875. 退治完了の夕暮れ
弾けた瞬間、イーアンはドルドレンの真下に滑り込んで、彼を頭に乗せ、思いっきり開けた口を魔物に向ける。
外に待機していたバーハラーたちは、金の繭の異常を数秒前に察し、大急ぎで上昇した。龍の背中に乗ったタンクラッドたちは、急発進した龍にしがみつき『何だ?!』の一言が出ただけ。次の一秒で結界が破裂し、勢いで更に高く遠くへ飛ばされた。
地上に魔物が落ちる前に、吹き飛び、落下する全ての魔性を、大急ぎでイーアンは対処する。どこにこんな力があっただろう、と思うのも後のこと。その時は考えることなく、体が勝手に本能と想いで動く。
結界が弾けるその時、ミンティンはザッカリアの首を噛んで加速し、ショレイヤと共に、真上にいたシャンガマックと彼の龍も首に引っ掛けて、破裂と共に全速力で空へ逃げ切った。
口を開けた龍気漲る白い女龍は、見える一切の魔物の欠片を微塵も残さず、時空の彼方に消し飛ばす。
女龍の頭の上にいるドルドレン。その壮絶な力に瞬き出来ず、肩で息する状態で見つめるのみ。
何もかもが、存在しなかったように消えていく。魔物の体も金属粉も金属片も、何もかも。
その速度、その範囲。イーアンが開けた口の方向以外にも及び、女龍が『存在を許さず』と判断した対象は、あっという間に目の前の風景から消え失せた。
ドルドレンの腹まで届く、白い螺旋を描く長い鬣の草原に立ちながら、ドルドレンは初めて、イーアンの力の絶大さを知った。『これが女龍』呟きながら、ハッとする。
イーアンは龍気がないのに・・・なくなりかけていたはずなのに。
「イーアン、龍気が」
使い果たす気かと、心配になったドルドレンは、足元の女龍に『龍気がない』と急いで言う。白い龍は聞こえているのか、どうなのか。
彼の声を聞きながらも、体を捻って、魔物の一塵も残さないように念入りに消し切ってから、確認出来たように頷くと、ゆっくりと村の外へ移動して、地面に降りた。
降りたすぐ、ドルドレンが地面に飛び下りる。『イーアン』名前を呼ぶと、白い龍は光を放って縮み、いつものイーアンに戻った。
ニコッと笑ったイーアンは、パタッと倒れる。『イーアン!』慌てるドルドレンが駆け寄って抱き起こし、顔を撫でて名前を何度も呼ぶ。
「イーアン、イーアン!しっかり、イーアン」
目を開けないイーアンに焦り、周囲を見渡すドルドレン。
誰もいない、皆が見えない。気がつけば、ショレイヤも、ミンティンも。まさか消されたんじゃ(※Byイーアン?)。そんなことないと思うが、万が一消されていたら!
「大丈夫なのか?どうなんだ、皆は。タムズ!タムズに来てもらって」
皆がいない上に(※既に消された設定)連絡珠の存在もすっかり忘れて、大慌てのドルドレンは、タムズを思い出して懸命に彼を呼ぶ。イーアンも腕の中でぐったりし、息をしているけれど龍気の回復も望めない状況。
「タムズ、タムズ、早く」
倒したけれど。どうにか倒して、魔物はこれだけだと思うけれど。ここでハッとする。
『もしまだ、いたら』ぞわっとする恐ろしい想像に、ドルドレンは気が気じゃなくなった。『タムズ!!』叫んだすぐ後、空が光り、雲の多い夕暮れの空に、白い流れ星が輝きを放って飛んでくる。
星はあっという間に地上に降り立ち、後ろのアオファは浮かんだままで、赤銅色の翼持ちがドルドレンの前に立った。
「タムズ、大変なのだ」
「ドルドレン。よく頑張ったね。大変なのは、何かな」
「皆もいないし(※何故かは言えない=『イーアンが消しちゃった』設定)イーアンは倒れて」
必死になって訴えるドルドレンの横に、タムズは膝を付き、イーアンを覗き込む。『龍気を使い過ぎた』まただな、と呟く(※イーアンは限度を学ばないと思う瞬間)。そして彼女の胸の上に手を置いた。
ドルドレンは、ゆったりしたタムズと、目を開けないイーアンを交互に見て、状況を説明する。
「龍気。そうなのだ。一回、イーアンは限界みたいになってしまって。それでその後、またすぐに力強く戦って」
「ふむ。君が理由だ。君が愛を力に変えた。なかなか良いね」
タムズの金色の瞳がドルドレンを見つめて、優しく微笑む。『勇者。その力を出せたか』そう言って、男龍はドルドレンの冠に目を留め、彼の白髪交じりの艶やかな黒髪を撫でた。
「君の持ち味だ。操るには難しそうだが、君だからこそ出来るとも言える。君は龍気を持たない。しかし、君は愛を力に変えて、龍気も増やすことが出来れば、サブパメントゥの気力にも使える」
ドルドレンは、言われている意味が分からず、少しの間、タムズをじっと見る。『愛。力に』自分を見つめる金色の瞳に説明を求めると、男龍は頷く。
「そう。こうしたことが起こると、随分きちんとした時期を踏まえて、君を鍛えていたらしいと思わされる。私たちでさえ、誰かの計画の一部のようにもね・・・・・
君がもし、数日前の自分を見つける前だったら、こうはならなかった」
「そ。そうなのだろうか。でも。守ろうと思ったのは、以前から戦闘の時は思うことで」
「少し違うんだ。実際には天と地の差が開くけれど、見た目は似ているから分かり難いかな」
とにかく、と男龍は言う。『イーアンを一度連れて行くよ。私が龍気を少し分けたけれど、回復するには少し減らし過ぎている。イヌァエル・テレンで夜の間に戻るだろう』ぐたっとする女龍を示すタムズ。
「君は。何て力の使い方をするんだ」
意識のないイーアンに困ったように笑って、ドルドレンからイーアンを引き取る。ドルドレンは、戻ったと思ったらまたイーアンが空に行くので、何とも遣り切れない。でも回復させないと・・・それも分かるのでお願いした。
「皆は。もしかしたら、イーアンが(←消しました、と言いたい部分)」
「ん?皆。皆と言うと、君の仲間と龍かな」
そうだと頷くドルドレンに、タムズは空を見上げて『いるよ』と答えた。ドルドレンも見上げたが何も見えない。不安そうに男龍に目を向けると、彼は微笑んだ。
「イヌァエル・テレンにいる。龍が連れて戻った。龍たちも疲れているから、少し呼ばないで待ちなさい」
「え・・・それは、もしかして。今夜は俺だけという意味」
「そうかな?妖精がいるだろう、仲間に。あの妖精は来ていなかった。君と妖精が、中間の地に残っているんだと思うよ」
ドルドレン、困る。フォラヴがどこかも知らないのだ。そして自分一人だけは確実に、宿に泊まる・・・泊まる。あっ!夜、もう夜になる!
慌てて思い出すもう一つのこと。『ダメだ。タンクラッドを連れてこないと』夕暮れの曇り空を見て急ぐドルドレンに、タムズが笑った。
「ハハハ。コルステインか。そうだったね。では彼に帰るように言おう。さて、ではアオファか」
タムズは、後ろに浮かぶ多頭龍にタンクラッドたちを乗せて戻すと言ってくれた。『それなら良いかな』ドルドレンに笑顔で訊ねると、黒髪の騎士もすまなそうに頷く。
「まだ、魔物がいるかも知れない。フォラヴもどこか分からないし」
「ふむ。コルステインが来れば問題ないだろうが、そのコルステインはタンクラッドが目当てだからね。彼がいた方が良いだろう。フォラヴ・・・妖精のことか。彼も休んでいるようだよ。
それと、魔物か。そうだね、いなさそうだけれど。小さい魔物は向こうにいるが、あれは動かない」
タムズの話した『動かない魔物』に過敏に反応するドルドレンは、目を見開いて『それは危険だ』と慌てる。男龍は何てことなさそうに、ちょっと首を傾げて『そうかね』と聞き返した。
「動かないのはサナギ・・・ええっと、その、動き出す手前の状態なのだ。さっき俺たちが倒した魔物もそうだった。じっとしている時間があって、成長すると」
「ドルドレン。落ち着きなさい。そうではない。この向こう、この丘の反対側だ。そこには、土を傷める魔物がいる。それは手足もなく、自ら動くことは出来ない。コルステインに教えなさい。私は帰るけど(※タムズは帰宅重視)」
男龍は、焦って取り乱すドルドレンを宥め、頭を撫でて目を見つめて言い聞かせる。ドルドレンも疲れている。集中力の切れた今、じわじわと疲労が思考にも体にも忍び寄っていた。タムズはもう一度、彼に言う。
「皆をアオファに乗せて届ける。だから少し待ちなさい。そこの村に眠る場所があるのかね」
「ある。宿を取ったのだ。馬車も宿に預けてある」
「分かった。ではね、私はイーアンをまず連れて戻る。それから彼らを呼んでアオファで戻す。君はここで待ちなさい。今日は本当に良く頑張ったよ。私の祝福を信じて、あの中に飛び込むその信頼。あの時、私の愛が君を守った。君はね、やはり私の大切な人間だ」
優しく誉めて、男龍はドルドレンの頬を撫でた。ドルドレンは疲れていても、嬉しくて少し赤くなった。タムズが守ってくれていたんだと分かり、それもとても嬉しかった。
「イーアンは。まぁ、早ければ夜・・・遅くても朝までには戻るよ。最近、彼女は回復も早くなっているから」
ではね、と挨拶し、タムズはアオファと白い光の塊となって、一気に空へ戻った。
流れ星を見送るドルドレン。一度は立ち上がったが、またへたり込んで地面に座り、皆が戻るのをその場で待った。ドルドレンは疲れていて気がつかなかったが、彼の腰を下ろした地面の色は、もう汚れていなかった。
それから暫く、ドルドレンがぼーっと体育座りで、地面に腰を下ろしたまま待っていると、夜に入りかける空がやんわり白く光り、その後、向こうから首がうようよしている龍がやってきた。
「アオファなのだ。あれも巨大だが、今日の魔物を見た後だと、アオファがありに思える」
不思議なものだねと、呟くドルドレンは、疲れているので座った状態で多頭龍を迎える。
龍はあっさり到着し、長い首を一本伸ばして地面近くに寄せた。アオファの上には中年二人(※失礼)と子供一人。あれ?と思うドルドレンは、首を動かして他にいないか見ようとした(※動きたくない)。
「いない。シャンガマック・・・どうしたのだろう」
ドルドレンは、シャンガマックがいないことに眉を寄せた。その答えはすぐに聞ける。ミレイオが降りて、続いてタンクラッド、ザッカリアが地面に降りると、アオファはまた空へ戻って行った。
「ドルドレン。良かった、無事だったのね!」
「イーアンは空だ。シャンガマックも」
「オーリンもだよ。ガルホブラフが疲れたんだって」
3人が近くへ来たので、ドルドレンはふらっとしながら立ち上がる。『皆が無事で良かった』まさか、消されたと思ったとは言えず、総長はミレイオの抱擁を受け、ザッカリアも抱き締め、タンクラッドの肩をたたく。
「シャンガマックはどうしたのだ」
「彼も意識がないの。イヌァエル・テレンに寝かせて、それから連れて戻るってタムズが言っていたわね」
もう精霊は関係ないのかな、と思うところ。見通すミレイオは『シャンガマック自体は人間だから』と教えた。『とにかく、宿へ戻りましょ』疲れたわと首を振る。
「フォラヴも心配だし」
フォラヴのことを知らないドルドレンは、ここで初めて彼が宿にいたと聞いて安心した。それからザッカリア。子供を見て『お前。大丈夫か』と訊ねる。レモン色の瞳は少し疲れたようにも見えるが、微笑んで頷いた。
「龍と一緒だったから。俺は平気」
その話も、宿で聞かせてくれと笑いかけ、疲れた4人は戻ることにする。タンクラッドはコルステインを呼び、現れたコルステインに頼んで、宿へ連れて戻ってもらう。
「あのな。俺と総長を運んでくれ。ザッカリアは触れないだろうから」
ミレイオがザッカリアを抱え、お皿ちゃんで移動。
コルステインはドルドレンをちょいちょい触って、少し気にしたようだが、距離が短いと判断したようで、タンクラッドとドルドレンを抱えて飛んだ。
空はもう暗く、雲を抱えた夜空は重い。誰もが、退治が終わった後の気の抜け方に疲れを感じていた。
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