882. 回復への手がかりはどこかに
村の外れに来た、イーアンとタンクラッド。
丘を降りた続きだが、石垣の向こう側も土は変色していて、辿って進むと、村から離れた直線状に黒く変わった場所を見つける。
「あれだ。イーアン」
はい、と返事をしてそこまで飛び、近くで降りる二人。タンクラッドが側へ寄り、イーアンも親方の背中から顔を出して(※親方=盾)黒く焦げた場所をじっと見た。
「コルステインが雷を落としたと話していたが。もう、これが何だったのかも分からんな」
「これが花?そう仰っていましたね。花には見えない・・・壊れたのか。元々、花の形だけを模したものでしたか」
イーアンに振り返り、タンクラッドは自分の背中側から出てこない、くるくる髪の女を見つめる。何も言わずに見ているだけの親方を見上げ、イーアンは『どうしました』の質問。
「お前。傷つかないんだろう?」
「はい。龍ですから」
「その位置。おかしいだろう。どう見ても、俺を盾に避けているみたいだ」
イーアン。あっ、と声を上げる。親方の眉寄せる視線を無視して『こんなこともあるのです』と意味の分からない言い訳をし、ちょこちょこっと移動して横に並ぶ。そして咳払い。
「昨日もですね。私、魔物の攻撃避けていました。龍の形になってしまえば、気になりませんけれど。どうも普段は、えー・・・癖というか。習慣です。そういうのは、簡単に抜けません」
「お前は魔物に恐れもせず、突っ込んでいく印象しかない。こんな死体になった魔物くらい、お前なら自分から解体に近づくだろうが。何で俺の影に隠れて」
「親方がいますと、つい頼ります」
イーアンは、親方チクチク(※技)が面倒なので、さくっと丸め込む。
丸め込まれた親方は、意表を疲れた顔でイーアンを見て、ちょっと微笑む(※作戦成功)。『そうか。頼ったか。お前でも頼るんだな』何となく機嫌が直ったので、イーアンは、うんと頷く。
それから二人は改めて、魔物観察。
とはいえ、黒コゲで何も分からない。それに焦げたのが地面だけに見えるのも、観察にならない理由だった(※コルステインは最初に粉砕しているから)。
「情報がこれは、どうも。難しい。ありませんと言っても良いような」
「そうだな。単に地面が焦げているだけにしか見えない(※実際そう)」
二人は少し考えてから、周りを見渡した。家はなく、だだっ広い土地が続くのだが、村とこの地点の間は土色が変色している。
イーアンは親方に、テルムゾもそうだったかと尋ねる。タンクラッドは首を傾げ『もっと酷かった』と話した。
「フォラヴが癒し、コルステインが落雷で浄化する前。もっと汚い色だったな。地質が違うようには思えんが、毒・・・金属の種類が異なるのかな」
親方の話に、イーアンも不思議に思う。足元の地面は確かに色が変だが、そこまで危険な印象がない。それを言うと、親方も同じように感じているようで、違和感を持っていた。
「植物を探しましょうか。テルムゾにもあった植物」
「そうだな。土の色だけでは、どうにも分からないからな。もう少し判別が効く情報がないと」
ということで、イーアンは翼を出してタンクラッドを抱え上げ、再び村へ戻る。
黒コゲの場所から直線状に進んだ村の、一番手前。石垣の前あたりに降りて、枯れた草花や木々を調べた。
「残っている緑の草はないような」
イーアンが呟くと、親方も頷く。二人で手分けして、歩ける範囲で石垣と石垣沿いの植樹を調べて回ったが、特に生き延びている植物は見当たらなかった。
「これは、どういうことだろうな。テルムゾは見て分かるほど、はっきりあったが」
「ふーむ。やはり金属の質が違うのか。毒素自体は金属だと思うのです。あの魔物は、その影響を受けていましたから。
だけど、元の土地には、それほど多く含まれているものではなかったとか。そうした意味でしょうか・・・金属を好む植物もありそうなものですけれど、この村には生えなかったとすれば」
「やはり、テルムゾほどではなかったのかな。テルムゾは地下に金鉱があったからか、村に生えていた植物は、前から自生していたようだし」
イーアンは、ティティダックでは金属の鉱脈を期待出来ないと思い始める。別に金じゃなくても、何か使える金属が採れる場があれば、それだけでも違うと思うが、そう行く先々でぽんぽん見つかるものでなし。
困った様子のイーアンが話すことを聞くタンクラッドは、村の人が坂の上に見えたので、声をかけて自己紹介し、地面の被害について話を聞いた。それから、この状態でも残っている雑草などはないか、訊ねた。
村の人は顔に手を当てて、ぐるっと見渡し『残っている植物?ないねぇ。雑草でもやられるだろう』見ての通りだよ、と首を振る。
枯れ木の側へ立ち、村のおじさんは、葉っぱの落ちた木を見上げて溜め息をつく。
「木が枯れるなんて、なかったんだよ。虫が大量発生しても、こんなことにはならなかった」
でもね、と旅の二人の同情的な顔を見て、おじさんは続けた。
「昨日。魔物を退治してくれたでしょう?命あっての物種だと、私は思うんだよ。あんたたちが来てくれなかったら、もう今頃。私も家族も村の皆も、一人も生きていなかったと思う。
植物が枯れて、涙も出ないほど泣き尽くしたけれど。昨日のあの化け物を見たら、まだ私たちは救われたのかなと思えたんだよ」
微笑むおじさんに、イーアンもタンクラッドも胸が痛い。そうかも知れないが、実際、今日から・明日から、の収入源はないのだ。
黙る二人に、おじさんはニコッと笑って『有難う。私たちも一からやり直して頑張るよ』そう言って離れていった。
「何とかしたいですね」
イーアンは呟く。おじさんが坂を上がっていく背中を見つめ、自分に何が出来るのかと。何か出来ることがあるのではないかと、悩む。
タンクラッドは、イーアンの頭を撫でて『何とかしよう』と答えたが、親方にも明確な案は何もなかった。
暫く黙って考えるイーアン。親方は彼女が何を言うのか、待っていた。
少しして顔を上げたイーアンのその表情から、大して良い方法を見つけられなかったと分かる。親方は視線で話すように促す。
「うーん・・・もう少し、細かいけれど。探りたいと思います。
テルムゾでは、ここまでの動きでも進展がありましたが。ティティダックはまた違うため、何でも良いから、光の兆しが見えるものを探したいです」
イーアンの言葉に、タンクラッドも頷いて『そうするか。また別のものが見つかるかも知れん』そう答えて、手始めにどこへ行くかと訊ねた。イーアンは翼を出す。タンクラッドの背中に回り、彼を抱えて浮かび上がった。
「昨日。魔物を倒した、あの場所へ」
そこに何があるわけではないし、なまじ、魔物の残りなどあっても困るのだが。
イーアンは、あの金属質な魔物にヒントがないか。あの魔物が出てきた、焼却場付近などを調べるつもりで、親方と一緒に現場へ飛んだ。
森の中へ入っていたフォラブたちも、木の精霊と話してみたものの、今回は少し様子が異なると知ったばかりだった。
妖精の騎士が木の精霊と話している間、ミレイオは少し離れた場所で待っていた。遠目から彼と巨樹が話す様子を見つめ、フォラヴと自分の種族の違いを、ぼんやり考える時間。
「私は。仲間といえば、コルステインと・・・ヤだけど、あの傲慢親父(※ヨーマイテス)。地下は、仲間って感覚もない。運命の旅でもなければ、サブパメントゥは独立した存在ばかりで、関わることもない。
だけど、地上にいるからなのか。フォラヴはああやって頼れる相手がいたり、イーアンも空へ行けば皆が協力的だし。やっぱり、地下って根暗なのかな」
自分は根暗じゃなくて良かった、とミレイオはしみじみ思う。
そんなことを思いながら待つミレイオを振り向き、フォラヴは戻ってくる。ミレイオの側へ来て『帰りましょう』と微笑んだ。
「お待たせして。退屈でしたでしょう」
「退屈じゃないわ。貴重な場面を見たもの。木が動くと、聖なる感じがする」
ミレイオの言葉に、フォラヴはニッコリ笑って頷き、聖なる存在はどんな姿でもそれを感じるものです、と教えた。
二人は外へ向かって森の中を歩き、フォラヴは戻ったら、村の水を使って癒すという話をした。フォラヴは少し黙り、森の枝葉の間から見える青空を見上げて、言葉を探す。
「ただ。それは良いのですが」
「どうした。何か気になるの?」
「はい。助けるだけになってしまいそうで」
フォラヴの言いたいことは何か。ミレイオは続きを話すように言う。彼は空色の瞳を向けて『土を癒すだけになりそう』と言い方を変えて伝える。
「それじゃダメなの?土を癒すって、一番大切よ」
「そうなのですが。テルムゾ村のように、金鉱に導かれるようなことまでは、ない様子なのです」
「金鉱って、そんなにあちこち出てくるもんじゃないわよ。あれは確かに、凄い見事な金鉱だったけど、あんなのホントに奇跡みたいなもんだわよ。それも遺跡に残っていたくらいだから、よほど昔も、あったんでしょ」
ミレイオはそこまで意識しなくても、とフォラヴに言う。『気持ちは分かるけど』魔物から助けただけでも、することはしている、と教える。
「誰もが期待をするわ。救われた側も、助けた側も。もっと、もっと、って。だけど、毎度じゃないのよ。
思うけど、魔物退治だって相当なことじゃない?あんたたち騎士だから、当たり前の日常だっただろうけど。普通に人に戦えって言ってもムリなこと引き受けて、ちゃんと倒してるんだから。それで充分なのよ。
その上、フォラヴは土まで癒して、出て行こうとしているんだもの。それ以上なんて」
言いながら森を出て、ミレイオは妖精の騎士の切なそうな顔を覗きこむ。
「背負い込まないで。出来なくても当たり前のことまで望まないの。慣れない役目を増やすのは、自分が潰れるだけよ」
フォラヴは頷き、ミレイオのお皿ちゃんに乗せてもらって、村へ戻る。ミレイオの言葉は本当のことで、それは頭では理解出来るものの、妖精の騎士には物足りなく感じていた。
村役場では、ドルドレンが長い足を組み替えて、終わらない話に付き合い続ける時間を過ごす。いい加減に腰が痛くなってきた(※座る場所が硬い)。
横を見れば、シャンガマックも組んだ両手をじーっと見ているだけだし、反対側のザッカリアは疲れが取れないのか、自分に寄りかかって寝ていた(※子供だから)。
「どうしたら良いのか・・・・・ 」
ティティダックの村長は、薄くなった頭髪を指で丁寧に撫で付けながら、この言葉を2時間の間、繰り返すだけ。
ドルドレンは向かい合って座っているので、彼を見ながら同じ返答しかしていないが、癖のように指で撫で続けたら、少ない毛がもっと抜けてしまうのではないかと、別の心配をしていた(※村の事情<抜け毛)。
「出来ることは限られている。俺たちは魔物退治で派遣されたから、退治のためには動けるが。一つの場所に長期滞在して、その地域の活動に加わることは出来ない」
「ええ。先ほども仰っていましたよね・・・そういうものだと思います。でも。この状態で復興する方法が何も、私たちは田舎の人間で見えてこなくて。少しでも居てもらえたら、外の人の感覚で」
ここから、村長のウンタラカンタラが続く。
順序が決まっていて、魔物退治した旅人が立ち去る話への理解⇒だけど復興するまで居てほしい。という、逆の話を延々続けているのだ。
ドルドレンは役場に来てから、最初の30分で報告書をシャンガマックと一緒に書き上げ、仲間が土を癒すために今日一日動く、その許可を得た。
テルムゾ村長の手紙に『彼らは土を戻してくれた』の言葉が添えてあったので、ティティダックの村長も、土を癒す活動に感謝した。そんなことまで出来るとは、と感動して。
ここまでは良かったのだが、『土を癒してもらえるなら』との発想が出たのか。被害の深刻さに『自分たちだけでは手の打ちようがない』と言い始めた。
何か、良い提案はないでしょうかと聞かれ、ドルドレンはその答えを用意していたので『仲間が村を調べているから、新しい情報があれば』の答えを返した。しかし、期待出来る情報ばかりでもないことは、きちんと伝えた。
それで、ドルドレンと部下二人は席を立とうとしたのだ。
が、引き止められて『滞在費をこちらが出すから、少しの間、村の復興の兆しが見える案を、一緒に考えてもらえないか』と持ちかけられた。
それから1時間半。8時半に宿を出て、役場へ来て、報告書を書いて、村長対談でもう11時近い。
皆はどうしているやらと、ドルドレンは思う。村長は、ドルドレンがどんなに『留まることは出来ない』『復興は祈るが、一地域への関与は仕事ではない』と繰り返しても、大振りに頷いて『分かってる(※分かってない)』を返しては、同情を求めた。
気持ちが分からないでもないドルドレンは、村長を気の毒に思うけれど、赤の他人に縋って、絶対に上手く行くわけでもないと考える。
一瞬で元通りにしてくれる―― そんなことを約束されるなら、いざ知らず。
多くはそう、魔法のようには運ばない。人の汗と努力が、奇跡を導くものだと思う。今、自分たちが天地の偉大な力の恩恵に与っていても、いつでも当てに出来るわけではない、それと同じで。
時計を気にし始めたシャンガマックが、ちょっと総長の顔を見た。総長は彼の動きを目端に捉えて、目を合わせる。
褐色の騎士は、自分が意見を言いたいと小声で短く伝えたので、総長は許可した(※『どうぞどうぞ』)。シャンガマック、頭を撫で付け続ける総長に向かって口を開く。
「困っている地域が。今、こうしている間にもあります。昨日と同じ魔物の被害を、もしかしたら、たった今。頭上に繰り広げられている地域が、あるかも知れないです。
俺たちはその危機に立ち向かう存在として、ハイザンジェルから来ました。救える命を救うために動くんです」
ドルドレンは、シャンガマックに一票。
シャンガマック、カッコイイ~・・・ちょっと、部下に驚くドルドレン。俺が言えば良かったと、今更思う。
村長は、ハッとしたように顔を上げて『そう。ですね』と短く答えて頷いた。褐色の騎士の目が、時間を無駄にしていることへの戒めのように見えて、村長は目を逸らした(※お怒り仔犬ビーム)。
「そうですよね。あなた方のように戦える人なんて、テイワグナにいません。うちで引き止めては、母国の危機を助長するだけですよね」
村長は自分に言い聞かせるように、目を閉じながら呟く。
ドルドレンはシャンガマックと目を合わせて、立ち上がった。もう話は終わったと教えるために。ザッカリアも目を覚まして、総長に立たされて『終わった?』と訊ねる。
「今日はまだ。村に泊まるつもりだ。宿代を有難う。土の浄化を急ぐが、近日中には出発する。あなた方の復興を心から祈っている」
総長は丁寧に、同情を言葉に乗せて伝え、子供の背中を押して、シャンガマックと一緒に村長に挨拶して(※『それじゃ』って)役場を出た。
追いかけられても困るので、早足で馬車へ戻り、3人はそそくさ馬車を宿へ向けた。
御者台に3人で座り『長かった』『尻が痛い』『疲れた』とぼそぼそ話しながら、少し笑ったが。
通り過ぎる風景の悲惨さは、やはり心に重く圧し掛かる。何とか出来るなら、そうしたい。それは騎士たちも勿論思うことだった。
お読み頂き有難うございます。
ポイントを入れて下さった方、ブックマークして下さった方に心から感謝します。
とても、嬉しいです。本当に有難うございます。
今日はご感想を頂きました。ご返信に書くには、長くなる内容もあり、活動報告にも書きました。
また、都合により、明日一日投稿をお休みします。どうぞ宜しくお願い致します。




