890. 旅の二十三日目 ~タムズ午前同行
翌朝の馬車は、少し早めに朝食となった。
イーアンは昨日から、お空でベビーシッターなので、早め早めに動く(※働く母はどこもそう)。
町に着いたら平焼き生地を買おう、と皆で話した今朝の食事は、多めの豆と塩漬け肉と乾燥キノコ。肉しか切らないで済むので、後は鍋に入れて煮込むだけ。
浮かない顔のミレイオ。手伝ってくれた調理中は、何も訊けなかったイーアンだが、鍋に蓋を置いてから、ちょっとミレイオを見つめた。やっぱり訊こうと思う。目が合って『どうした』と微笑まれた。
「ミレイオは、昨日の夜」
イーアンが言いかけた言葉で、ミレイオは頷く。イーアンを座らせ、自分も横に座って、静かな声で話せることだけ選んだ。
「うん。気が付いたかなとは思った。誰と会っていた、って・・・それは何となく分かってんでしょ?」
はい、と答えるイーアンは、相手の特徴などは言わないで先を促す。ミレイオも何度か小さく頷いて、少し溜め息をつく。
「逆の立場なら。私も訊く。絶対に訊くと思う。だから、話しておくわ。
でも、あんまり皆に質問攻めにされたくないの。そういうの、好きじゃないの。だから皆には言わないで。ワガママで悪いと思うけど、責任は取れるし、そんな迷惑なんか掛けないから」
「分かりました。言わないです。適当に嘘じゃないけど本当っぽく話します」
真面目に頷くイーアンの返事に、ハハハと笑ったミレイオは、髪を両手でかき上げて後ろへ撫で付けると『今日。私ちょっと抜ける』とイーアンに伝えた。
「遺跡絡みなのよ。あんたもそう言ってたけど、それだと思う。
・・・・・ティティダックでフォラヴを助けた時、あれ。私じゃないのよ。私には手も足も出ない状況で。そしたらさ、あんたを攫ったあいつが来て、代わりに助けてくれたわけ」
ミレイオの掻い摘んだ感じに、イーアンは思う。ミレイオはきっと抵抗したんだろうと。だけど、フォラヴが危険だったから、取引に応じたのかも知れない。そんな鳶色の瞳に、ミレイオは少し微笑んだ。
「そういうこと。分かると思うけど。イーアンを通すはずだ、って私も言ったけど。あんたと約束してないってさ。だからね・・・直なのよ。まぁ、でも。大丈夫」
心配そうなイーアンの顔を撫でて、ミレイオは『そんな顔しちゃダメよ』と言う。
「これから空で、赤ちゃんと遊ぶんだから。笑ってなきゃ。赤ちゃんも心配する」
「皆、好きに笑っていますから(※ずっと笑う赤ちゃんs)。そこは心配要りません」
「ハハハ。あんたが孵したから。赤ちゃんも皆、あんた似なのね。可愛い」
困ったように笑顔を作るイーアンを抱き寄せて『心配要らない』と、ミレイオは髪を撫でてキスをした。
「あのね。多分、あんたが空から戻る前に、私は出ると思う。出る時は、ドルドレンにちょっと言うから。用があるって。それだけ言えば、あの子、訊かないからさ」
夜に戻れるのか、と訊ねるイーアンに、ミレイオは『わかんない』と首を振る。『でも、無理はさせないと思うよ』そこは信用している、と話した。
「気をつけて行って下さい。何かあったら、連絡を私に。すぐに行きます」
イーアンがお願いして、ミレイオは『そうする』と約束した。それから煮込みが出来たので、皆を集めて朝食にする。
タンクラッドだけが、ミレイオと目が合う度に、少し視線を止めたが、ミレイオの返す視線から何を感じたのか、剣職人は特に何も話しかけなかった。
朝食を終えた皆は、後片付け後に、総長と一緒に今日の予定を確認する。町の名前と、町での用事、宿泊予定。ミレイオはこの時は何も言わず、ただ次の町の名前を、聞き返しただけだった。
「オウェド・カペル?」
「だと思う。シャンガマック、発音」
「ウウィド・ケペリです」
ドルドレン、うん、と頷く(※間違えた)。『だそうだ。ウウィド・ケペリ』シャンガマックに訂正されて、ミレイオにきちんと伝える。
『最初に教えるように』ドルドレンは部下に注意して、丁寧に頷く褐色の騎士に(※総長は恥ずかしい、と理解している)共通語で地図に書き込ませた。
「このまま何事もなく進めば、昨日も話したが正午あたりに着くだろう。到着後は、食材の買出しと宿の手配と。近隣状況を聞くくらいだな。町は大体、駐在所があるみたいだから」
と言うことで、出発。皆が馬車に乗ったところで、ドルドレンはイーアンを送り出す。イーアンはミンティンを呼んで、お空へ旅立つ(※業務で)。
「行ってきます。何かあったら呼んで下さい。もしくはタムズ」
「タムズに宜しく。会いたいと伝えてくれ(※やんわり恋心復活)」
は~い・・・青い龍に乗った愛妻(※未婚)は、手を振り振り、皆さんとお別れして青空に消えた。見送ったので、馬車を出す一行。街道沿いの町、ウウィド・ケペリへ向かう。
それから。馬車がゴトゴトと田舎道を進んで、1時間もしないうちに、空が眩く光る。
「眩しい!何だ。イーアンは誰かと戻ってきたのか」
あまりに眩しくて、御者台のドルドレンとザッカリアは手をかざす。後ろの馬車で『見えない』と笑っているシャンガマックの声がする。
光はどんどん近づいてきて、ただでさえ晴れた爽快な空に、さらに爽快に男龍が現れた。
「ドルドレン。おはよう」
「タムズ!!」
ドルドレン、大喜び。タムズは、一緒に来たアオファに『戻って良いよ』と声をかけて帰すと、『私の服は?』黒髪の騎士に微笑んだ。
「服!服?イーアンはどこに仕舞ったのだ」
ザッカリアに手綱を任せ、ドルドレンは荷台へ走る。イーアンの衣服棚から、タムズセットを見つけ出し(※引き出しに『タムズ』って書いてある)大急ぎで戻ると、微笑む男龍に満面の笑みで見せた。
「服、あるのだ。一緒に馬車に乗る?」
「そうしても良いなら。私も少し一緒にいようと思って。久しぶりだね」
勿論、勿論!ドルドレンは喜んで、タムズを迎える。
大きな男龍は、ドルドレンとザッカリアを見て『私はここに座れるかね』と訊ねる。ザッカリアが『大き過ぎるよ』と答えると、ドルドレンがすぐに手で子供の口を塞いで『座ってくれ』と真顔で頼んだ。
笑うタムズはザッカリアに『少し小さくなるから』そう言って、体を2mほどに縮めると、翼を仕舞ってズボンと靴を履く。それから龍の皮の陣羽織に腕を通し、ザッカリアに『これでどうだね』と笑った。
「カッコイイね!タムズ、すごくカッコイイよ」
陣羽織の迫力と、赤銅色に銀色がかる肌の男龍に、ザッカリアは目を輝かせる。そう?と微笑むタムズは、ザッカリアに詰めてもらって隣に座った。
「前もね。一緒にほら、俺はちょっとしか見てないけど。皆と一緒に歩いてくれた時あったでしょ。あの時、俺は寝ていたから、タムズのこの服は少しだけしか見なかった」
ザッカリアが陣羽織を誉めるので、タムズは彼の頭を撫でて『イーアンが作った』と教える。
横で見ているドルドレンは、どうして自分の横にタムズが座らないのか。それが気になっていた。
そして、もう一つ気になること・・・『タムズ』ちょっと頑張って訊く。金色の瞳が、子供と話をしていたのを止めて、ドルドレンを見る。
「あの、魔物を退治した次の日。シャンガマックがタムズの家で」
「ああ。そうだね。龍が連れて来た彼は意識がなくて、私の家に運んだ。男龍は皆、私以外が、生まれた子供たちを家に入れていたから」
そう話して、タムズはじっとドルドレンを見つめた。『どうして』何かあるのかと優しく促す。
ドルドレンは何て言おうか考えて、むにゃむにゃと口の中で答える。横で見ている子供は、総長の代わりに答えてあげる。
「総長はね。タムズの家に行きたいんだよ。自分も行きたいの」
「おや。そうなのか。そうかね、ドルドレン」
「あの。そう、そうだ。俺も」
タムズはハハッと笑うと、子供の頭を一撫でし、御者台に立ち上がってドルドレンの横へ動いた。それから黒髪の騎士の横に座ると『次にイヌァエル・テレンに来る時に、来なさい』と微笑む。
「少し。君らしい部分が戻ったな」
タムズはそう言って、ドルドレンの頭を撫でた。ちょっと恥ずかしいドルドレンは頷くが、同時に若干の心配を持ち『試練の成果が薄いだろうか』と確認した。男龍はニッコリ笑う。
「いや。そうではないよ。このくらいが私にも丁度良い」
そう言って、ドルドレンが寄りかかれるように、腕で引き寄せた。
幸せなドルドレン。笑みを浮かべたまま、タムズの大きく厚い胸に寄りかからせてもらって手綱を取る(※ほぼ取ってないけど、馬が優秀)。
横で見つめるザッカリアは、二人きりにしてあげようと思い『俺はフォラヴに勉強教えてもらう』と言うと、後ろへ移動した(※出来た子供)。
馬車の荷台では、ミレイオとタンクラッドが材料を見ていたが、タムズが来たことで、ミレイオは落ち着きがなくなる。
「タムズよ。今日に限って居るなんて」
呟いた言葉に、耳を動かした親方。ちらっと目を向けて『今日に限って』一部を繰り返す。ミレイオはハッとして、すぐに材料を2~3個集めると『加工。どう、やろう』独り言のように材料に話を移した。
「お前。今日、どうするんだ」
「はい?何よ」
タンクラッドに突然、振られてミレイオは顔を向けないで交わす。タンクラッドはじっと友達を見て『昨日。ホーミットが来ていただろ』と呟いた。ミレイオは固まる。
「朝な。コルステインが教えてくれた」
「もう・・・コルステイン」
「心配してくれたんだ。お前が一緒だったから。どうしたのか、彼女は知らない」
ミレイオは面倒な質問に、タンクラッドを見ないようにして首を振ったが、彼の言葉に『彼女』と聞こえ、またちょっと別の意味で固まる(※『こりゃヤバイだろ』の察し)。でも、指摘すると怒りそうなので、それは気づかぬ振り。
「ああ~・・・うーん(※『彼女』の言葉に躊躇い中)。えーっと、そうね。そう、そうか。心配ね」
「どこか行くつもりか?場所は?目的は言われているのか」
「それって。あんたがどうしてそんなに」
「ホーミットは仲間という話だ。だが、姿を見せれば、そうとは思えん動きしかしていない。お前を呼び出すのも、同じサブパメントゥだからかと思ったが。
遺跡が関係していそうだと、以前、イーアンが推測したことを思えば、お前も遺跡で呼ばれて」
「タンクラッド」
ミレイオは彼を遮った。自分を見ている鳶色の目を、少し見つめ返して『いろいろ。訊かないでよ』真面目な顔で伝える。
「あのね。仲間なのよ。あんなだけど。私も別に仲良くもないけど、それは分かるの。危なくはないでしょ。ちょっと行ってくるけど、詮索しないで」
「お前と、ヤツの約束か」
剣職人の質問に答えず、ミレイオは視線で返した。それ以上訊くなと目で教え、タンクラッドは自分に向けられた明るい金色の瞳を見て、ゆっくり首を傾げる。
「俺の勘だが。あのホーミットとやら。お前と近い関係に思う」
「はぁ?」
ミレイオは、タンクラッドの勘の良さが時々嫌になる。それがモロに顔に出て『やめてよ』と吐き捨てた。
「嫌そうな顔だ。理由が分かる。お前の体の刺青。あの男の刺青と同じだろう」
「何ですって?」
驚いて聞き返すミレイオの反応に、親方はちょっと拍子抜けしたような顔をする。『お前、知らないのか』まさかと、訊くと、ミレイオは戸惑う。
ミレイオとしては、昨日の夜に見た人間の姿の親の、どこに刺青があったのかと、急いで思い出す数秒間。思い出せない(※カッチョ良かった方がインパクト)・・・・・
「あの男の背中一面。お前と同じような絵が。同じものではないだろうが、見るからに同系列だ」
「し。知らない。知らない!何、そんなの。サブパメントゥなら、時々いるわよ。大体、何であんた・・・見たことあるの?!」
「あるから言ってるんだろう。俺とイーアンが一緒にいた時に、あの男が来た。あいつだろ?獅子になったり人間になったり。ザッカリアよりも肌の色が深くて、金茶色の髪で、やけに男らしい体つきの」
ぐぬぅっ・・・唸るミレイオ。何で両方知ってるんだ、と驚く(※自分息子⇒昨日親の姿初見)。タンクラッドは、静かに教える。
「お前の顔を見てるとな。大体のことが読める。ホーミットの話は、コルステインから聞いたんだ。
その時は、姿を知らなかったが、名前だけは覚えていたから、確認した。ジジイの馬車歌にサブパメントゥがいるかどうか、聞いてみたら。コルステイン以外にもう一人いると言う。
それは『テイワグナにいるデカイ猫』みたいな姿で、人間じゃない・・・とな。
コルステインの話は、ジジイの情報の後日、偶然だったが、もしやと思って、コルステインに『デカイ猫』の絵を描いて見せたら『そうだ』と言う。
イーアンが攫われた日は、コルステインに聞く前。
話が前後するがその時、俺は彼を初めて見ている。彼女が攫われる二回目だった。
一回目は、総長とシャンガマック、イーアンが相手の姿を見たが、彼はその時、シャンガマックの姿を取っていたと言う。
つまり。俺が思うに、体の形を変えることが出来て、獅子でもあり、焦げ茶色の大男でもあり、赤の他人でもある。それがホーミットだ」
ミレイオは、剣職人の勘が苦手。こいつも親父と似てる。喋り方や、察しのつけ方。
観念したように溜め息をついてから、ミレイオはうんざりしたようにタンクラッドに視線を向ける。
「その、あんたの見当。黙ってなさい。まだ、簡単に人に言わないで」
「何か守りたそうだ。だが良いだろう。正解かどうか、俺はアタリを付けたが、返答は先みたいだからな」
とにかく、後で出かける・・・ミレイオはそれを以って話を終えると、唇をちょっと噛んで、タンクラッドに背中を向けた。
タンクラッドは少し思う。ミレイオも。イーアンも。時折、自分の子供のように思えるくらい、反応が分かりやすい。
何かを隠す時。何かを知ろうとする時。何かを感じて動こうとする時。
大体の人間相手なら、ちょっと勘を働かせれば、何となし分かることだが、この二人はやけに似た反応をすることがある上に、自分にはそれが、手に取るように伝わる時がある。
この時のミレイオは、以前のあの男に捕まった後に戻った、イーアンと似ていた。聞き出せるのは無理やりじゃない方が良い―― そう思う時間だった。
御者台では、ドルドレンを片腕に抱き寄せたタムズが、通りがかりの人や、すれ違う馬車の御者にガン見されながら、可笑しそうに彼ら人間の反応を楽しんでいた。
ドルドレンは幸せなので『他の者の目など、気にしなくて良いのだ』とタムズに笑顔で言い続けた。
タムズはそんなドルドレンの言葉に、少し笑って『気にしていないよ。角が目立つね(※&皮膚の色&大きさ&雰囲気、他多数)』そう答えて、彼の黒髪を撫でる。
のんびりした馬車の御者台から、横に見える風景を見つめる男龍は『綺麗な場所だ』と誉めた。
「俺もそう思う。綺麗な風景だ。昔から変わっていなさそうに思える。緑が豊かで、川が続いていて」
ドルドレンもタムズの胸に顔を寄せたまま(※恋人)彼の視線の先を見て、同感だと笑顔で言う。
「ふむ。本当に。後で、少し見に行ってみるかな」
タムズも微笑んで頷いた。様子を見てこよう―― ミレイオが行くなら、と。
お読み頂き有難うございます。




