893. ウウィド・ケペリの町 ~若者ユータフ
ドルドレンたちの馬車は、昼頃に町に入った。
乾いた白っぽい壁に囲まれた町で、外から見ると、これまでの村や町と、少し雰囲気が違う。
この町では、食材の買出しと宿泊、近隣魔物被害状況を聞く目的。本部までの距離の確認もする。門はなく、開け放された入り口があるのだが、通過すると壁の内側に引き門があるのが見えた。
馬車は通りに入って、町の様子をゆっくり見る。入り口から伸びる通りは店屋が多く、民家は壁の近く集中しているようだった。人は多く、至る所に休憩所が見え、大体は混雑していた。
「お昼だからかな」
ザッカリアは、手綱を取る総長に、馬車が動きにくい理由を訊く。総長も頷いて『それもある』と答える。
「他は?何で?」
「何か。雰囲気が違うような。初めて来る場所だから何とも言えないが、何となく。今日は何か、行事じゃないのか?」
「行事。って?新年みたいな」
「そうだ。テイワグナに入ってから、日にちや曜日が曖昧だ。今日は、休日・・・もしかすると祭日かも知れない」
総長の言葉に、ザッカリアもあちこち、斜め上や左右などを見渡す。特に飾り付けがあるわけではなく、それらしい雰囲気は分からない。それを言うと、総長は『別の通りはどうだろうな』と馬車の向きを、先の辻で変えた。
「どうせ。今の通りでは食事処に入れる感じではない。馬車を停める場所もなかった」
雑多な人々が溢れるのを避けながら、もう一本横の通りに動いて、まずは宿から手配することにしたドルドレンだが、次の通りへ出て、自分の予想が当たったことを知り、更に身動きが取りにくい人の多さに悩んだ。
「総長!動けないですよ」
後ろからシャンガマックの声がして、ドルドレンは御者台にザッカリアを立たせ、返事を頼む。
「シャンガマック!少しずつだって。宿から先に探すんだよ」
「宿?宿はこっちじゃないよ」
ザッカリアの大声に、馬車の横を通った若い男性が、御者台の少年を見上げて答えた。ザッカリアは声のした方を見て『そうなの?』と返す。
若い男性は、ザッカリアの顔を見て目を丸くする。『なんて。なんて、カワイイんだ』それを聞いたザッカリアとドルドレン。固まって一秒後、慌てたドルドレンがさっと子供を引き寄せた。
「宿。俺たちは旅の者だが、宿はどこか知っているだろうか」
「え?あ。ああ。そうだね。宿はこの大通りじゃないよ」
若い男性。彼は20代前半に見える、ちょっと女性的な顔で、ドルドレンの数多い部下たちの記憶中からヒットしたのは『西の支部のジゴロ(※チーン!って感じ)』。ザッカリアが危ないっ!
引き寄せられたまま、ぺたっと腰を下ろした総長の片膝の上。いつもなら恥ずかしがって、すぐに降りるが、怖さを感じたのか、ザッカリアは動かないで男性を凝視する。
若い男性は、我に返ったように笑顔を浮かべ(※さっきまで真顔)ザッカリアと、彼を保護したと思われるイケメンに『教えてあげるよ』と言い出す。
「う。うむ、そうか。どっちだ」
「乗って良いかい?馬車を返すのは大変だから、このまま通りに一度出て、それから通りを渡らないで、左に入るよ」
「い、いや。乗らなくても。そこだな?一度出て左。戻れば良いんだな」
乗ると言う男性に、ドルドレンはザッカリアの胴体に回した腕を、ぎゅっと強めて、丁寧に男性の要求を断る。ザッカリアも総長の腕にしがみつく。
「乗った方が、叫ばなくて済むから。ちょっと乗るよ」
「あっいや、それは。おい」
ドルドレンは急いで、片腕でザッカリアを自分の反対側に移動。自分が真ん中状態にして、ザッカリアを隠す。若い男性は図々しさも分かっていないのか、よいしょと乗り込んだ。
「乗らないでも良いのだ。この馬車は重荷を引くから」
「すぐだよ。それに俺は軽いから、馬に負担はないと思うよ」
確かに、男にしては細い線で背もないし、街の中の暮らしだからだろうが、筋肉も付いていない様子。首元の開いたチュニックから見える胸は薄く、袖を捲った腕は色白で女性のようだった。
「う。うむ。仕方ない。すぐだな」
「そう。ちょっと待って。どいて!馬車が動くよ!どいてよ、危ないぞ」
突然、叫ぶ若い男性は、いつもそうしているのか、慣れた調子で、道を塞ぐ人々の振り向く顔に、手を振り上げて退くように促す。
いきなり叫んだ男に、少し驚くドルドレンは、彼が笑顔でそれをこなすので、任せておこうかと黙って効果を待つ。
「総長。俺。シャンガマックのところ行きたい」
小声でドルドレンの脇から頼むザッカリア。ドルドレンはちらっと彼を見て、小さく首を振る。『今動いたら、追いかけられる』そっと伝えると、戦くように子供の顔が引き攣った。
馬車は動き出し、ゆっくりとだが、人が気にして幅を空ける。若い男性は元気良く『危ないって。もうちょっと避けて!通りに出て曲がるよ』『どっち!』『左だよ、左!退いて』通行人相手に、行き先を叫んで笑って往なす。
馬が歩き出すと、その状態を保つために、彼は何回も道の人々に指示した。ザッカリアは不安で一杯だが、馬車が動き出すと少しホッとしたように、背を屈めた。
屈めた姿勢で顔が見える位置にある、ザッカリア。それを見た若い男性は、二度見。ドルドレンは急いで子供の顔に手を当てて、後ろへ押した。
「隠さないでよ。ちょっと話したいんだけど」
「だ。ダメだ。彼はまだ子供なんだ」
「子供って。別に話したって悪くないと思うけれど。何か警戒してる?」
「そりゃ。そりゃそうだろう。来たばかりの町で、見知らぬ者に仲間が」
「え。仲間?その子、女の子だろ?女の子が仲間って」
「お前は何か誤解した。彼は男だ」
ドルドレンはしっかり言い切る。ザッカリアは、総長の影に隠れて動かない。俺は男だ!と言いたいが、我慢(※言うのも怖い)。
若い彼は、隠そうとするドルドレンよりも前に体を倒し、縮こまるザッカリアを見つめる。
「こんなカワイイ顔してるのに。男?ホント?」
「顔がどうとかではない。彼は騎士だ。立派な男子である」
「お兄さん、騎士だろ?そんな感じだよ。だけど・・・ホントかよ。男の子なの?」
「しつこいな、俺は男だ!何度も言うなよ」
我慢出来なくなって、つい大声で言い返したザッカリアに、ドルドレンは目を見開く(※『おや』って感じ)。若い彼も少し驚いた顔をして、すぐにハハッと笑う。
「そうか、ごめん。でもカワイイのは変わらないな。怒ってもカワイイよ」
うぐぅ~~~・・・赤くなって唸るザッカリア。ドルドレンは気の毒な子供の気持ちが分かるので、咳払いして、若い男性に『からかうな。道、ほれ。道、案内だ』と命じ、話を変えた。
若い男性は、フフッと笑ってザッカリアを見てから、道行く人にまた大声で指示しながら馬車の道を確保し、大通りを過ぎてからすぐに左に入る路地に馬車を向けて『ここの路地出て、右に行ったら、宿の裏だ』とドルドレンに教えた。
「俺。ユータフ。この町の羅紗屋だ。親父が羅紗屋なんだけど。俺より兄貴がいるからね」
「ふむ。俺はドルドレン・ダヴァート。ハイザンジェルの騎士だ。ユータフ、兄がいると俺に言うのは」
「旅。してるんだろ?」
唐突過ぎる展開に、ドルドレンは目を瞑って大きく息を吸い込み、吐き出す。それからユータフを見て、ちゃんと言う。
「お前の気持ちは分か」
「俺。テイワグナは結構、子供ん時から動いてるから知ってるよ」
「ダメだ」
「お兄さん!ほら、そこ。曲がって」
ああ、何々?!ドルドレンは忙しく、頭を上げて路地を通過したすぐに右へ曲がり、遮られた話を片付けた。
「ここ。おい。裏じゃないか。裏道だぞ」
「さっき話したろ。宿屋の裏だ。その左にある建物が宿だよ」
「ここに泊まると言っていない」
「旅人は、大体ここを選ぶよ。馬車もまだ入ってないし、今なら泊まれる」
ドルドレンは見知らぬ若者に翻弄されながら、言うことは言う。
「あのな。ユータフ。どこでも良いわけじゃない。宿代が安いことは大切だが、整っていて風呂など」
「ここはあるよ。安いし、風呂もあるし、綺麗だ。部屋は狭いけどね」
ドルドレンは小柄な若者に、言葉がない。口達者とまでは行かないにしても、よくまぁ。喋るね、と思う。
彼はザッカリアが気になるようで、覗き込んで隠れる子供を見て『ここ。君が泊まるなら嫌な思いしないはずだ』と笑った。
ザッカリアは睨むようにして若い男性を見たが、顔が赤い。女の子扱いされて恥ずかしいらしく、それが気の毒に思う総長は、子供に背中を預けて自分が盾になる。
「ユータフ。彼を気にするな。まだ子供なんだ。お前に女扱いされて傷ついた」
「ごめんって。それ以上言えないだろ?でもカワイイ顔だよ。こんなカワイイ顔、初めて見たんだ」
「よせ。傷つく。彼は男だ。子供だが、精神は立派な騎士なんだ」
ドルドレンは丁寧に若い男性に説く。その顔が困っているように見えて、ユータフも頷いた。
「ごめん。でも。ホントだよ。それ、別に悪いことじゃないしさ」
「そうだな。だが、言う相手を間違えるな。彼は嫌がる。嫌がらない相手に言い続けろ」
ユータフはもう一度頷いて溜め息をつく。それから、裏庭にあたる場所に馬車を入れさせると、ドルドレンに『宿代。確か一人180リジェ。あれ、ワパンのが分かるの?あー・・・ワパンだと200だ。高くない』と教えた。
ドルドレンは、200ワパンならと思い、礼を言って馬車を停め、続いて停めたシャンガマックに確認に行かせた。
ユータフを見たシャンガマックは、数秒間、彼を見たが、すぐに宿の表へ向かった。ユータフも褐色の騎士を見た後、ドルドレンに振り返り、警戒している背の高い男に訊ねる。
「あの人も。騎士か?」
「そうだ。俺の部下だ」
「お兄さんとこ・・・ええっと、なんて呼べばいいのかな」
「ドルドレン。名はドルドレンだ」
「ドルドレンか。カッコイイ名前だな。お兄さんの仲間は、皆カッコイイの?」
そう聞かれて、うん、と頷くのもどうなんだろうとドルドレンは思うが。少し黙って首を傾げるだけ。ユータフはシャンガマックの消えた脇道に目を向けて『今の人も。凄いカッコイイよね』と呟いた。
それは、とドルドレンが言いかけた時、親方とフォラヴが降りてきて『誰と喋ってるんだ』と若い男を見た。ドルドレンは何も言えない(※親方=ドルも認める超絶イケメン)。
彼ら二人を見つめた後、振り向いたユータフがもう一度、自分を見上げ、信じられないと言った様子で口を開いた。
「何?何で、こんな人たちばっかりなの?」
理由でもあるのか、とイケメン集団の疑問を訴えかけられた。
フォラヴきょとん(※可愛い)。親方きょとん(※これもレア)。ザッカリアは小走りにフォラヴの横に行って、さっとその背中に隠れた。ドルドレンは溜め息をついた(※『ミレイオ早く戻って』の意味)。
そして。ユータフの質問には『偶然』と答えて流したドルドレンは、疲れたように仲間に宿へ行くように促す。シャンガマックがすぐに戻り、ユータフを気にしながら『ここで』と短く伝えた。
それから、宿に入った後、付いてきたユータフが店の主人と話しているのを見て、親方はドルドレンを見た。ドルドレンは教える。
「彼が馬車を通してくれた。この宿も教えてくれたが」
「町の者か」
「そうだ・・・が。困ったことにな。ザッカリアが気に入ったようで」
親方は、フォラヴの後ろに隠れるザッカリアを見て、無表情で頷く。大きなレモン色の瞳が自分を見て、悲しみを訴えるので、親方は側へ行って背を屈め『誉められたとだけ覚えて、後は捨てろ』と人生の教訓を教えた。
「ラーターに。西のミメット・ラーターに、ちょっと似ていますよね」
シャンガマックが総長の側に来て囁く。ドルドレンは大きく頷き『ラーターそのもの』と認める。フォラヴも近づいて『でもラーターは、女性でしたよ』と趣向ターゲットを絞る。
「あのだな。彼はラーターではない。それにザッカリアを女子だと思い込んだ勘違いから」
「ドルドレン!俺の知り合いってことでさ。一人150ワパンまで下げたよ。どう?」
勢い良く遮って突っ込む、西の支部ジゴロ紛いのユータフに、ドルドレンは大きく分かりやすい頷き方をして『有難う』と抑揚のない声で伝えた。
親方は苦笑いする。フォラヴも困ったように笑みを作って、自分の背中に回る子供に腕を添え『私と同じ部屋でも構いませんよ』と囁く。
ザッカリアは、不安一杯の眼差しで『良い?』と訊ねる。妖精の騎士は微笑んで『もちろんです。休むのですから安全が大切』と答えた。
ドルドレンとシャンガマックは、宿屋の主人に代金を払い、細かい説明を聞いてから、鍵を受け取った。
「食事は朝は出ます。それ以外は表のが良いかな。美味しい店沢山ありますし、今日はお祭りだから安く、一杯食べられますよ」
禿げたおじさんに笑顔で言われて、ドルドレンは納得。今日は町のお祭りと知った。
夜が一番らしく、宿の窓からでも楽しめるということだが『向かいの食事処は焼き物が絶品』と教えてもらい、そこで食事をして楽しんでも良いと勧められた。
お礼を言って、風呂はいつでもどうぞとの了解も得て、旅の一行は部屋へ一度向かう。ユータフは『俺は夕方にまた来るから』と頼んでもないのに、笑顔で伝えて消えた。消える際に、ザッカリアを見て『美味しい店知ってるんだよ』破顔の笑みを残した。
「俺。宿でも良い」
ユータフの消えた後のホールでザッカリアが呟く。親方は側に来て、頭を撫でながら『宿で食べられるように、包んでもらえ』と助言をくれた。
肩を落とすザッカリアの背中を押して、フォラヴが部屋へ向かう。宿泊しない親方はさておき、シャンガマックとドルドレンも部屋へ。確認が済んだら昼の食事を摂ろうということで、親方はホールで待つ。
ふと、親方は顔を外へ向ける。
「イーアンが戻ったな?」
呟いた顔に笑みが浮かぶ(※センサー付き親方)。ちょっと外へ出てみて、こんな細かい場所が分かるかなと、空を見上げて待つと、お空がきらーん。その光は町の外に降りた様子なので、親方は連絡珠を出してイーアンを呼んだ。
『はい、イーアン。タンクラッド。皆はこちらでしょうか』
『疲れたな。よく頑張った。そうだ、この町だ。ちょっと待ってろ。迎えに行く』
『なにやら人が。外からもここを目指しているような』
『祭りだそうだ。降りた方角は分かる。龍を帰してそこで待て。俺が行く』
お礼を言うイーアンを、町の外で待たせ、親方はいそいそ迎えに出かける。人混みは親方の嫌いな状態だが、空で赤ん坊と遊んで戻った母親龍(※生んでないけど)を迎えに行くのは、少々誇らしい気持ちだった。
イケメン職人は、混雑する通りで度々、声をかけられたが、全てをガッツリ無視して町の外へ急いだ。
15分後。壁の外でイーアンを見つけ、親方は幸せ。
最近はコルステインも幸せだけど、イーアンと二人なのもやはり幸せ。そんな自分に罪悪感を持ちながらも、目の前の幸せには抵抗しないことを選び、イーアンと一緒に町の宿屋へ戻る。
戻る道すがらで、ザッカリアの話をすると、イーアンは少し考えたように黙ってから、親方を見上げて一言。
「その。町の男性。付いてくる気がします」
親方の丸くなる目を見つめ、イーアンは頷いた。『多分。付いてきますよ』そう言って、ニコッと笑った。




