895. 例えば飛び入り参加の場合
イーアンが宿に入ると、ホールにドルドレンたちがいて『タンクラッドがイーアンを迎えに?』と言われた。親方は、何てことなさそうに返事。
「来ると分かったから。こんなごった返してる町じゃ、彼女は迷うだろ」
ドルドレン、自分が行けば良かったと反省。今度、ビルガメスに会ったら『俺にもイーアン探知機が欲しい(※龍センサーのこと)』と頼んでみることにする。
「疲れただろう。これから食事なのだ。町は祭りのようだから、食事を摂ったら宿に戻ろう」
買い物も何も出来そうにない、とドルドレンが話し、イーアンは表を見て頷いた。『凄い人数です。魔物がいるなんて思えないくらい、賑やかで楽しそう』イーアンの言葉に、皆も同じこと思う。
とにかく食事ということで表へ出て、はぐれないように歩き、斜向かいの食事処に入る。
6名入れるか、と訊くと『2階がありますよ』と、従業員の若者に階段を指差された。ドルドレンは店の若者に6名分の支払いを先に済ませ、料理を持ってくるように頼んだ。
店内の真ん中に添えられた階段を上がり、一行は窓の外を見ながら昼食。すぐに野菜や揚げ物が運ばれて、食卓に並べられる。
「どんどん作っているんだろうね」
ザッカリアは料理の出る早さに驚く。『祭りで客の回転が良いのだ』とドルドレンは教え、ひっきりなしに店に入ってくる客を、窓から眺めた。
「魔物への懸念はあるだろうが。稼ぎ時の日は、こうして通常の賑わいを優先したいものだろう」
「魔物といえば。駐在所を探しますか?この後」
シャンガマックは総長に取り皿を回して、午後の予定を訊ねる。買出しは無理そうだが、駐在に話を聞きに行けるかも知れないと思ってだが、総長は首を少し傾げて『警護団。いなさそうだ』と苦笑い。
「これだけ人が多いと、彼らも出ている可能性がある」
運ばれてきた大皿の料理を取り分けながら、ドルドレンはそう言うと『今日は知らないで来たから、仕方ない。大人しく宿で過ごそう』と提案した。賑やかさは嫌いじゃないが、何かあっても困る。
「俺。俺は、宿が良い。イーアン、寝るまで俺と一緒にいて」
イーアンの向かいに座ったザッカリアが、不安そうにイーアンに頼む。騎士たちと親方は何も言わなかったが、少しだけ笑って頷いた。話を親方に聞いていたイーアンも、ゆっくり頷く。
「何がありましたか。少しお話頂いても良いですか」
うん、と頷くザッカリア。ドルドレンは子供に手をかざして、自分が話すと言い『嫌なことを口にしなくて良い』と囁いた。それからイーアンに、自分が見ていた一部始終を伝える。
なるほど、と思うイーアン。ザッカリアを見ると、恥ずかしそうでもあり、悔しそうでもあり。目が合うとちょっと睫を伏せる様子に、可哀想に思う。
ここは、親と一緒にいたいところか、と理解した(※ギアッチなら最高⇒次は母役・私⇒その次・父親代行ドル)。
カワイイ・・・ザッカリアはカワイイ、のではなく、綺麗な顔。と、イーアンは思う。
本当に端整な顔立ちで、インパクトの強い深い茶色い肌の色と、一際明るく輝くレモン色の大きな瞳、黒と焦げ茶の艶やかなクセっ毛は、とっても美しい。
女の子でも通用すると感じたことはイーアンもあったが、それは彼が今より幼い状態で出会った時。あの時は、男女どっちかしらと思ったのだ。
でも今のザッカリアは背もそこそこ伸びたし、細身にしても騎士だから、このくらいの年齢の女の子の華奢さは感じない。大人の騎士たちから見れば、華奢に見えなくもないだろうが、普通の子供と比べれば、そんなこともない。
彼はテイワグナに入ってから、詰め込むようにこの20日ちょっとで、戦闘の場に関わった。その体験冷めやらずの熱が入った状態で、赤の他人に『カワイイ女の子』扱いされたら。
「それは・・・嫌でしたね。ザッカリアは大人顔負けの勇気を持つし、勇敢そのものの行動を取れる素晴らしい騎士なのに」
イーアンが同情気味にそう言うと、ザッカリアはちょっと悲しげに瞬きして、座った椅子から腰を上げると、親方の前を通り、総長に退いてもらい(※ジェスチャー)イーアンの横に座った。
ザッカリアの無言の行動を見守る大人たちは、何も言わずにそれを受け入れ、親方はドルドレンに、自分の横に座るように促した(※ドルのお皿を自分の横に移動)。ドルドレン、複雑だけど従う。
消沈したザッカリアは、イーアンの肩に頭を乗せて溜め息。イーアンは彼の頭を撫でて『知らない人は、時に、人が傷つくことを気にせずに伝える事があります』と教えた。
イーアンは、食事もしようとしない、ザッカリアの落ち込み具合が気の毒で、彼のお皿の料理を匙に取って食べさせる。
落ち込んだままなので、ザッカリアも口だけ開けて、ぱくっと食べてはもぐもぐ。でも味に不満があり、眉を寄せると呟く。
「野菜。要らない」
「いけません。私の横にいるのなら食べるのです(※テリトリーに入ったら野菜は強制)」
動きたくない甘えん坊の心境なので、渋々ザッカリアは野菜も食べた。ドルドレンは向かいで見ていて、自分も食べさせてもらいたかった(※これは変わらない)。親方も騎士たちも、ザッカリアの凹み方が分かるので、そっとしておく。
皆は経験している。子供時代、若い青年期。顔が良いために、僻まれたり、嫌味を言われたり、女性扱いを受けた過去を越えてきた(※結構ハード)。フォラヴは未だに言われる。だから、ザッカリアの凹みは痛いくらい分かる。
これが分からないのは、イーアンだけ(※悲)。
イーアンは顔で、間逆の扱いを受けたことは何度かあるが、それ以外は特になし。ザッカリアを『人は中身だ』と励ますイーアンに、男らしい、と皆が思った。
そんな昼食の時間を終えて、午後はこのまま宿で過ごすことにした一行は、人混みを抜けて、宿へそそくさ戻る。
ザッカリアをイーアンに任せ、宿で過ごせる暇潰しを、皆はそれぞれ自由時間に当てはめた。
ドルドレンは、荷馬車で剣の手入れを親方にお願いし、それが終わったら親方の小物作りのお手伝い(※雑用)。シャンガマックも、馬車で記録と資料まとめ。フォラヴは宿の部屋で、いつもどおりの読書。
イーアンは『形状記憶合金的・肋骨さん』の使い道を考えようと思っていたので、ザッカリアと一緒に、宿の部屋で過ごすことにした。
「その人。ユータフ。夕方に来るのですか」
「そう言ってたよ。嫌だよ、何か付きまとうみたいで」
「旅も一緒に来たがっている様子だったとか」
イーアンが訊くと、ザッカリアは首を横に振って『関係ない人なのに』と嫌がる。それは嫌だろうなと思うものの。イーアンは彼、ユータフが付いてくるのは、導きかもと感じていた。
――今日。お空で丁度、その話をしていたのだ。ユータフ、としたわけではなく、旅の最中に関わる、飛び入りの存在について。
今日は、ルガルバンダが子供部屋に来ていて、イーアンが子供部屋に入ると、彼は既にいた。お世話役の龍の子の女性は、カーラ・リベラで、ルガルバンダが合図すると、彼女はイーアンに微笑んで挨拶してから部屋を出た。
「おはよう。彼女は俺の子供だ」
「カーラ。そうでしたか。少しルガルバンダに似ていると思ったけれど」
どうしてここに、ルガルバンダ?と思ったら、それはすぐに説明され『子供を迎えに来た』そうだった。イーアンとも話したかったと言うことで、子供たちを連れて戻る前の数十分間、ルガルバンダと話した。
ルガルバンダとの会話は他愛もないことばかりで、特に緊張する内容もなく、普段のことや、近況を訊かれて答えていた。この会話の合間で、ミレイオの話が出て『どうだ。彼は』と質問された。
「ミレイオですか。私にとっては、いなければならない存在です」
「彼は女性の様でもある。不思議な魂だな。イーアンと仲が良いのは、巡り合せかもな」
ミレイオが同行することを『好きにさせろ』と言ったのはルガルバンダ。イーアンはそれで、彼がその後の様子を聞いたのだと分かった。この時、ルガルバンダが続けてこう言った。
「以前も話したが、これからも同行者は出てくる。ズィーリーたちの時も、いないわけじゃなかった。ミレイオのように、長く一緒ではないにしても」
「それは。どういうことでしょう。馬車に乗る?そうしたことですか」
そうじゃない場合もある、とルガルバンダは言う。馬車に乗るような同行者もいるかも知れないが、オーリンのように通うヤツもいるだろ、と教えて笑う。イーアンも笑った(※オーリンは女次第)。
「同行がどんな形で行われるか。それはその時に寄るから、一つ二つの方法じゃない。ただ、意味がある。導きもある、ってことだ」
「導きですか・・・それは、運命的に聞こえます」
イーアンの返事に、ルガルバンダは頷いて髪をかき上げた。ちょっと考えてから、イーアンを待たせて瞼がすっと半分閉じる。金色の瞳が彷徨うように動き、光が薄っすら漏れているのを見て、イーアンは彼がたった今、時を移動していると知る。
そのまま待っていると、ルガルバンダは目を開けてイーアンを見た。
「どこからどう、繋がっていくか。それはお前たちにすぐに分かりはしないから、判別は難しいかもしれない。
だが、飛び込みで関わってくる、同行者が現れた時。その者は、ミレイオのように長居はしないだろうが、行く行くお前たちの旅を救うきっかけになることもある」
「そんな人が現れたら。受け入れる?ということですか」
「そうだな。今も言ったが、判別は難しいと思う。人間は余計な面が多過ぎて、惑わされがちだ。
でも、お前やタンクラッドなら、相手に何か違うことを感じるだろう。ミレイオもだな」
ルガルバンダに『人間はねぇ・・・』の解説を受けた後に『お前・タンクラッド・ミレイオはOK』とお墨付きを貰うと、イーアンは、自分とタンクラッドは人間っぽくないのか、と思ってしまう(※やや、当)。でも関係ない話だから、黙っておいた――
と、こうしたことで。
直後ということもあり、ルガルバンダに教わった『飛び入り』人物=ユータフでは、とイーアンが思った次第。後で、タンクラッドにも訊いてみようと思うし、ミレイオが戻り次第、ミレイオにも訊くつもり。
今は、ザッカリアの嫌がり方が気の毒で、言うに言えないが・・・もし、ユータフが同行するのであれば、ザッカリアの守りは固めなきゃなと、それは今から意識する。
ザッカリアは食事の時ほど甘えはしなかったが、気持ちが落ち着かないのか、午後はずっと、イーアンの側から離れなかった。ユータフが来る時は、一緒にいてほしいと言うので、それは勿論了承した。
「イーアン。もしさ。もし。嫌だけど。あの人が旅に来るとしたら、どうなるの」
「どうなるって?」
「だから。一緒に馬車に乗ったりとか、宿に泊まるの?」
少し考えて、イーアンは自分が受け入れるとしたら、の話をすることにした。『あのですね。勝手について来るとしても、こちらの条件を呑んで頂きます』これ大事、と話し始める。
「私たちは、のんびり旅をしているのではなく。危険を伴う仕事のために旅をしています。あちこち寄るわけにも行きません。これは最初に伝えることです。
ユータフの同行したい目的を聞きますけれど、それ以前に、私たちは彼も守らないといけない、手間が増えることを考えます。戦えるわけでもない民間人を抱える理由が必要ですね」
「簡単に言うと」
「つまりね。お荷物ですよ、戦わない人と動いたら。その人も守るんですから。役に立つなら連れて行くのです。『守ってあげてもいい』と思えるくらい、役に立つと分かれば構わないのです」
「イーアンは、仕事っぽいね」
何言ってるの、大事ですよ・・・イーアンはきちんと教える。仕事をしようとしない者は、イーアンは不要と切り捨てる。それもお荷物なら尚更、要らない。
「それだけではありません。お金はご自身で用意して頂きます。食費も宿泊費もありますね。それと馬車には乗せません。確実に仲間と分かる、特別な関係でもない方を、私たちの馬車での寝泊りを許可出来ません。馬車は大切なものも乗せていますし」
「簡単に言って」
「お金は自分で払ってもらうの。食べるのも宿代も。後ね、馬車は乗れないです。馬車は私たちの大事なものが沢山あるでしょ?だからダメ」
ザッカリアは少し考える。それからちょっとずつ、質問する動きが出てきた。
これは裏を返せば、嫌がるだけの相手が、そこまで心配する相手でもない、そんな見当を付け始めたということでもある。
イーアンは彼の質問に、丁寧に答えることで、ザッカリアの気持ちを落ち着かせる。
「じゃあさ。魔物が出たら?守るの?もし一緒に行くってなれば、役に立つからでしょ」
「そうです。守りますけど、邪魔してもらうと困るので、遠くにいるか隠れてもらいます」
「馬車は?絶対に乗せないの?理由が何かあっても」
「乗せませんね。良い人かも知れないけれど、一時的な参加状態の方に、私たちの家たる馬車の内容や、生活の様子や目的などを紹介することは避けたいです」
「簡単に」
「乗せないのです。他の人に、自分たちのことをいろいろ教える気になれない、ってことです。どこで誰に、ヘンにバラされても嫌です。誤解や問題に繋がるでしょ?そんなの冗談じゃありません」
ザッカリア。じーっとイーアンを見て『ってことはさ』と少し笑った。イーアンもその笑顔に微笑む。
「もし。ユータフが付いてくる・・・としても。あんまり喋らなくて良くって、馬車も乗せなくて、戦う時も離れてどこかに隠せばいいの?」
「そういうことです。一緒に食事をしたいなら、先にお金をもらうし、馬車で眠らせませんから、ご自身で外でね。コルステインもいますし、どうするかは知りませんが」
「それ。魔物が夜に出たら危ないよ」
「勿論です。だから。ここまで考えてもらうのです。無理やり付いてくる理由があるのでしたら、それは私たちの条件を呑んで頂かないと。遊んでいるわけではないのだから」
ザッカリアはニコッと笑う。イーアンの横に座って、顔を覗き込み『イーアンがいると、ギアッチがいるみたい』と言った。イーアンも笑って頷く。
「ギアッチなら、もっと簡単にあっさり、あなたに大丈夫ですと教えられるでしょう」
それから。ただただ、嫌な気持ちだっただけのザッカリアは、少し安心したようで、イーアンと一緒に『肋骨さん活用考案』を考える余裕も出てきた。
二人でああでもない、こうでもない、あれはこれは、と意見を出し合って、なかなか子供らしい面白い意見も参考にして、イーアンは一つ試しに作ってみようと思えるところまで辿り着いた。
製作予定の話していると夕方前になり、ミレイオの珠が光る。イーアンはすぐに連絡珠を持って交信し、ミレイオが町の外まで来ていると知り、迎えに行くと伝えた。
「一緒に行きますか」
「どうしよう、外に出たらユータフがいるかも」
残っても良い、とイーアンが言うと、ザッカリアはフォラヴのところに行くと言ったので、イーアンは彼をフォラヴに預け、ミレイオを迎えに出かけた。
村の外に出て、壁沿いにミレイオを見つけ、二人は一緒に町へ入る。『スゴイ、人じゃないの。何かあるの?』上半身裸のミレイオは、皆さんが二度見した後に少し避けてくれるので歩きやすい。
「お祭りなんだそうです。今日は買出しも出来ませんから、宿で過ごします」
「そうねぇ。これじゃ馬車、動かなかったんじゃない?夜が一番、盛り上がるのかな」
それなんですけれど、とイーアンは早速。ミレイオに掻い摘んでザッカリアの話をした。ざわめきが煩くて、何度か声を大きくして伝え直すことを繰り返し、ミレイオは眉を寄せて笑う。
「何よ、そいつ。ザッカリアも災難ねぇ」
「旅に一緒に来たいようなことも、ドルドレンに仄めかしたようですけれど」
「要らないわよ。そんなガキ。遊びじゃないんだっつーの」
ハハハと笑うミレイオ。イーアンはミレイオのこのふっ飛ばし方が好きで、ミレイオの左腕を取って、自分の腕を組む。腕を組んだイーアンを見て、ミレイオは少し笑顔をそのままに見つめ『何も訊かないのね』と言った。
自分を見つめるミレイオを見上げたイーアンは、ニコッと笑って首を振る。
「私のこと。何も訊かない。上着もないのに」
「ミレイオは、ご自分が話そうとする時にこそ、教えてくれます。私はそれまでは」
「そんなあんたが好きよ。ねぇ、でも上着は失くしちゃったの。やんなっちゃう」
宿に戻るまでの間、イーアンはミレイオの片腕にくっ付いて歩き、二人は新しい上着を作るにあたって、デザインや素材に付いて真剣に話し合った(※服は大事)。
そして宿に着くと、1階のホールにドルドレンたちがいて、縮こまるザッカリアに言い寄る若い男が見えた。
「あら」
「あれか」
二人は、若い男が自分たちを振り向くと同時くらいで、呟いた。
お読み頂き有難うございます。




