885. 目的の範囲
先に戻っていた5人は、宿のおじさん夫婦に挨拶をして、風呂へまず向かう。
イーアン。久しぶりのお風呂。イヌァエル・テレンは体が汚れない(※加齢臭が気にならない)ようなので、とりあえず安心だが。『やはりお風呂は・・・習慣。大事ですよ』日本人だからね(?)と呟く。
お風呂が分かれていないので、イーアンは真っ先に風呂に入り、出てきた後で、続いて男がわらわら入る。
皆が汗を洗い流してさっぱりした頃、ミレイオとフォラヴも戻り、二人は挨拶もそこそこで風呂に向かった(※汗臭いのキライな人たち)。
夕食の時間なので、おじさん夫婦に総長は声をかける。『向こうの通りで食事処を見つけたから』二回も食事を提供してもらったお礼を改めて伝え、今夜は気にしないでとお願いした。
おじさん夫婦は、人数分を作ろうとしていて『食べても良いんですよ』と答えたが、ドルドレンは『親切は充分頂いた』と返した。材料費だけで相当な金額だと思う。親切に何度も甘える気はなかった。
ミレイオたちが風呂を上がったので、皆で食事に出かけ、昼を食べた店で夕食にする。
出来る料理が少ないとのことで、2品を大皿に盛ってもらい、それを取り分ける。『悪くなっちゃうから、肉を良かったら食べて』品数が少ないことと、出来る料理が減ったことで、店の主人が気を遣い、焼いただけの肉を別の皿に盛って届けてくれた。
イーアンとタンクラッドとドルドレンで、もらった肉を皿に取ってせっせと食べる。『イーアンは空で食べなかったのだろう?』ドルドレンが訊ねると、イーアンは頷く(※口が肉で一杯)。
「もっと食べるのだ。俺も地上に降りてから、腹が減って仕方なかった。上では気にならなかったのに」
ほら、食べなさいとドルドレンが肉を渡す。イーアンは、お礼が言えないので、うんうん頷いて頭を下げ(※ジェスチャーでお礼)むしゃむしゃお肉を食べる。
ちょっと飲み込んでから『上では空腹は感じないのです。地上へ来て、朝食を食べた後でお腹が減り始めて』でもお昼も抜いたからと、また、肉を齧るイーアン。
微笑むドルドレン。愛妻は肉が好き。元気で何よりなのだ・・・そう思う。
中年になると、食べる量が減ると。よくコーニスやパドリックが話していた。若い頃のように肉を食べると、胃もたれすると言っていた。
獲物を取った犬のようにがっつく姿を見せる、肉を食べる愛妻。ちらっと前を見てみれば、淡々と大きな口に肉を押し込んで、飲み込むように食べるタンクラッド。食べない方とはいえ、ミレイオも野菜の煮込みなどは、遠慮なくパクパク食べている。
――うちの中年たちは、元気である。
元気で、強くて、勇ましくて。宝も探せば、頭も回るし、知恵はあるし、経験値は高いし。
イーアンは、翼で飛び、龍にも変わる。可愛い顔なのに、どんな相手でも逃げないどころか、本能むき出しで突っ込み、体は筋肉質で格好良く、笑う姿は無敵に見える(※奥さん絶賛)。
タンクラッドは超絶イケメン職人で(※ここが羨ましいのは変わらない)人間のくせにやたら強いし、堂々として常に余裕がある。時々、俺より強いんじゃないかと思うくらい、身体能力も高くて、疲れ知らずな戦い方をする。
ミレイオは見た目で引く(※気圧される)くらいに、強い印象しかない。全身刺青、顔に金具の飾りがついて、服も常にギラギラして、賢く、心が広く、地下の力を操り、一を話すと十を知る頼もしさ。
ドルドレンは思う。自分が中年になり、彼らと同じ年齢になる頃。
こんなに元気で、こんなに強く、こんなに磨いた自分でいられるだろうか・・・(※10年後を心配する)。
そう思うと、今から体を作って、彼らのように逞しく日々を過ごさねばと思う。ドルドレンは肉をわさっと取って、勢い良く食べ始めた(※そうじゃなくても食べてはいる)。
昼を抜いた、イーアンとタンクラッドはひたすら食べ続けていた。満腹になった他の者は、彼らが食べ終わるのを待ち、最後の肉をタンクラッドが口に入れてから、席を立つ。
「コルステインが来ているかも知れん」
親方は皆に軽く挨拶すると、一番最初に店を出て行った。ミレイオはその後姿を見送り『食うだけ食って、自由なヤツ』とぼやいた。それからお支払いを済ませ、6人は宿の部屋へ。
フォラヴとミレイオ。イーアンとドルドレン、ザッカリア、シャンガマック。ようやく人心地ついて、お互いの報告を行う。
フォラヴたちの話を聞いたドルドレンは『もう明日はすることはないのでは』と思う。それを言うと、フォラヴは『確認をして、問題ないようであれば出られる』と答えた。
「テルムゾもそうだった。翌朝は随分と土が変わったと、皆が話していた」
シャンガマックが、テルムゾ出発の日の朝を思い出して話すと、妖精の騎士も微笑む。『あんなふうになると嬉しい』それを祈っていると答えた。
それから、ドルドレンたちの報告。イーアンに話すように促し、イーアンがミレイオに笑顔を向けた。ミレイオも笑顔を返すが『?』の状態。ドルドレンたちもニヤニヤしているので、何かあるとは思ったミレイオ。
「あなたに見てもらうのが一番だと思って。タンクラッドもそう言っていました」
腰袋からイーアンが取り出して、ミレイオの手に置いたのは『きゃーーーっっ!!!宝石じゃないのーーー!!!』弾ける笑顔が眩しいオカマが叫ぶ。
「どうしたの。どうしたの、これ?どこから出てきた?」
ぎらっと眼差しが真剣になって、笑顔を引っ込めたミレイオは、どこにあった・まだあるのかと、イーアンに詰め寄る。
笑うイーアンは、自分たちがどこで拾ったかを教え、この宝石は産出したものではないことを話す。
「どういうこと?ほいほい拾えるものじゃないでしょ。どうして拾うようなことに」
「ザッカリアです。私が思うに、彼しか理由がないのです」
ここで初めて、ザッカリアはきょとんとして、皆の視線の中に置かれる。『俺?』イーアンを見て、石を見つめ、またイーアンを見る子供。
イーアンは頷き、自分の推測を出来るだけ分かりやすく説明し、天然ではないと思う理由なども話した。
「と。こうしたことです。私が思うには、ですが」
話を聞いた全員が、ミレイオの手に乗る、淡いピンク色の石を見つめ『そんなことが起こるの』と、狐につままれたような顔をした。
「村の地表に、埋まりもせずにあったのです。『落ちてきた』と捉えた方が無理ないでしょう。
一応、地面の質なども見ましたし、飛んでいる間、上から山並みや川の流れなども見ましたが、これが出てくるとは思えませんでした」
「探せば。まだ見つかるの?」
ミレイオは、少しその辺が気になるよう。イーアンは『多分』と答えた。それから、村の人にこのことを伝え、気をつけて探すように言うつもりであることも。
「それと、加工です。ミレイオなら加工の仕方を知っている、とタンクラッドが言いました」
「そうね・・・これ。同じ石で加工するしかないかもよ」
タンクラッドと同じことを言うので、イーアンも頷いた。自分もそう思うと言い、村の人たちがある程度、自分たちで研磨可能な状態を叶えられたらと話すと、ミレイオは腕組みして、眉を寄せ、首を捻る。
「そこまではどうかなぁ。簡単じゃないわよ。一個二個の話じゃないし。だけど、何かしらで加工出来れば、確かに買い取ってもらい易くはなるでしょうね」
イーアンは、明日にでもミレイオの手が空くようなら、一緒に考えてほしいと頼んだ。ミレイオは少し頷くが、乗り気ではなさそうだった。
「どっちみち、集めた石は村に渡すんでしょ?加工出来ても、出来なくても」
「それは、明日。俺が役場へ持って行こうと思う。加工云々は期待の範囲で、これだけでも充分、何かの価値があるだろうから」
ドルドレンが、そうしたつもりであることを話すと、ミレイオも『それが先でしょうね』と同意した。
「何でもやってあげちゃうのもね。ここまでで、充分過ぎるくらいだと思うわよ」
ミレイオは、フォラヴに話したことを、皆にも話した。『私たちが出来ることの範囲を増やす。それが定着してしまったら、思ってもないような困り事も起こる』可能性はある、と教える。
じっと見ているイーアンを見つめ、その頬を撫でるミレイオ。
「あんたの気持ちは分かる。あんたは、いつもそうだから。だけどね。場合によるのよ。やり過ぎってこともあるわけ。
私たちは、のんびり出来ないでしょ?一番しなきゃいけないのは、手っ取り早く『テイワグナの魔物を全滅させる』ことよ。癒すのも大事だし、回復に導けるなら、その方法を知ってればね・・・時間も遣って良いと思うけど、それって本当は私たちに任された運命と違うのよ」
「加工はやり過ぎ」
「イーアン。そうは言っていないの。違うでしょ?
もしね、私たちの誰かが、この石の加工法で経験があって、すぐにでも教えられるくらいだったら。それもすぐよ、すぐ。それなら、良いと思う。
でも、碌に知らないものに手を出して、そのために頼られたら、あんたその時間、ここに滞在するつもり?」
イーアンは首を振る。ミレイオも頷く。ドルドレンたちも黙って理解する。フォラヴはしんみり聞いていた。
「でしょ。そうなの。そういう意味よ。優しいのは結構だけど、あんたは時々、ちょっとね。気持ちが行き過ぎちゃうのよ。境目を作りなさい。目的と、二次的なものと」
ちょっと、ミレイオは彼女を見つめる。ドルドレンを見て、灰色の瞳が自分を促していると分かったので、続けてもう少し教えることにした。
「宿の食事もね。本来は食事の出ないところが、お礼にって食べさせてくれたじゃないの。でもドルドレンは断ったでしょ?夜と朝はもらっちゃったけど、それでお礼は充分の範囲。
何でもそうなのよ。あんたって、元々人助けとかさ、お手伝いの範囲が広い子だと思うの。
だけど、目的がある場合は、自分の癖も操らなきゃ。あんたがやってあげたくて動いたら、他の仲間の動きも制限するのよ。
これは私たち皆、同じ条件だけど、イーアンは特に気をつけなさい。これもこれも、ってなりがちだから」
ミレイオの話で、イーアンが頷くと、ミレイオはイーアンの横へ行って、頭を抱え込んで撫でてやった。
「今回の場合は。ここまでで充分。何度も言うけど。私はそう思うわ。次へ行かなきゃ」
それからミレイオは、騎士たちを見て『明日。出発するなら、そうしましょう』と言った。誰もそれに異論はなく、尤もだなぁと思う気持ちを胸に、ミレイオの言葉を了解した。
窓の外では、雨でもないのに雷鳴と落雷が響いていた。
彼らが話している間。親方はコルステインと一緒に、外回りへ出かけていた。
皆の話を遮るくらいの大音量で、コルステインは紫電を落とし続けた。青い霧に包まれた親方は、今回もまた大感激して、頼もしく美しい力の前に骨抜き。
ガラガラガラガラ・・・・・ 地響きを立てながら村を囲む土全てを、雷を落としながら、コルステインは浄化する。
雷の時間を終えた後、親方はコルステインと馬車へ戻り、目一杯誉めてから、感動と感謝で抱き合って眠った(※もう抵抗ない)。
雷を落とす話まで、村長にしていなかったドルドレンは、後からそれに気がついて、明日どう言い訳しようと悩んだ夜になった。
お読み頂き有難うございます。
事情により、明日6月1日朝から、開示設定の変更で公開制限状態に変わります。
理由につきましては、5月5週目の活動報告に掲載しています。
皆様のご理解を頂けますよう、願っております。どうぞ宜しくお願い致します。




