898. 旅の二十四日目 ~ウウィド・ケペリの警護団員
翌朝。宿で早く起きたザッカリアは不安の中にいた。
隣のベッドにはフォラヴが眠っている。まだ朝陽も差していない時間。ユータフが同行する方向に話が動いたのが、どうしても嫌だった。
――昨晩。夕食後、宿に着くまでの間は、ずっとタンクラッドが守ってくれていた。宿に入ってすぐ、フォラヴが一緒にお風呂に入ってくれて、風呂上りはそのまま部屋へ連れて行ってもらった。この間、ユータフの視線は感じていたが、彼と接触はなかった。
『私たちは話し合います。どのような形でも、あなたが恐れることはありません』
フォラヴはちゃんとそう言うと、部屋の鍵を渡して『出来れば部屋から出ないで』と注意してから、1階に下りた。ザッカリアは言われなくても、部屋から出る気はなかったし、鍵もすぐに掛けた。
ギアッチと連絡珠で話すと、ギアッチはいつものように話を聞いてくれて『ザッカリア』とゆっくり答えた。
『その人はね。きっと、あなたを見て、羨ましいのかも知れない。それは一時的だと思う。ザッカリアが嫌だったら、彼から離れて良いんだからね。ザッカリアが我慢することじゃありませんね』
ギアッチの言葉に安心し『私がそう言ったと、皆に言っておきなさい』と伝言もされた後、お休みの挨拶をして連絡を切った。
2時間近くしてからフォラヴが戻り、ザッカリアが話の結果を訊ねると『同行の可能性はあり』だった。
フォラヴもまた、いつもと変わらない微笑で『無理して付き合うことはありません』と言ってくれた。それでも不安が消えないザッカリアに、今日は早目に休みましょうと促し、二人は早く就寝した――
朝になって、今日もユータフが来るんだろうな、と思うと気持ちが沈んだ。
イーアンは午前中は空に行くから、自分は誰かと一緒にいないと・・・そんなことを思いながら、枕を抱えてゴロゴロと寝返りを繰り返す、落ち着かないザッカリアの朝。
ドルドレンも早く起きた。イーアンが眠っているので、そっと着替えてから、宿の主人に挨拶に行った。
宿の主人は表の鉢植えの水遣りを済ませ、風呂の清掃をしに風呂場へ向かうところだった。彼を捉まえ、少し話をしたいと言うと、彼は了解し、風呂の湯だけ抜いて戻ってきた。
「昨日。ユータフと話していましたね」
「そうだ。彼の話を直に聞こうと思った。彼は、俺たちの食事の席にまで付いて来ていたから、連れて来た」
仕方なさそうに笑う主人に、ドルドレンも少し苦笑い。主人は自分の子供ではないにしても『すみませんね。20そこそこ、大人になったばかりで』と謝った。
「どうなんですか?お金の問題もあると思うんですけれど」
「それもあるな。だが、それ以前に幾つも問題はある。俺たちの旅は・・・今日、警護団駐在所に報告するが、魔物退治だ」
魔物退治と聞いて、主人の目がぱっと開く。それから背の高い男の腰を見て、剣帯を外しているので、また男の顔に視線を戻した。『それで。あなたたちは剣を』言いかけて『だから?だから龍の女が』そこまで言うと、自分を見下ろす灰色の瞳を見た。
「それじゃ。危険でしょう。魔物なんか、ユータフは見たこともありませんよ。私もないけど」
「そうだ。その話もした。彼が行きたい目的地は、どうやら俺たちが通る場所でもある。だから一緒に動くことは出来なくもないが、これまで戦ったこともない若者を守れるほど、俺たちに余裕があるわけでもない。守る約束は出来ない」
「そ、その。あの子も?ユータフが気に入ったみたいに見えたけれど、あの若い男の子も戦うんですか?」
「勿論だ。俺たちはハイザンジェル騎士修道会の騎士。彼もまた騎士だ。遠征も魔物退治もこなして、一緒に旅をしている。龍の女、とあなたが呼んだ彼女もまた、龍の力を使わずに、知恵と剣一本で魔物を倒してきた強者だ。
俺と同じくらいの背の男と、派手な男は職人だが、彼らは武器と防具を作り、下手すると騎士よりも強い。それぞれが、一人で迷子になっても俺たちは生き残れるのだ。だが、ユータフは」
宿の主人はとても驚いて、ちょっと待ってとお願いしてから厨房へ行き、水を持って戻った。ドルドレンにも水を渡し、驚きを静めるように、自分の水を急いで飲む。
「あなた方のような旅の人と一緒なら。ユータフは安全だと思ったのですが。かえって危険かもしれないんですね」
ドルドレンは何も言わなかった。ユータフもまた、同じようなことを言ったからだった。
「ハイザンジェルから来た旅人・・・警護団はそう話していたんですよ。騎士とは聞かなかったけれど。ハイザンジェルは魔物で追い込まれた国だから、そこから来た人たちで、見るからに頼もしそうだったし」
「そう見えると思う。また、俺たちの仲間には人間以外の存在も加わる。偉大な存在で、その姿を例え知らないにしても、迂闊に軽口を叩いてはいけない、崇高な存在だ。
ユータフ。彼は、その存在をもし間近に見た時、悪気の有る無し関係なく、失礼なことを言うかも知れない。それも危険なことだ」
驚きが連続する主人の顔に、ドルドレンは淡々と続けて『彼を馬車に乗せない』ことも伝える。
仕事で動いている馬車に、他人は乗せられないこと。だからユータフが付いてくるなら、馬とテントは必要であること。
魔物を相手に戦う時、隠れる場所がなくても、馬車には乗せられないことも。彼は自分で自分の身を守ることを、考えてもらわないといけない。
「守ってやる約束は出来ない。仕事の旅である以上。俺たちの目的は命がけなのだ」
「そうですよね・・・ユータフは何て答えたんですか?全部聞いてから」
「一晩ゆっくり考えるそうだ。馬車に乗れると思っていたらしいから。それもないとなれば」
主人は力なく頷いて『それがいいと思う』と呟いた。この話を知らなかったから、ユータフのことを願ったのだ。これでは、例え、彼らについていくにしても、ユータフ一人で動くのと何ら変わらない。
丸きり見放されはしないだろうが、彼ら旅人の目的が『魔物退治』となれば。魔物から逃げるわけがない。それが一番、主人には怖く感じた。
確実に戦うことを選ぶ人たちの集団に、ユータフが同行出来るとは思えなかった。
ドルドレンは、どう運ぶにしても結果をまた教えると、主人に言い、朝の貴重な時間を貰った礼を伝えると寝室へ戻った。
それから、1時間半後。宿の主人に朝食の呼び出しを受けた一行は、他の宿泊客と一緒に、ホールで朝食を摂り、今日の町状況を宿の主人に質問した。
祭りは連日らしく、今日も祭りの状態だと言う。昨日が開幕的な日で、今日からは祭り開催期間。午後は祝い行列もあるし、屋台も出るし、夜はやはり昨日と同じ様子らしかった。
「人が多いですから。貴重品は持っていて下さい。馬車はうちで管理しますけれど、金品はね。ご持参下さい」
ドルドレンたちは教えてくれた主人にお礼を言い、今日の予定を改めて組む。
「買い物は馬車を動かさないで、買いに出かけよう。イーアンが戻ってからだと、午後になってしまう。午後はまた混むだろうから、午前中にミレイオとタンクラッドで買出しに出てくれ。俺たちは駐在所へ行く。
近隣魔物被害状況と、この町から本部までの距離の確認くらいだから、遅くても11時前には戻るだろう」
こうしたことで午前は、タンクラッドとミレイオで買出し。時間が早いので、馬車で作業してから出る。
イーアンは龍を町の外で呼ばないといけないので、『出来るだけ離れた場所で呼ぶ』と早目に出て行った。
ドルドレンと部下たちは、支度が済み次第、駐在所へ。『朝ならいるかもしれない』この時間なら間に合うかもと、早速出かけた。
馬車で作業をして時間を過ごす、職人二人。タンクラッドはミレイオに『ユータフ。来ると思うか』と訊ねる。
「どうだろね。でも、シャンガマックが『占いに出た』って言ったし、あのガキんちょのノリだと来そうよね」
「俺もそう思う。あいつの人生の旅立ちは、俺たちを介しているかも知れん」
「そんな大袈裟じゃないって。数日だし、親でしょ?目的って。人生旅立ちなら、親探しに出かけないわよ。親に戻ってどうすんのさ。普通は自立でしょ、自立」
何言ってるのよ、と呆れるミレイオに、笑うタンクラッド。
「でも。そういう大きさの絡みに感じる。あいつの人生は、ほんの少しだけ・・・俺たちと僅かに交差する。それがあいつのこれからに、きっと影響するだろう。そのために」
「あんたも、あんくらいの年で出かけたんだっけ?」
「いや。俺は・・・鍛冶屋で数年、経験積んでからだから・・・もう少し後だな。もう忘れちまったよ」
フフンと笑うタンクラッドに、ミレイオもちょっと笑う。二人はそこから喋らず、笑みを湛えた顔のまま、静かに自分たちの作業を始めた。
ドルドレンたちは、宿屋に教えてもらった駐在所へ歩く。顔で二度見される4人なので、出来るだけ誰とも目を合わせないよう、足早に進んだ。ザッカリアはドルドレンの小脇。総長の後ろに、シャンガマックとフォラヴ。
度々、祭り翌朝の高揚感の抜けない女性が、彼らに声をかけて挨拶をすることもあったが、無視して足を速め逃れたので無事を守れた。
意外と距離のある駐在所に着く頃には、軽く30分近く経っていて『すぐそことは言わない』と、騎士たちはぼやく(※宿のおじさん曰く『すぐそこ』)。駐在所はお店の並びにあり、一つだけ素っ気無い建物がそうだった。
中へ入る前に、扉が開いていて、警護団員と思しき3人の男性が入り口に立っていた。彼らは20代と30代くらいの比較的若い印象。
ドルドレンは挨拶をしてから、彼らに出かけるところかと訊ねた。彼らは頷いて、一人は残ることを教えてから、見慣れない容姿(※イケメン集団)の男たちに用事を伺う。
ドルドレンは自己紹介をし、部下たちと共に昨日、町に入ったことを伝えた。それから、この近辺の魔物の状況と本部までの距離を確認したい旨を話す。
「そうでしたか。あなたたちがハイザンジェル騎士修道会の。東から入ったと聞いていますが、もう各地で、魔物退治の報告が上がっているから・・・お目にかかれて光栄です」
気の良さそうな30代の男性は『ジェディ・バイラ』と名乗り、握手の手を差し出して握手を交わすと、騎士たちを中へ通した。
黒髪を結ぶバイラは、背も185~186ほどあり、肩幅も筋肉もしっかりしていて、片目ではないが真面目なブラスケッド(※彼も仕事は真面目だけど)みたいな印象。
「これから見回りです。祭りの夜でしたから、騒動も小さいものがあって。町を見回りに出て、午後は警護です。でも、私が話を聞いた方が良さそうですね」
バイラは、部下の若い団員に自分の代わりに見回りを頼み、騎士たちの用事に付き合う。ドルドレンは、バイラは『普通に仕事をする男』と認め、微笑んだ(※これが普通だろ、の気持ち)。
それは裏切られることなく、ドルドレンはバイラを相手にきちんと会話が成立し、きちんと知りたいことを細かく丁寧に教えてもらえた。満足な総長。
バイラは協力的で、地図も報告資料も、見せられるものは全て見せてくれた。
ドルドレンはつい、『バイラのような警護団ばかりだと良いのだが』とちょっと笑う。それを聞いたバイラは『何があったのか』と質問した。
ドルドレンは、気を悪くしないでほしいと前置きしてから、度々出会う警護団員の態度を話し、自分たちがどう感じたかをやんわりと教えた。バイラは眉を寄せて『そんなことが』と首を振った。
彼はそれについて、代表して謝り、滞在中は自分に何でも相談してくれるように頼んだ。『私が出来ることはします』出来れば、地区内の魔物退治も一緒に行きたいとバイラは言う。
「魔物退治。私はまだなんです。この辺も、出ているようですが。まだ見たことがないのです。
今、あなた方がいる間に・・・こんなことは国民の前では言えないですが、魔物が出るなら。私が突然、魔物に立ち向かうよりも、あなた方の戦い方を学ぶことも出来る機会でしょう」
騎士たちは、ちょっと目を見合わせた。それからバイラを見て『本当にそう思うのか』と確認。戦おうと、積極的に話す警護団員を初めて見たので、意外に感じた。
バイラは正直そうな茶色い目を向け『嘘は言いません』と、騎士に短く答える。
「私一人であれば、この地区の団員の自由行動も許されると思います。私は役職に就いていますが『実戦学習の機会』と願いを届ければ、地区内だけでも動けるはずです。
こんな機会は滅多にありません。あなた方に迷惑を掛ける恐れもあるけれど、もし魔物が出た際に、私も側にいる許可を頂けたら、退治の経験が積めます。それは警護団にも大きな経験に繋がるでしょう。
誰かが変化を始めないと。このままではテイワグナ警護団は、腰抜けだらけで、名ばかりの存在になってしまう」
聞けば、バイラは護衛上がり。戦った回数は少なくない。家の都合で学業に恵まれず、しのぎを得るために護衛で動き回った若い頃の経験を、地元に戻って生かそうと、20代後半で警護団に入ったという。
「私の剣は。テイワグナ一の剣工房で作ってもらった、戦う剣です。飾りじゃない。テイワグナは鎧は少なくて、鎧よりも鎖帷子が主流です。でも警護団員のほとんどは、武器も防具も使えない人ばかりですから、そんな環境も変えたいと毎日焦ります」
ドルドレン。これを聞いて、ちらっとシャンガマックを見る。褐色の騎士もその視線を受けて、ちらっとザッカリアを見る。レモン色の瞳は、バイラをじーっと見つめて『この人かも』と呟いた。フォラヴは少し可笑しそうに頬を緩ませた。
この後。バイラはドルドレンたちの要望を聞き、龍の話にとても感動した。そしてすぐに、この『リマヤ地区』全体に騎龍する騎士の話を回すと言った。
「話には聞いていました。報告書を読んでいたので、龍や戦った様子など・・・あの、でもその報告書はあなた方が書いて下さったんですね」
そうだ、と頷く総長と褐色の騎士に、バイラは微笑んでお礼を言う。『報告書まで書いてもらって。そのくらい、私たちがしないといけないのに』でも感謝します、と頭を下げた。
ドルドレンは思う。この人。絶対、この人だよ・・・この人が占いの人じゃないの(※あの若造じゃないと決定)。
バイラの性格は、総長の試験を通過。戦えるのも、好条件。そして意欲があるのが、一番採用に訴えかける部分。
ちなみに、移動するならどうするかと訊ねると、バイラはちょっと笑う。
「馬ですね。私は馬で護衛を続けたから、馬の装備も全部揃っています。馬車も乗れますが」
「では。もし。本当にバイラが地区内だけでも・・・俺たちに付き添うとなれば、夜間などは」
「私が見張りでも構いません。護衛は野営が普通ですから。夜目も利くほうですし、テントなどは一式、いつでも使える状態で手入れしてあります」
「うーむ。しつこく訊いて済まないのだが。では、食事などは」
「それは持参と、動く先で購入します。移動中の生活はご心配及びません。目的は『魔物退治の同行』のみ。俺は・・・失礼、私は、干し肉だけで一ヶ月は過ごせる体です」
ドルドレンも部下たちも、彼の好感度がぐいぐい上がる(※急上昇)。ここまで来たら、極めつけの最終試験を、総長は口にする。
「その。あのだな。あの、もしもだぞ。例えば、協力者に龍だけではなく、その、精霊や別世界の・・・人型の存在などを見たら」
「そんな協力者がいるんですか!それは畏怖の存在です。是非、その偉大な存在に、この人生が一瞬でも触れますように!」
騎士たちは―― バイラがちょっと好きかも知れない、と思った。
バイラは最後の質問に感激していて、自分にそんな機会が訪れるなら、そのために一生を捧げたいとまで熱っぽく笑顔で話した。テイワグナは天地創造の信仰が強い国だと、胸を張って。
お読み頂き有難うございます。




