886. 旅の二十二日目 ~イーアンは空へ・村出発の午前
幸せな朝を迎えるドルドレンとイーアン。
「久しぶりに一緒」
「そうですね。久しぶりです」
ぎゅうぎゅう抱き締めるドルドレンに、せっせとくっ付くイーアン。
ドルドレンはイーアンの顔を見る度、微笑む。イーアンもドルドレンと目が合う度にニコッと笑う、朝の時間。そんなイーアンに、ドルドレンは伝える。
「昨日。やらしいことしなかったのだ」
「何ですか。朝から」
「そう言うけれどね。これは大きな進歩だ。俺がそっち方面じゃない喜びを上回らせたのだから」
「上回らせる。そう言われてみれば、そうかも知れませんが」
あのね、とドルドレンは気持ちを話す。自分がどんな試練を受けて、どう越えたのか。ふむふむ聞いているイーアンは、目を丸くしたり、とても心配そうな顔をしたりして、最後まで彼の話を聞いた。
「こういう経過があるのだ。イーアン、どうやら・・・あんまり俺の変化が、分からないみたいで残念だが」
「そんなことありません。と、言いたいところですけれど。そうですね。私にはあまり」
ガッカリするドルドレン。イーアンは笑って頭を撫でる。
「ひどい。頑張ったのだ。シャンガマックに、下の世話の心配まで抱えさせて」
「それ。ありませんでしたでしょう?下のお世話。イヌァエル・テレンで一日過ごすと、お腹の中、分解です(?)。栄養は体に残るみたいだけど」
「そうなの?知らないから、心臓に悪い日々だった。でもね。そこではない。俺の頑張りが」
イーアンは伴侶の口に手を当てて、黙らせてから『私はね』と思うことを伝えた。
「ドルドレンに大事にされていると思っています。最初から。
ビルガメスもあれこれ言って、あなたを鍛えると話していました。それに、彼の視点から見たあなた・ドルドレンのことを、実に正確に言い当ててもいました。私もそう思うことが沢山。
だからと言って、私はそれが弱いとか、まして嫌だなんて感じたことはありません。
偶には、ちょっと行き違いでケンカもするし、お互い世話もかけるでしょう。そんなこと、私には大きな問題ではありません。
あなたを愛している自分が、ちゃんとしていること。あなたに愛されていると、ちゃんと知っていること。これが分かっているだけで、満たされているの」
ドルドレンは。イーアンの鳶色の瞳を見て、がばっと起き上がり、ちゅーっとしてから『俺の奥さんは』そう言って、細い体に貼り付く。笑うイーアンにナデナデされて、ドルドレンは感動に震える。
「ですから。ドルドレンが、大きく成長したことは素晴らしいことだとしても、それ以前のあなたも、今と全く変わらず、私には『愛するドルドレン』でしかありませんよ」
「俺はイーアンが大好きだ。愛してるよ。本当に愛してるよ」
うんうん、頷いて、イーアンはよしよし撫でてあげる。ドルドレンも撫でられながら、この人で良かったと、じんわり心に広がる温かさを味わう。
こんな朝の一時も、すぐに過ぎてゆく。イーアンは、この一週間で孵った卵ちゃんたちのことを報告し、昨日、シャンガマックがタムズに提案した『毎日午前』の赤ちゃんお世話時間の話をした。
ドルドレンは少し考えてから、イーアンがビックリすることを答える。
「行くのだ。赤ちゃんたちは、母親を待っている。皆、イーアンが孵したなら、赤ちゃんはイーアンと毎日会う必要がある」
ぬはっ! ホントですかっ!!
イーアンは、二人で抱き合って横になるベッドから仰け反って、うっかり転げ落ちそうになった。急いでドルドレンが支え『気をつけなさい』と注意され、イーアンは『非常に驚いた』と答える。
「驚くことではない。シャンガマックの部族の育て方は、馬車の家族と同じだ。そういうものなのだ」
ぐへ~~~・・・・・ まさか伴侶が、同意してしまうとは思わなかった。
イーアンは、彼らは人間と違うと思うとか、龍族だからきっとあんまり寂しいとは思わないかもとか、いろいろ『毎日案撤回』を試みたが、伴侶は依然として『イーアンは、午前の3時間だけ行けば』の意見を変えなかった(※頑固)。
「午前。3時間だけだ。9時に到着したら12時まで。お昼には戻るのだ」
「それは・・・(※パートさんじゃ、と言いかけて黙る)あの。魔物が出たら」
「その数時間に確率が高いわけではない。もしも魔物と遭ったら、それはタムズにお願いして」
タムズを、嘱託で地上に引っ張り出す方向で、イーアンはお空の午前パートさん(※ベビー・シッター)。そんな、と思うが、伴侶は子沢山の環境で育っている上に、親がろくでもないと危険だと知っているため(※変態犯罪者)良い親の必要を説く。
「男龍は皆、素晴らしい存在だが。男であることは変わらない。龍の子族の女性は、彼らの親にはなれないようだし、そうなればイーアンが行くしかないのだ」
灰色の瞳は、誠実な光をイーアンに向ける。イーアンは、毎日は勘弁してと思ったが、味方がゼロと理解して頷く(※諦め)。
――自分は。朝起きて。馬車の朝食を作ってから、お空へ行ってベイベと遊び、お昼に戻って昼食を作り、午後は縫い物仕事とか、魔物材料で制作とか。ちょくちょく魔物退治もあるだろうし、そうしたら解体して、郵送施設が近かったら発送も。お夕食も作って、もしかしたら夕食後、食費のために手品もする日もあるかも・・・・・
体が持つんだろうか、と本当に心配になる(※夜は夜でドルドレンが待機と予想)。
イーアンが眉を寄せて悩んでいると、ドルドレンは螺旋の髪をかき上げて『食事を食べたら、行きなさい』と命じた(※早速)。
こうしてイーアンは、この後、朝食を食べに皆で店へ向かい、食事中にドルドレンから皆さんに『イーアンは・・・』のお話をされ、心配そうなミレイオ以外の5人に送り出されて、村の外でミンティンを呼んで空へ向かった(※今日から勤務)。
宿へ戻ったドルドレンたちは、二手に分かれる。午前中は馬車を預けられるので、宿屋の主人に『今日立つ』と伝え、馬車一台をお願いした。
「フォラヴとミレイオは、確認だな。俺たちは役場へ石を運ぶ。いろいろ話もするだろうが、今日は早めに戻るつもりだ(※村長から逃げる予告)」
「私の用事が済み次第、総長に連絡します。連絡珠を気にしていて下さい」
多分、自分たちの方が早く用が終わることを、フォラヴとミレイオは言い、お皿ちゃんで最初の現場へ向かった。
見送ったドルドレンたちも馬車を出して、村役場へ向かう。親方とシャンガマックは荷馬車の後ろ。ザッカリアはドルドレンの横に座って、楽器を奏でる朝の道。
口ずさむ総長の横、ザッカリアは通り過ぎる傾斜のある畑を眺め、『総長。土の色が変わった』と教える。ドルドレンが言われた方を見ると、確かに、変色して乾いていた土は、健康そうな黒っぽい土に見えた。
「フォラヴの力かな」
「そうだな。妖精の偉大な力だ」
すごいね・・・呟くザッカリアに、ドルドレンは頷いて『でも。お前も凄い』と教える。『お前の力の恩恵は、この村の未来をもしかしたら導く』自分を見たレモン色の瞳に、微笑んでそう言うと、ザッカリアもニコッと笑った。
「そうだと良いな」
「そうなる」
御者台の二人は、石の使い道をいろいろ話し合いながら、ティティダック村の復興を祈った。
荷台では、親方がシャンガマックに手伝わせて、荷物仕分け中。褐色の騎士は、何となく気になるので、勇気を出して質問する。
「あのう。タンクラッドさん」
「何だ」
「これ。全部、渡すわけじゃないんですか」
「全部渡したら、労働賃金ないだろう」
そうなんだ・・・・・ シャンガマック。黙る。
集めた石。そのまま全てを村に渡すのかと思っていたら、『昨日仕分けしなかったからな』と親方は言い、石を分け始めた。シャンガマックは、袋の口を広げて持つ係。
そんな、複雑そうな心境が顔に出ているのか、タンクラッドはちらっと視線を送り『あのな』と説明する。
「お前たちは、騎士修道会で食わしてもらう仕事だから、俺の行動が分からないかも知れんが。ここにイーアンやミレイオがいたら・・・オーリンはもっとだろうな。俺と同じことをするぞ」
「あの、俺は別に」
「顔に書いてある。『どうして自分たちにも取るのか』ってな」
シャンガマックは少し困って、下を向く。そんな顔で見ていたのかなと思うと、すまないような気もするし、でも胸中複雑なのは仕方ないし。
「バニザット。タダ働きじゃ困るんだ。お前たち・・・そうか、イーアンも一応、そうなんだっけな。
お前たちは、国から給与が出ているだろうが、俺やミレイオは『運命の仕事』の賃金ナシだ(※運命はお金にこだわらない)。
ミレイオは、旅の仲間じゃないかも知れんが、あいつの行動でどれほど救われているか分からない。
俺たちは、自分で稼ぐ技術があっても、工房ごと動いているわけでもなければ、移動先に都合良く客がいるわけでもない。稼げる場面で稼がないと『清貧のタダ働き(※聞こえは良いけどイヤ)』になる」
「俺。別に本当に、そんなつもりじゃなくて。その。気持ちを悪くさせたなら謝ります」
タンクラッドが特に怒っているわけではない、と分かっていても、笑顔以外の顔つきが厳しい印象の剣職人に言われると、シャンガマックは彼を怒らせたような気がして、下を向いた。
謝る騎士に剣職人は、小さく首を振って答える。
「謝るな。知らないだけだろ。教えたんだから、理解すれば済む話だ。今後もこうなんだ。
俺は『清貧のタダ働き』を望まない。ミレイオもな。オーリンは・・・あいつは変に優しいからやりそうだが、金が欲しいかと聞けば、即答で欲しいと答える」
タンクラッドは村役場に着く前に、シャンガマックに広げさせた袋の中に、使えそうな(※オイシイとも言う)石をちゃんと選んで入れると『これで良いだろう』と満足そうに袋を引き取り、袋口を閉めた。
村役場に渡す石の4分の1を自分たち用に、4分の3を村用にして、合わせ辛そうに目を逸らす褐色の騎士に、大切なことを一言付け加える。
「俺たちが昨日拾った場所には、探せばまだ石があるんだ。これだけじゃない。安心しろ」
そう言うと、タンクラッドはテルムゾで採石した金(※オイシイやつ)と、今回の石の袋をきちんと自分の荷物に仕舞いこんだ。馬車はこの5分後に、村役場に到着した。
村役場に石の袋を運ぶドルドレンは、少し軽くなった気がする(※当)と思いながらも、部下と親方を連れて役場へ入り、村長を呼んだ。
昨日と同じ場所に座り、ドルドレンは村長に石を見せる。
村長は目を疑うように何度も擦って、石を手に取り『これは。これ、まさか原石では』と、恐れるように騎士たちに聞いた。
村長の声は職員たちにも聞こえていて、ドルドレンは、はっきりと『その通りだ』と答える。騎士の返答に、職員たちも手の空いている者は、席を立って見に来た。
「村の焼却場付近。あの魔物が出てきた辺りだ。まだあると思うが、昨日これを集めてきた。魔物の体を、龍が変えた結果だ。空から降り注いだ石だから、枯れ草の中に埋もれているだろう」
「魔物の体?危なくないですか」
「龍が変えたと言っただろう。龍の聖なる力でその石に変化した。危ないものなど渡さん」
袋に沢山の石を手に取る村長。その周りに集まり、横から手を伸ばして石を間近に、笑顔になる職員たち。
「活用の方法は、その硬さや見た目の美しさから、幾らでもあるだろう。俺たちが出来ることはここまでだ。あなた方の復興を祈る」
ドルドレンはそう言うと立ち上がり、すぐに振り向いて『忘れていた』と少し笑って、自分を見上げる村長に伝える。
「昨晩の雷」
「あ!そうなんですよ。あんなこと、まずなかったのですが、あれは魔物が」
「魔物のわけないだろう!コルス・・・俺の仲間(※ご自分の所有)の壮大な力で浄化したんだぞ」
村長が『魔物』と言いかけたので、タンクラッドが少し怒って遮った。総長と騎士たちは、剣職人をじっと見つめ、何も言わずに彼に任せた(※皆『俺の』って言葉に反応中)。
「仲間ですって?雷を起こす誰か?龍ですか」
「龍じゃない。しかし、同じだ。人間よりも遥かに強く、遥かに崇高な存在だ。とにかく、雷で土を浄化したんだ。奇跡だぞ!」
剣職人は少し機嫌が悪くなったようで、さっと立ち上がって騎士たちに『行くぞ』と言うと、一人、さっさと役場を出て行った。
総長やシャンガマック、ザッカリアは顔を見合わせ、少し笑うと『それではな』の挨拶で短く終えて、宿代の礼を言って役場を出た。
村長は旅人を引き止めてお礼をしようとしたが、騎士たちは立ち止まることなく馬車へ戻り、役場の外へ出てきた村長や職員に『無事を祈っている』と声をかけて馬車を出した。
馬車を宿に向けて戻す道すがら、ザッカリアは総長に『タンクラッドおじさんは、コルステインが好きなんだね』と笑った。ドルドレンも、声には出さないが笑って頷く。
「彼は優しい。コルステインも優しいのだ。二人はお互いを思い遣るし、仲が良いから」
「コルステインって、男なの?女なの?」
「どちらでもない、とミレイオが言っていたが。でも俺は、女のように思う」
「おち○ちんと、タマあるよ」
ハハハと笑う総長は、子供の頭を撫でて『だとしても、だ』と答えた。
お前もそのうち分かるよと、言うと、楽器をお願いして話を終えた。ザッカリアは、アレがある以上は男じゃないかなと思うが、黙って楽器を奏でる。
宿に向かう間で、ミレイオたちが迎えに来て『連絡するより見に行こうと思った』と話し、土も水も回復し始めていることを伝えた。
「そうか。では出発だ」
宿へ戻ってもう一台の馬車を出し、宿の夫婦にお礼を言って、ドルドレンはアオファの鱗一包み分を彼らに持たせた。使い方を教え『使わないで済むことを祈っている』そう挨拶して、見送るおじさん夫婦に手を振りながら、村を後にする。
晴天の午前。派手な2台の馬車は、丘の上の村を出発し、次の目的地・オウィド地区警護団施設へ向かった。
お読み頂き有難うございます。
明日6月1日から、開示設定の変更により状態が変わります。どうぞ宜しくお願い致します。




