェルから、こんな田舎までわざわざ来てくれて。それも龍の鱗で身を守ってなんて。生きてて良かったなぁと思います」
ちょっと涙ぐむ村のおじさん。他のおじさんも頷いて『ね、見放されても仕方ない場所だからね』と、何とも消極的な発言で一緒に涙ぐんでいる。
騎士の二人は彼らがとても気の毒で、どうか無事でいてほしいと伝え、この後、一緒に掘っ立て小屋へ行き、報告書を書き、報告書の内容にまた誉められながら、おじさんたちの声援付きで村から出た。
「村の人でも言葉は一緒なんですね」
シャンガマックは村を出て、どこでも気になっていたことの一つ、言葉のことをバイラに訊ねる。
頷いたバイラは『他所の人がいる時は』と教えた。普段は、こういう小さな村や集落は地元の言葉だという。
共通語の馴染み方に感謝するシャンガマック。自分だけ話せても、仲間が話せないことに心配はつきものだった。
「ハイザンジェルは、共通語だけですか」
「奥地は違うんです。でも同じかな。やっぱり、他所の人には普通に共通語を使うので」
バイラは、シャンガマックの語学力に気が付いたようで、それも興味を示す。首都へいったら、テイワグナの郷土資料館に案内するというと、褐色の騎士はとても喜んだ(※行きたかった)。
ドルドレンは御者台に座り、バイラと部下の短い会話を聞きながら、バイラがちょっとしたことでも、いつも誰かに気を遣っている様子を、微笑んで見ていた。
その態度はとても素直で、裏表のない親切と思い遣りが、彼から常に溢れていることを、充分知ることが出来る魅力の一つに思えた。
一行は村を後にし、昼の太陽の下、来た道を街道に向けて戻り始めた。
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