906. 干し肉と若者とイーアン
「で。肉をくれたから、バイラは良い人だと思ったの」
荷台に座ったドルドレンは、干し肉を満足そうにむちゃむちゃ噛む愛妻(※未婚)に訊ねる。
愛妻は、大真面目な顔で大きく頷く。『それだけじゃありませんけど』とか何とか、口の中で言っているが、肉に夢中であまり話が続かない。
「イーアンはね。ショーリの時もそうだし。ティグラスも、オーリンの時もそうだったけれど」
「あれだぜ、イオライ戦の後に、支部で肉もらった時もだ」
笑いながら馬車を降りるオーリンが付け足す。それを知っているドルドレンは愛妻を見つめる。イーアンは硬い肉を噛み千切っては、むちゃむちゃし続ける(※心が落ち着いている動物状態)。
「肉で仲良くなるとか、気を許すのも、ちょっと考えものだぞ」
もぐもぐ食べる愛妻の頭を撫でながら、ドルドレンは『肉を貰ったからと言って、誰かに付いていったり、信用してはいけない』と教える(※相手44才)。イーアン、頷く(※そんな心配要らないと思ってる)。
それから、彼もお肉を食べたいのかもと思って、伴侶にも一本あげた。
ドルドレンは差し出された肉を受け取り、じっと見つめてからお礼を言って自分も齧る。が、齧っても折れない。異様な硬さの肉に驚くが、目の前でそれを、ばりっと噛み千切って食べる愛妻にもっと驚く(※顎頑丈)。
頑張っても肉は折れないので、『イーアンが食べなさい』と返し(※口付けたけど)頷いて受け取る愛妻に『食べ過ぎてはいけない』と注意だけすると、外で笑っている職人たちの側へ移動した。
夕方の風景の中。馬車は野営場所に停まり、焚き火を熾している最中。
オーリンもいるので、夕食は久しぶりの8人分をミレイオが作る。イーアンも手伝おうとして、笑うミレイオに止められた(※『肉食べ終わってからね』)。
ドルドレンは、焚き火に集まるオーリンや親方の横に座り、首都に着いてからの話を進める。
職人たちは、持ち込みで買い取る店を探すことと、炉場があれば立ち寄りたいこと。数日間の滞在などを相談。
料理を作りながら、ミレイオも話に参加して『武器とか防具の店も見たい』と伝えた。
ドルドレンは話を聞き、情報源として、首都の様子をバイラに聞いてみるかと思う。ふと見ると、部下は馬車に寄りかかって、3人で話している。
念のため、自分がバイラに話しかけている間、部下に職人たちと一緒にいるように促した。『俺が話している間に、彼が動く可能性もある』そう言うと、3人を親方の側へ行かせる。イーアンは荷馬車にいたが、こちらもとりあえず移動させる(※肉食ってるからハイな放心状態)。
皆が一つ所に集まったので、ドルドレンは、馬車から少し離れた場所にテントを張った、バイラたちの近くへ行った。
「バイラ。ちょっと良いか」
「あ。総長。はい。良いですよ。食事ってほどじゃないですからね」
バイラは立ち上がり、熾した火の側を離れる。焚き火の側にはユータフがいて、彼はちらっと総長を見ただけで目を逸らした。
テントの横に繋がれた黒馬の隣に移動し、ドルドレンはユータフを見てから、視線をバイラに戻す。総長の視線の動きを見たバイラは『少しは大人しくなりました』と短く報告する。
「こんな扱いになってすまない。本当なら全員の紹介も必要に思うが」
「いいえ。名前などは。こちらが名乗るのは必要ですが、総長たちは、私たちに名を教えなくても良いのです。あの子(←ザッカリア)の名前も、口にしないで頂いた方が」
イーアンとミレイオは、名乗ってくれましたが・・・微笑むバイラに、ドルドレンも笑顔で返す。『イーアンが肉を貰って。バイラの食料なのにすまない(※代わりに謝る旦那)』このお礼はしたいと言うと、バイラは首を振る。
「龍の女にお供えですよ」
ハハハと笑うバイラに、ドルドレンも声を立てて笑った。『大好物だ』お供えには丁度良いと、付け加えると、バイラは『あんなにすぐに食べると思わなかった』と可笑しそうに答える。気の良い男に、ドルドレンは親近感を持つ。
「機会があればお礼をしよう。それで、今の用事は、首都のことで聞きたいのだが」
「はい。首都ですか。私の知っている範囲は限られていますが、何でも話して下さい」
「同行する職人が、魔物製の武器や防具を買い取る場所と、炉場を探している。あるだろうか」
バイラはそれを聞いて数秒黙ったが、『ありますね』と答える。場所を思い出すから、少々お待ち下さいと言うと、整えられた顎鬚に指を当てて記憶を探った。
「ええ。あります。炉場は首都の向こう側ですね。私たちが入る首都の始まり部分ではなく、もっと先です。首都内ですが、一箇所に集まっているんです。
それと。買い取る場所ですか。それは恐らく・・・大きな店だと持ち込みを査定して、買取りもしていますから、そちらでしょうね。それも、手前に何軒かありますが。炉場近くの店の方が、扱う物は種類も量も豊富です」
自分も何度か購入したことがある、と話すバイラは、ドルドレンに『魔物製の武器。報告書では読んでいますが、どのようなものですか』関心があったことを話す。
「ふむ。是非紹介したいが、そうするとこの場で、バイラだけを特別扱いしてしまうな。かと言って、ユータフに同時に見せるのも気がかりである」
「そうですね。彼は口が軽いので。悪気がないとしても、考えなしに喋り出すのと、事実と異なる情報を流しそうで、心配はあります」
的確・・・ドルドレンは、バイラの言葉に同意を示す。でもバイラには、魔物製の武器を見せたいとも思うところ。警護団に紹介しようとしているのだから、ここで紹介しても特に問題はない。それを話すと、バイラは『とても楽しみだ』と感動する。
「今、持っていたら見せたが。剣を馬車に置いている。俺たちが戦う前に、あっさり倒してしまう仲間がいてくれると、普段は帯びない」
苦笑いする総長に、バイラも微笑んで頷く。『強い仲間がいますね』そうなると思う、と答える。
「でも。近いうちに見てみたいものです。本部へは付き添うつもりですから、その時にでも」
ドルドレンはそれを了解し、バイラに情報をくれた礼を言うと、仲間の元へ戻った。そしてすぐ、気が付く。バイラも振り返る。ユータフがいない。
「ユータフッ」
バイラは急いで、馬車の側へ駆け込む。案の定、ユータフは馬車の近くにいて、状態としては覗き。ドルドレンもそれを見て、困ったように眉を寄せた。
「だってさ。食事もないような状態で、水だって少しだよ。幾らなんでも酷いよ」
腕を掴まれた若者は、馬車の中を覗き込んでいるところで、バイラの怒っている顔に物申す。バイラは睨みつけて『それは彼らに関係ない話だ』と切り捨てた。
「何をする気だった。彼らに話しかけたかったのか。それとも盗みでも」
「盗む?何てこと言うんだ。食料積んでいるだろうから、もし多くあるなら、少し譲ってもらえないかって話そうと」
「お前は・・・自分が何を言っているのか分かってるのか?何才なんだ。20も越えたと聞いているぞ」
「そうだよ。20になったけど。交渉しようとするの、おかしくないだろ。大体、あんな肉でどうにかなるほど、強い体じゃないよ。水もすぐ飲み終わる量しか、くれないのに」
バイラは苛立つ。『何て甘ったれた子供だ。たかが数日だぞ。無理を言って人の世話になってる状況で、よくも』そこまで言うと、ドルドレンがバイラの肩に手を置く。『イーアンが来た』静かにそう言うと、バイラも振り返った。
「イーアン。すみません。騒がしくして」
「いえいえ。お肉が大変美味しくて。おなかも空いていたので、誘惑に勝てず、2本も食べてしまいました。でも大切に頂きます」
アハハと笑うイーアンに、バイラもニコッと笑って『喜んでもらえて嬉しい』と答える。
その笑顔と、さっきの怒りの顔があまりに違うので、嫌味を言いたくなったユータフは『相手が特別だと、そんなに違うんだね』と嫌味を言った(※結構、無謀な子)。
振り返ったバイラの形相は恐ろしく、ユータフは掴まれた腕に更に籠もる力の痛みに顔を歪める。
「ユータフ。私と話しますか」
その状態を見ていたイーアンは、バイラの側へ進んで、ユータフに話しかけた。驚く若者と、驚くバイラ。『ダメですよ。あなたに失礼を』言うかも・・・と止める前に、イーアンはバイラを見た。
「ちょっとですね。ユータフの意識に手伝えるかもしれないです」
戸惑うバイラに、ドルドレンも横から『彼女がそう言うなら、少し話をさせても』と促す。ドルドレンは思い出す。イオライレビドの姉妹の時。心配そうな男に『大丈夫』と教え、彼らの焚き火の側でへ待つことにする。
イーアンをちらっと見ると、彼女はドルドレンを見て微笑んだ。それからイーアンはユータフを連れて、皆よりも離れた場所へ歩いて行った。
「イーアンに、きっと失礼を言いますよ。彼女は何か思うところがありそうですが」
「バイラ。例えユータフが、彼女にそうした態度を取っても。バイラが思っているようなことにはならない。
今後・・・バイラが俺たちと一緒に、テイワグナにいる間だけでも、一緒に動いてくれるなら。彼女のことをいろいろと知ると思う。
それは思うに、神々しい龍の女としてではなく・・・泥臭く、人間の痛みを熟知し、這い上がって生きてきた力強さを持つ、一人の人としてだ」
総長の言葉に、バイラは眉を寄せる。『それは、まるで。彼女が人間だったような』言いかけると、灰色の瞳は優しさを湛えて、形の良い口元が緩んで頷く。
「イーアンは人間だった。見た目に角が生えただけで、それも最近だ。事情あって、最初から龍ではないんだ。運命の目論みは分からない。人一倍、嫌な思いをして生きていた人だ。バイラのように、逞しい」
ドルドレンはそう言うと、自分を見つめる茶色い瞳に視線を合わせ『バイラのように逞しいんだ、彼女は』ともう一度繰り返した。
「この辺で良いでしょう」
イーアンは振り向いて、自分の後ろにいる若者を見た。彼は黙っていたが、それは遠慮しているようにも思えた。
「バイラの扱いに怒っていますね」
「そりゃ。そうだ。誰だって怒ると思うよ。
俺は確かに旅に出たいと頼んだし、金も持ち合わせがないから、親に会いに出るにも・・・今は魔物も出始めて、とてもじゃないけど一人じゃ動けないのもあった。だから、連れて行ってもらえるのは有難いけど。
でも、食費は先に出したのに、渡された肉なんか硬過ぎて味もない。聞いたらバイラが自分で作った干し肉で、買ったわけじゃないんだ。
水だって水筒だ。それが終わったら、我慢しろって言うんだよ。一日外にいるのに、無理があるよ。俺は鍛えているわけじゃないんだから。
会話もない。そっちに近づくな、話しかけるなって命令するし、俺を乗せる割には俺には鞍も鐙もない」
文句を言いたいだけ言うと、ユータフは黙った。『分かってもらえるかな。馬車に乗ってる人には分かりにくいかも知れないけど』彼なりの理解を示したつもりの一言は、イーアンは意味が通じるものの・・・イタイ言葉にしか聞こえない。
「ふむ。少々、訊きたいですが。質問しても良いですか。私のことは龍と呼んで下さい」
「いいよ。龍ね、何?」
「ユータフ。お金。幾らお渡ししましたか」
黙るユータフ。夕闇に白く柔らかな光を放つ2本の角が、何だか苦手。正しい相手、といった感じに、金額を言うのも気後れする(※一応、自覚アリ)。
「言い難そうですね。少ないのですか」
「それは、そう・・・だって。一週間分の食費しか持ってなかったんだ。だから、俺は首都に着いてから、親も探すし、その間食べられないと困るだろ。それで一日分を渡して」
声が段々小さくなる若者に、イーアンは超同情的な眼差しを送る(※痛々しい浅はかさ満載へ同情)。
「そんな目で見るなよ。馬車だから分からないだろうけど」
「馬車だと何が分からないと思いますか」
「え?だから、俺の気持ちなんか分からないってことだよ。あんたは仲間もいて、食事も金もあって、国の仕事かなんかでしょ」
「龍、って。あんたじゃなくて」
イーアンの声が低くなったので、ユータフはドキッとする。それから『龍』と言い直した。目が。心なしか、目つきが変わったような。目の前に立つ、龍の女の威圧感がハンパない。
「そうですか。仲間がいて。食事も。お金もある。国の仕事。合っていますね。現状はその通りです」
「そうだろ、だから」
「今ね。現状は、と私は言ったのです。現状。今。あなたの知らない時間はそうじゃなかった、とした可能性は考えもしませんか?」
話の内容が変わったことで、何となく。彼女の機嫌が若干悪いような気がする。ごくっと唾を飲んで『そんなの、俺知らないから』と若者は呟く。イーアンはゆっくり頷いた。
「良いことを教えてあげます。俺の知らないことの方が、山のようにあるのです。あなたが見ているままが、全てだと思わないことです。意味分かる?」
「だって、今の話してるんだよ。何言ってるのか」
「ユータフ。あなたは、人を傷つけて楽しむように見えないです。未熟なだけで、性格は良いと思います。
・・・・・あなたが、今、私をバカにしたと言ったら、謝って終わりますか?それとも、何をバカにしたのか、知ろうとしますか」
白い角がぼんやりと暗がりに浮かぶのを見つめながら、ユータフは黙る。
俺が何を言ったのかと考える時間は長く感じた。何も、バカにしてないはず。もしそうなら、知らなかったんだから。
「知らなかったなら許されると思いますか。場合によっては、それが不可能な事態もあります。
想像もしないで、人のことを好き放題に言うのは愚かです。相手がどんな人かも知れずに、決め付けて伝えることは、愚かで、クソヤロウですよ」
いきなり、口調が怖くなった龍に、ユータフは戸惑う。今『クソヤロウ』って言った・・・何を怒らせたのか、全く分からないので『何か、俺は悪いこと言ったの?』と小声で訊いてみた。
龍は首を静かに振り、真っ直ぐに若者を見つめて『謝るのか。知ろうとするのか。教えて差し上げます。あなたの場合、まずは知ろうとなさい』夕闇の中、さっきよりも重く低い声が響いた。
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