904. 出会いの意味
お空の子供部屋で、イーアンはビルガメスを待つ。呼んでから、ちょい待ち。
やってきたビルガメスは、何だか不服そうな顔つき。
どうしたのかと思いつつ、挨拶をして彼が横に座るまで黙っていたイーアン。座るなり、ビルガメスはイーアンを掴んで、胡坐の上に乗せる。
両手に抱えていた赤ちゃんごと胡坐に乗せられたイーアンは、ビルガメスが鬱憤が溜まっていると理解する。
それは当たっていて、ちらっと見上げると金色の瞳は、物言いたげに見下ろしている。
「どうされましたか」
「お前を・・・俺が独り占めしていると。抗議を受けた」
「それで。ビルガメスと最近会わないと思ったら」
「仕方ないだろう。俺以外がそう思ってるんだから」
そりゃ、抗議だから・・・と、イーアンは突っ込みたくなるが、笑う所じゃないと一応頷く。
「お前が来ることを知った俺が動くと。しつこいくらいに阻まれた」
「だからですか。私と赤ちゃんを抱え込むこの状態」
「こうなるだろう。お前は俺と一緒なんだ。それを何日阻まれたと思う」
「ええっ!知りませんよ。一緒ってのも今知りましたよ(※何だそれ、とビビる)」
「お前はなぁ。何でそう鈍いんだ。俺はお前に愛されている(※決定)。俺もお前を愛している(※これも決定)。俺たちは一緒だろうが(※ここは詰め)」
はーい???何言ってんですかと、イーアンは眉を寄せる。おじいちゃんも眉を寄せる。そして赤ちゃんはケタケタ笑う(※笑い飛ばす赤ちゃんs)。
「それ。ちょっと違うじゃありませんか。愛され」
「こら(※叱る)。イーアン。お前の良くない所だ。ちゃんと愛情を受け取っているんだ。認めろ」
「そりゃね。それなりには愛してはいます(※それなり強調)けれど」
ビルガメスは顔を寄せて、じっと見る。おじいちゃんのプライドが許さないのか。それは考慮してあげようと思うイーアン。ちょびっと頷いてあげる。ビルガメスは溜め息。
「お前はどうしてそうなのか。ドルドレンを愛しているのは、俺はちゃんと理解しているぞ。
それとはまた別に、こうして子供たちを愛し、イヌァエル・テレンを愛し。俺も愛している(※自由に本決まり)」
んまー・・・・・ そうですけどー・・・・・ どうなのよ、それ~・・・・・(※イーアンに偉大な愛は分からない)
男龍の愛は。実のところ、いまいち分かり難いのだ。それはずーっと変わらない。分かるようで分からない。正直な所、人間では理解し難いでしょうと毎度思うイーアンである。
そして。こういう流れが、どーにも。イーアンはな~んか・・・一癖も二癖もありそうで、『いやん、嬉しい』『やだん、中年だけどモテてる~』とはならない(※女の勘は働く)。
絶対何か隠してるだろう、これ(※大当)。と、男龍の誰と喋っても思う。
愛情だ何だかんだは、彼らの愛情はひたすら広いので、まー本当にそういうものかもとしても、肝心なのはその裏っ方である。四六時中、腑に落ちない引っかかりを感じるのだ。
そしてビルガメスのこの、『俺と相思相愛って認めとけ』的な命令(※『いいな分かったなそう思え』みたいな、洗脳より強烈)。
命令するもんじゃないでしょう、と言ってやりたい。これが一番不自然なのに、おじいちゃんは分かってない。
ということで。イーアンは咳払いし、目が据わった状態で、とにかくこの話は切り上げる(※先の見えない話しを続けるのはムリ)。
じゃー、それはそうってことにしておいて、と丸めて放り、自分の質問をする。『伺いたいことがあるのです』バイラのことを訊こうと思ったら。
「イーアン。お前が呼んだから。俺はここにいるんだ。分かるか。明日も呼べ」
と、来た。要は『阻止されなくて済むように、お前もちゃんとしろ』・・・と。メンドーなので、うんうん頷き、『覚えてたら呼ぶ(※テキトー)』と答えて往なした。おじいちゃん仏頂面。
「ビルガメス。訊きたいことがあるのです。ご存知かどうか分からないけれど」
「俺が知らないことなんて、まずないだろう。言え」
一杯あると思うが、そんな脱線でご機嫌を損ねる気はない。おじいちゃんに有難~くお礼を言ってから、ルガルバンダのしてくれた話と、先日会ったバイラのことを話す。
「ふむ。で?」
「私が思うになんですけれど。そのバイラという方。誰か私たちに、意味ある働きかけがありますか」
「ルガルバンダの言ったことを、お前はちゃんと理解したか?」
何?イーアンは見上げながら、ぴたっと止まる。おじいちゃんは、イーアンの鳶色の瞳をじーっと見て『分かってないな』と呟く。
「あるから、出会ってるんだろう」
「いえ。それはそうです。そこじゃなくて、その」
「誰か、じゃないぞ。お前たち、だ。そんなの、『後々、旅を救うきっかけ』とルガルバンダが言ったんだから、そうだろう。何かの働きかけでもあるのかと言うなら、お前たち、旅の仲間全体に渡る話だ」
「それ以外、って意味ですよ。もう少し細かい部分で」
「イーアン。お前がそれを知ってどうなる」
ぬふぅ。そう来たか。ビルガメスは大体そうなのだ。ちょっと笑っているし(※知ってもどうにもならんだろ、的な笑い)。目の据わるイーアンは、言い返せないので黙る。
「何でも知ろうとするお前は、面白いと思うが。お前がその運命の働きを、先に理解したところで、特に何も変わらない。出会いは起きた。目的があるからだ。それが終わるまでは、その者は近くにいるだろう」
一々・・・尤もです・・・イーアンは頷く。ビルガメスは笑って、イーアンの頭を撫でた。
「細かいことを知りたがるのは、癖か。それも性分」
「そうですね。知っておきたい気持ちですね」
悪いことじゃないがな、とビルガメスは微笑む。
赤ちゃんとイーアンを、胡坐にわさわさと乗せると『明確なものは、常に目の前にある。見えるかどうかは、常にお前次第』そう教えた。
「それは。いつでも目の前にあるけれど、見えていないこともあると」
「そうだ。目を開き、耳を澄ませても。思考が違うことを選んでいれば、幾通りの形に変わる。たった一つの、決して動かせない現実でさえ、受け取り方は自由だ」
イーアンは考える。今。答えを貰っているのではと。
その目の動きに気がついた大きな男龍は、少し笑みを浮かべて『見えてきたか』と訊ねた。イーアンもニコッと笑う。
「見るんだ。そして、聞け。探り出して得られるものは、明確なものの一部だ」
おじいちゃんの言葉に、はい、と答えるイーアン。
『目前にあるものに答えを探すうちは、全てを知ることはない』大きな男龍はそう言うと、話を変えて、外にオーリンがうろついていたことを教えてくれた。
イーアンはこの後。お昼に戻るまでの間、おじいちゃんと喋り、赤ちゃんたちと遊んだ。帰りはオーリンも呼んで一緒に戻った。明日また、ビルガメスを呼ぶ命令を受け取って。
*****
警護団施設・リマヤ地区の地方行動部を後にした、バイラとユータフ。思ったよりも時間を取ったので、馬を駆けさせながら街道を急ぐ。
「落ちないように気をつけろ」
「滑るよ。俺は鐙もないし」
「だから落ちないように、と言った」
必要なことは先に言う、バイラ。会話に殆どならないことに、ユータフは息切れしそうだった。こんな窮屈なおじさんと一緒に動くなんて、3日でさえ、心が持つんだろうかと不安になる。
太陽はもう高い位置に入る。まさか、警護団施設でバイラに待たされて、4時間近くもいることになると思わなかった。馬車に追いつこうとするバイラは馬を走らせるが、どれだけ距離を縮められるのか。
このままでは、もしかすると今日は、バイラと二人で夜明かしになるかもしれない。それを想像すると、馬車がどこかで休んでいてほしいと心から願う。
時間を食ったことが予想外だったのは、バイラも同じだった。昨日に出した届けは、なんと『今日、さっき見た』と上司に言われ、大急ぎで事情を説明し、改めて届けを出した。
だが、急過ぎて許可出来ないと撥ね付けられ、急だとなぜ許可が出来ないのか・・・その理由を確認した。
上司が言うには、理由が外部的なものであること、有益かどうかの判断が難しいことや、仮に許可するにしても手続きや、バイラと同じ立場の団員を駐在に回す手配などがあるから、との説明をされたのだが。
バイラはそれに対し、決して無益ではないことと、多くの時間を必要としないであろう、現実的な状況を伝えて説得し、自分が本部にも向かうから、自分で処理するような話も出した。
しかし、そうなるとそれは上司としては嫌らしく、この部分でも時間を使った。結局のところ、どうにかこうにか『許可は考慮』の状態を得て、本部に向かうこと事態は了承を得た。
『そこから先は、私が許可していないことも伝えろ』
上司は、自分の範疇を越えている唐突な話を、『自分の責任の取れる限りではない』と言った。
その意味は、やんわりと警護団を辞めるかどうかを臭わせ、上司としては苛立っていたようだが、バイラには、この消極的で、理由をつけて引け腰になる姿勢に、冷めた目しか向けられなかった。
こうしてバイラは、ようやく施設を出る。ユータフを施設の外に待たせていたが、この対処には正解だったとバイラは思った。もし、建物の中で待機させたなら、彼のことでも話が長引いたことは想像に難くなかった。
それから大急ぎで街道へ向かい、街道から本部へ向かう方向へ走っている最中。
揺すり落とされそうになりながら、ユータフはあまりに遅かったことを、ちょっとは謝ってほしくて話を出す。
「あのさ、バイラは警護団で揉めてたのか?」
「お前に関係ない」
「俺だって、外で待ってたんだぜ」
「お前が待ったことと、俺が話すかどうかは、直結じゃない」
「クビにでもなったのかよ」
イラッとしたユータフがつい口にすると、バイラは少し振り返り『だとしても、俺の求める動きに沿う』と答えた。
ユータフは、難しい言い回しの含むことが分からない。『どういう意味だよ』ともう一度訊くと、バイラは前を向いて、少し黙った後に話した。
「俺は必要なことをこなしている。やるべきことは片付ける。俺の求める動きのために。
必要なことを行った結果、それがクビになろうが続こうが、それはどうでも良い。俺の求めることに近づいている以上」
もっと、意味が分からない。バイラの話し方が難しくて理解出来ず、会話を止めた。
自分の出会い。それはうっかり、この警護団のおじさんにすり替わっているけど、この人じゃなくて。
あの・・・馬車のカワイイ顔の子だと思う。自分が彼に嫌われて、避けられたことは理解しているが、ちゃんと好意を見せれば、この先、仲良くなれそうに感じる。
男だけど。女でも、あんなに顔の整った人を見たことがないユータフは、どうしても諦められなかったし(※これを恋という)それとは別に、親を確認した後は、親か旅か・・・自分に条件の良い方を選びたいのも、同時にある。
あの子がいなかったとしても。
親のいる首都へ連れて行ってもらい、親の状況と、自分の身の振り方を照らし合わせて、もし動いた方が得策なら、旅をして、他の町を探せれば良いなと。
そう考えていたユータフだったので。ザッカリアの存在はサプライズ。これ、出会いだろ?と(※違)思ってしまっている心境であった。
そんな便乗者に、バイラはもう一度振り向いた。
「俺とも喋り続けようとするくらい。お前はよく喋るみたいだがな。馬車に追いついても、彼らに絶対に話しかけるなよ。彼らから話しかけられた時に、応じるだけだぞ」
フンと鼻で笑われた若者。見透かされているような感じが憎らしくなってくる。朝だって、あの角のある人が翼まで出したことに、驚きさえ止められた。
「何も言うなって。おかしいだろ、人間なんだから話すの当たり前じゃないか。あの飛んで行った人だって、あんなの人間じゃないんだから、訊きたいことだらけで」
「馬から落ちるか?」
バイラが凄む。『その口。無駄が多いぞ』低い声で言われて、ユータフは嫌そうに首を大きく振る。
「お前は、誰を見たと思ってるんだ。彼女は龍の女だぞ。人間じゃないのは確かだ。
だが『あんなの』と平気で言う、お前がどれほど失礼か。考えなしの頭と知ってて、喋らせられるわけがない。お前の訊きたいことなんて、ロクでもないくらい分かる」
「酷い言い方だな!昨日、会ったばかりの俺に。何でも知ってるような」
「実際そうだろう。お前は何でも甘く考えている。相手に許してもらえば済むと。
お前の渡した食費を見たぞ。本当にあれしか持っていないとしても・・・馬に乗せてもらい、旅の世話を守られると知っていて、一日分の食費を渡す。お前の心境は理解しかねる」
ごくっと唾を飲むユータフは、顔を背ける。バイラはまた前を向いて、それから喋らなかった。
一週間分の食費を、宿のおじさんから貰った。それは、首都に着いて、親を探す間に使おうと思ったから、移動の食費は少なめにした。
事情を少し話せば、誰かが分けてくれると思ったし、このバイラという警護団だって、鬼じゃないだろうと・・・鬼だったのが予想外だったことに、何も言えなかった。
陽光に輝く青毛の馬は、乾いた街道を駆け抜ける。
その背に跨る、鎖帷子と盾を背負った男の後ろで、貧弱な青年は苦い表情を隠そうともせず、ただただ情けなく、前の男にしがみつくだけだった。
お読み頂き有難うございます。




