877. イヌァエル・テレンその夜 ~女龍の子として
タムズはビルガメスの横で、子供たちをあやす。
ビルガメスの家で、小さいのも大きいのも、わちゃわちゃしている夜。
赤ちゃんたちはお父さんに似て白っぽく、柔らかい色がふんわり混じる体色。
龍の赤ちゃんはコロッとしているけれど、一丁前に足も少し長め、尻尾も細いけれど長い。お互いの尻尾に躓いて転がるとか、男龍によじ登るとか、元気に体を動かして遊ぶ。
「(タ)全員引き取って。この、大きい子供は危なくないか」
「(ビ)うん?大丈夫だろう。最近落ち着いてきているから」
「(タ)生まれたばかりの子供の上に座っていたぞ。ずっと座っているから、助けたけれど」
「(ビ)息が出来ている間は大丈夫だ」
大きい子は、ちょっとおっとりしていて、小さい子の上に座ってもあまり気にしない。一番小さいのはビルガメスがベッドに乗せているが、数日前に生まれた子供たちは、大きい子と一緒に床に野放し。
タムズが気にして、ビルガメスに怪訝そうな視線を送りながら、大きい子の側に座って見張る。
龍同士は攻撃し合わないので、お互いが危険な行為をしても、頑張って耐える。赤ちゃんも耐える(※可哀想)。
「今日は無事に、彼らが勝って何よりだけど。私の昨日の報告も大事だよ。どう思うね」
タムズは、中間の地でドルドレンたちが魔物を倒したことで、ビルガメスが落ち着いたのを見て、流されがちな『ドルドレン復活』について意見を求める。ビルガメスはもう、普段の状態で余裕のある返事。
「お前の話を聞いていると。俺も、ドルドレンに会わないといけない気がする」
「どうして。充分説明していると思うけれど」
「お前はドルドレンに甘い。本当にそうだか分からん」
嘘は言わない龍の社会だが、言い方が過大評価の場合は結構ある(※皆さん感情が大きいため)。ビルガメスは、タムズの報告を聞いてそれを思う。が、気持ちがすぐに反れる。
今日は、空に連れて帰られたイーアンは卵部屋行き(※意識なくても放り込まれる)。
出戻り状態で、地上に降りたと思ったら、龍気が消えるまで使ったので意識が飛んでいるため、連れ戻られて『卵部屋にせっかくだから』と寝かされた。
ビルガメスがすぐ、家に連れて来ようとしたが、家に赤ちゃんたちを引き取った後で、タムズやファドゥに『イーアンが休めない』と指摘された。
でもおじいちゃんは、他の男龍の家にイーアンが眠るのは許可しない(※ワガママ)。
ブーイングを受けるものの、それは全く無視して『仕方ない。卵部屋に寝かせろ』と(※業務)無難で役立つ提案をした。
もう男龍の卵は全部戻った後なのもあり、『まぁ良いんじゃないの』的な決定。
そんなことでイーアンは、龍の子の女性たちに見守られ、卵ちゃんたちの穏やかな龍気の中で、休んでいる夜(※休んでいても卵は孵る)。
朝方、早目に会いに行って、イーアンを引き取ろうと、ビルガメスは楽しみにする。朝まで居れば元気になるだろうし、ちょっと子供と遊ばせることも出来るので、朝が待ち遠しいご機嫌なビルガメス。
「お。見ろ。イーアンそっくりだ(※ウソ)!」
「さっきから、そればかりだ。ビルガメス。どの子も笑えば、イーアンみたいだよ。イーアンは笑っている顔が印象的だから。私の子供たちだって似ているよ」
「いや。お前の子供よりも、俺の子供たちの方が似ている。ずっと俺が一緒だったからな。ほら、ほら!見ろタムズ!見ろって(※強制)!似てるぞ、そっくりだ」
にこーっと笑う小さな赤ちゃんを見て、はしゃぐビルガメスに可笑しいタムズは、笑い出して頷く。
「本当だね(※面倒だから合わせる)。彼女みたいに可愛い笑顔だ」
どの子供も笑うから、タムズから見れば皆、イーアンの影響に思う部分だが、ビルガメスが嬉しくて仕方ないのは良いことなので、うんうん頷いて付き合ってあげる。報告している間もこんな調子だったし、返答もこの状態なので、飛び飛びでまとまらない。
やけに上機嫌なのは、一週間を通して全部の卵が孵った奇跡(※奇跡連発)と、イーアンと一緒に過ごした時間が理由だろうなと、タムズは理解していた(※明日も居させる気でいるとは思わない)。
赤ちゃんは、横になるビルガメスの体の上でハイハイ(※四速歩行だから)して、お父さんの顔に近づく。嬉しそうに、にやけるビルガメスは、赤ちゃんがビルガメスの顔の匂いを嗅ぎながら、最後にちゅーっとするのを待つ。
思ったとおり、赤ちゃんがちゅーっとして、お父さんは嬉しい。お返しにちゃんとちゅーっとするが、赤ちゃんが呼吸出来なくなるので、タムズが止める(※『長い』『危ない』『やめろ。息していない』)。
ぜーぜー言いながらも、赤ちゃんは復活すると同じことを繰り返すので、ビルガメスはご機嫌。赤ちゃんを人差し指で撫でながら、微笑んで見つめるビルガメスは一言。
「イーアンが今日の昼。帰り際に俺にも、こうした」
タムズはぴたっと止まる。ちらっと見る。ビルガメスも、ちらっとタムズを見る。タムズは小さく咳払い。
「イーアンが?何を?」
「だからな。こうして俺に。子供と同じように」
「彼女はそんなことはしないよ。子供以外で、ドルドレンにはするけれど」
「したんだ。笑顔で(※おじいちゃん過大表現)」
赤ちゃんを手に乗せて、自分の顔近くに運び、ビルガメスは赤ちゃんに余裕げにちゅうっとする。『あいつは俺が好きだから』勝ち誇ったようにタムズに自慢。赤ちゃんはアハハと笑う。
暫しの間。疑いの要素を探すタムズ。そんなわけはない。イーアンに訊けば、きっと違うと言うだろう(※『ビルガメスはいつも大袈裟』と認識)。
しかし、疑うタムズの視線も何のそので、おじいちゃんは満足そうに思い出す吐息をつく。
「俺の顔を引き寄せて、ちゃんと口付けしたぞ(※どこにとは言わない)。卵を孵せたことへの感謝だそうだ」
「それは。そうかも知れないけれど。でも」
「イーアンの愛が満ちた。部屋にも子供たちにも、俺にも。あいつは俺の命だ。俺の魂。俺の魂を包む、永遠の女龍。空にイーアンの愛が溢れる。俺と共に空を守る」
ビルガメスは、既に王の座を確信したように、そう言うと、タムズを見て『お前にはどうかな』少し意地悪く笑顔を向けた(※ビルガメス絶好調)。
「俺は始祖の龍の子だ。たった一人の生き残り。ガドゥグ・ィッダンの予言にイーアンがいる。3度目の女龍が空を導く鍵になる。
今日のイーアンは、見てはいないが、あの龍気。あの力。あの立ち直り方。既に立派な女龍だぞ。俺の母親と良い勝負だ。俺と同じことが最初から出来るんだ。あれが龍での初戦闘なら、今後はもっと凄くなる。
そう・・・過去最強の女龍の子の俺が、史上最強の女龍と共に空を拓くんだ。運命的だろう?」
タムズは動じない。ビルガメスはいつも大袈裟だから、余計な部分を外して捉える(※事務的タムズ)。
「それを言うなら。私だってズィーリーの子だよ。私の父親はビルガメスと同じ、始祖の龍の子だ。私が2度目の女龍の子でも、立場は変わらないと思うぞ・・・ファドゥもそうだが」
「ふむ。ファドゥ。そうだな。あいつが体現したのが、正に運命を示唆した。龍の子が男龍に変わるなんて、イヌァエル・テレン初だからな。
そうか・・・ファドゥ。優しい性格だから、俺を凌ぐとは思えんが」
タムズに言われるまで、ファドゥを意識していなかったビルがメスは、少しだけ大人しくなる。
それも何となく気に食わないタムズ(※自分無視されている気がする)。意地悪に意地悪で返すのは好きではないが、親譲りの嫌味は言うことにした(←タム・パパ)。
「ビルガメスに、イーアンが口づけをしたとしてもね。ファドゥは顔を合わせれば毎回だよ。なぜか知らないけど。
彼はイーアンに殆ど会わなくても・・・ビルガメスが独り占めしているからね。そんなことは関係なく、イーアンと、母ズィーリーの愛情を受けているし、彼も二人の女龍を愛している。
卵だって今回、彼は少ないが、私たちよりも愛情深い思いを籠めている気がするね」
タムズの言葉にビルガメスは嫌そうに彼を見た。
「こら(※ちょっと叱る)。愛情深いのは全員同じだ。誰もが自分の卵に愛を注ぐ。ファドゥだけじゃないぞ。
何だ、タムズ。ファドゥを推しているような真似を」
ビルガメスの言葉に、頭を軽く振ってタムズは立ち上がる。大きい子供を撫でながら、『私は帰るよ』そう言って大きい子を抱えた。
「おい。そいつ(←子供)はここに置いていけ」
「ダメだ。彼は大きいから、私が見ていない間に、他の小さな子供を踏んでしまうかも。子供部屋へ戻す」
ビルガメスが呆れてタムズを見ている間に、タムズはさっさと大きい子を抱えて翼を広げ、宙に浮かんだ。
「聞いていれば。私がドルドレンを思う気持ちよりも、ビルガメスの方が気になるよ。
ビルガメスはイーアンを愛しているけれど、彼女の素朴な愛情も全て、自分用にしている。
私には、イーアンの愛が一人分に思えない」
捨て台詞のように言うだけ言ったタムズは、広げた翼を一度だけ動かして飛んで行った。
ベッドの上にいる赤ちゃん数頭を、手でちょいちょいずらしながら、ビルガメスは仰向けの体を横向きにする。
彼の豊かな髪の毛の中に、潜って遊ぶ子を引っ張り出して腹の前に置き、アレを齧る子を引っぺがして胸の前に置き、体によじ登るのはそのまま放置。顔に近づいてきて、ちゅーするのは笑顔でお返し。
「タムズは嫌味だなぁ。最近、どうも嫌味がちだ。あれじゃ、子供も嫌味っぽくなるぞ。お前たちの友達は嫌味なのが多いかも知れん(※さり気なく子供に聞かせる)。
自分が龍王になりたいから、イーアンの愛を受け取れなくて羨ましいんだろう。ふむ。だが」
子供を撫でながら、外を見る。子供だらけなので、結界を張っている家は、金色の結界越しに夜が見える。
「ファドゥ。あいつは、そうだな。勢いがない性格だし、男龍から龍王になろうとしているようには、ちょっと思えない。気にしておいた方が良い立場だが・・・どうかな」
ズィーリーに似て大人しく、静かで、見える勢いのないファドゥ。卵の数から見ても、龍王争奪戦に参加する気があるように見えない。
だが、ルガルバンダの子でもある。ルガルバンダは、突然がらりと変わる時がある。それまでの慎重な意識や思考を、急に期待に変える勢いは、唐突で捉えどころがない。
「ファドゥが、龍王になろうと考えているのかどうか。もしそうだとすれば、彼自身も知らない、彼の男龍としての力が左右するだろうな」
俺に敵うとは思えん、おじいちゃんは散らばる子供たちを手で寄せて、一っ所に集めて呟く。
「お前たちの親。俺は男龍最強だ。お前たちを孵したイーアンもまた、俺の母と同じくらい強い。彼女が今のイヌァエル・テレンで、最も強い龍だ。龍王は、彼女の愛を抱えて更に広がりを与え、空の最強となる存在。
ふーむ・・・俺以外に思いつかないんだがなぁ(※おじいちゃんは自信の塊)。ファドゥがそこまで強い気がしない。そう思わないか」
ビルガメスは、ベッドの上の小さい龍たちに問いかける。赤ちゃんたちは、お父さんを見てハハハと笑い、また遊び始める。
ビルガメスも笑い、彼らが早く寝るように期待しながら(※ムリ)40頭近い赤ちゃんたちと過ごす夜。
銀色のファドゥは、自宅で3頭の赤ちゃんと一緒にいる。
彼の赤ちゃんは皆、ちょっと控え目で、自分一人で遊ぶのが好き。結界は張っていても、出て行こうともせず、家の中の長椅子に上ったり、尻尾で遊んだりして楽しく過ごす。
ファドゥは、子供3人1セットで日替わり。無理なく愛情を注ぐスタイルを取る。側に行って一緒に遊んでやり、ファドゥの側で眠り始めるとベッドへ連れて行く。
可愛い可愛い子供たちと遊んでいると、ファドゥはイーアンがいたら良いのにと、しょっちゅう思う。
「イーアンがここにいたら。きっと母と同じように可愛がる。私を可愛がったように」
銀色の子供たちは、少し白い線が混じり、今週の最初に生まれた子たちは角もあるし、くるくるした毛も生えている。その毛は真っ白で、イーアンが龍になった時と同じに見えた。
「私の角も白い。彼女の角と同じ白さ。子供たちも、彼女の姿を少しずつ受け取っている」
3頭目の赤ちゃんも眠くなったようで、瞼を閉じてくらくらしているので、笑ったファドゥは赤ちゃんを摘まみ(※小さい)ベッドに運んだ。先に眠る、2頭の赤ちゃんに並べて、自分も横になる。
「今度。イーアンにお願いしてみようか。私の家で、子供たちと一緒に遊んでもらえるように」
ファドゥは思う。小さな龍たちを撫でながら、この子たちが例え、男龍にならなくても構わないと。無事に卵が孵ってくれて、こうして元気に可愛い姿を見せてくれている、そのことだけでも充分幸せ。
他の男龍は、龍王を意識して動き始めたのが分かる。この一週間で、凄まじい龍気がイヌァエル・テレンを包んだ。
男龍が集中して、卵を連続で生んだのもあれば、イーアンが居続けて卵を孵したのも理由。ビルガメスが、側から離れなかったのも大きい。
たった6人の男龍と、一人の女龍だけで、ここまで龍気の高まる空を作るのは、同じ場所にいる龍の子たちからすれば、何事かと恐れるほどの事態だろうと思う。
「誰も口には出さないけれど。龍王を見ようとしている。自分がそうなると決意している」
ニヌルタも、シムも。ルガルバンダも、タムズも、勿論ビルガメスも。龍王を、伝説から現実にしようと、意気込んでいる。
銀色の髪をかき上げて、ファドゥは天井を見つめた。小脇にいる赤ちゃんをナデナデして『私は。どうなのだろう』聞こえないくらいの声で呟く、自分への問いかけ。
――私は。この子たちが、無事に大きくなってくれたら良い。龍の子でも、男龍でも、どちらでも良い。龍の子で大人になった、私の子供たちは沢山いる。皆、立派な龍の姿にもなれる。それだけでも嬉しい。
「それに。イーアンが。私の生きているうちに来てくれた。生きて会えた。彼女の目に私は映り、私の手に彼女を抱くことも出来た。そして私は、彼女の愛情と、母の愛情で、男龍にも変わった。
今、私の卵たちも彼女によって、こうして生まれてきてくれたのだ。これ以上、何を望もうと言うのか」
もし望むなら、それはイーアンと一緒に過ごしたい。ファドゥはそれだけだった。子供たちは元気に大きくなってくれたら、それで充分。
今日は手伝いにも降りられなかったが、イーアンは素晴らしく力を振るったのを知っている。その姿を見たかったとも思うし、出来ればそうじゃなくても、側に居たいと。・・・そう、思わなくもない。
「それが・・・龍王に成ることで叶うのか。でも私には、空を統べる気はない。イーアンと一緒にいたいけれど、空の全てを統一するほどの思いはないな」
イーアンが空に来て、自分と過ごして、龍王になったとなれば。
ドルドレンは、どうなるんだろうと思う。『彼が悲しむ。彼は彼女を愛しているから。彼女も彼を愛していて、空に置くのは可哀想だ』呟きは溜め息に変わる。愛する相手と、離れて生きるのは寂しい。それもよく知っている。
「私には出来ない。一緒に過ごしたいけれど。彼らはそっとしておきたい。私が会いに行けば良いのだ」
銀色のファドゥは、自分が何度も涙を流した気持ちを覚えている。頬に浮かび上がった金色の線は、かつて流した涙の跡。
男龍が涙を流すことは、まずない。自分は男龍になる前に、数え切れないほどの涙を流した。喜びの涙ではない、悲しみの涙は、何度も時を注ぎ込むものではない。そう思う。
大切なイーアンにも、彼女の大切にするドルドレンにも、悲しい涙の跡を頬に与える気にはなれない、ファドゥ。
子供たちを撫でる手を止めて、目を閉じ、ファドゥはお休みを囁く。
「すまないね。君たちの父親は、龍王にはなりそうにないよ」
ちょっと笑って、『龍王じゃなくても愛しているよ』と、赤ちゃんたちに微笑み、それぞれに口付けして伝えた。
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