878. イヌァエル・テレンその夜 ~別立ち位置
ニヌルタはこの夜。龍の子の住まい近くにある、川の畔の一軒家にいた。
もてなすものもなく、ティグラスは友達の男龍と一緒に、家の外の少ない階段に座って話す。
「ここはいつでも星が見えるね。月も」
「それはそうだろう。雲が下なんだから」
可笑しそうに答えるニヌルタは、ティグラスと仲が良く、殆ど毎日通っているが、この一週間は会わずにいた。
ティグラスは一週間待って、彼が来た今日。とても喜んだ。その喜び方に嬉しく思うニヌルタ。
「そんなことないよ。だって、雲もあるだろう?下にも上にもある」
言い返したティグラスに、ニヌルタは笑って首を振る。
「大きい雲がないんだ。イヌァエル・テレンの空に浮かぶ雲は分厚い雲じゃない」
「だから星が見えるのか。雨も降らない」
そうだよ、と彼の頭を撫でて、白赤色の模様がある男龍は、ティグラスの見上げる星空を一緒に見つめる。
一週間。男龍が何をしていたのかを話した後、ティグラスに退屈だったかと訊ねると、ティグラスは『寂しかったが、退屈ではない』と答えた。正直な男の柔らかい笑顔に、男龍も微笑んで頷く。
「俺はいつも、探し物。ロデュフォルデンを探して、毎日遠くまで行く。でもね、夜にニヌルタに話せないのはつまらないよ。寂しいんだ」
こんな風に言われると、気まぐれなニヌルタも日々通う。黒い髪を撫でてやって、自分を見上げる左右違う瞳の色の男を見つめて『お前が寂しくないように、これからはもっと気にかけるぞ』と伝えた。
嬉しそうなティグラスは、大きく頷いて『有難う。そうしてもらうと嬉しい』と笑った。
そして、ティグラスは男龍に訊ねる。『どうして一週間ずっと、皆が卵を生んだの』何か理由があるのかと訊く。ニヌルタは頷く。
「俺がな。男龍から、伝説の龍王になるかもしれないから」
「ニヌルタが龍王?龍王って何」
ハハハと笑うニヌルタは、正直なティグラスが好き。分かりやすく伝説を教えてやった。ティグラスは、真剣に彼の話に聞き入り、うんうん頷きながら理解する。
「龍王。ニヌルタたちは、初めてのことに挑戦するのか」
「そうだ。やることは山積みだ。それにすぐじゃないから、気が抜けない。イーアンを守るのも大事だ。彼女は強いが、心はまだ・・・龍とは違う。守ってやらないといけない」
イーアンの名前が出て、ティグラスは話を戻す。
「イーアンはずっと空にいたのか。最初の日に、イーアンに会ってきたと言って、ドルドレンがここへ来た。一日一緒に遊んで、次の朝に帰ったんだ。その後もイーアンはいたのか」
「今もいるよ。昼に一度戻ったけれど、戦う時に龍気を使い過ぎて、イヌァエル・テレンで休んでいる」
ティグラスは、イーアンが戦うことを思い出す。初めて出会った時、剣を持っていた。少し心配そうな顔をしたので、ニヌルタは首を小さく振り『イーアンは疲れるだけで、傷つかない』ことを教えた。
「お前が知っているイーアンは、まだ龍の状態が安定しないイーアンだと思う。今、イーアンは相当しっかり、龍の状態を作れるように変わった。体が変わったんだ。心配することはない」
「そうなのか。俺はイーアンが好きだよ。可愛いよ、馬みたいだ(※馬=動物)」
「ハハハ。そうか。俺も好きだ。馬みたいとは思わないが(※顔が馬?の疑問)イーアンは綺麗な顔をしている。強く、精悍で、男のようだ。笑うとかわいいな。子供は皆イーアンによく似ているぞ(※ウソ)」
龍の子供たちを思い出して、ティグラスは、子供たちに会いたいと頼んだ。
ニヌルタは頷いて『俺の家に来い。子供と遊べ』と言った。『皆、男龍だぞ。赤ん坊なのに角がある』自慢げに自分の赤ちゃんの特徴を教え、それから思いついたようにティグラスに約束してやる。
「俺が龍王になる時。お前は俺の友達だから、いつでもお前と暮らす。イーアンも一緒だ(※付属品)」
「そうなのか!俺と一緒に暮らすの?イーアンもくっ付いてる(※オマケ)。ニヌルタと一緒に暮らすと、きっと毎日楽しい。今も楽しいが、もっと楽しいな!早く龍王になってくれ」
アハハハと声高らかに笑い、男龍はティグラスの背中に手を回して抱き寄せる。
「努力はする。伝説の存在だからな。何がどうすれば正解か、誰も知らん。あのビルガメスでさえ知らない。やるだけやって、龍王を目指す。見ててくれ」
頷く笑顔のティグラスに、ニヌルタも微笑む。実際、どうすると龍王になるのかは、話にある条件しか分からない。それでも、沸き返る熱い血が高揚感を引き起こして、挑戦が楽しくて仕方ない。イーアンくらい強い龍気を持つ女龍に会えるとは思わなかった分、突然舞い降りた、思ってもない機会に感じる。
「イーアンに愛される必要がある。何とかなるだろ(※ノリ)。これも面白そうだ」
呟いて可笑しそうに笑う男龍に、ティグラスは『俺はニヌルタが好きだよ。愛してるよ』と、自分は問題ないことを伝えた。
愉快な友達に笑う男龍は、彼にお礼を言って、この夜、ティグラスが眠るまで一緒に過ごした。
ルガルバンダの夜は思うところが多く、自宅にいる10頭ほどの赤ちゃんと一緒に過ごす時間、赤ちゃんたちに何をされても上の空。
彼の卵には双子入りも何度かあり、今週の赤ちゃんランキング最多数を勝ち取った(※6日間で赤ちゃん44頭)。あまりに多いので、一度に連れて帰って育てるには疲れるため(※気持ちの問題)四分の1ずつ日替わり。
「ズィーリーがいた時は。二人で一緒に・・・生まれた子供を育てたな」
呟く、生気の抜けたルガルバンダ。
実際は育てていないが、それに似た時間が細切れで何度かあった、そのことを思い出し、ウン百年も経つと『=一緒に育てた』摺りこみが完成する(※これを思い込みと言う)。
10頭ちょいの赤ちゃんがわらわら動き回る中に、一人、たらーんと寝そべる寂しさ。
「イーアンはいない。いるけれど、休息しているから起こせない。例え、起きているところに会いに行っても、ビルガメスに何を言われるか分からん・・・ビルガメスめ」
龍王に駆け上がる、暗黙の開始。始めたのもビルガメスなら、卵を孵すのもずっとビルガメス。彼は誰かが側にいても、卵を生むことが出来るからこそ、イーアンが来ている間、離れずに済んだのも確かだが。
「独占し続けている。不公平だ」
力の差は勿論あるし、ビルガメスの決定を常に仰ぐのも、男龍が普通に認めているとはいえ。『一緒にいる時間が多過ぎるだろう。いつもじゃないか』ルガルバンダは眉を寄せて、寝転がる体によじ登る赤ちゃんに群がられる(※お父さんは登りやすい)。
「俺にだって、イーアンと一緒にいる時間があって良いはずだ。俺の卵をこんなに孵してくれたんだ(※男龍全員だけど)。ズィーリーの時と違って、お互いに歩み寄る時間さえ、今回は無いに等しい」
ビルガメスに、ぶーぶー文句を言うルガルバンダだが、イーアンと仲直りした後でも、なかなか近寄る機会が少ない理由は、実のところ他にもある。
「ズィーリーの魂が。こんな俺を見たら・・・どう思うだろう。悲しくなるだろうか」
あんなに愛したのに。
生まれ変わって来てくれた、と思ったイーアンは、見た目は似てても、中身はまるで別人。全く違うとなれば、それはそれで仲良くなって、未だ抱くズィーリーへの想いを、再び彼女に向けようと考えていた。
が。そうすることに後ろめたさがいつもあり、ズィーリーそっくりでも彼女自身ではない、別の女龍に想いを寄せているみたい・・・だとしたら。あの愛は何だったのかと、恥ずかしく感じる。
それが邪魔で、イーアンが来ても、自分が呼ばれるまで近寄れない日々が過ぎる状態。
「男龍しか、龍王には成れない。つまり俺たち6人だけが、その可能性を実現出来る。それなのに、俺ときたら」
彼の4本の角に挟まって、じたばたする赤ちゃんを摘んで外し、顔の前に置くと『どうしたら良い?』と赤ちゃんに切なく問いかける。赤ちゃんはおとうさんに、ちゅーっとしてハハハと笑った。
そんな赤ちゃんが可愛いから、一緒に笑うルガルバンダ。小さな龍を撫でてやって、髪をかき上げると『どこかで決着つけないとな』思いの募るところを口にする。
「俺はイーアンも好きなんだ。最初はとんでもない暴れ女だと思ったが(※今も別に変わってない)。誤解が解けたら、優しくなった。こうしてお前たちも、無事に孵してくれて。
確かにズィーリーとは違うが、イーアンはイーアンで好きなんだ。あの、全てを命がけで守ろうとする勢いが。無尽蔵の力の塊みたいな強さが。うう・・・たまらないんだよ」
赤ちゃんを5頭くらいまとめて抱き寄せ、逃げたがる赤ちゃんたち(※イヤイヤしてる)に顔を突っ伏すルガルバンダは、好きになっちゃうじゃ~ん・・・と。嫌がる赤ちゃんたちに打ち明ける(※赤ちゃんは、知ったこっちゃない)。
恋する男ルガルバンダ(※536話から発進)。
思い込みの激しさも、男龍一位。好きだと思い込んで、本当に好きになれる人(※困ったことに冷めない)。
さほど、好きになるほどの出来事がなくても、思い込みが強くて、恋愛感情がなぜか発達している彼には、恋は毒薬のように働く。
そう。ルガルバンダは、100回くらい『好きかもしれない』を言い続けると⇒『好きだ』に変わり、これを一ヶ月も感じていれば⇒『愛してる』に辿り着けるという、貴重な恋愛男龍(?)。
他の男龍にその気持ちがあまり分からないのは、性質上、恋愛感情がほぼないからなのだが、どういうわけかルガルバンダだけは、恋愛感情が際立って発達している。
「俺の子供たちが、頭数は男龍で最多。後、何度か繰り返せば、俺と同じような龍気の男龍が、イヌァエル・テレンで一番多くなるのは、火を見るより明らか。
彼らが大人になるまで、10年。10年ならイーアンもまだ、中間の地で生活していても動ける年齢だ。もしかすると、この異例な成長の早さもあれば、もっと短い期間かもしれない。
その頃に、俺の子供たちが全員男龍の成体に変わっているなら、間違いなく俺が、このイヌァエル・テレンの龍気を満たす存在になる。これまでの『龍の子』だって、俺の子供は多いんだ・・・俺が龍王になる可能性は、子供たちの放つ龍気の多さで、限りなく高い。
ビルガメスが急いだのは、そこだ。外で生活するイーアンの年齢と、自分の寿命を考えた結果が、今―― 一番早いのは、今だ。彼自身もまた、龍王に辿り着かない限り、寿命の足音が聞こえ続けるから」
ルガルバンダは、この動きが『龍王への準備』と察した時。せめて、旅の終わりまで待ってやれば、と一瞬思ったが、すぐに彼らの時間の問題に気がついて、何も言わずにいた。
「しかしな。ビルガメス。俺は。俺自身の気持ちに決着をつけたら、もう遠慮しないぞ。イーアンを独占する時間は、手を打って止めさせる」
赤ちゃんたちを抱き締めながら、ルガルバンダは硬く決意する。赤ちゃんたちがぜーぜー言うのを聞いて、慌てて腕を緩め、新たに決意した思いを元に、計画を練り始めた。
大きな角にぶら下がる赤ちゃんをそのままに、シムも自宅で一人、思案する。登られたり、ぶら下がられたり、落ち着いて考え事が出来ないが、そうも言っていられない。
シムの赤ちゃんたちは、この一週間に生んだ卵の平均的な頭数で、36頭。孵った数として考えれば、これまでのイヌァエル・テレンでは有り得なかったことなので、驚異的なのだが。
「まだまだ、だな」
一番多かったのは、ルガルバンダ。次がニヌルタ。あの二人は『双子なんて。どうやったら入るんだ』双子率が高かったために、彼らの子供は多かった。
一番少ないのは、ファドゥ。彼は卵を一日3個くらいで繰り返していた。次に少ないのがタムズ。タムズは動きが入って、中間の地へ行く時間があったから。『それでも33頭。ファドゥは20頭だ』そして間が、自分・・・なのだが。
「ビルガメスは38頭。双子もないのに、大した数だ。俺は36頭。頭数だけで見れば、ニヌルタとルガルバンダが圧倒的にしても、龍気の強さはビルガメスに追いつく者はいない。あの龍気の子供たちとなると・・・これまでの巻き返しを思えば大変だ」
シムは自分の男親・ビルガメスの龍気を受け継いでいるので、皮肉なことに自分もまた、彼の傘下のような状態。しかし、少しずつ異なる分、それが救いでもあり、自分の子供たちが増えれば、状況は変わりもする。期待はそこにある。
ビルガメスは暫くの間、卵を生まなかった。その間に、他の男龍は時々卵を生んで『龍の子』たちを増やしてはいる。そうした人数で見れば、ビルガメスの前回・今回の子供の数は非常に少ない。
「でもなぁ。あんな龍気の、あんな力の引継ぎで生まれてくる子供なんて。想像つかない」
かく言うシムも、類稀な能力を受け取ったし、龍気も非常に強いのだが『女龍が孵したわけじゃないからな。俺の場合は』女親が龍の子であるため、ここどまりの印象を最近感じる。
「今回の卵。全員が女龍イーアンの子供たちだ。それも祝福の大きさが尋常じゃない(※イーアン自覚ナシ)。タムズも気になるが、ビルガメスとイーアンの孵した子供となると、どうなるやら」
人数が少なくても、とんでもないことになりそうな気がする。
赤ちゃんが抱っこを頼むので、シムは抱っこしてやりながら、考え続ける。半分ずつ日替わりで引き取るから、20頭近い赤ちゃんが家中わらわらしている中で、シムは悩む。
「俺の子供たちが、数が稼げればな(※子供は数稼ぎ)。少し安心出来そうなもんだが。
この成長の早さだと、10年も待たないで成体になるだろうし、卵が孵るのも3ヶ月が1~2日だ。最短半日なんて、ビルガメスのあの子供くらいだが、異常な早さだ。・・・・・のんびりしていられんな」
角に何頭かぶら下がったので、頭がグラグラするシムは、面倒そうに一頭ずつ取り外して床に置く。
赤ちゃんたちがシムを見て笑顔や、笑い声を立てるのを見て、シムも少し笑う。
「お前たちが、こんなに沢山一緒にいる。これだけでも奇跡なんだ。だが、その先の奇跡を手に入れろと、時の扉が開いた以上、俺は手に入れに行く。お前たちの親は、空の伝説を実現するぞ」
赤ちゃんはじっとお父さんを見て、ハハハハと笑う。笑い飛ばされたような感じで、苦笑いするシム。笑いながら子供を抱き上げ、ちゅーっとされるので、その子の顔を見て微笑む。
「今日。イーアンはそこに来ているんだ。休んでいるみたいだから、明日にでも様子を見てくる。遊んでもらえそうなら、遊んでもらえ」
シムもまた思うこと。ビルガメスが何かにつけてイーアンを連れて行くので、公平の申し出の必要を感じていた。
お読み頂き有難うございます。




