905. 合流する仲間
太陽が高く天にかかった頃。旅の馬車は、街道を少し避けた小川近くに停まり、昼食の時間を過ごしていた。
「イーアン、今日は遅いかな。どうしよ。残っちゃうね」
イーアンも帰ってくると思ったんだけどと、ミレイオは、焼いた芋と肉の鍋を皿に空ける。タンクラッドがじっと見ているので『まだ食べないでよ』の注意は必要。
「もしかしたら、次の1分で戻」
ヘラをカンカンと鍋に当てて擦った時、生臭い風が吹いた。異様な臭いの強さに、思わず、口を閉じて眉を寄せる。ミレイオも他の者も、突然吹いた強い風の、妙な臭いに周囲を見回した。
「何?」
「ミレイオッ!」
ドルドレンが叫んで剣を握った瞬間、小川を背にしていたミレイオの後ろに、水柱が噴き上げた。目を見開いたミレイオは鍋とヘラを掴んだまま、どんっと土を蹴って身を翻し、馬車の屋根に跳ぶ。
駆け出して剣を引き抜いたドルドレンが、水柱に跳躍して叩き斬るが、水は勢い良く縦に裂けたものの、手応えも姿もない。
「何だ」
斬ってすぐに後ろへ跳んで下がり、いない相手を探すドルドレンに『横だ』と親方が大声で教える。ハッとしたドルドレンが、小川の左右に顔を向けると同時、上流側の川面が鉄砲水のように弾けた。
「下がれ!」
ドルドレンは水飛沫を見て全員に命令し、自分も跳躍で押し寄せる水を避ける。
水は生き物の如く、跳んだドルドレンの足に向かって集まった。『うおっ』両足を包まれた一瞬で、ドルドレンは体勢を崩して水に連れて行かれる。
「これは」
慌てたドルドレンの声と、小川にあるまじき増水した大量の水の高うねりに、親方も皆も馬車に置いた武器を、急いで取りに戻る。ミレイオも、相手の何に狙いを定めればいいか全く分からず、ドルドレンを助けるに助けられない。
両足と剣を持った腕ごと、グワッと持ち上げられ、水柱の真上にあっという間に引き上げられる。水圧が凄くて、剣を振るえない状態にもがくドルドレン。くそっ、と呻いたその時。
白い光の玉が突っ込んできて、自分の体を力強く包み、大量の水を引き千切るようにすっ飛んだ。
『イーアン』白い光の中に、自分を両腕に抱きかかえるイーアン。しかし、見上げたその顔は、めちゃくちゃ怒ってて怖い。
ドルドレンは一気に助け出され、白い光はブンッと唸りの音を立てて、飛び抜けた向こうから旋回して馬車へ滑空し、両腕に抱えられたドルドレンは、こっちを見上げて驚いている親方に向かって投げられる。ぽーいと放られたドルドレンを、親方はキャッチ。
「てめぇ!私のドルドレンに何しやがるっ」
怒り心頭の牙をむいたイーアンは、爪に変えた両腕を振り上げ、物凄い勢いで小川そのものに振り下ろすと、飛ぶ勢いをそのままに縦に切り裂く。水柱も鉄砲水も、白い翼で飛ぶ女龍の速さと力に敵わない。
小川の浅い水底ごと掻き切る、龍の爪。
その勢いに乗って、イーアンが手応えを感じた場所で、『どりゃっ』と、思いっきり爪を振り切った。
それと同時に、声ともつかない何かの轟音が響き、白い爪に引っ掛けられて空中に吹っ飛ばされた、異様な姿の魔物が跳ねる。
真昼の空に影となって浮いたそれは、奇形の両生類のように幾つもの足と、不定形の頭が2つ付いた姿で、馬車の皆はその醜さにぎょっとした。
イーアンは空中に飛ばしたそれを、恐ろしい速度で切り刻み(※二刀流ミンチ)仕上げに、真上を向いて『オーリン!』野太い怒号で叫ぶ。
合図を待っていたように、ゴウッと音を立てた龍が疾風の如く、横を翔け抜け、ばらばらと落ちてゆく魔物の体に、赤紫の炎を噴いた。魔物は炭にもならずに溶けて消える。
「これだけか」
オーリンはガルホブラフの背中から、大声でイーアンに訊く。両腕の爪をそのままに、頭を振り上げて髪の毛を払ったイーアンは『はい』とお返事。
空中戦に持ち込んだら。やっぱり、この人たちの分野だよね・・・と。親方に、お姫様抱っこされた状態でドルドレンは思う。
親方も二人の戦う姿をただただ見つめ、腕に抱えたドルドレンもそのまま(※忘れてる)。ミレイオも馬車の上から二人を見つめて、軽く拍手。その他同様。
皆さんは、空中に浮かぶ、白い翼と爪の女龍、ガルホブラフに跨った龍の民のタッグに『龍の人たちって』と、しみじみ感じ入る(※空中はお任せ)。
「腹減った」
オーリンがちょっと笑って、馬車を振り返る。ふーっと前髪を吹き上げたイーアンも『はい。お腹空きました』と同意し、二人は馬車の焚き火近くに降りた(※焚き火、水で消えた)。
「オーリン、最近はちょっとしか会わないな」
ハハハと笑って挨拶する皆は、オーリンとイーアンにお礼を言いながら『丁度、昼だったんだ』と笑顔を向けて、ぴたっと固まる。空から戻った二人も、笑顔のまま、ぴたっと固まった。
ミレイオが、皿に取ったお食事はびしょ濡れ。鍋とヘラは無事だったが、昼食は消えていた。
「ごめん。でも、オーリンも戻ったから、もう一回作ろうか」
取っとこうと思ったお皿まで、気が回らなかったと謝るミレイオに、イーアンは『いい、いい』と止め、オーリンと自分の分は、朝食同様に生地に魚を挟むと言った。
「魚。ここにあるぞ。焼くか」
親方、足元に上がって死んでいる魚に気が付く。フォラヴが眉を寄せて『それ。魔物の何が掛かっているか分かりません』と言うと、親方も『それもそうか』と頷いた。
戦った人たちに、落ちてるそれ食えって・・・オーリンは、タンクラッドの天然さが微妙だったが、イーアンがしゃがみ込んで『でも、食べれそうですけれどねぇ』と観察している天然具合には、もっと微妙だった(※ヤメロと思う)。
「イーアン」
魚に屈むイーアンは、背中に声をかける伴侶に振り向く。ぽえ~っと頬を染めて、そーっとイーアンの背中から貼り付くドルドレン。
「嬉しかったのだ。俺を助けてくれて」
「当たり前ではないですか。間に合って良か」
「イーアンがね。『俺のドルドレンに何しやがる』って言うから。俺はもう」
「え?あら。私のって言いませんでしたか?」
俺とはさすがに言いませんよと、イーアンが戸惑った目を向けると、ドルドレンは『小さな差』と・・・赤くした頬でエヘッと笑う。イーアンはこの時、気が付く。伴侶は・・・ちょっとどころか、かなり男色傾向では(※成長中)。
「守ってくれたのだ。一瞬で俺を救い出して、憤怒に満ちた勢いで魔物を倒して」
「え、ええ。そうですね・・・そうです。だって、あなたに危害を」
「イーアンは凄くカッコイイ。大好きだ。たまらないのだ」
ぎゅうううっと、喜び一杯の笑顔で愛妻(※未婚)を抱き締めるドルドレン。
イーアンは、伴侶のこの声質と笑顔で思い出す。
――これは・・・『タムズ愛』だっ!タムズに貼り付いている時の伴侶の状態が、今、正に私にも起きている?! 多分、彼は私を『自分よりも男らしい』と認めたのだ(※漢要素:ドル<イーアン)。
ぬふぅ・・・そうですか、有難う。沈んだ声でお礼は言うものの、イーアンは胸中複雑(※伴侶は守られ愛大好きって知ってるけど)。
しかし。さっきのお助けの仕方で、火が付いてしまったか。彼を抱っこしたのが良くなかったのか(※男らしいイーアン)。伴侶のこれを引っ張り出してしまった、自分に反省するのみ。
それはさておき。真っ先に立ち向かい、戦ったことを誉めるのも大事。
引っ付いて離れない伴侶を、よしよし撫でながら『あなたは素晴らしく責任感が強い』イーアンはきちんと誉める。
一層、頬を染めてメロメロしながら『イーアンに誉められると、もう空に認められたみたい』と喜ぶ旦那。笑顔が蕩けている。惚れ直されてる感、抜群である(※別の意味で)。
この状態の伴侶。皆さんはどう思うのか・・・男龍相手には、理解も得られているものの。
奥さんにも通常スタイルがこうなると、皆さん(※男性陣)が戸惑うような気がして、少々不安なイーアン。率いる信頼もあるのだしと思えば、伴侶にそっと注意した方が良いような。
そんなイーアンは、ちらりと後ろを見る。皆さん一様に、じっとこちらへ視線を注ぎ、ドルドレンのスキスキ&メロメロを『総長=そういう性質』の眼差しで見守っていた(※これは治らないだろ、の意味)。
イーアン敗退。我が身に貼り付き、幸せそうな伴侶の男色傾向にお付き合いする方向で、今後の方針を決めた(※良いのかそれで)。
「ドルドレンはさ。ちょっと、そっとしておいてあげて(※そういうものと認可)。今日は、オーリンいつまで居るの?食事して行くんでしょ?」
総長に貼り付かれるイーアンに笑うミレイオは、後片付けをしながらオーリンに訊ねる。
「んー。いつまでって言われるとな。夜は空だから、日中は一緒でも」
オーリンの返事が意外で、あれ、といった具合の皆は彼を見る。オーリンはちょっと黄色い目をミレイオたちに向けてから、さっとイーアンに視線を流した。
フフッと笑うイーアンが頷く。そのイーアンを見たタンクラッドは察して、ハハハと笑った。
「じゃ。暫く一緒か。お前は忙しいな」
タンクラッドの言葉に、オーリンよりも若い騎士たちは笑うに笑えず。ザッカリアは分からないので、オーリンの側に行って『また一緒?』と普通に訊いていた。苦笑いするオーリンが頷いて『宜しくね』と答える様子に、皆が笑っていた(※答え=『振られた』)。
後片付けを終えて、とりあえず進もうということで。皆が馬車に乗り込む前、ドルドレンはオーリンに、バイラの話を少しした。『後で来ると思う』後方の道に顔を向けた総長に、オーリンは少し考える。
「詳しい話って。後で聞かせてくれるのか?」
「はい。私は流れまでなら。午前中については、ミレイオたちに教えて頂きましょう」
イーアンは空にいたから、この数時間は知らない。ミレイオ、タンクラッドが荷馬車なので、オーリンとイーアンも荷馬車に乗ることにした。オーリンは、ザッカリアの表情が曇ったのことに気づいていたが、それは黙っていた。
ドルドレンは御者(※『きりっ』状態に戻る)。シャンガマックも御者で、フォラヴとザッカリアは寝台馬車に乗り、午後の道を出発した。
荷台の溜り場には、職人が久しぶりに集まり、タンクラッドのナイフ作りと、ミレイオの盾の部品作りの横、イーアンとオーリンは『道案内』の話をする。
説明を黙って聞いていたオーリンだが、何やら気になったように『ふうん』と呟く。タンクラッドはその声に目を向けて、オーリンに疑問を言うよう促した。
「うーん。別に」
「お前はあまり、他人に紹介されたくないってところか」
「そんなところだね。その・・・若い男にも、バイラって人にも。こう見えて、結構俺は人見知り」
「オーリンは自分が望めば、ぐいぐい来ますけれどね」
遠征に付いて来るなと、散々言った時、無理やり付いてきたのを思い出すイーアン。オーリンは笑って、イーアンの肩を叩く。『あれと違うだろ』状況が違うって、と言う。
「遠征の時は。イーアンが戦うって聞いていたからさ、近くで見れるかと思ったんだよ。騎士の連中も、どうやって戦うのか見たかったし」
「まぁ。来て頂けて、結果は助かりましたけれど。最初は民間人が参加なんて、と責任を考えて大変」
「もう終わったことだ。民間って、それは今回もそうだろ」
オーリンが笑い飛ばして、イーアンの据わった目を見ながら『その人たち、どんな?』と質問した。イーアンは首を傾げ、ミレイオとタンクラッドを見る。3人は目を見合わせて『どんな』の一言で止まる。
「若いのは、世間知らずで勢いって感じだろ?バイラって人は護衛上がりで合理的。それは分かるんだよ。相手の情報じゃなくて、印象だよ。こっち側の気持ち。好きとか微妙とか」
オーリンは感覚的なものを聞きたがっていると分かり、それが大事かもねとミレイオも頷く。
それぞれ、バイラに対しては『好感が持てる』『信頼はある』『裏表がないから付き合いやすそう』と答え、ユータフには『若いから読めない』『これから(※成長)って思う』『距離は必要』とした。
「はっきり言わないけど。ユータフ?彼は好かれてないわけか」
ざくっとまとめたオーリンに、タンクラッドはちょっと笑う。ミレイオは笑みは浮かべているが、何も言わなかった。黙る二人を見て、イーアンはオーリンに起こった事実を少し具体的に話した。頷く弓職人。
「あれか。全部笑って済ませてきた口か。とりあえず、自分に正直」
「大変、平等な表現です。他人を思い遣るには、まだ経験が少ない状態かも」
「でも何か、ほら。伯父さんの家族と仕事してても金がないから、って話だったろ。苦労は」
「理解をしてやろうと思うのは自由だ。だが彼が、苦労を肥やしに変えているとは限らん」
イーアンとタンクラッドの言葉に、ちょっと同情気味に笑う弓職人。ミレイオは『会えば分かるわ』と困ったように呟いた。
「仲間に値するのは。理解や相性だけじゃないでしょ?例え、情が移ったって、仲間扱い出来る気がしない相手もいる」
「まぁな。そんなもんだと思うよ」
オーリンは、仲間だ友達だ、と付き合う相手がいる。弓矢を作る際に、いつも協力してもらう友達。
腕が良いからという、それだけではない。性格が良いから、それだけでもない。相手の年齢も関係するようで、実は関係ないことも多々ある。
「うん、まぁ。俺はどっちみち。あんまりその人たちには、関わらないでいたいね」
夜は空に行く・・・と断り、この話は終わりにした。
変な時に戻ってしまった気がするオーリン。でも忘れられるのも、頼られなくなるのも困るので、時間が出来た時は(※ヒマじゃない時=彼女いる時)旅路は一緒・・・が大切かなとも感じる。
知らない間に、こんな展開が起きているとは。これも留守が続いたせいと自覚はあるので、留守は今後、気をつけるつもり。その、道案内的な立場の二人には、付かず離れずを保って接しようと決めた。
この後、魔物の材料についてあれこれ話しながら、職人たちは試作品を考案する。首都へ着いたら、持込で買い取り先を見つけようとなり、炉場も探すことにした。
そんな話をしていると、イーアンがふと後ろを見た。ミレイオはその動きを見て『来た?』と訊ねる。イーアンが『多分』そうじゃないかと答えて、立ち上がった。
後ろの馬車のシャンガマックが、イーアンの動きを見て気が付き、指を後方に向けて確認する。
イーアンが頷くと、ミレイオも立ち上がって『私ザッカリアに伝える』知らせた方が良いよねと、後ろの馬車へ急いだ。
「追いついたか。もうじき夕方だ、彼らも昼は休んだのかな」
親方の言葉に、イーアンはハッとしてオーリンを見る。『私たち。昼、食べていませんでした』忘れてたというイーアンに、オーリンは笑って『夕食、多めにしよう』と提案。イーアンも、うん、と頷く。
その時、馬の駆ける音が近くに聞こえ、荷馬車から覗くと。
「イーアン」
思いっきり、荷馬車の斜め後ろに黒馬。その背中から、笑顔で手を振るバイラ。イーアンも一応、笑顔で返すが、開口一発、自分の名を呼ばれてびっくりする。
「戻っていると思いました。これ、良かったら」
パカラパカラ走る馬を寄せながら、バイラは驚きに目を見開くイーアンたちの溜り場に、ぽーい・・・と何かの束を投げた。受け取ろうとしてイーアンが手を伸ばしたが、その前にオーリンが身を乗り出してキャッチ(※素早く)。
「イーアンじゃ、落とす」
腕が届いてなかったと指摘され、イーアンは有難く(※『お世話かけます~』)オーリンにキャッチしてもらった束を受け取る。受け取った瞬間、目をかっぴろげて『あああああ』と引き攣る声を出すイーアン。
「これ、これ!」
「何だ?肉?」
親方とオーリンも覗き込んで、乾いた肉の束に驚く。イーアンは震える両手で束をしっかり掴み、さっとバイラに顔を向ける。清々しいバイラの笑顔。イーアン、深々と頭を下げて感謝を示す(※肉くれた)。
「あの方は。大変に良い方です」
肉の束に驚く職人二人に、イーアンは、びしっと真面目に思いを告げる。そして、彼らの見ている前で、束から一本肉を引き抜き、目を閉じて感謝してから、ぱくっと齧りついた。
オーリンも経験がある。タンクラッドも知っている―― この女は、肉さえあれば釣れることを。
それは、女龍だろうが最強だろうが、絶対に今後も変わらないと確信出来た。
馬車の後ろでは、鎖帷子に身を包んだ、心の誠実そうな男が満足そうに笑顔を向けていた(※あげた肉、早速食べてるから)。
お読み頂き有難うございます。




