907. 若者、学び詰め込みの夜
「悪いこと言ったなら謝るよ」
声が怖くなった龍に、とりあえず謝った方が良いなと思うユータフは、そう伝える。
それが悪気も何もないことを、イーアンは理解している。だが、謝って終わらせるだけでは、学べないのも理解している。
「そうですね。謝っても良い。でも、理由を知ろうとしないなら、同じことを繰り返します。それはバカな行いを選んだという意味です。
少し学びましょう。あなたがバカとは言いません。バカな行いを選んだら、そう呼ぶだけです」
イーアンはユータフを草むらに座らせた。イーアンも、彼の真ん前に胡坐をかいて座り、両肘を膝に乗せ、若者を覗き込む。
「まだるっこしいと、分からないでしょうからね。大雑把にまず話しますよ。あなたに若干、教育です。
今回の件から、まずは説明です。ユータフ。『一日分の食費を渡し、食べたくもない食料を与えられた不満』。これ間違い」
何でだよ、と言いかけて、睨まれた。イーアンは人差し指をちょいちょいと左右に振って『お聞き』と言う。
「あなたは選べたのです。その食費で、自分の食料を準備する時間がありました。バイラは、あなたが自分で用意するかどうか、口にしていたので。
そして任せるにしても、一日分であることを、包み隠さず話す手もありました。つまり、不満に辿りつく選択肢以外が、あなたにはあったのです」
「そんなこと聞いてくれる相手じゃないよ。バイラは冷たいし」
「聞けっての」
龍の声が男みたいに荒っぽくなり、若者は黙る。頷く龍は、丁寧に教える。
「バイラが冷たいかどうかは、後から知ったことでしょう。そう思った、とした感想です。
あなたは自分が決めたことを、人のせいにし過ぎです。それは自分で決められることも、動かせることも、丸投げしているのと同じです。
食べたくもない食料、硬い肉。味もない・・・いえ、美味しかったですけれどね。私には。
うーむ、思うに。あなたは、捨てられた食材や料理を、食べたことないですね」
そんなの食べるヤツいないだろ、と思うものの、黙るユータフ。イーアンは続ける。
「空腹になるまで、何も食べられない状況が続きますとね。人はその辺に落ちているものも、捨てられたゴミでも食べるもんです。命に代えられませんから、生きていたい場合はそうなるんです。これ豆知識。
さて。頂戴した干し肉ですが、あなたの口や理想に合わなかったとしても、あなたの体の為にはなります。
そしてバイラは、自分が作って保存している食料を、分けているのです。あなたは『あの肉は買っていない』と言いましたが、製品としてではなく、材料では購入していますでしょうに。
例えばね、バイラのくれた肉一本と、焼き生地一枚、どちらが体の力になるか。肉ですよ。
バイラは意地悪じゃないんです。彼は知っているんです。無駄と、必要の意味を。その力の経過を。肉に塩が付いていたら、あなた、水は水筒じゃ足りませんよ」
ユータフは反抗的な目で、説教臭い相手を見つめる。自分じゃないから、言えるんだと。ゴミと比べれば、干し肉はマトモって言いたいのかよ、とも思う。
その目つきの理由を察するイーアン。少し面倒そうに説明を続ける。
「あのですね。捨ててある食材と、バイラの肉を比較しているのではありませんよ。それは勘違いしてはいけません。
あなたが自分の食料も持たず、誰にも食料をもらえなかったら、死にそうにお腹が空く前に、何でも食べようとするだろう、と私は言ったのです。恐らく、バイラも同じように考えているでしょう。
そんなことをさせないで、必要最小限・・・最小限ですよ。最低限ではないです、間違えないで。最小限の範囲で、あなたの体が持つ、食料を彼は用意して下さったのです。
分かりますか?単調な比較と捉えないで下さい。意識のことを話しています」
不快な顔を向けたままの若者に、少し溜め息をついて(※多分、分かってないと判断)イーアンはとりあえず先へ進む。
「はい。じゃ、次です。『鞍も鐙もない、連れて行ってくれる割には、会話もない』。それ普通」
「そんなのないだろっ」
「普通でしょう。あなた、幾ら渡したのですか。彼は警護団ですが、警護団の任務に『誰かの私情で付き添い』なんてありません。彼は思い遣りで、あなたの私情に付き合っています。
感謝してお金を渡すならまだしも、自分の食費も一日分、後は彼にタダ働きさせているわけです。その状態で、更に何を求めるのですか」
「バイラが俺を連れて行くって言ったんだ」
「だから。行きたいなんて言わなかったら、連れませんよ。あなたが、私たちにおんぶで抱っこを望んだと知ったバイラが、それなら自分が一肌脱げると買って出ているのです。意味、分かりますか。
彼は私たちにも、あなたにも、手伝える状態を、自分の目的に上手く合わせて下さいました。あのね。見りゃ分かる程度のことですよ」
そんなのも分からないのか・・・そう言われた気がするユータフは、我慢出来ず立ち上がった。
「説教だろ?バイラの肩、持ってるだけで。我慢しろって言ってるだけじゃないか」
「我慢ではないです。理解ですよ。教育って言ったでしょう」
「もういいよ、意味ない。ない、ない。どうせあんたは」
「龍だと言いましたよ」
「関係ないよ、あんたなんか」
イーアンは立ち上がって、無表情でユータフの胸倉を掴んだ。そのまま持ち上げる。驚くユータフは引き攣った顔で『何するんだ』と怯えた。
「口の利き方が悪いくらいなら、見逃してやるけどな。バカで恩知らずが、好き放題言っちゃダメ」
龍の顔つきが変わり、無表情なのに怖いのがビシビシ伝わる。ユータフは、自分よりも背の低い女に、片手で持ち上げられて、息が荒くなる。
自分を持ち上げている腕を掴もうとして。足をバタつかせようとして。ユータフはそれが出来ないことに恐れた。
力が抜けている―― 自分の気力も体の力も、突然消えてしまったことに、慌て、焦り、恐怖で一杯になる。ぶら下がるまましか出来ない・・・・・
「お前だけがカワイソーで、言ってることタダシイんじゃねぇ。そんなに嫌なら、ここから一人で首都へ行け。食べれる金は、後6日分あるんだろ?それホントは、誰の金だ、おい。宿のおじさんのだろうが」
「何で知ってるん」
「聞いたんだよ。おじさんが話したんだよ、私たちに。お前が家業で金もらえてないって心配して、お前のために用意したってよ。それ貰っても、その程度のアタマなんざ、笑えねぇっての」
「龍。下ろしてよ、苦しい」
「てめぇのことばっか気にして。皆、人に頼って生きてるんだ。自覚しろ。
お前よりもキッツイ生き方してるヤツなんか、ごまんといるぞ。何にも知ろうとしねぇで、『俺カワイソウ』がってんじゃねぇよ」
最初と違う、龍の声と口調。それも怖いが、言われている内容に、嫌でも自覚する部分がある、そのことに躊躇うユータフ。
「お前は。私たちが馬車でどうとか。んなこと、お前に関係ねぇことだ。
腹が減ってるなら、その辺で虫でも魚でも獲ってみろ。水が欲しけりゃ、どこかで汲め。てめぇの世話一式、赤の他人に任せてケチつける意味、そっちのがねぇぞ」
イーアンは叱る。相手が女の子だったレビドの姉妹は、こんな言い方しなかったが、男の子だから遠慮しない。いつかは誰かを好きになって、誰かの面倒も見る日が来るのだ。しっかりしなさい、と思う。
そして。ちょっとでも関わった以上は。昭和の大人(※イーアン44才)は近所の子供の面倒を見るのだ(※微妙にシャンガマックまでは昭和生まれ人数多い)。
「もう一つ絶対大事なことだ。ちゃんと覚えろよ。
お前が知らないことの方が、断然多い。人の人生に関わる発言を、テキトーな自分の世界で纏め上げて、口にするな。何でも平気で口にする前に、それが相手にどう聞こえるのか考えろ。そんくらい出来るだろ」
「考えて言ってるよ・・・思ったことだって」
「考えてその程度なら黙ってろ。学んでから喋れ。謝って済む相手ばっかじゃねぇんだ。お前の感想なんか、相手にゃどーでも良いんだよ。
スペシャルサービスでもうちょっと教えてやる。優しいのは理由がある。叱るのも理由がある。怒るのも理由がある。ウラじゃねぇぞ、理由だ。人の態度の動きには、必ずその人の、経緯と過去があるんだよ」
スペシャルサービス・・・って、何だろう(※英語のない世界)。
ユータフには分からないが、何か特別なつもりなのかと思って、頷いた。持ち上げられたままのユータフの記憶に『優しい理由』の言葉が、なぜか深く突き刺さった。
「えー・・・イーアン。その、彼を下ろそうか」
伴侶の声が遠慮がちに響き、イーアンがちょっと横を見ると、伴侶とバイラが様子を見に、歩いてこちらへ来るところだった。近づいているのは気が付いていたが、止められちゃったわよと残念に思う。
胸倉を掴んだ片腕で、若者を持ち上げたまま説教をしている姿に、バイラは目を丸くして見つめていた(※力持ち!)。
ドルドレンはそーっと近くに来て、イーアンに微笑み、丁寧に『彼は今。ちょっと呼吸が苦しそうだ』とユータフを指差し、愛妻に伝えた。
「はい。そうかなと思います」
イーアンのお返事に、微笑んで頷くドルドレン。そっとそっと、刺激しないようにイーアンの腕に手を添えて、微笑を向けたまま『もう下ろしてあげようね』と促す。
伴侶に言われたから渋々。イーアンはユータフを掴んでいた手を開く。ドサッと落ちる若者に、ドルドレンとバイラがびっくりする。
しかし、『下ろしました』と低い声で、目も据わってる愛妻に言われると、ビビるドルドレンは頑張って微笑む。
「有難う、イーアン」
うん、と笑顔でお礼を言うドルドレンに、物足りなさそうなイーアンは『もう少し話、出来ました』とぼやく。ドルドレンは、愛妻を丁寧~に抱き寄せて、白い角をナデナデしながら『もう、充分』と囁く。これ以上お話しすると、彼はきっとおねしょをする・・・可能性が高いことを教えた。
「ミレイオが待っているのだ。イーアンがバイラの肉ばかり美味しがっているから、寂しがっている」
バイラはそれを聞いて、ちょっと笑った。イーアンもあらっと笑って『分かりました。それでは夕食に行きましょう』と頷いた。
それから落とされて座ったままの若者を振り返り、イーアンはじっと見つめる。ユータフは目を逸らす。
「腹が。背中とくっつくんじゃねぇかと思うくらい、飢えてみるがいい。その時、バイラの優しさが、涙するほど分かる。お前は悪いヤツじゃねぇけど、今のお前にゃ、まだ分かんねぇんだろな」
低く野太い声で、男のような言い方に、バイラも伴侶もユータフも固まる。イーアンはバイラに顔を向け、固まるバイラに微笑んだ。
「あなたの作った干し肉。最高に美味しいです。沢山、惜しみなく分けて下さって、本当に有難うございます。私はあなたにお礼をしたいので、その時はお受け下さい」
でも一先ず先に、これ良かったら・・・イーアンはクロークの内側から(※隠しポケット付き)包みを出して、バイラに渡す。
『お礼の出だし。軽食ですけれど』そう笑うと、イーアンと総長は彼らに挨拶をして、さっさと馬車へ戻った。
バイラは呆然として、紙に包んだ料理と、彼ら二人を交互に見た後。落とされたままの若者を見て『俺たちも焚き火へ戻るぞ』そう言って歩き出す。
ユータフも急いで立ち上がって、バイラの後を歩く。彼の声は少し、柔らかくなっていたように感じた。
焚き火の側に戻ったバイラは、若者を座らせると、何も言わずに料理を手渡した。ユータフが受け取りながらバイラを見つめる。なぜだろう、と思っているとバイラは『そっちはお前のだ』と。
見ればもう一つ、バイラの手にある。『彼女は二つ持たせたんだ。感謝しろ』バイラは面倒臭そうに教えてやると、貰った料理を勢い良く齧る。
「うん、美味い。こんなの貰えるとは。気を遣わせてしまったな」
独り言を笑顔で呟くバイラ。焚き火の明かりに照らされた男を見つめたまま、ユータフも手にした食料を齧った。
それは普通の味で。普通の魚の燻製。普通の焼き生地。そこまで感動するようなものじゃない。でも、あの肉よりはマシ! ユータフは、空腹を満たすように食べた。
眠る頃。テントにユータフを入れたバイラは、毛布一枚を自分に用意して、焚き火の前に座る。ユータフは『バイラは寝ないのか』と怪訝そうに訊ねた。バイラは振り向きもせずに答える。
「寝ている間に魔物が来たら、二人とも死ぬだろ」
「すぐそこに魔物退治の人たちがいるんだから、任せればいいじゃないか。出る幕ないよ」
「おい。子供同士の会話じゃない。当たり前に相手を使わないことを、そのアタマで覚えろ」
何か話しかける度に不愉快にさせられる、ユータフ。話すと嫌な気分にしかならない。誰もまともに話してくれないことに、ユータフは一日通して不機嫌で、寝る前もこれかと思うとうんざりした。
「あ。そう。じゃ、俺寝る」
ユータフのくさくさした言い方に、バイラはもう無反応だった。
見捨てられた感が漂うその空気。テントの中に一度引っ込むも、ユータフは少し寂しくて『なぁ』とそれっぽい話題(※=相手にしてもらえそうな話題)を出す。
「今夜は魔物出ても、あの人たちが何とかしてくれるから良いと思うけど。
あの、龍。危ないと思うよ。すぐ怒るし、男みたいな言葉で言いたい放題だし、馬鹿力だし、俺の体の力も抜けるような・・・ええと、だから、明日はもう離れ」
「あんたって。全然学ばないのねぇ」
テントの向こうから、オカマの呆れた声が聞こえた。びくっとしたユータフは、遮られたのも構わず、がばっと毛布を被った(※隠れる)。
「ミレイオ・・・・・ 」
「ごめんね。ちょっと話したかったから、お邪魔しました」
ハハッと笑った刺青の男に、バイラは焚き火の側の石に腰掛けるように勧める。『すみません。何もないんです』飲み物も出せない、と困って笑うバイラに、ミレイオは頭を振る。
「いいのよ。これ、バイラ食べなさい。バイラが良ければ」
ミレイオは、手に持った包みを渡す。バイラは受け取った包みから漂う、美味そうな香りに、ミレイオを見た。
「余っちゃったの。今日、久しぶりに帰ってきたヤツの分まで作ったら(←オーリン)多過ぎた」
バイラは微笑み、そっと包みの中を見た。野菜の煮込みに、キノコを巻いてこんがり焼いた肉がある。ミレイオにお礼を言おうとすると、ミレイオは『バイラが、良ければ』と、さっきの言葉をもう一度繰り返した。
その意味は伝わるバイラ。
後ろで、食べ物を物欲しそうに気にする若者を振り向きはしないが、バイラは目を瞑ってから『有難う』とお礼を静かに伝えた。ミレイオはニッコリ笑う。それから視線を焚き火に移した。
「先に。私の大切な妹を侮辱しようとした、バカなガキんちょに言っておくわよ。馬鹿力で、あんたが力も出ないって」
「それは、ミレイオ。ユータフは怯えたからです。本気で叱られたことがないんだと思います」
バイラはすぐに、彼がビビったから・・・と、すまなそうに言い訳した。遠回しに守る優しい態度に、ミレイオはちょっと笑う。
「バイラは少し黙ってて。あのね、相手は龍なのよ。人間の気力なんて、取り上げちゃうんだから。彼らは、世界中に漲る気で、自分たちを動かす力を持つの。
そんな相手に、力出せるわけないでしょ。特にあんたみたいなヒヨッコが」
ユータフは、このオカマが怖くて苦手なので、黙り続ける。そのオカマは決して自分を見ない。
「すぐ怒る、って。怒ってないわよ、あの子は。怒られるのと、叱られるのも区別しないなんて、どんだけガキなのよ・・・イーアンは滅多に怒らない・・・?あれ、あ。今日怒ったな、魔物に」
ミレイオは言いながら思い出し、ハハッと笑う。バイラも『魔物』の言葉に反応する。
「今日?魔物が出ましたか」
「ああ、そうなの。昼にね。食事休憩した場所で出てさ。ドルドレンが相手にしたんだけど。丁度、戻ってきたイーアンと、もう一人がね。倒したのよ」
「その魔物に怒ったんですか。イーアンが」
「あの子、総長の奥さんだから。総長に襲い掛かるような魔物は、滅多殺し」
「龍の女が・・・イーアンは。人間の総長の奥さん」
そうなの、とミレイオは顔を戻して頷く。『イーアンは、彼に何かをする相手は、絶対に許さないの』相手が王様でも貴族でも魔物でも、誰でも関係ないと答えた。
「ドルドレンもよ。彼女を馬鹿にする相手には、容赦しないわ。
でもそれ言っちゃうと、私もそうだし、あの背の高い職人もそうよ。彼女の仲間の龍は、もっと凄いんじゃない?
あの子を侮辱したら、それを知った私たちは、相手の命を奪うでしょうね」
「何て強い愛ですか。何も遮れない。理由なんか必要ないんですね」
「うん。でもね。別に誰でも彼でもホイホイ殺すわけじゃないから。だって、侮辱紛いのことしてても、そのガキんちょ、今生きてるでしょ?分かってないからさ、そういう相手には甘いのよね」
バイラはホッとしたように息を小さく吐き出し、微笑んで『感謝します』と呟いた。ミレイオも『脅かすつもりはないの。でも、見た目や、浅い感覚で侮辱されるのは、許す理由ないね、って話』と続けた。
「そうです。勿論、そうだと思う。私はだから、ユータフを彼女と話し合わせるのが不安でした」
「バイラは本当に、ちゃんと守るのね。凄いわ」
バイラを誉めて、ミレイオは少し考える。バイラは自分を見ている、金色の明るい瞳を見つめ返し『あなたは』と聞きかけて止めた。後ろに問題児がいる以上、余計な会話はしない方が良い。
「今日は魔物退治に間に合わず、残念です。今度は必ず」
話を変えたバイラに、ミレイオは何となく見当をつけて笑顔で頷く。『そうね』そう言うと、腰を上げた。
「私はね。イーアンが好きよ。皆もそう。だけど、イーアンも皆を守るためなら、何も躊躇わないの。イーアンも皆が好きで、大事にしているからよ。
バイラも。少しの間でも良いから、皆の一人になると良いわね」
実は。これだけが言いたかったミレイオ。
最後の部分を少しはっきりと伝えると、バイラに『ゆっくり休んで』と挨拶して戻った。
バイラは、不思議な存在のミレイオの戻る姿を見送り、受け取った料理の包みを開ける。
「何だか。世話になってしまって」
申し訳ないと思いながらも、彼らの優しさに感謝してバイラは食べ始めた。それはまだ温かく、とても美味しかった。
食べていると、テントの中で、もぞもぞと落ち着かない音が聞こえる。気にしないで食べ続けるバイラに、後ろから『一人だけ食べて』とケチが付いた。
「お前のような、感謝の欠片も育ってないヤツに勿体無い」
呟いたバイラは、見せ付けるかのように煮込みと肉をかき込んで食べ、食べ終わった器を自分の背側に置くと『もう今日は、話しかけるな』面倒そうに若者にそう言った。
バイラは焚き火の反対側へ移り、焚き火を挟んで、ユータフから見えない位置に座り直した。
ユータフは、寂しいのもあるし、悔しいのもあるし。今日は散々だと思うと、寝るに寝られない。ふと、食べ物の匂いがして、顔が無意識に動く。
バイラの置いた器の中。すっかりなくなったはずの料理が、丸々一人分入っていた。




