879. 旅の二十一日目 ~空の朝・地上の朝
シャンガマックは見慣れない場所で目が覚める。
まだ朝にもならない時間だが、夜明けの色は似ていても、何か全く雰囲気が違うことに気がついた。ゆっくり目を開けて、眼が暗さに慣れてきたところで、自分の記憶を考え始める。いつから、覚えていないのか・・・・・
疲れは・・・あまり、ない。これも不思議だった。頭が回るのも、体の重さが感じられないのも。なぜだろう。何があったんだろうと考えていると。ふと。
「え。これは」
見ていた天井も見知らぬ場所だと思っていたのに、顔を横に向けた先に目に映ったのは、ぼんやりとした白い光に包まれた、大きな誰かが寝そべる姿。
自分が居るのは誰かの家で、その家のベッドかと思ったら『椅子?』大きさが普通じゃないが、長椅子の上だと分かって驚いた。慌てたシャンガマックは、さっと肘を着いて起き上がり、声に出した。
その声で起きたのか。暗がりに光を浮かばせていた誰かが動いた。
「ふむ。目覚めたか」
腕で隠れていた顔がこちらを見て、褐色の騎士は目を丸くする。『タムズ・・・タムズ?』何がどうなっているのか。暗さに慣れてきた目を見開いて、シャンガマックはきょろきょろした。
「ここは。あなたの」
「そうだ。私の家だ。しかし君は、精霊に祝福をもらっているから、私の横では寝かせられなくてね。すまないが、椅子の上だった」
急いで起き上がったシャンガマックは、立ち上がろうとして、男龍に手をかざされ止められる。
「急がないで。そろそろイーアンも帰る。一緒に戻ると良い。気分はどうだね」
タムズは大きな体を起こし、翼を一度広げてもう一度戻す。その様子を幻想的なものを見るかのように、ぼうっとしてシャンガマックは見つめる。
「はい・・・回復を。あの。俺には何が何だか。どうして俺があなたの家にいて、そうだ!魔物は」
「落ち着きなさい。魔物はドルドレンとイーアンが倒した。その時、結界が壊れ、恐らく意識を失くしていた君を、ミンティンたちが守って連れ戻ったのだ。ここはイヌァエル・テレン。龍の棲む世界」
初めて。空の上にいると知ったシャンガマック。ハッとして、自分の腰に下がった剣を見ると、白く淡く光を放っている。
彼の視線を見て微笑む男龍は『君を。ビルガメスは、龍の骨で戦う大地の戦士、と。誇らしいね』大顎の剣を見て誉める。シャンガマックは照れて、頷いたものの恥ずかしくて俯いた。
タムズが起き上がり、彼の座る側へ移動して腰掛ける。初めてここまで間近に見るその大きさに、褐色の騎士は男龍を見上げながら、自分に向けられた優しそうな金色の瞳を覗き込む。
「ドルドレンなら。撫でてもやれるが(※通常行為)。君は精霊の祝福と共に生きている。私は少しなら君と触れ合うことは出来るけれど、あまり得意じゃないかな」
「そうなんですか。何かが違うんですね。聖なる存在だから、問題ないのかと思っていました」
タムズは手をそっと伸ばし、褐色の騎士の顔に触れる。『このくらいならね。問題ない』そう言うと、手を戻して首を振った。シャンガマックはちょっと赤くなった。
「精霊はまた、私たちとは異なるのだよ。聖なるものは、一つなんだ。精霊は確かにそうだね。
龍は精霊が生む。君の乗るジョハインも、精霊が生んだんだよ。説明は簡単ではないが、ジョハインは大地の精霊が関わっているから、君には打って付けなんだろう』
「ジョハイン。俺の乗るあの龍はジョハインと。名前を知らなかった」
シャンガマックは、予てから名前を知りたいと思っていたので、名前を聞けたお礼を言う。タムズは微笑み『君のために、一緒に結界を張った強者だよ』と教えた。
「ジョハインは疲れている。他の龍も疲れているが、結界を張り、あの力の源に晒されていた分、それは体に堪えた。少し休ませるから、今日はイーアンとアオファと一緒に戻りなさい」
「そんなに大変だったのか。俺は何も気がつかずに、龍に悪いことを」
困惑する騎士に、タムズは小さく首を振り『知らなくて当然だ』と言った。そしてシャンガマックの勇敢な行動を誉めた。
「君は精霊の加護がある。だがそれを心の底から信じて、動ける者は少ない。ドルドレンもザッカリアも勇敢だが、君もまた勇敢な男だ。君が選ばれた理由が分かる」
大きな存在に直に誉められて、返すお礼の言葉が見当たらないくらいに、緊張して照れるシャンガマックは、うにゃうにゃ言いながら下を向く。
それを見て笑ったタムズは、彼の明るい茶色の髪を一撫でして『恥ずかしがりなのか』と訊いた。それにも答えられなくて、困って真下を向くシャンガマック(※真っ赤っ赤)。
タムズはニコニコして『君のような人間が多いと、私たちも気持ちが楽なんだが』そう呟く。それから彼の俯く額を少し指で押して、赤くなった顔を上向かせると微笑んだ。
「イーアンを迎えに行こう。ドルドレンたちも中間の地で待っている。皆、きっと疲れて休んでいるから、戻るには丁度良い時間かも知れない」
漆黒の瞳でタムズを見て、はい、と頷くシャンガマック。
ジョハインによく似た、彼の大きい黒い目。何か通じているのかと思わされるタムズは、彼もまた、ドルドレンと同じように、大切にしてあげようと思えた(※仔犬ビームは男龍にも効く)。
タムズは別の龍を呼び、臨時で来た龍にシャンガマックを乗せると、一緒に卵部屋のある、龍の子の住まい近くへ向かう。
シャンガマックには、夜明けの龍の世界がとても荘厳で、言い知れない感動を胸に、目覚めた場所の尊さに感謝した。
広々した世界を龍に乗って、男龍と一緒に飛ぶなんて。自分は何て恵まれた運命なんだろうと喜びを感じる。
それをタムズに言うと、タムズは微笑み『君にも祝福を授けたかったね』と言った。それが何か、シャンガマックには分からなかったが、きっと男龍は喜んでくれたと、それは分かった(※祝福で気絶する可能性アリ)。
その後、卵部屋の近くに下りたタムズと、シャンガマックの乗る龍。タムズは彼を待たせて、イーアンを呼びに行った。
暫くしてイーアンとタムズが来て、イーアンはシャンガマックを見て、喜びの声を上げる。
「ここで会えますとは!ご無事を確認出来て嬉しいです。シャンガマック、あなたは凄い力の持ち主で」
「イーアン。あなたにそんなことを言われたら、恥ずかしい。力の限り戦ってくれて有難う」
すぐに翼を出したイーアンは両腕を広げ、龍に乗るシャンガマックを抱き締めて、その無事を喜んだ(※『良かった、良かった』って)。
シャンガマックは固まりかけるが、必死に頑張って意識を保つ。横で見ているタムズは、また少し意外そうな顔をして、どうして抱きつくのかを考えていた(※自分にはないから)。
にっこり笑ったイーアンは腕を解いて『私も休んだのです。すっかり元気になりました』そう言って、少し思い出したように笑った。
固まる意識を頑張ってほぐしつつ、シャンガマックは、なぜ彼女は今笑ったのかと思うと。イーアンはその視線に頷く。
「いえ。男龍がですね。赤ちゃんたちと遊んでから戻れ、と。夜のうちからやって来ては、再三、言われまして。休んでいる暇が少なくて・・・それが可笑しくて笑いました」
「大変だったのか。イーアンは女龍だから、男龍の子供たちは、母親のように慕うのかな」
シャンガマックも少し笑って答えると、タムズは笑顔で『そうだね』とイーアンの代わりに答える。
「イーアンがいた一週間で。孵らなかった卵はなかったんだ。こんなこと、奇跡なんだよ。私たちも嬉しい。だから君たちの旅の最中と分かっていても、つい・・・ね。子供たちと遊んでほしいと願ってしまう」
イーアンが理解を示すように微笑む様子に、シャンガマックはちょっと考えてから、タムズとイーアンに思うことを言ってみることにした。
「あの。移動中で魔物が出ることもあるんですけれど。半日いないと、仲間も気にするかも知れませんが、毎日午前中とか、お昼だけとか。
そんなに沢山の子供たちが生まれたなら、遊んであげる時間があっても」
タムズは褐色の騎士の言葉に、少し驚いたように目を向ける。イーアンは『いえ、でも。度々は来るつもりですから』と断りかけるが、タムズがイーアンの肩に手を置いた。
「シャンガマック。君は何て心の温かい男だろう。旅が少しでも、楽になる方を選ぶなら分かるが」
「俺の・・・俺が育った部族は。皆で子供の世話をしました。誰の子供でも、例えば、親がいなくなってしまった子供でも、その子は親を失わないです。
お母さんがいると、子供はお母さんの心をもらう。笑顔をもらう。お父さんには生き方をもらう。
イーアンはここの母親ですから、龍の子供たちに必要じゃないかと。俺の意見は種族に関係あるか、分からないけれど」
シャンガマックがそこまで言うと、タムズは嬉しそうに微笑んで、彼の目の高さまで背を屈め、その顔を覗き込み『温かい男よ。大きな愛の満ちる男に会えて、嬉しいよ』と伝えた。シャンガマックは、俯いて照れた。
男龍はイーアンを見て『だそうだよ。そうしなさい』ニコッと無害な笑顔を向ける。
ええっ! 毎日通うの? イーアンは自分が、凄い行動量になりそうな予感がして、体が持つのか心配が過ぎる(※中年)。
シャンガマックったら何てこと言うの・・・困った顔で彼を見ると、タムズにやられたのか(※当)すまなそうに微笑みを返された。『数時間だから』良いと思う、とか何とか。
イーアン、目が据わる。常勤パートタイムをお勧めするタムズと、タムズにやられた騎士の後押しを、丁寧に捌きながら『戻って皆さんと、相談してから決めますよ』ビシッと言うことは言う。即決されたら敵わんと強気。
そんなことで、タムズは苦笑いしながら、二人をアオファの場所まで送り届け『イーアン。また早くおいで』と最後まで粘り、イーアンが『後日お知らせする』と往なしてお別れする(※生返事はろくな結果を生まないと経験済み)。
イーアンとシャンガマックは、アオファの頭に乗り、タムズに手を振り振り、イヌァエル・テレンを後にした。
*****
その頃。宿屋では、起きている者は一人だけだった。コルステインは、もうそろそろ帰る時間。見れば、雨もないみたいだし、一晩出しておいた炎の天井を消す。
『タンクラッド。眠る。する。ずっと。大丈夫?』
親方が疲れて眠りこけているのが、いつにない眠り方なので、ちょっと気になる。
疲れる、の言葉とその状態が、自分にはあまりないことで直結しないコルステインは、暫く彼を見てから、鍵爪の背でナデナデして戻ることにした。
戦う力はあっても、癒す力はないサブパメントゥ。妖精や龍なら出来るかなと思うが、側にどちらもいないので、伝えることは出来ない。
気がかりは残るが。そろそろ夜も明けるしと、コルステインはベッドを立つ。『タンクラッド。元気。する。頑張る』早く元気になってねと、気持ちを呟いて、青い霧はふわーっと消えた。
ドルドレンも、ザッカリアも。ミレイオも漏れなく。ぐっすり寝ていて、夜中に一度も起きはせずに朝を迎える。
フォラヴは、コルステインの帰ったすぐ後に目を覚まし、コルステインが戻ったことを、窓から見えた青い霧の様子で知った。
「あの方は。本当に健気です。いつもタンクラッドを大切にされて」
窓辺に立って外を見れば、裏庭の馬車と馬車の間だけ、雨に濡れた形跡がない。ベッドは影になって見えないが、思うにベッドを濡らさないよう、コルステインが何かしたのだと理解した。
「意外な展開ですね。でも愛されていると愛するものです・・・フフフ」
タンクラッドの、コルステインへの言葉や思いも最近よく聞くので、フォラヴは二人の仲が深まることを祈る。
それからフォラヴは自分の体を確認し、風呂の必要を感じたので、朝早くから風呂へ向かった。
昨日、自分に何が起こったのか。殆ど知らないままだったが、目覚めて宿にいることと、コルステインやタンクラッドがいることから、ともあれ皆は無事であると、自分も含めて感謝する朝。
そしてアオファと一緒に村の外へ降りてきた、イーアン&シャンガマック。アオファは村へ近づけず、離れたところで降りて空に帰す。
「歩くのか?」
「いえ。私があなたを支えて飛びます。昨日、私が飛ぶ姿を村人は見ているので、問題ありませんでしょう」
シャンガマックはそれを聞いて、朝から嬉しいことが沢山だなと、そっと心に思う。
イーアンは翼を出して、シャンガマックの背中に回って持ち上げる。胸の前でぎゅっと締まる腕、ふわっと浮く体に、シャンガマックは、失神しないように意識を強く持った。
俺はこれを後、何回か繰り返せば。精神的に強くなれるかも知れない。そんなことを思いながら、褐色の騎士は、パタパタ飛ぶイーアンに運んでもらった。
ふと思うことを聞く。『いつも。羽ばたかない気がするが』今は翼を動かしている、とシャンガマックが言うと、イーアンは頷く。
「羽ばたかない時は高速です。ゆっくりだと勢いがありませんから。こうしてね、パタパタしますの」
「ああ、そういうことなのか。龍気はどうなんだ。こうしていても使うんだろう?」
「はい。翼を出すのは、既に使っているのです。でもね。慣れました。このくらいですと・・・ほら。村の方は早起き。私たちを見て、あら~ま~ 驚いていますねぇ」
間延びした言い方に笑うシャンガマックは、宿の場所を教えて、近くまで行ったら歩こうと言った。下で村人が騒いでいるが、それは決して恐れではなく、昨日の一部始終を思い出しているような感じだった。
宿より手前で降りた二人。イーアンは翼をすぐに仕舞い、シャンガマックは微笑んでお礼を伝えた。
「有難う。重かっただろう」
「そうでもないのですよ。ドルドレンや・・・タンクラッドはちょっと重くて嫌ですけど、ドルドレンくらいだと、龍気があればどうにかこうにか。これも龍気サマサマです」
ハハハと笑うイーアンにつられて、褐色の騎士も笑う。二人とも同じくらいの体格に思えるが、総長よりも剣職人は重いと・・・それはさておき。
イーアンと、こんな他愛ない会話をする、この時間もシャンガマックは何となく嬉しい。彼女は自分の憧れなのかもな、とシャンガマックはいつも感じる。その存在や生き方が、どこか、自分の憧れを掴んでいる。
好きだけれど、総長や剣職人のような好きとは少し異なる。それは随分前から思っていた。常に側で見ていられたら、それで充分に思える、そんな好きだった。
二人が歩いてすぐ、村の人が来てシャンガマックの嬉しい時間は終了(※3分くらい)。
3人くらい寄ってきて、朝の挨拶もそこそこに、昨日の話を聞きたがり、歩きながら聞かれることに答えていると、気がつけば、十人ほどに増え、増えたところで宿に着いた。
「後で、時間があったら教えて」
何があったのかを聞きたいと、皆が話していることを伝えられた、シャンガマックとイーアンは了解して宿へ入った。
入ってすぐ、顔を見合わせて笑う。どちらともなく、何となく可笑しくて笑った。
笑いながら扉を閉めた二人に、離れた場所から『おや』と声がかかる。ふと、二人が声のした方に振り向くと。
濡れた白金の髪を拭く妖精の騎士が『お帰りなさい』と、不思議そうにその組み合わせを見つめて立っていた。
お読みいただき有難うございます。




