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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
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89. 知り合い

 

「ここには椅子はないのか」


 年配1(もう1と2扱い)が文句のように言う。年配2も『大した扱いではないのかもな』と鼻で笑った。イーアンは何も言わなかった。数日前にここを借りた・・・と話したところで、聞いてもらえる気がしなかった。



「イーアン。我々が誰かも分からず、警戒しているのだろう。名乗りもせずに入り込んですまなかった」


 まずはお詫びする40代(勝手にこのくらいと決めた)の男性。彼は、年配2人の間をすり抜け、イーアンの前に立ち、腰を折って頭を下げた。


「私はセダンカ・ホーズ。国防局の者だ。そちらの御二方は、騎士修道会本部のヘディン・ケンローとモール・チェハテン。彼らは騎士修道会の法務の人間だ」


 年配者はとりあえず黙っていた。腰を折って礼をしてくれたセダンカ・ホーズに、イーアンは頭を下げて自己紹介した。


「私はイーアンです。名として姓として、この名前だけです。森で迷っていたところをドルドレン・ダヴァート総長に助けて頂き、北西の支部で保護して頂いています」



 セダンカ・ホーズはイーアンの言葉に、少し思い当たることが合った様子だった。だが表情が変わることはなく、そのまま話を続けた。


「君がどこから来たのかを尋ねたのは、君の()()()()()、その外見からも、突然入り込んだ印象があるからだ。敵か味方か、その確認でもある」


 イーアンはその理由は最もだと思って、困った。入り込んだわけではないが、結果そう見られるのは理解できる。イーアンが溜息をついて、なんと答えようかと考えていると、年配2が『言えないのか』と詰める。年配1が『この女は何かを隠している』と大袈裟な身振りで拍車をかけた。



 その時、開かれたままの扉の向こうから、ノックが聞こえた。


「イーアン。すまないが扉が開いているようだ」


 入り口の扉枠に、もたれかけたクローハルが、片眉を吊り上げて笑顔で見ている。



「どうした。そんなに困った顔して。俺が相談に乗ろう」


 誰もいないかのように振舞うクローハル。来客が真顔で呆気に取られる中、クローハルは普通に歩み寄って『何か困ったことでもあるのかい?』と固まるイーアンの瞳を覗き込む。


「そうですね・・・・・ 私の背景が見えないという話で」


 固まりながらも、一応ちゃんと答えるイーアン。クローハルのすごい神経の太さに驚く。彼は『おや』と芝居がかった顔をした。


「どうしてそんなことを気にするんだ。イーアンは俺たちの守り神だろ?それじゃ駄目かな?」



「おい、お前」 「確かお前はシンリグ・クローハルだな。何だ、挨拶もせず」


 年配者が我に返って、クローハルを責め始める。わぁわぁ言うが、クローハルは胡桃色の瞳を冷たく細め、年配者を一瞥してから『老人は礼儀知らずで嫌だね。イーアン』とイーアンに笑いかける。


 ――私を助けてくれているはずが、なぜか事態を悪化させている気がする・・・イーアンは困った。かと言えど、ここで彼に退室されても一人で切り抜けられる気もしない。


 クローハルはイーアンを見つめ、殊更、優しく微笑む。


「大丈夫だよ。そんなに悲しい顔をしないでくれ。こんなの魔物に比べたらどうってことない」



 クローハルが、イーアンに合わせて屈めていた背を伸ばして、来客に面と向かう。


「いきなり上がりこんできて、抜き打ちとはね。彼女を追い詰めて何をしようとしたんだ。仮にも騎士修道会の人間が礼儀知らずに程があるだろう。自覚はないのか」


 なんだと、と激昂した年配者。セダンカ・ホーズが読み取れない無表情でクローハルを見ている。イーアンは、自分の前に立つクローハルの背中が、意外と大きくて、年配者が見えなくなる事にちょっと安心する。


「どうかしましたか」


 ダビが開け放した入り口から顔を出した。中を見て『ああ』と落ち着いた納得の仕方をする。後ろからギアッチが来て『おや』と普通に挨拶をする。

 彼らはクローハルとイーアン、来客3人を交互に見て、自分たちの顔を見合わせて肩をすくめる。


 ダビがイーアンに近づいて『元気になって良かったですね。時間があったらこれ、目を通して下さい』と紙の束を渡した。イーアンが一枚目の紙の図面を見て、ビックリした顔をするとダビは笑った。


「私も考えてみたんです。こういうの見たら、あなたはもっと元気になるでしょ?」


 ははは、と笑うダビ。嬉しそうに紙の束を胸に抱き締めるイーアン。ギアッチがダビをちょっと脇に押して、『私も用があるんですよね』と片手に持っていた本を出した。


「昨日はどうなるやらと思ったけど、しっかり回復しましたね。快気祝いで差し上げましょう」


 ギアッチが出した本は、彼が教師だった頃の教科書だった。『分からないところがあったら教えます』とギアッチが言う。ありがとう、とイーアンが受け取って微笑んだ。



 クローハルも来客も無視したこの一連の流れに、年配者が再び我に返り(よく我を忘れて止まる)喚き始めた。お前らは一体、とか、勝手に入って挨拶もしないで、とか、無礼にも程が、とか。


 ギアッチは一言『ふうん』と言って鼻の脇を掻く。ダビも『ああ、そうです?』と無作法に答える。クローハルが面倒くさそうに『早く帰れよ』と年配に言う。



「イーアン。何事だ」


 イーアンが待ちに待った、一番来てほしかった人。ドルドレンが入ってきた。そろそろ昼だしと来てみれば、作業部屋の扉は開け放しで、中から何人もの声が聞こえるので、ドルドレンは急いで中に入った。


 そこにいる面々を見て、関連性に一瞬首を傾げたが、とりあえずクローハルがイーアンに触っていないことだけ確認し、本部の年配2人を睨む。そして背後の男――セダンカ――にも、灰色の瞳に苛立ちを含ませる。



「到着してから踏む手順が違うと、気が付きもしなかったのか。突然イーアンに詰め寄るとは、無礼も甚だしい。イーアン、何を言われた」


「彼女の背景だとさ」


 クローハルが呆れたように代わりに答える。『彼女がどこの誰かって。敵とか怪しいとか見た目がどうとかな』と壁の向こうで聞いていたことを教えた。


「イーアンを侮辱するものは許さん」


「こんなに綺麗なのにね」


 クローハルがイーアンの目に視線を合わせて、『ねっ』と微笑む。それを一瞥したドルドレンはとりあえずクローハルを無視して、来客3人に顎で出て行くように示した。


「ここから出ろ。ここはイーアンの仕事場だ。話なら会議室でするものだろう」


 そしてセダンカをちらっと見て『セダンカ。あなたまでこうした不躾な真似をするとは』と不快さを丸出しに言う。セダンカは頭を振り『失礼した』と謝り、年配者の背を押しながら会議室へと促がした。



 廊下を出て会議室へ向かう来客を見ながら、クローハルがドルドレンに訊ねる。


「あの男は知り合いだったのか?」 「国防局防衛大臣補佐官だ。この前の王都会議で話した」


 防衛大臣補佐官、と聞いて『へぇ、あんなに若いのに』とギアッチが呟いた。クローハルは興味なさそうに『(じじい)は分かるが、そいつは何の用でイーアンに』と顔をしかめた。


「おい、イーアンを匿え。(じじい)のほうはイーアンを騎士修道会から追い出す気だろ。そんなの阻止するが、もう一人が嫌な感じだ」



「クローハル。嫌な感じとは」 「分からないのか。イーアンの戦闘法だろ、あいつの目的は」



 遠征報告書類には、戦闘方法が記載される。多くの場合、指揮権は部隊長として名前を書かれるが、部下が指揮をとった場合はその者の名前が載る。イオライ、ツィーレイン奥の谷は、報告書にイーアンの名前が書かれていた。北の支部も同じように書いたのだろう。


 王都まで、北の支部からは早馬で半日。遠征が長引いた上に死者が出たから、北の支部は報告を早馬で届けたのだ。だからこんなに早く、『謎の女性』を確認するために本部から来た。


 セダンカが来た理由。


 それを押さえないと、イーアンを動かそうとするかもしれない。ドルドレンはいくつか思い当たることを頭に浮かべ、振り向いた。



「イーアン。俺と離れるな。会議室へ行こう」




お読み頂き有難うございます。

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