887. 午後~オウィド地区警護団 地方行動部にて
馬車は、警護団施設に立ち寄ってから、街道へ戻り、本部のある首都を目指す予定で進む。
「いつ着くのやら」
ドルドレンはザッカリアの曲に合わせて歌う合間、ちょっと呟く。ザッカリアは総長を見て『旅だもの。時間かかるよ』と諭す。笑う総長は頷いて、また歌を続けた。
なかなか。思うように旅路は進まない。
仲間内で分離したり、民間人のために道を変えたり(※農家の娘に襲われた夜)、自分が改心したり(※意識下)、魔物の被害の質が異なったりで、日数が掛かった気がする。確か、インガル地区の農家を出発した時に、シャンガマックは『本部まで馬車で十日くらい』と話していた。
それを思うと、もう既に十日以上経つし、予定の距離は半分くらいしか動いていない。旅は始まったばかりだけれど、全然進んでいないような気がして、遅い歩みをドルドレンは気にしていた。
警護団施設へ寄って、とりあえずの報告を済ませたら、出来るだけ街道を進みたいところ・・・・・
午前の早いうちに旅路へ戻った馬車は、せっせと進む。昼休憩近くになった頃、すれ違う民間の馬車に混じって、向こうから黒い馬車が来るのが見えた。
「警護団だな」
ドルドレンは数台並んだ馬車の列の後ろ、黒い馬車を見つけて呟く。ザッカリアも見て、眉を寄せる。
「俺。警護団、好きじゃないよ」
捕まった印象が悪いので、子供は嫌そうに総長に言う。総長も気持ちは分かるので、ゆっくり頷き『まともであることを祈ろう』と答えた。
実際、あのインガル地区以外は、今のところ、酷い態度の警護団に出会っていない。あの時が異常だったのかとドルドレンは思うが、子供の印象は、もっと良い対応が続かないと、記憶から払拭しにくい傷のよう。
ドルドレンは彼に、後ろに移るように促し、ザッカリアを荷台へ移動させた。
近づいてきた馬車に、ドルドレンは挨拶し『オウィド地区の警護団施設に報告をしたい』道を教えてくれと頼んだ。黒い馬車は止まり、御者の背中側にある小窓が開き『何の報告か』と中から声がした。
「ハイザンジェル騎士修道会の者だ。退治した魔物の報告を」
「ハイザンジェル?ちょっと待って」
黒い馬車は少し斜めに動き、道を逸れて改めて停車すると、中から若い男が一人下りて来て、旅の馬車に挨拶をした。
「私はオウィド地区の地方行動部所属、エディヤ・キジャッカといいます。あなた方は、ハイザンジェルから派遣された騎士修道会の」
「そうだ。俺は騎士修道会総長、ドルドレン・ダヴァート。仲間と一緒にテイワグナで魔物退治だ」
自己紹介した、御者台で手綱を取る背の高い男を見上げ、キジャッカは『はあ~』と感心するように声を漏らす。
「本当ですね。二色の髪色。灰色の目。厳しい顔立ち。そのまんまだ。龍はいるんですか?龍もいると、報告が来ていて」
「いる。一緒に動き回るわけではないが。騎龍して戦うし、移動もする。報告を各地でしておこうと思うから、オウィド地区の施設の場所を教えてもらえないか」
丁寧にもう一度頼むと、キジャッカは頷いて『地図を持っているか』と訊いてきた。
ドルドレンはシャンガマックを呼び、地図を受け取る。若い警護団員は、褐色の騎士を見て、また何やら思うところがあるように『へぇ~』と呟く。
地図を見せられ、いそいそ場所を指で示してから、方向を指差し、入る道の特徴などを伝えると、キジャッカは旅人に笑顔を向けた。
「私はこれからティティダックへ向かうんです。昨日、異様な雷を受けたようなので、調査と確認に行くのですが、あなた方の話を向こうで聞くのを楽しみにします」
ドルドレンは少し止まったが、すぐに頷き『そうしてくれ』と微笑んでお礼を言い、キジャッカの馬車と分かれた。
少し進んでから、黒馬車が見えなくなったくらいで、ドルドレンは首を傾げた。
「キジャッカと言ったな。彼は緊張感もない」
若いからなのか・・・それとも警護団はそうした人間が多いのか。ドルドレンには分からなかった。
ティティダックの被害は、一週間以上前に知っているはずなのに『楽しみにしている』と言う。無関係の旅人が魔物を倒したから、気が楽になったのかどうか。とは、言ったって。
「被害の影響で苦しんでいる村人がいるのだ。雷の調査も、何をする気なのか」
魔物被害を受けた直後の、ハイザンジェルを思い出す。テイワグナの警護団のようではなかった。そう思う。支部の中には、こうした感じで、民間の被害を他人事扱いする騎士もいたと思うが、全員がそうではなかったような。
騎士と警護団は、精神的に求められるものが違うのだろうかと、ドルドレンは複雑な気持ちを抱いた。
向かう道で昼になり、馬車を停めて、一行は昼食にする。ミレイオが料理をし始めてすぐ、空がきらーん。『お、帰って来たか』親方が青空を見上げて微笑む。ミレイオも『昼だからか』と頷く。
イーアンはアオファと戻ってきて、大きな多頭龍にお礼を言うと、着陸させないまま空に帰した。
「ただいま戻りました」
少しお疲れなイーアンは、そそくさお昼の食事を手伝い始める。
ミレイオは『昼は良いわよ。私がいる時は』と休ませた。お礼を言うイーアンに、赤ちゃんたちの様子を訊ね、二人は龍の赤ちゃんの話題で盛り上がる(※カワイイっちゃカワイイから)。
ドルドレンも来て、イーアンを労い(※命令した人)子供たちはどうだったかを訊く。親方も一緒に話を聞きたがり、そうするとザッカリアやフォラヴやシャンガマックも寄って来る。
結局、昼食作りの手伝いから、食事中も、お空の龍の赤ちゃんの話で皆は楽しんだ。
「そうか。そんなにいるのを想像すると可愛いな。俺もルガルバンダの子供と遊んだが、龍だから力強くて、でも赤ん坊だから顔が可愛いんだよな」
親方は思い出して、また遊んでやりたいと言う。イーアンも笑顔で頷き『すぐ大きくなるから』と、早く行くように促す。
「まだね。この前、生まれましたから、このくらいです(※手で大きさを示す)。親方が遊んであげたルガルバンダの子供たちは、今はこんなですよ」
自分の胸の辺りまで手をかざすイーアンに、タンクラッドも皆も驚く。そんなに成長したのかと言う皆に、イーアンは『やたら早く大きくなる』と真顔で教える。
『今度、時間があったら一緒に行こう』とイーアンは提案し、小分けに旅の仲間を連れて行く話にもなった。
ザッカリアは龍の赤ちゃんを見たいと何度も頼み、フォラヴも笑顔で楽しそうに想像を話した。
シャンガマックは、自分はあの時、知っていたら見たかったと総長に言う。ドルドレンも『とても可愛い』と、一度遊んだ時の話をした。
ミレイオは、タムズの赤ちゃんを抱っこしたことを思い出す。タムズに似たあの子は、今うんと大きくなっただろうなと思う。自分の足元に貼り付いて、じっと見上げていた可愛い龍の子供。
「行きたいわね。赤ちゃんだらけなんて素敵」
お土産にもらった卵の殻も思うと、色とりどりの龍の赤ちゃんたちの美しさを、この目で見たい・・・イーアンにそう言うと、『ちょいちょい、一緒に行けると良いと思う』と笑った。
それから、楽しい食事を終えた一行は、片づけをして、午後の道をまた進む。
シャンガマックは遺跡の資料を見たいということで、寝台馬車の御者はミレイオ。
お疲れイーアン(※パートさん)はミレイオと一緒。お疲れなのは、力を使い続けたフォラヴも同じで、彼はお昼寝を申し出たので、休憩中。
荷馬車はドルドレンとザッカリアが御者台で音楽の授業(?)。親方は荷台で、町に入ったら販売するため、品を幾らか準備に入る。荷馬車の扉が開いているので、中で作業する親方を見て、イーアンもミレイオも、何か作りたくなってくる(※作り手の性分)。
「縫い物ばっかりしてたけどさ。そろそろ、何か作りたいわよね」
「そうしましょう。この前の肋骨さん(※形状記憶合金チックなやつ)も使い道はまだですし」
「何よ、肋骨さんって」
温泉の魔物でね・・・イーアンは説明しながら、ミレイオと二人、あれこれ制作の話を進める。それが聞こえる親方も、笑みを浮かべた顔で小物の作業を進める時間。分野は異なっても、作り手が揃うと面白い。
次の町で、炉があることを祈りながら、タンクラッドは、ミレイオとイーアンの二人と一緒に、何か作れたらと思う。オーリンも戻ってくれば楽しみが増えるが『あいつは女が絡むからなぁ』と苦笑いする。
ドルドレンは、ザッカリアに歌を教え、発音と言葉の意味を教え、一緒に歌いながら過ごす。
知らない間に、警護団施設に向かう道が見えてきて、変に気を急かすよりも、寛いでいる方が早く感じる不思議に笑った。
「思ったよりも早かった」
「そう?もう3時くらいだよ。遠かった」
ザッカリアの答えにドルドレンは微笑んで『お前が側にいるから。楽しいと早く時間が過ぎる』と、お礼を言った。子供は嬉しそうに頷いて『いつでも側にいてあげるよ』と笑った。
警護団施設に向かう道に入り、木立の中を進む馬車。
誰とすれ違うこともないので、本当にここかなと時々気になったが、暫くすると前方に建物が見えてきた。木立の奥にしっかりした建物が現れて、コの字型の石造りの施設は、少し硬い印象。
「外に馬車がある。あまり外に出ていないのかも知れないな」
ドルドレンは黒馬車の並ぶ場所に馬車を寄せると、皆に待っているように伝えて、シャンガマックを連れて中へ入った。
警護団施設の玄関は、扉が開いていて、騎士たちが中を覗くと、暗がりの中にいる警護団員と目が合った。一人がすぐに寄ってきて『何かありましたか』と訊ねる。
ドルドレンたちは自己紹介し、来る道ですれ違った、ここの所属のキジャッカという団員に、場所を教えてもらったことを話す。受付にいた男性は了解して『こちらへ』と二人を招いた。
「報告書?魔物退治で」
受付の男性が一室に案内し、ドルドレンたちを椅子に座らせながら、事情を訊く。ざっくり目的を伝えて『報告書を作成して、警護団の情報に』とドルドレンが話すと、受付の男性は何度か頷いて『少々お待ち下さい』の言葉と共に部屋を出た。
「何でしょうね。また捕まるのでしょうか」
苦笑いするシャンガマックに、一緒に笑ったドルドレンは『それはないだろう』と答える。
「東駐在所でも、報告書を作らないと彼らは話していたから。ここから派遣された者たちだし、きっと報告書を求められたことが少ないのだろう」
「じゃ。誰か作成に明るい人を連れてくるんでしょうか」
そんなことをひそひそ話していると、扉は開いて、受付の男性が、二人の団員と思しき人物を部屋に入れる。『この方たちです。後は宜しくお願いします』受付の人はそう言って、ドルドレンたちをちらっと見ると自分は出て、扉を閉めた。
ドルドレンとシャンガマックの前に、自分たちよりも若い男が二人。笑顔で挨拶して、向かい合う椅子に掛けた。
「こんにちは。魔物退治の報告でお越し下さったとか」
体格の良い、がっちりした茶色い髪の男が言う。騎士たちは、同じ隊のスウィーニーを思い出す。スウィーニーみたいだけど、目の前の男は若くて、少々田舎っぽい雰囲気。それはさておき、ドルドレンは彼の質問に答える。
「そうだ。テルムゾとティティダックで」
「あそこは魔物じゃないと思うんですよ。土は酷いことになっていましたが」
「魔物がいたから、倒した。その報告だ」
「いたんですか?でも私たちが調べた時は、どこにもいませんでしたけれど。後から来たのかな」
もう一人の、金髪の若い男性に話を振る。金髪の男性も首をゆっくり傾げてから、騎士二人を見て『いたのかなぁ』と少し笑った。
ドルドレンもシャンガマックも。同じことを思う。
彼らは、自分たちが見つけなかったために、『魔物がいた』事実を無いことにしたいのだと。
彼らは一方的に『魔物の気配はなかった』そのことを言い続けた。若いからなのか、態度は少しふざけているようで、警護団が見回りや確認に出ている仕事では『特に問題があるように思えなかった』と話した。
ドルドレンは、彼らの態度を見ていて、教育もなさそうな気がした。
「つまり。二つの村に魔物はいないと、そう言っているのか」
「そうは言いませんけれど。でも私たちも警戒して確認はしているので。その間に何もなかったから、魔物じゃない可能性もあると、そういうことですね」
金髪でそばかすのある若い男性は、ドルドレンにちょっと笑う。真面目一本の騎士に『報告は口頭でも受け付けますので』と言った。
「それは、じゃあ。報告書作成はないということか」
シャンガマックが聞き返すと、茶色い髪の男性は『ですね』と笑った。『特に必要ないと判断したので』続けて言う態度が軽く、ドルドレンは溜め息をつく。
「報告書があると、後々、役に立つこともあると思うが」
「魔物は出ますけど、地域によって少ないこともありますから。ハイザンジェルは凄かったと聞いてますけれど、テイワグナは沿岸ばっかりですよ。こっちは山の方なんで、特に目立った被害もなく」
ドルドレンもシャンガマックも、彼らの鼻で笑うような態度に嫌気は差すものの、相手にする気にはならなかった。
村では報告書も書いてある。駐在所でも書いた。それだけでも良いか、と思ったドルドレンは立ち上がって『そうか。では邪魔したな』そう言って部下に帰るように促した。シャンガマックも静かに立つ。
騎士の態度に嫌なものを感じたのか、若い警護団員は同じように立ち上がると、扉を開けながら、余計な事を口にした。
「何だっけ。龍がいるとか。そんな話もありますよね」
ドルドレンは彼をちらっと見て、頷く。金髪の若者は、ハハッと笑って『龍って馬車で運ぶんですか』と訊ねた。
総長の目が温度を下げたのを感じたシャンガマック。すっと総長の前に立って、自分よりも背の低い金髪の男の顔を見つめる。
笑っていない騎士に、金髪の男性は冗談めかして『乗せてるんです?』ともう一度言った。
「テイワグナは龍への想いが強いと思った。しかし、そうでもないヤツもいるな」
そう言うと、目つきの悪くなった金髪の男に、自分の剣の収まる鞘を指差して示す。警護団員の二人はそれを見て、奇妙な幅のある鞘に眉を寄せた。
「何ですか?剣?変な形ですね」
「そうだな。龍の顎だから」
そう言うと、シャンガマックは押さえ金を、ばちんと外して、柄を斜めに傾け、剣の一部を見せた。二人の団員は目を見開く。『何だ、それ』白い骨のような形に、見るからに牙そのものが並ぶ武器。
褐色の騎士は彼らに、もう一度静かに、よく通る声でゆっくりと教えた。
「龍の顎だ。俺たちは龍の加護と共にある。馬車に乗るのは、魔物を倒すために地上へ降りた、龍の世界最強の存在。その姿をお前たちが見ることはない。本物を見る者は、本物の生き方を貫くものだけ」
シャンガマックはそこまで言うと、総長の背中をそっと押して『行きましょう』と言った。総長は灰色の瞳を頼もしい部下に向けて微笑み『お前は格好良い』と小声で誉める。『俺は精霊の加護ですけれど』答えるシャンガマック。
少し笑った二人は、挨拶もなく。後ろを振り向くことなく、施設を出て行った。
何も言えないまま、若い二人の団員はその場に立って、帰る騎士たちの背中を見送る。
自分たちが手柄を立てることも出来ず、よその人間に良いところを掻っ攫われた、些細な腹癒せ。
そのやっかみが、かえって、自分たちにささやかな恥をかかせるとは思わず、短く済んだとはいえ、苦い時間を味わったことは誰にも言わなかった。
お読み頂き有難うございます。
本日より、開示を限定しています。
こんな状態でも、こちらへお寄り下さいます皆様に心から感謝します。
本当に、とても嬉しいです。有難うございます。
これからも宜しくお願い致します。




