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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
89/2938

88. 魔物の回収、 本部の使者

(※少々、解体の場面がございます。苦手な方はどうぞ次へお進み下さい)

 

 素晴らしい朝食の後は、イーアンが裏庭へ行くと言う。ああ、あれ、と無表情なドルドレンは頷いた。部屋に白いナイフを取りに行き、青い布も羽織り、冬の朝の日差しきらめく庭へ出る。

 ドルドレンは、ふと風呂を洗っておくことを思い出し、近くにいた騎士に『すまないが』と風呂の用意を頼んだ。イーアンが死体から回収している間に風呂の湯が張るだろう、と思ってのことだった。



 裏庭に詰まれた20頭近い魔物の死体。ナイフで切り裂かれたものと、部分によって砕かれ(ひしゃ)げたものがあった。


 ドルドレンが裏庭口で騎士と話している間に、イーアンは死体の山に近寄った。

 それらを朝日の中でよく見るが、やはり血と呼べそうなものはあまり見られない気がした。もう少し血糊が付いていそうなのに、と思う。体液はあるが、それは赤くない。その体液が、血と同じ働きをするのか。


 大きさが狼くらいなので、この毛皮を取っておく。内臓も一応調べようと思い、頭と肩が砕かれた魔物を仰向けに寝かせる。死後硬直・・・というほど硬くもない。どこまでが生物に近くて、どこからが違うのか。まだ良く分からない。とりあえず、皮を取ろう。


 肛門付近をくるっとナイフで一周し、腹部側から刃を入れて、腹を通って首元まで真っ直ぐ切り、頭蓋骨の付け根くらいで一周する。皮と筋肉の間にナイフを滑らせて皮を浮かす。四肢の踵辺りに切り込みを回して内側に切り線を入れてから皮を引っ張る。血も脂も特にないので、ナイフも手も別に汚れない。皮を取るのは楽だった。


「魔物は皆そうなのかしら」


 独り言を呟く。尻尾の表面層も、昨日の毛深いのも、この狼みたいなのも、膜が剥がれやすいし皮を取りやすい。ドルドレンに切り開かれた魔物以外は丸ごと毛皮が取れそうに見えたので、一頭に付き時間が4~5分で済むのもあり、残りの7頭も皮を取った。



 後ろで見ているドルドレンは、じーっとイーアンの作業を眺めていた。何かあった時の見張りである。口は出さない。



 ――しかし手馴れている、と思った。


 死体にも反応しないし、潰された頭や飛び出た内臓も気に留めない。死体を地面に引っ張り出して、さっさと皮を剥いている。野菜の皮でも剥くように。よく見ていると、自分(おれ)が倒した以外の魔物しか剥いていない。綺麗な一頭分、が毛皮の条件なのか・・・・・ 昨日、頑張ったんだけどな、と寂しく思う。


 しばらくすると、イーアンはぶつぶつ独り言を言いながら、普通の顔で、筋肉丸出しの魔物をひっくり返して腹を切り始めた。中に手を突っ込んで内臓を取り出し、手の上でくるくる回しながら観察している。


 ――イーアン。それは内臓だ。可愛いお菓子でもなければ、素敵な髪飾りでもない。君が素手で鷲掴みにして、輝く朝日に掲げながら見ているそれは、魔物の腸や心臓だと思うよ。ほら、ずるって伸びたし――



 ドルドレンとしては、どこかで注意したほうが良いのか、悩む光景だった。腕組みをして支部の壁に寄りかかりながら、目の前でせっせと皮を剥いで、せっせと内臓を取り出して見つめ、時々笑顔で『あ、そうかも』と一人合点がいったように納得する、その姿にどう声をかけたら良いか分からなかった。



 気が付けば自分の横に、天敵(クローハル)も片目の騎士もいる。


 彼らも何も喋らない。気配で分かったが、裏庭側の窓からこちらを覗いている輩もいる。とりあえず、皆彼女に何も言わず、好きにやらせることにしたのは良いことだ。


 誰も何も言わず、じっと、朝日の中の一人の女性を見つめる。イーアンは支部に背を向けているので気が付かない。内臓を取り出して、地面に並べながら、いくつか気に入った(と思われる)臓物をナイフで切り離して集め始める。彼女の横に、詰まれた毛皮と詰まれた内臓。


 そして、頭の無事な魔物の顔にナイフを当てて何か切込みを入れたのか、見ている前で、上顎と下顎を掴んで引き割る。下顎のつながった首を、ナイフでピッと切って、胴体がどさっと下に落ちる。

 これにはさすがに、男たちの目が飛び出そうになった。下顎に関心があったのか、無事な形の下顎を集めているイーアン。毛皮・内臓の一部・下顎・・・・・


 一通り終わったのか、くるくるした黒く輝く髪の毛を(さっき内臓掴んでた)手でかき上げて振り向いた。イーアンの微笑みは一瞬で、『皆さんで見ていらしたの?びっくりした』と驚きの顔に変わる。



 驚くのはこっちだよ。と、ドルドレン以下全員が同じ思考でイーアンを見返した。


 イーアンは自分一人で片付け始めたが、クローハルが『手伝う』と引き攣った笑顔で引き受けたので、ドルドレン他、手の空いた騎士たち(分解された体に抵抗が無い体質可)も、裏庭の門を開けて壊れた魔物をぽいぽいと外に出した。

 イーアンの回収したもの(当人曰く、材料)はドルドレンとブラスケッドで袋に入れて作業部屋へ運んでやった。クローハルは、何だか気持ちが悪くなったとかで、よろよろと戻って行った。イーアンは『皆さんが、片付けるのを手伝って下さったから、早く終わりました』と騎士たちにお礼を伝えていた。


 その後。イーアンは大量の湯を求め、作業部屋の裏庭側、人目に付かない場所で毛皮の処理をした。集めた臓物を(たらい)に張った湯に入れて潰し、白濁した湯を手で掬って毛皮の肉面に塗り広げる。それを8枚の毛皮全てに行い、毛皮を畳んで空の塩袋へ入れ、作業部屋に運んだ。結局これらを行なって、2時間半くらいの時間が経った。



 ドルドレンが、風呂に入れることを伝えると、イーアンは有難がった。そして一仕事済んだ午前中、彼女は風呂に入ることになった。着替えを持って風呂場へ行き、ドルドレンが番をするいつもの風呂時間。


 上がって出てきたイーアンは、ツィーレインの服屋で買った服に身を包み、さっきまで内臓と遊んでいたとは思えない女性らしい姿だった。


 薄く細い体に張り付くような、シー・シェル・ピンクの光沢のある立ち襟ブラウスに、ウイスキー・オレンジのぴったりしたズボン、コルセットのような幅のある革のベルト、プルシアン・ブルーで丈が足首まである、腰下から裾へ向けて広がる上着。膝上までの長い革靴は気に入ったのか、これは変わらない。


「イーアン。俺はどうしたら良いんだ」


 黒髪の美丈夫が頬を赤く染め、イーアンをひしっと抱き締める。


 風呂場前でよくあるこの光景は、最初こそ他の者に引かれていたが、もう四六時中なので、段々、日常の出来事と化してきていた。イーアンはあまり慣れはしなかったが、感動してくれるのは嬉しいので、多少の恥ずかしさはあるものの受け入れている。



 朝食後すぐ、イーアンが回収を開始したのは、クローハルが気を利かせて、魔物の死体を裏庭に運んでくれたからだった。死体を裏庭から早く出したほうが良いと思い、それで回収を先にした。

 でも、早めに作業を終わらせて、ちゃんときれいにしてから、心配してくれた人たちに挨拶に行きたいと思っていた。


『遅くなってしまったけれど、先日の件で心配をかけた人たちに謝罪をして回りたい』とドルドレンに言うと、ドルドレンは『気にしないで大丈夫だ』と笑った。どうせ皆、もう知っていると。


「顔を合わせた時に言えば良いだろう」


 ふと、ドルドレンは嫌なことを思い出したように、ちょっと止まった後、『自分は執務室で報告書類が待っていたんだ』と呟き、イーアンを作業部屋へ送る。


「昼になったら迎えに来るよ」


 作業部屋の前でドルドレンはそう言うと、イーアンの頭にキスをしてから、執務室に急いで向かった。



 作業部屋に入って、回収した下顎を茹でることを考えた。骨を外して歯を取るためだ。この魔物が同じ魔物の屍骸を食べるとすれば―― 歯や顎は相当頑丈であろうか、と思って、取ることにした。



 上顎の歯でも良かったが、目とか鼻とか付いているとさすがに・・・と思って、下顎にした。白いナイフは、昨日ドルドレンが魔物と戦った時に、骨まで分断していた。死体を見たとき、本当に骨が切れているので感心した。


 だが、それは、あの力で振り回したからかもしれない。自分が骨にナイフを当てて、パカッと切れると思えなかった。でも茹でるにしても、火がなければ。茹でている間は側にいる必要もある。目立たない場所で火を使えるところがあると良いな、と思う。


 とりあえず、すぐには作業出来そうにない下顎なので、広間から暖炉の灰をもらって保存することにした。


「お昼になったら、暖炉から灰をもらえるか、ドルドレンに相談してみよう」


 それまでは待機、と下顎の入った袋を閉じる。皮はこの状態で丸一日置くので、これと下顎袋を日の当たらない部屋の隅へ移動した。



 昼まで、毒袋の液体を容器に移すことにした。あまり生物らしい感じがないとはいえ、一応は(なま)もの。処理は早めの方が良い。

 イーアンは本も見たかったし、調べものもあるし、加工もしたいし、買ってもらった服もちゃんと掛けれるようにしたいし・・・したいことはたくさんある。


 だけど優先順位があるので、とにかく生ものから対処することにした。


 先に、昨日の魔物のこと・毒袋の液体の効果と使用方法・使用量、今日の魔物の死体から分かったこと・特徴と回収したものを紙に書いておいた。忘れては勿体無い。大事な資料になるのだ。


 そして手袋を着けて、残っている針セットを一度に【表面層⇒毒分泌腺⇒毒袋分け】すると決める。



 しばらくして、8本分の表面層を外し終った時。昼よりもまだ1時間早い時間。


 扉が叩かれる。しかし、声がない。イーアンは作業台に粗布を広げて掛け、『はい。どなた様ですか』と部屋の中から声をかけた。廊下で誰かが話し合う声がする。


『作業中に失礼致します。王都本部の使者が来ています』



 え? イーアンが固まる。突然ここに来るものなの?と過ぎる。もし来るとしても、ドルドレンと一緒に来るものでは、と考えていたから不審な感じがした。


 とりあえず部屋の中から『申し訳ございませんが、作業中で汚れておりますので、支度を整え次第そちらへ伺います』と扉に向かって大きい声で伝えてみる。


 するとやはり向こうで何か会話をしている。聞き取れないが、何だか話し方が堅苦しいような。


『イーアン。汚れをお気にされず、どうぞ扉をお開け頂けませんか』


 なぜ? 何で粘るのかしら。 変な人だったらどうしよう、とイーアンは悩む。開けて、ぜんぜん違う人だったら。また何かおかしなことになったら困る。

 悩んでいる時間は2~3秒だったが、扉を忙しなく叩かれた。『怪しまれることはございません。どうぞお会い頂きたい』と先ほどの声と変わった。


 イーアンは困って、急いで窓を開けた。そしてブラスケッドがくれたお土産の石を、手袋をしたままの左手に一つ持つ。


「分かりました。開けますのでお待ち下さい」


 イーアンが鍵を開けると、扉が引っ張られた。そこには、若い騎士が2人と、見たことのない男性が3人いた。1人はイーアンと同じくらいの年齢に見え、残りの2人はオシーンくらいの年配だった。



 彼らはイーアンを頭の先から爪先までさっと見て、眉を寄せて驚いた顔をした。あからさまに不審者的な目で見られると、ちょっと傷つく。とりあえず目を逸らして、『どうぞ』と中へ通した。


 若い騎士は、今日の取り次ぎ当番だったのかもしれない。彼らはすまなそうにイーアンを見た。


 残りの三人はちょっと立ち止まり、入り口付近で作業部屋を見渡した。

 そして年配の一人がイーアンに顔を向け、少しの沈黙があった。


「君がイーアン」 「はい」


「どこの者だ」 「お話しする理由を聞かせて頂けませんか」


 なんだと?と苛立ったような声が戻ってくる。イーアンは目を背けはしないが、嫌だなぁと思った。


 こういう高圧的な態度の人は、話を自分の良いように捻じ曲げる傾向があるから、もうちょっと第三者の多い席で質問してもらいたかった。


「君は自分の立場が分かっているか」 「お客様の求める答えを持っていないかもしれません」


「口の減らない女だな」 「そうかもしれません」


 馬鹿にしてるのか、と突然切れる年配のもう一人。 ・・・・・あーもう、バカでイヤ。どうしてこういうタイプの人が上司みたいな立場になってしまうのかしら?と溜息が出る。思い通りに答えないだけで威圧するなんて、バカのすることだわ。言葉があるの、人間には。言葉は便利なのよ、と思う。


 年配2人が詰め寄る。すると、もう一人の長い髪の少し若そうな男の人が、ちらっとイーアンを見て『では。話を願う理由を伝えようか』と言った。



 年配の2人はその一声で黙った。イーアンは彼らが黙ったことから、この若そうな男性の方が()なんだと分かった。


 イーアンは早くドルドレンに来てほしかった。



お読み頂き有難うございます。

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