901. 夜の時間は思い出と共に
夜。コルステインの来た馬車で、親方は今日の話をした。
しっかりと囲まれたベッドの空間(※屋外寝室)にいるので、親方もちょっと特別な気分。でもこの囲いも、バイラには必要なさそうに思う。
バイラの話をしていると、コルステインは何度か質問してから、理解をした様子。
『だからな。彼はもしかすると、テイワグナにいる間は一緒かもしれないんだ』
『バイラ。人間?』
人間だよ、と教えると『ふーん』と返すコルステイン。道案内の意味がピンと来ないので、どうして旅の仲間じゃないのに、必要なのかなと思う。人間だから、強いわけでもない。
でも、聞いても聞いても分からないので、コルステインはそういうもの、と判断した(※分からないことは放置)。
『お前を見て、驚かないかもしれない。そういう人間は大事だ』
『コルステイン。人間。見る。する。怖い。言う。コルステイン。嫌』
ちょっと思い出す、攻撃されたり恐れられた事。コルステインの青い目が寂しそうに下を向いたので、親方は可哀想で、頭を抱えて撫でて慰める。
『怖いわけないだろう。お前はとても綺麗だ。とても強くて。優しくて。カワイイ顔もしてるし。何が怖いんだ。俺はお前が好きだから、悲しい顔はしないで良い』
ナデナデを繰り返すタンクラッドに、コルステインはニコッと笑う。優しいタンクラッドが大好きなコルステインは、タンクラッドを抱き締めて頬ずりでお礼をする。
『タンクラッド。好き。コルステイン。お前。守る。する』
嬉しいといつも言う言葉。親方は、素直なコルステインに微笑んで『もう寝ようか』と促した。
『ちょっと煩いけれどな・・・祭りだから』
夜だけど、まだ騒がしい表にタンクラッドは苦笑い。コルステインは言葉は聞こえていないので、煩い意味が分からない。それを訊ねて、気がついたタンクラッドに説明してもらった。
『そうか。そうだった。何も聞こえないわけじゃないだろうが。人の声なんかは、お前には気にならないんだな。祭りと言ってな・・・・・ 』
ふむふむ聞いて、コルステインはカクッと首を傾げた。『祭り。火。ある。昔。魔物。倒す。した』そこを繰り返すと、親方は頷いて『そうらしいぞ』と言う。
『コルステイン。ゴールスメィ。倒す。した。魔物。沢山。降る。火。焼く。そう?』
『え?お前たちか?コルステインと・・・家族?』
うん、と頷くコルステイン。ゴールスメィは獣の四肢を持つ、コルステインの家族。昔、この町で倒したよ、と教えている。親方びっくり。まさか、祭りの起源がここにいるとは(※時代を超える相手)。
それにしても、コルステインの家族も出てきたのはどうしてか?と訊ねると、青い大きな目を向けて、コルステインは思い出しながら解説する。そんなに大事だったのかと思いきや。
『ギデオン。一人。違う。人間。一緒。いる。した。龍。ヘルレンドフ。ない。違う。馬車。する』
『え・・・もしかして。ギデオンが女と二人だったから。ズィーリーたちがいなくて』
『そう。ギデオン。コルステイン。一緒。する。コルステイン。魔物。倒す。でも。魔物。沢山。降る。した。ゴールスメィ。来る。火。倒す。した』
ちなみに。この話から推測する魔物が尋常に思えないので、どれくらいの数だったのかと訊ねると、『沢山。全部。黒い。する』そう言って、コルステインは鍵爪の手を上げて、空全体を示し、くるっと回した。ぞわっとする、空を多い尽くす量の魔物の群れとは。
『お前一人で間に合わない数だったのか。それで』
『多い。沢山。ゴールスメィ。呼ぶ。した』
コルステインが間に合わないと思ったんじゃ、ロクデナシ勇者は女と馬車ん中で縮こまって・・・それを思うと、歯軋りしたくなるタンクラッド。コルステインに何させてるんだ!と苛立つ。
怒ったタンクラッドに、目を丸くしたコルステイン。どうしたのと訊ねて、タンクラッドが急いで顔を戻すのを見る。
『タンクラッド。怒る。する。何?』
『いや。お前にばかり面倒かけて。ギデオンが本当に頭にくると思った。ギデオンに怒っている』
コルステインは、当時、ギデオンが好きだったから気にしない。そう伝えると、親方はちょっとだけ寂しく傷つき、ちょっとだけホッとする。複雑な心境で『そうか』と答えた。
でも、タンクラッドの思い遣りには、ちゃんと気がついているコルステイン。ニコッと笑って、タンクラッドの顔の側に顔を寄せると、彼の頬にちゅーっとした。親方、照れる。
『タンクラッド。優しい。好き。嬉しい。コルステイン。お前。好き』
ぽやぽやする剣職人・47才。嬉し恥ずかし、少々顔を赤らめて、うん、とか、そうか、とか言いながら『じゃ。寝るか』と締めくくる(?)。そして今夜も二人は、しっかり抱き合って眠りについた。
*****
ミレイオはこの町では宿に泊まるので、部屋で一人考え事。
昨日と今日の午前中まで。頭の中を占めていたのは、親のことだった。
入り組んだ気持ちが、こんがらがった漁の網みたい。手に負えない・・・わけじゃないけれど、見たらうんざりして解く気にならない。そんな気持ちだった。
自分の存在。利用。必要。憧れ。使い道。何なんだろう。結局、自分はどこの誰なんだよ、と思う。
タムズと一緒に過ごした時間。
タムズは少しだけ訊いてきた。『それか。理由は』そう言った後に。
――『君は。宝石。世界。知恵。愛。本当の、光。それがミレイオだ。君は君。ミレイオ、たった一つの魂』――
彼の言葉に、自分が居ない気がした。いるような。いないような。
でも男龍が、嘘をついて慰めているなんて、そんなことを思っているわけでもない。彼らは悠久の真実を知る存在で、その存在が言ってくれた言葉だから、それが本当だとも分かっている。
「だけどね。苦しい」
頭の中から振り払えない、親の動き。親は言った。
『俺は彼に託された。彼が手に入れたものを。だが、俺が直に使うことは出来ないものだった・・・だから。とにかく。俺はそれから、この時までを待ったんだ』
この時を待っていた・・・・・? それを聞いた時に、ムカッとした。
『俺の目の色を分けたんだ。お前の目は、もう俺がいない』
『お前の髪色もそうだ。俺のこの髪の色を分けた』
『俺を嫌うな。お前は、俺の道具じゃない。俺の一部だ。俺の、想いだ』
ミレイオは溜め息をつく。
『めんどくさい』アホらしい。馬鹿馬鹿しい。続く言葉は呆れた言葉ばかり。呆れているのに、明きれられない。手放すことも、拭い去ることも、不可能に感じるこの『私の体』どうにもならない、自分の存在。
タムズは、ミレイオが泣く側にいた。
それから彼は『違う場所へ行ったかね』と静かに訊ねた。どうして分かるんだろう、と思ったのも束の間。
タムズが自分に、ヨーマイテスの存在を教えてくれたのだから、いろいろと知っているのも当然かと思い直し、頷いた。
「ヨーマイテス。彼は君と一緒に向かった場所で。何かを手にしたのか」
お見通しのように言われて、ミレイオはもう一度頷いた。それから目を伏せて、大きく溜め息をついた。
「聞いても良いかね。何を手にしたのか」
「置物。こんな・・・小さな置物よ。そこには文字板と置物しかなくて。彼は置物を選んだの」
何か意味あるんでしょうねと、指先で小さな置物の大きさを示したミレイオは、自分を見つめる金色の瞳に問いかけた。タムズは笑顔を消して、静かに頷くと、ミレイオの頭を引き寄せて自分の胸に付けた。
「そうだね。何か。あるのだよ。だが君は知らなくて良い。君が辛くなるのは見たくない」
タムズは言葉を選んで囁いた。ミレイオには何のことだか分からなかったが、彼の温かな肌の温度に安心して目を閉じた。
――知らなくても良い。自分もそう思った、その時。タムズはミレイオが知ったら、辛くなると言ったのだ。だから訊かなかった。
その後は、タムズに慰められて少し回復し、皆の行った町へ向かうと伝えて、岩棚の上でお別れした。
タムズが白い光に変わって、空に飛んで消えたのを見送り、ミレイオも戻ったのだ。
「うーん・・・で。バイラね」
今日。頭の中が親との問題で、しっちゃかめっちゃかになっていた状態で。ユータフのことや、買出しのことに、必死に集中して気を紛らわせていた時間で。
突然に現れた彼に驚いた。『見た目。全然違うんだけどね』呟くミレイオは、横になったベッドで天井を見上げる。
「何だろ。あの人。ザンディみたい」
昔。ハイザンジェルに入って、タンクラッドの馬車から下ろされ、イオライセオダにいた時。ザンディに逢った。彼は自分を見るなり、近づいてきて『何て綺麗な目なんだ』と言った。それを思い出して、少し笑うミレイオ。
「気持ち悪っ、て思ったのよね。ハハハハ」
何コイツ、って。あん時、思ったなぁと小さな笑顔が浮かぶ。それから、ザンディはすぐにミレイオを店の中から引っ張り出して、外へ出てから『人間じゃないだろ。こんな魅力は人間じゃない』と。
一瞬。バレたのかと思ってビックリした後、コイツ、口説いてるのか?と笑った。
ミレイオは男女の別を問わなかったから、男に口説かれても動じなかったが、まさか放浪先で突然、男を口説く男に会うとは思わず、結構・・・信じるまでに時間が掛かった。
「でーも。一緒に暮らしちゃったんだよねぇ」
アッハッハと笑って、ザンディの思い出に浸る。暫く浸ってから、ふーっと息を吐き出して、今日の出来事をもう一度思い出した。
あの人。ドルドレンくらい(の、年齢)なのかなと思う。年は、そう行ってない気がする。自分よりも、下手すると20歳近く若い。
「だから別に。『好き』とは、ならないけどね」
さすがに20年離れてたら、ないわよと鼻で笑う。が。『んー。何歳なんだ(※気になる)』どうなんだろ、と思う。
彼は私を見抜いた。タンクラッドを剣職人と当てたのも信じられなかったが、私を見てすぐ、人間じゃないと言い放ったのは。
『ありゃ、確信だよね。肝っ玉据わってるって感じもするけど。あんなこと、初対面の相手に言えないって』見抜き方に自信があるんだなとも思う。
「それと。畏怖とか畏敬の念なのよね。あれが伝わるから、注意するとかそんな気持ちも生まれなかったもの」
畏怖・畏敬の念が丸出しの相手。なかなか会わない。バイラは、正反対にも感じられる性質を持っている気がした。
ざっくばらんな現実的な感覚。敬虔な崇拝する一途な魂。両立するもんなのか。
「もうちょっと。彼を見てみたい。ユータフへの態度も面白かったけれど。彼と話してみたい」
どんな人なんだろうと思う、ミレイオ。今は亡きザンディの残像が、頭に蘇る。細かいところまで覚えている記憶力の良さに、何度苦しんだか。何日耐えられなくて荒れたか。
今。その熱さの籠もる塊が、心の中に燻った炭の如く、燃え始める。ある日。急に消えてしまったザンディの、伝え忘れた何かを。もしかしたら彼が代弁しに現れたのか。
「いやー・・・私らしくないね」
ヘンなの、とちょっと笑って、枕を抱え込む。でもその目には寂しそうな光と、若干の未来を見ている光が浮かんでいた。ミレイオの夜は静かに過ぎた。
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