表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔物資源活用機構  作者: Ichen
旅は道連れ
902/2953

902. ウウィド・ケペリ出発の朝

 

 夜明け前の宿の部屋で。ドルドレンは目覚め良く、ぱちっと目が開く。腕に抱える愛妻(※未婚)を見ると、スースー寝ている。



「この状態で目が覚める幸せ。素晴らしいことなのだ」


 微笑んで呟くと、愛妻は目を覚ました(※ぱちって)。ハッとして『ごめん。起こした』起こす気はなかった、とドルドレンが言うと、イーアンはニコッと笑う。


「おはようございます。特に何も聞こえていません」


「おはよう。そうなの?俺が呟いたからかと」


「いいえ。すかっと起きただけ」


 あ、そう。ドルドレンはそれはそれで、ちょびっと残念だった(※幸せ~の部分、聞いてほしかった)。


 今は何時?と訊ねる愛妻に、ドルドレンは壁の時計を見て『4時前だね』と答える。これから支度をして、町の入り口へ行けば、待ち合わせの5時に丁度良いと教える。


「彼らは早く来そうです」


「バイラは来るだろうな。ユータフは分からんが」


 ちょっと笑って、二人はベッドから体を起こし、髪を梳かしたり着替えを始めたり。イーアンは昨日から思っていることを、伴侶にも言っておこうかなと思い、着替えながら話す。


「バイラ。私、あの方が気になります」


「えっ」


 何ですかその反応はと、笑うイーアンに、ドルドレンは、自分のこういう部分は素だから、抜けないなと思う。でも気になるんだもの・・・そういうのは仕方ないよねと自己納得。


「何で気になるの。バイラは俺と同じくらいの年だ。性格も良さそうで、頭も良さそうで、度胸もあって、要領も良くて、見た目も男って感じで」


「ですからね。何を仰ってるの。そういう意味じゃないことくらい、分かるでしょ」


 困ったように笑うイーアンは、伴侶の側に行って、不安そうな目を向ける顔を撫でながら教える。


「あなたは心配しがちですよ。私が話を続ける時間を下さいな。気になる続きね、それ大事」


 うん、と頷く伴侶にちゅーっとしてから、イーアンは『彼は誰かに会うために、私たちと絡んだような』と言う。不思議そうなドルドレンに、考えていたことを伝える。


「昨日。すぐにそう思いました。ユータフは、彼と私たちを引き合わせるための()()()()かも知れません。きっかけ、だけではないでしょうけれど」


「そうか?俺はユータフに会わなかったとしても、駐在所には行ったし、おそらくバイラも、俺たちの行動に参加したいと言っただろう」


「だとしても。ユータフのことがなかったら、バイラの人となりを、一気に知るまで至らなかったと思いませんか。話し方や、応答には好感を持つでしょうけれど、ユータフの話を出すのと出さないのとでは」


「あ。分かる。それはそうかも知れない。同行すれば知りえる情報だろうが、先に沢山見たのだ」


 そういうの大事でしょ?とイーアンは言う。


「昨日、ミレイオも言いました。

 昼食時。あなた方に、午前の話を聞けなかった状態は、かえって突然現れたバイラを知るにあたり、良かったのかも・・・と。

 先入観になる誰かの言葉ではなく、彼への認知が、第一印象だったのです。これは大きいですよ」


 ドルドレンは着替えながら、ふーむと唸る。『俺の奥さんは見てるところが違う』ちょっと誉めると、イーアンはエヘッと笑う。コロッとやられたドルドレンは、奥さんにちゅーっとしてから、今の話は『()()だね』と答えた。


「ユータフも第一印象が強烈だったが。()()()()()、バイラも強烈な第一印象ではあったな。ユータフを扱おうとする、一つの動きが、彼のあらゆる面を一度に紹介してくれたのか」


「そうではないかと思います。それによって、彼・バイラは、私たちにあっという間に受け入れられています。ユータフは、バイラをこの急な展開で私たちが知るために、必要だったのでは」


 ドルドレンはイーアンの頭にちゅーっと(※クセ)して、うんうん頷く。『そうだな。ユータフは(おとり)』そう言うと、イーアンは笑って『囮って、意味が違う』と否定する。


「少々、良くない言い方をしますとね。引き立て役として、ユータフが先に登場したような。ユータフへの感情は、私たちには、良いものではありませんでした。彼に悪気がないと分かっていても、です。

 そこへ、そのユータフを管理しようと言い切った、警護団員バイラが出てきました。彼が警護団員であったことも、これまでの流れからすれば、とても大切なお膳立てに感じます。後付けですけれど」


「彼は・・・バイラは。俺たちが問題視する警護団の在り方を懸念し、自分が動こうと姿勢を見せた。それだけでも、俺には充分に感心な態度に思えたのだ」


 イーアンは伴侶の答えに同意し、『良い印象のない警護団と、心配な同行希望者を案じる、自分たちの意識に、バイラは最も効果的な状態で浸透した』と、まとめた。



「そうして考えるとね。引き合わされたのは『バイラ』って感じなのだ」


「私もそう思います。かなりきちんとした運命的働きかけですよ。だとしたら、たった3日でサヨナラって感じ、しません。私たちの誰かしらに会うため、(もたら)された出会いでは」


「もしくは、俺たちを介した誰か?」


 その可能性もある、とイーアンは頷く。ドルドレンは『とりあえず。バイラは3日じゃなさそうだね』と、そこに気がついて嬉しそうに笑った。

 イーアンも笑顔で『そう思う』と答え、二人は支度を整えた後、部屋を後にした。



 1階のホールに集まった7人は、宿の主人に挨拶して馬車を出す。宿の主人は、警護団員が首都までユータフを支えてくれる話に、心から安心したように笑顔を見せた。


「昨日の夜。ユータフが来たんですよ。夜って言っても、お客さんたちがもう部屋に入った後です」


 首都まで旅人たちと行くと話したから、気になることは細かく聞いて、本当に行くと分かったから送り出した話をした。


「この箱のお金。少しユータフに持たせたんです。食費のことを口にしたんで。だけど首都に着くまでの食費代と、口ごもったから『多めに見積もって一週間分』と。それだけ渡しました」


 宿の主人は、箱を総長に渡しながら『警護団に渡して下さい。ユータフの食費です』とお願いした。


「これ。一か月分の食費と、あなたは話していたのだ。こんなには」


「警護団の人がお金も取らずに、任務がてらで同行してくれるんです。ユータフの私情ですよ。少しは警護団のその人にも、ユータフにももしかしたら、役に立つでしょうから」


 宿屋の主人の温かい人情に、胸を打たれる旅人一行。箱を受け取って『すぐに警護団に渡す』と約束し、馬車を出した。主人は『またどうぞ』と、朝方の人のない道を進む馬車を送り出した。



 馬車の荷台で、イーアンとミレイオは主人に手を振った。『イイ人って感じ』ミレイオが呟く。


「あのガキんちょ。ちょっと()()()()けどさ。ああした良い人たちに愛されてるんだから、中身はイイコなんだろうね(※まだそう思えないけど、の意味)」


「そう思います。世の中、手に負えない若者なんて、山のようにいます。

 ユータフはお調子者みたいですが、悪い人ではありません。明るくて好かれやすいでしょう。若いから、これから経験を積むだけ」


 イーアンの返事に、ミレイオも微笑んで頷く。イーアンは真面目な顔で『私の若い頃なんて。とんでもなかったですよ』とぼやいた。それを聞いたミレイオは爆笑して『私だってそうよ』とイーアンを腕に抱え、二人で大笑いした。


 タンクラッドは横で二人の会話を聞いていたが、可笑しそうに笑みを浮かべて『俺も人のことは言えないかもな』と、若い頃=ロクなもんじゃない組・・・に参加した。


 前を行く荷馬車の荷台で、朝っぱらから大笑いする中年組の愉快そうな様子を、後ろの馬車の御者を務めるシャンガマックは、微笑んで見守っていた(※大人)。


 御者のドルドレンも同じで。馬車の中から響く中年組の笑い声に、一緒になって笑顔が浮かぶ。


 俺の仲間は良い仲間―― 出会う者がこれからも出てくるだろうが、きっと良い仲間に巡り会うのだ。


 そう思えることが、ドルドレンは嬉しい。そう・・・思わせてくれる楽しい時間、楽しい様子、心強い思いを、いつも与えてくれる皆に感謝した。



 そして馬車は町の壁に近づく。門が開きかけた入り口を通り、表へ出ると、一頭の馬が人を乗せて待っていた。


「おはようございます」


 黒髪をきちっと結んだバイラは、青毛の馬に跨り、荷物を一式積んだ状態で、背中に盾を背負った鎖帷子(くさりかたびら)という井出達(いでたち)だった。


「おはよう、バイラ。カッコイイなぁ」


 御者のドルドレンは、バイラの鎖帷子に少し笑う。『初めて見たよ』と伝えると、バイラも頷く。


「ハイザンジェルは鎧ですよね。テイワグナは、本当に鎧が少ないです。大体、こんな感じですよ」


 煌く銀色の小さな輪をびっしりと繋いだそれは、バイラの鍛えた広い肩や胸を曲線に沿うように包み、彼の体を、一際大きく肉体的に見せていた。


 2台の馬車が彼の側へ来て、ミレイオもいそいそ出て行く(※見たい)。ちょろっと鎖帷子を見て『へぇ』と感心。ヨライデにもあるけれど、テイワグナの鎖帷子は衣服みたいに見えた。


「素敵ねぇ。これ、剣を受けても大丈夫なのかしら?」


「おはようございます。はい。ただ細身の剣は怖いですよ。鎖の隙間に入ることもあるから」


 うっかり呟いた声に、挨拶と一緒に説明を返してもらい、ミレイオはハッとして『ごめん。おはよう』と挨拶をまず交わす。それから笑顔を向けて『私はミレイオ』と自己紹介した。バイラはニコッと笑う。


「馬の上から失礼ですが。改めて。私はジェディ・バイラ。ミレイオ、宜しくお願いします」


 ミレイオは朝日に輝くバイラに、うん、と頷く(※テレ)。『盾もあるのね。後で見せて』どうにか自然体で、後の約束に漕ぎ着け、バイラの返事も待たずにそそくさと荷台に戻った。


 イーアンはそんなミレイオを、じーっと見ていて、自分も荷台に戻る。


「ミレイオ。バイラが気になりますか」


「ん?あー・・・そうねぇ。何か、ほら。昨日、見抜かれちゃったから」


 変わった人ですよねと、イーアンは静かに答えると、それ以上は何も言わなかった。

 ミレイオは、イーアンをちらちら見て『何?』と探る。振り向くくるくる髪の女は、いつもと同じ垂れ目の笑顔で『何も』と答えた。


 バイラと騎士たちと親方は、外で暫しの間、雑談。


 ユータフが来ないことを、皆が話していた。『後10分待ってこなかったら出ましょう』バイラは太陽を見て、旅の一行にそう伝えた。


「時間に来ないなら、理由は何であれ、それまでです」


 ばさーっと切り捨てるイイ感じ具合に、ドルドレン満足。うんうん頷いて『そうだな』と笑顔で同意。無駄を省く、この姿勢。ドルドレンはこういう性格が好き(※実父と祖父は、ムダでダラダラ)。


 親方も、バイラの仕事慣れした雰囲気は気に入る。彼を見ながら、ふと『ドルドレン。箱』と思い出し、もう預けてしまえと促すと、ドルドレンは『そうだな』と箱を御者台から持ってきて、バイラに渡した。


「これは何ですか」


「ユータフの食費だ。彼とは別の人物から受け取った。ユータフが来たら、きっと彼からも受け取ると思うが、これは彼の与り知らぬ金」


 不思議そうに茶色い瞳を向ける男に、総長は宿屋の主人の話を伝える。バイラはゆっくりと頷いてから、箱を手に少し考えたらしく、箱を荷袋にしまうと『ユータフが来なかったら返しに行く』と答えた。


「彼が来れば。彼に使います。私の金ではない」


「そう言うと思った」


 ドルドレンが微笑むと、バイラも笑顔で頷く。それから何かに気がついた馬の様子で、バイラは壁に目を向けた。騎士や馬車は壁に背を向けているので、気がつかなかったが、バイラは『ユータフ』と名を呼んだ。


 皆がそちらを見ると、簡素な袋を持った若者が歩いてきて、背の高い面々を見上げた。ザッカリアはすぐに寝台馬車へ戻り、ユータフの視線と挨拶を避けた。


「遅くなってごめん。家でちょっとね」


 言い難そうな顔から、伯父家族の誰かと揉めたのだろうと理解した大人たちは、何も聞かずに『出発だ』とだけ言った。バイラは、自分と荷物の間にユータフを乗せ、自分の腰に掴まっているように指示した。


「ユータフ。俺は彼らに必要があれば話しかけ、会話もする。だが、お前は控えろ」


「分かってるよ。あのさ、食費なんだけど」


 先に渡してしまえといった勢いで、袋から引っ張り出した布の包みを、バイラに差し出すユータフ。バイラはそれをひょいと摘み上げ『これで足りる分を買う』と断りを入れた。


「この中身の額を知らない。後で確認して、俺と動く間に、お前が食べる回数に振り分けるぞ」


「足りなかったら?」


「今、話を聞いていたか?『()()()足りる分を振り分けて買う』と俺は言ったんだ。一日分程度の食費なら、それを3日に分けるだけだ。それをお前の食事とする」


 バイラの言葉を、準備を済ませ、馬車を出そうとするドルドレンは聞いている。すごいな、と一々思う。


 言葉もなく黙ったユータフを見向きもせず、バイラは馬車の脇についた。『総長。宜しくお願いします』そう声をかけ、馬は歩き始める。

 ドルドレンも『こちらこそ宜しく』と答えて、馬車を動かした。


 朝陽を横から受ける、旅の一行。街道に乗って涼しい時間を進む。精悍な護衛の男に案内される馬車。


 ドルドレンは思う。若者にも容赦しないんだなと、さっきの言葉に感心する。ドルドレンもそういうところはあるけれど、そこまで突き放せない。だからドルドレンの評価は『優しい』が付いて回る。


 ところが、バイラは全然違う。

 優しさが余計なことをしないのだ。彼も優しいと思うが、優しさ不要な場面では、一切において、優しさの欠片は微塵も見当たらない。


 あの言い方。ユータフが例えば、本当に3日分に足りない金額を渡して、足りない分は少し出してもらおうと、思っていたとしても。

 バイラは、無視。完璧な無視だ。『それしか持っていないんだろ?』と言った具合に。


 金に対して、バイラは何も妥協しない。思うに、自分の仕事に妥協しないのだ。誰が相手でも。

 世間知らずの、ちょっと甘い若者にも。自分に頼んだ以上、それはバイラの仕事の範囲でしかない。


 そこまでしっかりと・・・線引きして付き合えるか、と訊かれたら、ドルドレンは自分には難しそうだった。

 多分、タンクラッドも出来ない。彼は優しいから。うちの部下も出来るわけないな、と(※上司が俺だから)思う。


 ミレイオはどうだろう。ミレイオも何のかんの言って優しい。面倒だとか口悪く言いながらも、助けそうな気がする。そして思う―― イーアンは。ふと、思い出す。愛妻の厳しい一面。


 イーアンは、出来る。


 彼女の優しさは、その行動に広く及ぶが、本気で相手を思った時、突き放す態度を取れるのだ。

 イーアンはバイラと似ているかもしれない。彼女も・・・バイラのように、恵まれない環境で生き抜いてきたから、その厳しさが育てる時間の大切さを身に沁みて知っている。


 相手にそれが必要と判断したら、イーアンは突き放す。冷たいと言われようが、(なじ)られようが、徹底して行動を貫く。


「幸いなことに。俺は食らったことがない」


 ボソッと御者台で呟く独り言。イーアンの目が、表情が、冷たくなる時を何度も見た。あれは有難いことに、自分には向けられたことがない。

『そんなことあったら、凹むどころで済まないのだ。泣くかも』愛妻の厳しい一面である。



 横を進む黒い馬。バイラは目が合うと笑顔を向ける。

 守られなかった現実の中を生きた人たちは、優しさの範囲も領域も、普通の温もりとは違う場所にある。


 笑顔は、作っていない。自然体で、その意味を重要に捉えるから、誰にでも微笑む。


 でも厳しいところは、一切、妥協もしない。泣こうが縋ろうが、困惑しようが、相手を甘やかさない。それもまた、その時間に得ることの出来る、大きな糧を知っているからだろう。



 ちらっと見た、ユータフの姿。望んでいただろう、移動に喜ぶこともせず、不安と不満を抱え込んだような顔で俯いている。


 ドルドレンは、彼がバイラと一緒にいる時間で、彼もまた・・・成長する新しい感覚に恵まれることを祈った。それは、必ずユータフの人生にとって、良いものだと思うからだった。

お読み頂き有難うございます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ