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魔物資源活用機構  作者: Ichen
騎士修道会の工房ディアンタ・ドーマン
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87. 素敵な朝食

 

 まだ早い時間だったが、広間に入ると既に半分くらいの席が埋まっていた。ドルドレンが広間に姿を現したと分かるや、手前の騎士が次々に立ち上がって声をかけた。廊下でも掴まったので、ここにいる者たちの多くが、昨晩の件を気にしていたのだと分かる。


 騎士たちがドルドレンと一緒に来たイーアンを見ると、『良かったですね』『元気になった』『どうなるかと思いました』と話しかけた。思い遣りの深い人たちの言葉に、イーアンの心は感謝で一杯だった。同時に、口をついて出るのは謝罪と今後の行動への約束。



 イーアンがお礼を伝えていると、ロゼールが来て『おはようございます』と笑顔で挨拶した。


「待っていたんですよ。さあ来て下さい」


 周囲にいた騎士たちが、イーアンに『無理しないで』『気をつけて』と声をかけて離れていく。ロゼールがイーアンの背を押して『朝っぱらから俺たちが厨房にいたから、イーアンの回復に気が付いて、集まっていたのかもしれない』 と説明してくれた。



 トゥートリクスとヘイズが来て、食堂から一番近い席に案内した。イーアンとドルドレンが座ると、トゥートリクスがいつもの笑顔で『今、持ってきます』と嬉しそうだった。


「皆、イーアンが仲間だと思っている」


 ドルドレンの一言に、胸がとても熱くなった。胸に手を当て、頭を下げる。


「本当に有難いことです。認めて受け入れて頂いて、感激と感謝以外の何もありません」


 黒いくるくるした髪が顔にかかり、深く頭を下げたイーアンに、ドルドレンは『イーアンはちゃんと努力しているから、皆の反応は当然だ』と肩に手を置き、顔を上げさせた。


「どうぞ」 「イーアン食欲ありますか」


 イーアンが目を上げると、作ってくれた3人が盆を運んできてくれた。ヘイズが『総長は皆と同じのにしますか』と言うので、『俺の分がないなら、それで構わん』と仏頂面でドルドレンが答えた。


 ロゼールがすまなそうに『ちょっとなら余ります』と教えたが、ドルドレンは首を振った。イーアンが『ドルドレンも味見しましょう』と繕ったので、仏頂面は少し和らいだ。



 トゥートリクスが作った料理は、野菜を容器にして、中身に穀物と木の実が詰められ、肉の出汁で煮込んであった。驚いたのは料理もだが、立ち上る香草の芳香をはらむ湯気は、とんでもなく良い香りだった。



「すごく良い匂いがします。なんて美味しそうなの」


 反応を伺っていたトゥートリクスが、嬉しそうなイーアンに安心した。食べて、と匙を渡されて、イーアンが一口食べる。形はしっかり保っているのに、ビックリするほど柔らかく、贅沢に使われた香草と肉の出汁は、すっかりメインの野菜と合わさって一つになっている。ちゃんと時間をかけたからこその料理。最後は焼き釜で仕上げたと分かる、野菜の容器の皮の焦げ目。その香りが、濃厚な味に拍車をかける。農薬もなく、土も豊かな場所で育つ野菜の、実に濃い力強い風味。



 目を閉じて味わい、味覚の全てで堪能する。イーアンは料理を口に入れた時から『うーん・・・』と何度も呻きつつ、時折『んふ・・・』と小さな吐息を漏らし、微笑が堪えなかった。


 横に座るドルドレンは、このままイーアンをベッドに連れて行っても良いんじゃないか、と思えた。料理をした者たちも、何となく目のやり場の困る食事場面に、なぜか食べてもらっているだけなのにドキドキしていた。


「とっても美味しい・・・・・ 本当に豊かな味です。もう、ずっと、食べたいくらい」


 ああ、しあわせ・・・・・ と呟いては一口。これ好き・・・・・ と吐息を漏らしては一口。もう、どうしよう・・・・・ と(料理に)悶えては一口。



 本当に美味しいんだ、と分かるものの。何かが、かなり違う路線に入っている気がする状態に、見守る面々は生唾を飲むのみ。大変に気に入った様子に『良かった』といえば良かったが。



『イーアン。本当に美味しいんだろうね』 『あんな顔して食べてたことないですね』 『もっと作って置けば良かった』 


 ぼそぼそと話す3人。もう一皿出したらどうなるんだろう?と目を見合わせる。この状態は維持されるのか。とにかく作ったんだし、とヘイズが皿によそって運んできた。


「そんなに喜んでもらえて良かったです。もしお腹が空いていらしたら、もう一皿作りましたので、いかがですか」



 溶けかかるイーアンは、ハッとして差し出された皿を見た。『わぁ』と嬉しげな声が上がる。

 そこには薄い紫色がかった白いペースト。その上に、赤い色の油が花の蕾のように点々と落ち、黄金色の細い線が模様のように乗っている。薄く切られてこんがり焼かれたブレズが3枚添えられていた。


「ヘイズがね。これは栄養があるって教えてくれました」


 ロゼールはヘイズに指導されながら作った、と言った。ヘイズが昔、王都で寄った店の主が異国の人で、そこで食べた料理を思い出した、と話した。



「美しいです。食べるの、勿体無いくらい。でも有難く頂きます」


 イーアンがブレズに白い料理を掬って、そうっと口に運ぶ(全員ガン見)。目を瞑って、うんうん、呻き始める。


 ――やはりそうなるか、と。一口くらい、味見したいドルドレン。だが味見より、今はイーアンを真横で見つめる方がよほど食欲が湧く。朝だけど生唾飲みっぱなし。部屋で食べさせれば良かった、と後悔。



 イーアンが食べた料理は、イーアンの感想では、香りこそ違うがナス。蒸し焼きのナスを潰したペーストと、ヨーグルトと摩り下ろした香味野菜が混ざっている。さっぱりしているのに味わいは深く、まろやかで滑らか。ひんやりした温度が野菜の香りをとじこめて、食感の異なる香ばしいブレズと一緒に食べると、口の中の体温で次から次に封じられていた味と芳香が広がる。


 赤いのは唐辛子のオイルで、黄金色の細い線はバターのような香りのある動物性の油脂。ヨーグルト自体があるかは分からないが、ツィーレインの叔母さんも『乳と樹蜜』と言っていたし、これは良く似た乳製品があるのだ。もとが紫色の果肉なのか、ラベンダー色の冷たい野菜料理なんて、レストランみたい。



「ああ・・・・・ もう、食べ終わっちゃう」


『うーん』と切ない顔で、料理をちびちび食べるイーアン。ドルドレン行きの味見をすっかり忘れて、名残惜しそうに匙で最後まで掬い取って、口に入れ、匙をペロンと舐めた。

 とりあえず最後のペロンで、ドルドレン他3名が危険な妄想を抱きかけたが、頭を振って忘れることにする。



「大変、大変美味しく頂きました。手間をかけて時間をかけて、こんなに美味しい料理を作って下さって本当に有難う。もう、信じられないくらい幸せな美味しさでした。有難うございます」


 イーアンは立ち上がって、トゥートリクスとロゼール、ヘイズにお礼を言い、頭を下げた。料理の感想も丁寧に伝えて『すっかり生き返りました』と笑顔で感謝した。


 トゥートリクスはその言葉に、はち切れんばかりの笑顔で喜んだ。ロゼールも料理を美味く作れたことに嬉しそうだった。彼らを指導したヘイズも『なかなか良い機会でした』といたずらっぽく笑った。工夫したところや、食べるかどうかの不安や、作っている最中の気持ちなども打ち明けてくれて、この日は特別な朝食の時間になった。




 ドルドレンは横で、一応出されていた普通の朝食をすでに食べ終わっていたが、イーアンの料理の味見については問わないことにした。丸っきり忘れてるのは分かっていた。――そう。彼女は夢中になると、いろいろ忘れる人。


 とにかく彼女が、滅法この手の料理に溶けることを知ったので、今後のために覚えておこう、と決めた。


御読み頂き有難うございます。

ポイントを入れて頂き、心より御礼申し上げます。有難うございます!

料理の上手なヘイズが他の騎士に聞かれて教える場面を絵にしました。左がヘイズで、右は当番で入る騎士です。



挿絵(By みてみん)



この朝も、彼はこうしてトゥートリクスやロゼールに教え、一緒に作ってあげました。

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