894. ヨーマイテスの記憶・ニヌルタの話
狭間空間に戻ったヨーマイテス。
遺跡の絵を、ミレイオがどれくらい覚えているか、このことが今後、どう自分に働きかけるのか。賭けた。
「勘の良いミレイオだ。繰り返していけば、俺が何を求めているか。あの絵から気がつくだろう。自分の体にもあるわけで」
でも。手っ取り早かった。そう実感した。
遠回しに距離を開けて動かせれば、自分の目的を知られる要素は、少なく済むと思っていたが。『女龍が面倒だったからな(※Byイーアン)』アイツに手間取らなければ、こんな派手に動かなかっただろう。
だが、それが逆に良かったのかと、知った今日。
今日の滝壺は、押さえたかった。どうにかあの場所に間に合わせたい、その気持ちがミレイオを直接連れる行動に変わった。
ティティダックの魔物相手に、悩むミレイオを見つけたのは偶然だった。
ミレイオが来る前。仲間の一人が捕まったことを知ったから、助けに行こうか考えていた。恩を売る良い機会でもあった。
しかし捕まったその場に、いつまでも龍がうろついていて、近づくに近づけなかった。
龍は会話出来ない。どうしたものかと様子を見ていたら、ミレイオが来たのだ。ミレイオが助けられないと分かり、それならと取引したが、その時は『直接連れて行く』ことまで考えていなかった。
「俺に反抗的だからな」
従順なら、最初から連れて出たに違いない。だがミレイオは正反対で、俺を嫌う。万が一、俺の目的を知ったら、何をするか分からない。目的に気づかれるのも困るし、それを他の連中に喋られるのも避けたかった。
だから、女龍の交渉で手伝わせるにしても、いつかは。どうやっても。どこかで触れ合わなければいけない。その必要は感じていた。
いずれ目的が知られても、俺の邪魔をしないように。俺を理解するように、息子と関わる方が早い。それなら、直もありかとそう思った動きが、今日――
「成果には満足だ。だがミレイオとの間は、時間が要りそうだな」
俺が嫌い過ぎるために。あの様子だと、俺との関係もまだ話してもいない。
今日のこともすぐに、女龍や仲間に話すとは思えないが、何度となく繰り返す今後の動きで、いつかは俺の話を、ミレイオ自身がすることになる。
その時までに。誰も、俺を止められない状態まで進んでいなければ。
魔物退治の仲間でも何でも、命じられている以上は動くが、俺の目的は優先する。
フィギの石柱。あれは、今日の場所を示している。あの場所のどこか。
石柱の絵には、人が数回あの場所に立ち入ったことと、最後は見失って行けなくなった・・・ように記されている。
アゾ・クィの村の外にある立て碑。あれも、あの場所。そのどこかだ。そして、あの場所を探したサブパメントゥの行い。
あの場所へは、長い歳月の中で何人も行っている。帰って来れた者は伝説として残し、そうでなかったものは、あの場で終わった。ただ、誰もが入れたわけではない。
偶々。条件が揃ってしまった時に、その場に居合わせた誰かしらが迷い込んだ。その程度のこと。あの異空間が落ち着かなかった時代、たまに生じた次元の歪だろうと思う。
アゾ・クィ村の井戸にかかる石板は、サブパメントゥの侵入を封じた言葉。あの立て碑の後だ。
『一部のサブパメントゥは、あの井戸の造りを知った』次元が度々ずれる・・・あれもあれで。他の奴に使われても面倒。
封じたわけではないか。しかし『出口は違う』と記したわけだから、封じたも同然。
「バニザット・・・随分前だ。彼は賢かった。俺の言葉を文字にした。発音もないサブパメントゥの言葉を。勇敢だったし、大した男だった」
ふと。村の井戸のことから、ヨーマイテスは彼を思い出す。目を閉じて、彼の顔を。
老齢なのに、深く刻まれた皺よりも、黒い瞳の若々しい力強さに感心したのを覚えている。
「 ・・・・・いるな。今回も彼に似た男が。あの、シャンガマックという男が似ている。
バニザットと目が似ている。シャンガマックは若いが、興味の対象も精霊の力を味方にするところも、バニザットと似ている。僧侶だったら、生まれ変わりかと思うくらいだな。騎士のようだが」
――『この石を調べているだけだ。俺はハイザンジェルの騎士・シャンガマック』
「シャンガマック」
ヨーマイテスは、自分の旅仲間の一人、若い男の名を呟く。
よく通る声、気高い心、はっきりした勇敢さ、賢さ。『バニザットを思い出す』フフッと笑う獅子。
「俺を恐れない僧侶だった。黒い髪、黒い目、赤い肌。風変わりな僧侶。その目つきは、今、思い出しても新鮮だ。バニザットはもういない。あんな男を、また見たいものだ」
どうやら同じ立ち位置らしい、今回のシャンガマックはどうかな・・・獅子の目が、遠くを優しく見るように動いた。
命が消えかけても、謎を解く探究心を選んだ、あの男。警戒心の強い、静かな、当時の女龍が信頼する、賢い男。
俺が女龍に話を持ちかけ、了承した彼女がそれを伝えてすぐに、あの男は動いた。自分から俺に接触して。
「彼が。俺の願いを大きく進めてくれた。空の土を女龍に頼んで、手に入れた。
『空の土が鍵になる』と、俺の話を吟味して推論を出し、俺に教えた。俺も同じことを思っていると打ち明けたら、バニザットは行動に出た。空の土を貰い、彼の力で土の命が消えないように包んだ。
あの土が、俺たちを悠久の謎へ導いたんだ。バニザットがいなかったら、俺には決して届かなかった謎へ。
彼は旅の間、俺と共に動くことを遠慮なく選んだ。危険でも何でも、俺を信じてその叡智を惜しみなく使い、俺の手助けもした。
旅が終わって・・・・・ 彼が力尽きる時。彼は俺を呼び、空の土を封印した箱に入れて託した。
『上手く行っても、行かなくても。これで試してみろ』と。俺に『その土で子供を創れ』と言った。
『命がある土なら、ヨーマイテスの求める謎へ導く鍵となるだろう』・・・そんなことを、死に際に言えるヤツがいるだろうか」
最期の時まで、探究心を燃やした彼の、渡した封印。箱を空けたら封印は解けて、中に収まる命ある土は、命を守るものがなくなり、徐々にただの土に変わってしまう・・・と言った。
『だから。子供を創る時は時間を考えろ。箱を開けてすぐ、お前の力で土に命を入れるんだ』
バニザットはヨーマイテスに、次の旅路の時を教えた。彼の占いに現れた、次の旅路。それは何百年も先だった。
『空だ。最終は、空へ行かないと手に入らないだろう。空へ導く相手と共に、お前の子供に動いてもらうんだ。お前が行けない場所へ、お前の子供を動かせ。
空は閉じている。空へ入れる機会がこの先あるとしたら、それは次の旅だ。その時しかない』
俺はもう無理だ。謎を解けよ、ヨーマイテス―― ヨーマイテスの耳に、その言葉が入った後。バニザットは目を閉じた。
碧色の瞳は、ずっと昔に消えた友を思う。
ヨーマイテスに、友なんて感覚の意識はないが、彼の言葉にはなくても、彼の知るバニザットは、ヨーマイテスにとって『友』でしかなかった。
「バニザット。バニザット。お前の名前を久しぶりに呼んだな。なかなか良いものだ。
お前が俺に託した謎の続き。俺は必ず、解き明かす。そしてお前に誇れる、頂点を手に入れる。待っていろよ。謎の最後に開く扉は、お前と俺のものだ」
獅子の体のヨーマイテスは、愉快そうに笑う。緋色の古布を爪に引っ掛けて引き寄せ、仰向けに転がった腹の上に置く。
「お前を連れて行くぞ。どんな最後でも、お前も俺と見るんだ」
緋色の長衣をまとった、黒い髪の魔法使い。バニザット。彼が死体になった後。その長衣を持って帰ったヨーマイテス。時間の流れが曖昧な狭間空間で、緋色の古布は常に彼と共にあった。
「ミレイオ。お前は、俺じゃ辿り着けない場所へ行く。俺の願いと俺たちの集めた知恵を、その存在に受け入れた。生きた空の土。世界の知恵、ガドゥグ・ィッダンの扉、その鍵。俺の在る意味の全て」
強い願いを託した、息子。3つの世界を行き来する、サブパメントゥ。
大きな獅子は、運命の不思議を思うことはあっても、感謝はしなかった。回りくどい運命の柵にうんざりするだけで。
とは言え、動き出した運命の輪に、待ち侘びた情熱が身を焦がす。憧れが熱を持ち、体を揺さぶり、心を焚きつける。
今日。初めてミレイオが開けた。面倒な呪文も前置きの動きも要らない。ミレイオがいて、俺がいれば、扉が開くことを確信した。
そして、手に入れた宝の一つ。小さな動物の置物。
頭の横に置いた、その小さな戦利品を見つめて、獅子は少し笑った。『これは誰かな』フフンと笑う獅子は置物を満足そうに眺めると、遊戯盤のような模様の、寄木作りの板に乗せた。
置物は置かれるなり、その板に吸い込まれて消える。寄木の模様は僅かに変化し、吸い込まれた置物が模していた、動物の絵柄が浮かび上がった。
「二つ取ったら崩れる。『じゃ、残ったのは誰かが取ったら』・・・ミレイオ。お前に教えることはない。ないんだ」
考えれば分かるだろ・・・獅子は言葉にすることなく、可笑しそうに笑った。
「そんなことはさせない。俺がサブパメントゥの総てを得ても、だ」
緋色の古布を腹の上から顔に引き上げ、目を覆うように掛けると、ヨーマイテスは『良い出だしだ』と呟いて眠り始めた。これから手に入れて行く、待ちに待った宝の存在が、既に今は、自分を待っていると分かる満足に変わって。
*****
タムズは、ニヌルタと話す夜。
夜と言っても、夜中。ニヌルタは子育てと、最近仲良くなった友達(※ティグラス)で忙しいので、終わってから捉まえると夜中になる。彼の家の長椅子に掛けて、タムズは今日のことを話した。
「なるほどな。ビルガメスには」
「いや。まだだ。その前にニヌルタに話そうと思ってね」
「なぜ俺だ。ミレイオなら、男龍全員がその姿を見ている。ファドゥは見ても、話も知らないだろうから分からないかも知れないが」
「君は、ガドゥグ・ィッダンで過ごしたから」
タムズの目を見て、ニヌルタはフフッと笑う。『過ごしたが』友達の顔を覗きこみ、ニヌルタは声を潜める。
「それがどう、と話したことはないぞ。ないはずだ」
覗き込まれた顔に、可笑しそうに顔を近づけるタムズも、声を潜めて『ないね』と答えた。
「だがね。君のことだ。あの場所で、満足するまで過ごしただろう。少し聞かせてもらいたいね」
「何を」
「サブパメントゥの未来」
ニヌルタの瞳が、探るようにタムズの目を見つめる。タムズは目を逸らさず、見つめ返す。それから『ミレイオが心配なんだよ』と呟いた。ニヌルタは、納得するように少し頷いた。
「ヨーマイテスに、どこまで使われるかってことか」
「ミレイオが。いつかは空へ。上がらされるだろう。イヌァエル・テレンで済む分には、私たちがどうにか出来るが。行き先がガドゥグ・ィッダンでは」
「ミレイオも無事じゃ済まないだろうな。あの、タンクラッドという男は平気だったようだが」
「彼はビルガメスと一緒だったのもあるし、3回目の魂だ。それもあるのかもと私は思う」
人間なのに大した男よ、と笑うニヌルタに、タムズも微笑む。『最初に、ビルガメスに聞いた時は驚いたけれどね』と言うと、ニヌルタも笑いながら『ビルガメスは無茶をする』と同意した。
それからタムズは、ニヌルタにもう一度。真面目な顔で話を頼んだ。
「ビルガメスには後で話そうと思う。だが、私の心配に彼は答えてはくれないだろう。ニヌルタに教えてほしい」
「あのな、タムズ。ガドゥグ・ィッダンに描かれた予言に、サブパメントゥの未来、そのもの自体はないぞ。あれも予言だからな。確定じゃないんだ。
ミレイオのことは確かに気になるが、彼がどうにか出来る範囲でもない。俺はそう思う」
縦に二列で、10本の角が頭にある男龍は、角の横の髪の毛をぐうっと撫で付けて、角をちょいちょい指で拭いて手入れする。タムズはその様子を見ながら、続きを待つ。
「その前に。ミレイオが誰と上がるか、だ。いずれ、その日は来るかも知れないが、あそこまで行ける者は限られている。連れて行く者の状態に左右されるだろう。例えば、お前とかな」
「私?なぜ私が。頼まれたって連れて行かない」
ビックリしたタムズは、首を振ってニヌルタに眉を寄せた。『そんなことするわけないだろう』少し注意する気持ちで彼に言うと、いつもはすぐに笑うニヌルタは、首を少しだけ傾げた。
「どうかな。分からんぞ。お前はどうも彼らに甘い。理解が過ぎる気もするくらいだ。何かの引き換えで、タムズが頼まれたとして、断れない可能性もある」
「ニヌルタ。そんなことはないよ。私はそこまで優しくない」
タムズは気分が悪そうに、友達の言葉を即、否定した。『それに。そんなに愚かに見えるのかね』実際はそう思われているのではないかと、嫌だったがそれも伝える。ニヌルタは目を閉じた。
「見えない。お前は愚かじゃない。賢く、理解が深い。『サブパメントゥの新たな未来』への後押しを、僅かでも手伝う行いは、お前にふさわしくない」
「その言い方・・・まるで私が」
タムズが言いかけると、ニヌルタはタムズの顔に手を当てた。頬に添えた手の意味を、タムズは考える。
「時の先を見たいなら。それは俺じゃない。ルガルバンダに頼め。
今ある流れから全体を見渡したいなら、それも俺じゃない。ビルガメスに相談しろ。
俺は確かに。あのガドゥグ・ィッダンに放り込まれ、自分を鍛え上げた頃、あの遺跡から戻らなかった。全ての情報を誤解したくなかったんだ。
もしも。そんなことはないと思うが。もしも、何もかもが大間違いに動いた時。最後は俺が壊さないといけないからだ。俺は間違えるわけにいかない。見誤るわけにいかない、最後の切り札が俺だ。俺の力は、あの遺跡の情報を確認した上で、最終的に使う力。そのために過ごしたんだ。
タムズ。俺がサブパメントゥの未来まで読み明かしたと思うなら、それは少し違う。
俺は今も隅々まで覚えているが、常にはっきり、一つだけ言えることがあるとすれば、それはあれが『予言』でしかないことだ。確実じゃない」
タムズは初めてここまでニヌルタの口から、あの遺跡の話を聞いた。そして理解する。
「私が。描かれていたのか」
「正確には、お前ではない。誰かが居たんだ。翼のある、角が2本の、誰かが」
ニヌルタの言葉に、タムズは少し黙った。ニヌルタは、彼の頬に添えた手をそっと動かして撫でると、手を離す。
「ミレイオの登場は。運命だ。宿命と言っても、過言じゃないだろう。だがな、それは多くの線で繋がり結ばれている。どこへ引っ張られるかは、予言なんだ。予告じゃない。
サブパメントゥの、別の未来の可能性は、俺も思うにミレイオが絡む。
だとしてもだ。ミレイオが誰と来るかに寄るんだ。まずはそこだ。
一つの行動で、次の選択肢はあっという間に変わるぞ。決定なんか出せない」
自分を見つめるタムズに、ニヌルタはゆっくり教える。
「心配か。それも挑戦だ」
「なぜ」
「そうだろ?心配を放ることも出来る。しかし、心配を選ぶなら挑戦している」
タムズは溜め息をつく。『私は何に挑戦している?』自分よりも、ずっと長生きしている男龍に問うと、彼は微笑んでタムズの肩を撫でた。
「変わる世界」
ニヌルタの答えに、微笑み返すタムズ。頷いて立ち上がると『ビルガメスにも話すよ』と呟いた。ニヌルタは彼の手を少し引っ張り、また座らせる。
「何言ってるんだ。子守している最中のビルガメスなんか、話にならない」
ニヌルタがそう言って、二人は目を見合わせて笑う。それからニヌルタは、まだ起きているから、もう少し話していけ、と誘った。タムズは了解し、月を眺めながら止め処ない話を続けた。
お読み頂き有難うございます。




