874. 勇者が導く力
ビルガメスは卵部屋。イーアンが戦うために龍に変わったのを感じている。
全員、卵が孵るまでは動けないビルガメス。揺れる卵ちゃんを見て『早く孵れ(※命令)』と、無茶を言う。
ファドゥが卵部屋へ来て『入るよ』と挨拶してすぐにビルガメスの横に座る。足元の赤ちゃんたちを抱き寄せ、大きな男龍の、眉を寄せる不満そうな顔を見て溜め息をつく。
「そんな顔をしては。子供たちが怖がる。卵から出てこない」
おじいちゃんは、ファドゥの窘めに答えない。代わりに彼が相談に来た内容を当てた。
「お前がここへ来た理由はイーアンだな」
「私が行こうと思う。彼女は龍になった。オーリンも向かったし、彼らの龍もいるけれど」
銀色のファドゥは、『今こそ、自分も彼女のために降りる時』と続けて言う。ビルガメスは頷くが、了承出来ないので、理解は示す。
「分かってる。龍気が足りないのが気になるんだろ。イーアンは、龍で戦うのは初めてだ」
「一回で倒せる相手かもしれないのに、龍気をどこまで使って良いか知らないから」
「お前が行くのか?どうする気だ。シャンガマックが結界を張っているぞ。あれは精霊の結界だ。精霊の力に近いお前が入れば、結界が壊れる」
ファドゥはそれが気がかりでもあった。自分が手伝えるならそうしたい。でも、結界がある。結界を張った理由が、人々を守るためであれば、安易に近づくわけには。
黙るファドゥに、ビルガメスは『やめておけ』の注意。ファドゥは困った顔を向けて首を振る。
「龍気があれば」
「龍気を手伝うつもりでお前が行くなら、俺が行く方が良い。ファドゥ。ここを代われ」
「ダメだ。ビルガメス。私じゃ、この子たちが孵らないかも知れない。イーアンが預けた卵たちは、生まれる寸前だ。ビルガメスが動いてはいけない」
ビルガメスも行こうとしていた。それが分かるだけに、ファドゥは結界の対処法だけ聞けたら、自分が先に出ようと思っていたのだが。大きな男龍の目つきが鋭く、ファドゥは躊躇う。
会話の止まった数秒後。後ろからタムズが来た。二人男龍がいると卵部屋が狭いので、タムズは入らずに扉を開けたそこで声をかけた。
「そんな目で見ないでくれ。私は行かない。ビルガメスも、ファドゥもだ。行く気でいる二人だろうから、注意しに来た」
タムズの言葉に、ビルガメスがその意味を視線で促す。ファドゥもタムズの気持ちを理解し辛い。『なぜ?』率直に訊ねる。その問いに、赤銅色の男龍は寂しそうに微笑んだ。
「ドルドレンが私を呼ばない。彼は自分の力を信じて、イーアンと共に力を合わせて戦う」
「理由になっていない。龍気が足りなくなればイーアンは」
言い返すビルガメスに、タムズは静かに彼を見つめる。
「私たちが出かけると、どうなるね。私たちがいる分も龍気を使うのに。
これが、結界のない状況であれば。そして昼だしね。出かけることも出来ただろう。
だが、精霊の結界が良くも悪くも・・・私たちの都合にとってだが。あれだけの大きさで張られている以上、結界越しに龍気を与えるのもどうなるか。
アオファと一緒に出かけても、どこまで結界を傷つけずに届くか。分かるね、やったことがないんだ、私たちも。初めてはイーアンだけじゃない」
タムズの言葉に、ファドゥは天井を見て溜め息を付く。ビルガメスは黙っている。タムズは続けた。
「龍たちがいる。彼らにも経験が必要だ。もし、イーアンが龍気不足で問題が起きたら、その時はドルドレンが呼ぶだろう。現に彼は、ビルガメスの祝福と私の祝福を信じて、あの魔物の側へ飛んだ。自分の力の範囲を超えたと知れば、その時、彼は私を呼ぶ」
「お前に言い包められている気がする」
ビルガメスがぼやく。その手の上で卵が割れて赤ちゃんが出てきた。ファドゥは赤ちゃんを見つめ、微笑んだ。タムズも新しい命の誕生を微笑みで迎える。
「言い包められるなんて、言わないでくれ。彼女の龍気を保つ理由で行くなら、私が行く。私しか、中間の地に長くは居られないんだから」
赤ちゃんが部屋から出ようとするのを、優しく抱き上げて、タムズはファドゥに渡した。ファドゥは大きく溜め息をついて彼を見上げ『私も練習に行く』今後のために、と遣り切れなさそうに伝えた。
ビルガメスは仏頂面で、卵をくるくる回していた(※中で赤ちゃん、目が回る)。
*****
サブパメントゥでも、コルステインが心配中。うつ伏せに転がって、顔の前に組んだ両腕に顎を乗せ、タンクラッドの無事を気にかけている。
どうしたら良いだろう。自分が行けばすぐに終わる。でも、時間が困る。暗くないし、影も影にならない(※=曇り)。
龍が動いている、それも難しい。龍に下がるように言えないコルステイン。側に近寄ることさえ出来ないのだ。でもその龍が、コルステインが思っているよりも未熟だった(※イーアン練習生の発覚に悩む)。
『龍。強い。もっと。強い。でも。まだ』
困ったなぁと悩むコルステイン。タンクラッドを助けに行きたい。でも龍だらけで、近寄ることも出来ないし、時間も明るくて上がれない。自分の家族も条件は同じだから、どうにも出来ず、誰にも頼めなかった。
『タンクラッド。困る。する。コルステイン。嫌。どう。何。する?うーん』
悩んで悩んで、眉を寄せて目を瞑りながら、うんうん唸る、地下の最強コルステイン。
どうやっても良い考えが浮かばない。せめて、龍(※イーアン)がもっと強かったら良いのにと、辿り着くのはそこばかり。
『イーアン。頑張る。イーアン。龍。もっと。強い。すぐ。倒す。する。イーアン。頑張る(※頑張りが足りないと捉える)』
応援に行けず。どうにも動きの取れない時間帯と天気。そして、当てにしていた龍が、意外にまだ弱かったこと(※残念!)で、コルステインの心配は続いた。
『ドルドレン。大丈夫?ドルドレン。龍。強い。する。頑張る』
一つ。期待するなら。それは未熟な龍(←イーアン)ではなく、ドルドレンが頑張ること。
勇者だから、龍を強く出来る。勇者しか出来ないことがある。でも。ドルドレンはそれを知らない気がする。昔、ギデオンは分かっていなかった・・・(※彼は浮気していたから、ズィーリーは一人で頑張った)。
とにかくどうか、タンクラッドが困らないようにと、必死に願うしか出来ないコルステインは、滅多にない心労(※存在が心の塊=丸ごとやられる)に疲れる午後を過ごした。
*****
「足りているんだろうか」
親方の言葉に、横に並ぶオーリンが大きく息を吐き出して首を傾ける。『どうかな』難しそうな顔で、目の前の巨大な繭を見つめながら答えた。
「龍気の戻りが安定したまま大きいから。多分、イーアンは保っているんだろうけど。疲れはしないだろうが、あれ以上の力を使えるかって言うと、分からないね」
オーリンの答えが、心配になるタンクラッド。透けて見える結界の様子に、自分の乗るバーハラーも手伝っているからこそ、イーアンが龍で動いていると分かるものの。『長引いている』それが不安だった。
「ガルホブラフたちも中には入れないのか?入った方が近くで龍気が届く。ここで遮られないだろ」
「俺も分からないけど。乗り気じゃないんだよね。ガルホブラフも、タンクラッドの龍も、ミレイオの乗っている龍も。見てると皆、行こうとしないから、止めた方が良い理由があるんじゃないの」
オーリンは、自分たちは人間の体だから入れないが、と続け『乗り手がなくても。行きそうな感じしないよ』と友達の龍を撫でた。ガルホブラフ、目が据わったまま。
ミレイオも横で、フォラヴの龍に乗ったまま、心配そうに繭の中を見つめて頷く。
「あのさぁ・・・私たちがそうなんだけど。サブパメントゥのことね。
相手が違うと、力の合わせ方って面倒なのよ。例えば、龍と妖精じゃ扱い方違うし」
タンクラッドは少し考えて、ミレイオに思うことを確認する。『それは。イーアンとフォラヴのことか?』龍と妖精、地下の住人から見ると違うのかと聞く。ミレイオはちらっと見る。
「そう。どっちみち、サブパメントゥからすれば触れない相手だけど、苦手の意味合いが違うのよ。
もしかすると、これ。この結界・・・ほら、シャンガマックは精霊の力でしょ。龍は、精霊の力の範囲とまた、違うんじゃない?」
「それって。触ると龍か精霊のどっちかが、ヘンになるってこと?」
オーリンが訊ねると、ミレイオはそうだと答える。『似たような立ち位置に見えるけど、質が異なると思う』そういうのある、と教えた。
ガルホブラフが、うん、と頷く。頷いた友達にオーリンはビックリして『そうなのかよ?』驚きの一声。親方も意外そうに受け入れたようで『相容れない要素があるのかな』と呟く。
「じゃ。中に飛び込んだ、ショレイヤも。ザッカリアの龍も、ミンティンもイーアンも。ミンティンと女龍は特にか。
結界に影響してるんだろうな。お互いに」
親方の見解に、ミレイオは同意するように小さく頷き『だから。結界の中でどれだけ動き回れるか。シャンガマックにもキツイと思うし、龍たちにも制限はあると思うわよ』心配、と付け加え、金の繭を見つめる。
「こうなると。ドルドレンだけじゃないの?唯一、関係なく動けるの。力の出し入れは出来ないにしても、あの子が頼みの綱よねぇ」
*****
白い女龍と動きを合わせながら、ドルドレンは手応えを感じている。
イーアンは、ドルドレンの跳躍に素晴らしく的確に移動し、角度を付け、力を与えてくれる。まるで動く大地のように、どこで跳んでも、どこに着地しても、確実に目的の『羽』を同じ距離で攻撃範囲に入れられる。
外から見て長引いていても、ドルドレンはそう感じていなかった。剣の一閃一閃、確実に魔物の羽を切り離していくことに、集中力が高まる。もう、3枚目の羽を落とした。後5枚。
大きな女龍の体や動きからすれば、ドルドレンが跳び続ける間隔の短さや、距離の移動の難しさがありそうなのに、それでもちゃかちゃか合わせ、ぐんぐん魔物に近づけてくれる。無駄のない剣の成果が連続することで、ドルドレンはやり易い。
「イーアンは最高だ。ウィアド(※愛馬)も俺に合わせてくれたし、ショレイヤも俺の動きを読むが、イーアンは正に、俺と阿吽の呼吸。この大きさの差で、俺の自由が利くなんて」
それに、羽の突風にも動じない。翻弄もされなければ、魔物の攻撃から逃げることもない分、余計な事を考えず、一心に狙いを定めてそれだけを実行出来る。これはもう、イーアンの大きさだから可能なことだった。
疲れ知らずのドルドレンに切り替わった、戦闘集中状態の体。イーアンも彼の感覚が伝わるようで、どこへどう導けば良いのか、研ぎ澄ます直感で動く(※優秀なボランチ)。
ただ、龍気が少なくなっていくのを感じる。龍たちも長い時間をサポートするには、難しいのだ。
イーアンは気がついた。『結界』自分たちを包む、金色の空間に理由があることに。
――シャンガマックと精霊が、既に交代している。精霊の力が直に伝わる。
自分たちが龍気を増やそうにも、増やすと結界にも影響しかねない気がするし、精霊も龍を抱えて、動きを封じないように調整しているような。
同じようで違う力が、ある意味、相乗効果を齎して魔物の動きに制限をかけているにも関わらず、どちらが増えても暴発する・・・磁極の反対側同士のような、精霊と自分たち龍の存在を体で感じる。
ドルドレンが羽を切り落とし、急所を見つけて倒すまで。自分がこの状態を維持出来るのか、イーアンも分からない。
龍に変わった自分は、突然勢いを増そうとする部分がある。攻撃的な状態が素に組み込まれているように、目の前の倒すべき相手を一気に消そうと、狙いを定めて襲いそうになる。
それをして良いのか、またそれをするには龍気が足りているのか、経験がないから分からずにいる。人としての意識が、逸る本能に待ったをかけて誘導しているが、龍状態の時間が長いと、龍として行動を取ろうとする感覚が自分を満たしていく。それに対してこの現状でどうすれば良いか、イーアンも必死。
願うは、早く倒すこと――
轟音と振動が不安定な唸りに変わる中、最初はその状態に耳が潰れそうだったドルドレンだが、今は自ら、音と振動の変化を情報として耳に入れていた。
「もう少しだ。魔物がおかしくなっている。どこを突けば良いのか。斬るならどこが致命傷か」
5枚目の羽を切り裂き、それが落ちて破裂する爆風を避けながら、ドルドレンはニヤッと笑う。羽は、残すところ3枚。大羽が3枚までになった。
異常な集中力は、好戦的な自分を鍛えてくれた。龍の力もあるのかも知れない。肉体の疲労など、麻痺して感じもしない今、徐々に『勝てる』と分かり始めたそれに、勇者は気力を増す。
3枚目の羽に跳躍して、ザアッと根元に斬りつけ、着地してすぐまた跳び上がり。ざっくざっくと斬り進む絶好調が、楽しくて仕方ない。羽全てを斬り終える前に、急所を見つけなければと、余裕のある焦りも出てくる。
「倒せる。俺が倒せる」
灰色の瞳がきらっと光って、巨大な魔物の羽の付け根を、その剣で勢い良く裂く。羽の付け根を貫通するほどの長さはない剣だが、羽の長さと広さによる重量で、切り口を付け根の半分以上の深さで作れば、重さで勝手に折れていく。
魔物の羽が出していた異音も振動も、最初に比べれば、うんと静かになった。もうじきだ、と剣を振り被った時。
足元が、ガクッと抜ける。
慌てて下を見ると目が合い、鳶色の瞳が一度瞬きしてすぐ、頭を持ち上げた。女龍の頭に着地して、ドルドレンはハッとする。『イーアン。疲れて』しまった、と思う瞬間。
あと少し。あともう一頑張りで倒せるところまで来て、イーアンが疲れていると知ったドルドレンは焦った。
「もうちょっとだ、イーアン。君のお陰で倒せるところまで来ている。急所を探すから」
ドルドレンが声をかけると、白い龍は苦しそうに瞬きして、小さく頷く。ドルドレンはとても可哀想になった。でも、今倒し切らねばいけない。足元の白い龍は分かっているようで、ぐっと体を動かして飛んだ。
ドルドレンは羽に斬り付けるが、それまでと同じような速度でイーアンが付いてこない。どうにか足元に合わせてくれるけれど、間合いがずれ始めた。
「イーアン」
心配になって着地してすぐ、ドルドレンは屈み、豊かな鬣の中に手を入れて頭を撫でる。『辛いのか』白い龍の動きが目に見えておかしい。何度も瞬きして、グラグラし始める。もうムリなんだと分かる、その動き。もしかしたら、とっくに限界だったのかも知れない。
頑張れるか、と聞こうとして、ドルドレンは言葉を飲み込む。そしてフラフラする白い龍に、自分が守らねばと意識を変えた。
「イーアン。俺を放ってくれ。最後に放ってくれたら、俺は一人でこの魔物を斬る」
白い瞼を引き上げて、鳶色の瞳がその言葉に驚いたように見上げる。ドルドレンはニコッと笑って『君が助けてくれたから、ここまで出来た。後は俺が一人で』そう言うと、揺れながら浮上し続ける白い龍の角を駆け上がった。
「放ってくれ!魔物の背中で俺は斬る!」
魔物に直に触れたら、どうなるのか。ドルドレンには賭けだった。一瞬で死ぬのか。焼けるような痛みでもあるのか。それとも。
そんなことよりも、自分がどこまで出来るのかに賭けた。
――俺に何かがあれば、もっと強力な俺の仲間が、必ずこいつを倒してくれる。俺は勇者である前に、皆と同等だ――
捻じれた白く長い角を、鎧も身に着けない黒髪の騎士が駆け上がる。イーアンはぞっとして、止めようと急いで頭を上げた。それが逆に反動をつけ、ドルドレンは目一杯、蹴り跳んだ。
イーアンの目が見開かれる。『ダメよ!』言葉にならない咆哮で、伴侶の決意の行動を焦って止めようと体が動いた。
「がああああああっっっ!!! 」
叫んだ黒髪の騎士は両手に長剣を振り被り、巨大な魔物の羽の付け根の間に跳ぶ。頭と胴体の間、その場所が急所か違うのか、ドルドレンの意識にはどうでも良かった。
あまりにも大き過ぎる魔物の体に、針にも満たないほどの小さな剣と、それを持つ男が落下する如く・・・・・
見開いた目のイーアンは、彼の大きな愛をその瞬間、全身で受け取る。一気に力が湧き上がり、結界を気にするのも忘れ、無我夢中でドルドレンの落ちた魔物の背中に突っ込んだ。
咆哮を上げながら、魔物の背中に白い塊が叩きつけるように食い込む。イーアンは、ドルドレンが裂き続ける一本の剣の力と、それを凄まじい速度で維持する勇者その姿を見た。
ドルドレンの冠は淡く青く光り輝き、彼の体を白い龍気が包んでいる。彼の愛はイーアンの呼応を増やす。剣に切り裂かれていく魔物の体を、白い龍は鋭い爪のある両手を突き出し、勇者を覆う形で広げながら勢いで更に開く。
さっと見上げたドルドレンの笑顔に、イーアンは『彼はやはり』と感動する。
二人で裂き割る、魔物の体を貫通する瞬間、金の結界が爆風と共に弾けた。
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明日25日(月)から、一日/2回・朝と夕方の投稿に変わります。
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