888. その夜の雑談 ~警護団と塩の味
「話にならなかった」
ドルドレンはザッカリアと一緒に御者台に座って、手綱を取りながら子供に言う。
「ヤな人たちだったの」
「うーん。そうじゃないのだ。仕事をしないのだ。嫌というよりも、意識の低さを感じる相手だった」
「それ。簡単に言うと、どういう意味」
つまりね、と総長は子供に教える。思うに多分、彼らは魔物から逃げていること。見て見ぬ振りで危険を冒さないこと。誰かの報告を受けても、なかったと思い込みたいこと。
これらを合わせると、仕事が人々や国を守る内容なのに、それをしていないと思うこと・・・を話すと、ザッカリアは理解した。
「仕事の意味なのだ。仕事はどんなことであれ、必要とされているから存在するのだ。他人の求めであれ、自分の求めであれ。必要だからなのだ。
勿論、それを辞める自由もあるのだが、そこにいる以上は、その仕事の意味を頼る誰かも存在するわけだから」
「ちゃんとやらないと、ダメってこと」
そう、と頷くドルドレン。『さっきの警護団は、村人の声を聞こうとしていなかったようだし』騎士修道会では信じられないと言う総長。子供は少し考えて『警護団、そういう仕事じゃなかったんだね』と答えた。
ドルドレンは、まだ10代も始めのほうとは言え、ザッカリアの方がずっと意識が高いと思った。
彼と、さっきの輩を比べるのは失礼だろうが、きちんとした意識を携える子供がいて、ああした意識の低い輩もいてとなると、教育の大切さを感じてしまう。これから向かう本部はどうなのだろうと、懸念が生まれた。
ザッカリアと話していると、後ろの御者台からイーアンが(※飛んで)来て、ドルドレンの横に座る。
「どうしたの」
「さっきの警護団に、アオファの鱗。お渡しになりました?」
「渡してない。忘れていたのだ」
届ける?とイーアンが言い、ドルドレンはザッカリアと顔を見合わせて、二人は首を振った(※合意)。
「あら。良いのですか。魔物と鉢合わせたら、だって」
「彼らも剣はある。それ相応の給与も受け取っている。戦って覚える必要もある」
イーアンはじっと伴侶を見る。ドルドレンもじっと愛妻を見る。灰色の瞳で奥さんをじっと見ていると、つい、ちゅーとかしたくなるが。子供の手前、我慢する(※当然)。
イーアンとしては、伴侶がそう言う時は大体において、何かあったと思うので、静かに頷いた(※ちゅー意識は業務に関係ない)。
「そうですか。シャンガマックも馬車に戻って、特に何も話していませんでしたから。何かあったのかと思いました。警護団の対応は、彼らが自ら魔物退治を行う必要を見せたのでしょう」
「君は鋭い。さすが俺の奥さんだ」
そうなのねと理解するイーアン。鋭くはないと思うけれど・・・イーアンは、ミレイオもタンクラッドも同じように感じるだろうなと思ったが、伴侶のお褒めの言葉にお礼を言って、また後ろに戻った。
イーアンが戻った後、ザッカリアは総長に『イーアンは誰からも逃げないよね』と言った。総長も微笑んで『そうだ。彼女は最初から、騎士よりも騎士らしい精神の持ち主だ』と答えた。
寝台馬車の御者台に座ったイーアンは、ミレイオに警護団のことを話した。
ミレイオが『鱗は?』と気がついたので、イーアンがドルドレンに聞きに行ったのだ。ミレイオは、ドルドレンの返答を知って、少し笑った。
「あれか。腰抜けだった、ってことか」
「ハハハ。ミレイオは実に簡潔です。そうなのでしょう」
「大方、報告書なんか書かれちゃ困る、って感じだったんじゃないの?
聞いてると、警護団は、あんまり仕事しそうな印象ないわ。ブガドゥムにいた警護団も、フツーのおっさんだったじゃない。あの人たちは別に悪い印象はないけど、魔物怖がってる感じだったしね。
さっきの警護団施設に、馬車何台もあったでしょ?午後にあんだけ馬車があるって、外にも見回りしてないじゃないの。ドルドレンたちが魔物退治報告したら、迷惑なのかもね」
ミレイオの見解に、イーアンは同じように思うと答える。ミレイオは手綱をちょいちょい捌きながら、フフンと笑う。
「そう思うとさ。ハイザンジェルは騎士制度があって良かったなって、国民としては思うわよ。私一応、税金払ってるから、国民なのよ」
「分かっていますよ」
笑うイーアンは、ミレイオの笑顔に『ちゃんと知ってる』と念を押す。ミレイオも『地下の住人だけど、とりあえずハイザンジェルの戸籍と税金はある』と教えた。
「話し戻すけど。ハイザンジェルって騎士制度だからか、馬で動いてる印象の方が強いわよね。馬車って、遠征の団体様でもないと、あんまり見かけたことないかも」
「あら。言われてみますと。そうですねぇ。ドルドレンたちも動く時は、いつも馬でした。馬車はそう・・・そうです。遠征の荷物を運ぶ馬車隊が出る時くらい」
「そうよね。アードキーなんて、人いないからさ。見回りに週一くらいで来てくれてたんだけど、二人でも三人でも、彼らは馬だったの。
あそこは地形状、馬車が不向きな場所ってのもあっただろうけど、私は買出しは借りた馬車だったし。馬車が使えないわけじゃないのに、馬に乗ってる騎士の姿しか覚えてないわ」
警護団は、黒馬車。その状態しか知らない。広いからとか、そうした意味でもなさそうなので、やはりテイワグナの警護団は、馬で出かけるのが怖いのかもしれないと二人で話した。
『馬車と違ってむき出しだもんね』ミレイオの言葉に、イーアンは『魔物に襲われたら、身動き取れないと思うのですが』不自由さの方が気になる、と答える。
「北西の馬車隊に、ヨドクスという隊長がいます。
彼は、負傷者や荷物を預かる隊長なので、魔物に馬車が襲われると『いっぺんに全てを失いかねない怖さがある』と話していたことがあります。
私も、馬車は襲われた時のことを思うと、非常に気を遣う乗り物という印象です」
「実戦を何度もしてるあんたたちは、そう思うかも。だから、それも知らないってことでしょ」
ああ~・・・イーアンが納得すると、ミレイオは苦笑いで首を振る。『大丈夫かね』本部もこんなかもよ、と笑った。
警護団の様子なり、魔物退治のことなり。雑談をしながら午後を過ごす、馬車の道。
報告書作成がなかった分、思っていたよりも早く進むことが出来て、次の町までの距離をかなり詰めることが出来た。
魔物に出くわすことがなかったので、そのまま夕方を迎え、馬車は点々と岩のある草地で野営の準備。
草地ばかりで、火が使えないと思ったミレイオとイーアンは、少し馬車から離れた岩近くで煮炊きする。
馬車は寄せなくても良いと、ドルドレンたちに伝え、岩を背中に焚き火。道具と食材を運んで、二人は夕食を作り始める。
背中にした岩に、焚き火の明かりが反射して、ちょっとした明るい空間が生まれると、そこだけ空の下の部屋のようだった。
この夜。イーアンは久しぶりに、薄切り肉に、水と粉と硬くなった生地の衣で、揚げ肉を作った。
ミレイオに、酸味のある野菜と穀物で、水分の少ない煮込みを作ってもらい、さっぱりお野菜料理と揚げ物の夕食。
特に作るつもりはなかったのだが。
単に、親方が採石した石の袋を押し込んだ場所に、作り置きしていた平焼き生地の包みがあり、それが乾燥していて粉々になったため、『こりゃもう、パン粉ですよ』呟いたそれで、思いついただけ。
親方はとっても謝っていたが、イーアンは『気にするな(※男らしいイーアン)』と笑って。
それではね・・・の流れで、塩漬け肉も薄切り・・・粉と水を練り練り・・・ぺたぺた付けた衣で、じゅーじゅー揚げ焼きとなった。
「お前は最高だっ!」
親方、揚げ肉大好き。自分が食料を破壊したと、反省したのも束の間。
思いがけず大好物が出現し、揚げた最初の一枚を、ニコッと笑ったイーアンに差し出され『良いのか?』と、はち切れんばかりの笑顔で食べる。
「旅でこれを食べるとは。油を多く使うから無理だと思っていた。これは薄いから、油があんまり要らないのか」
イケメン・スマイルで、揚げ肉に感激する親方は、大袈裟なくらいに大きな声で『美味い、美味い』はしゃぐ。
親方が揚げ物大好きなのをイーアンは知っているので、最初の味見はあげようと思っていたからだが、ミレイオが見ていて『味見。私じゃないのね』一緒に作ってるのにと、ぼやく。
イーアンは急いでもう一枚揚げ、ミレイオに差し出した(※不服そうだけど『美味しいわ』って言う)。
親方の声と揚げる匂いでドルドレンも来て『俺にも味見があるだろうか』と寂しそうに呟く。イーアンは、さっと頷いて、もう一枚ちゃかちゃか揚げる。差し出すと伴侶も笑顔で食べて幸せそう。
次の肉を皿に置く前に、シャンガマックもザッカリアも見に来たため、結局、揚げながら提供するという、屋台状態でイーアンはせっせと揚げ肉を作った(※屋台のおばちゃん龍)。
唯一、くどいの苦手なフォラヴは、じーっと様子を見ていたが『小さいのを一つ。頂けますか』と申し出る。
脂っこい臭いがキライなフォラヴなので、イーアンは了解して、脂身を切り落とした小振りな肉を、ちょいちょい焼いてあげた。
妖精の騎士は微笑んで、揚げ立ての肉を食べると『私にはこのくらいが丁度良いかも』と美味しがってくれた。彼はミレイオの野菜の煮込みを多めにもらい、それと、ちっこめ揚げ肉の夕食。
揚げ立て提供屋台で、イーアンは合間合間に煮込みを食べて、揚げ肉を齧る(※屋台裏)。揚げながらの食事なので、いつもよりちょっと夕食は長くなる。背にした岩の反射の明るさも手伝ってか、そんな夕暮れ時を皆が楽しむ。
「俺が馬車の料理を作る時も、こんな感じなのだ」
ドルドレンはイーアンの横で、煮込み料理の上に、揚げ肉2枚載せてもらって話す。『馬車の料理も、肉が多いから』タンクラッドたちに好評と笑う。イーアンも『それ大好き』と伝えて、伴侶にもう一枚、肉をあげた。
こんな夕食の場で、煮込みを食べながらあれこれ考えるミレイオは、騎士の遠征食のことを思い出す。
「私、アクスエクで、お昼もらったでしょ。あの時にね。料理の塩が強いなと思ったの。それをイーアンに言ったら『騎士たちは鎧で動くし、汗もかくから』って。今はそうかもなって分かる気がする」
「そうなのか。ミレイオには塩が強く感じたか。あんなものなのだ。でもどうだろうな、東の支部はあれでも、柔らかい味付けに思う」
ミレイオが思うことは、今日の警護団。
「あのね。私たちは魔物退治で今、テイワグナを回ってるじゃない?ちょっと話が飛ぶんだけど、警護団がさ。もう少し動くように変わってくれないと、困ると思うのよ」
「それと塩味の都合は、何の関係があるんだ」
親方は、揚げ肉をイーアンにまたもらいながら、ミレイオの話の飛び方に眉を寄せる。ミレイオは『今から言うの』と嫌そうな顔で押さえた。
「テイワグナ全体がこんな具合じゃ、先が思い遣られるでしょ。魔物が出てもう、何日?各地に出てるのに、外で会う警護団は馬車乗りばっかりで、実際に顔を合わせても『魔物?』みたいな反応だから」
「塩は」
突っ込むタンクラッドに、ミレイオが『ちょっと黙ってろ』と怒る。騎士たちも笑いそうになるが、顔を伏せて肉を食べつつ、続きを待った。
「遠征食で思い出したのよ!塩が多いとか。あれって、動くからでしょ?汗かくくらい動いて、鎧も着けて、馬で移動して。馬車ん中で揺られてる連中には、そういう実感ないじゃない。そういう意味よ」
煩い小姑のような剣職人に先に説明してから、『ああ、それでか』と彼が頷くのを無視して、ミレイオは思ったことを話し続ける。
「私たちが魔物を倒すのは仕事で、それ以前に運命だから。私はちょっと違うにしても・・・あんたたちはモロにそうだから、倒すことに関しては置いといて。
だけどさ。警護団が協力的じゃないのって、この先が面倒よ。『言えば動く』だと、言わなきゃ動かないわけでしょ?今日の施設の連中は、言っても動かないような相手だったみたいだし」
「そうだな。動かないかもな。紙1~2枚、作る気もない。魔物に関わる全てを避けているみたいだ」
ドルドレンとシャンガマックが、呆れたように首を振ったので、ミレイオも頷く。
「剣だとか鎧だとか。盾や弓も。作ったげるのは構わないわよ。実演で教えて、やってみたいと思う工房もあると思うから。ブガドゥムの駐在で来ていた警護団員は、知りたがってくれたし。
ただ如何せん、それを使う立場の全員の意識が薄いとさ。一部の団員が関心示すだけじゃ、紹介しても無駄になりそう」
「ミレイオの話は尤もだ。俺もそう思う。魔物の被害に恐れる国民を、守る気がないのか。警護団は訓練などがないようにも・・・いや、体の動きよりも、それ以前に気構えもないような」
総長の言葉に、シャンガマックは以前、黒馬車の御者に聞いた話を思い出して伝えた。
「ないみたいですよ。稽古も演習も話に出ないので。自警団がそのまま、組織化してまとまったと聞いています。
ブガドゥムに向かう道で、警護団の御者をしているおじさんが話していました。仕事が出来ない部署は、田舎だから多いと」
「田舎限定なら良いけどね」
ミレイオはシャンガマックの言葉に、首をゆっくり傾げて『全体かも』と笑った。ドルドレンは笑えない。
「そうだな・・・・・ 本部に着いても、彼らがどう取り組んでいるのか。それによっては俺たちの活動も、彼ら用に分かりやすくした方が良いのかな」
「私たちが、じゃないでしょ。単純なことに、目も瞑って耳も塞いでる連中なんだから、耳元で怒鳴れば良いのよ」
面倒そうにミレイオは言う。『余計な気持ち、砕く必要ないわ』ドルドレンに、親切は無用と教える。
「彼らだって戦う立場で、金貰ってるわけで。そりゃ、私たちが動いた方が早いし、被害も少ないけれど。
私たち・・・せいぜい7~8人で戦える範囲なんて、高が知れてるのよ。警護団がもっと頑張ってくれなきゃ、こんな広い国で、これから先どれだけ犠牲者が増えるか。今だって、誰かが悲鳴を上げてても、聞こえない振りして馬車で帰ってるわよ。
だから、次に会ったヤツから『塩が欲しくなる』まで、汗かかせるのよ。怖さで、食事の味が分からなくなるまで、自分たちの現実がどんなものなのか。体で分からなきゃ意味ないわ」
厳しい。騎士たちは、ミレイオの話に頷きながらも、こんな上司がいなくて良かったと思った(※上司推薦:親方>ミレイオ)。
横で聞いているイーアンは、ミレイオの言葉をしみじみ考えて、頷いた。
「そうですね。剣を与えても。強い盾を渡しても。使わないなら、魔物相手に死ぬだけです。
まず、死にたくない気持ちを理解しないと動かないでしょう。他人が死んでいるうちは、見ないで逃げるので・・・ご自身がね。死にそうになって頂いた方が」
警護団が国民を守るのですし、と・・・うんうん、頷く角付き女。ミレイオも『そうよね。死ぬ気じゃなきゃ』と、一緒に首を縦に振りながら、イーアンの揚げ肉を一枚もらって食べる。
固まる騎士たちは、死ぬ手前までじゃなくても、と思う。この人たち、一体今、何を考えているのか。それを知るのが怖い気がして、聞くに聞けず黙る。
親方は、揚げ肉を20枚くらい食べて、ちょっと煮込みも食べてから(※やっと満腹)。眉を寄せた顔で、女二人(※一人は♂)を見つめ『お前たちはどうも、極端だな』と呟いた。
「向かい合って、戦う意識を高めてやった方が、突然、死にそうになるより受け入れそうなもんだ」
騎士たちは、剣職人の優しさが好きだった。厳しい人だけど、厳し過ぎないから。
彼を睨みつけ、『腰抜けなんか育てる必要ないでしょ』ケッと吐き捨てるオカマが上司じゃないことを、心から感謝した。
「そうだな。腰抜けに付き合っても、時間の無駄だな。ミレイオ」
明るい岩の空間を見つめる、離れた暗がりで静かに笑う男は、ミレイオの意見に賛成する。夕暮れに溶け込む焦げ茶色の肌に、焚き火に向けた碧色の瞳が怪しく光った。
お読み頂き有難うございます。
これからもどうぞ宜しくお願い致します。
皆様に感謝して。




