873. 勇者と女龍
ミンティンと並ぶ小さな龍は、イーアンとドルドレンを一瞬見つめる。次の一秒で魔物の攻撃が来るので、すぐに体を逸らして2頭の龍は応戦するが、それを終えるとまたこっちを見た。
「ザッカリア・・・が、あの龍?どうして」
「分からない。結界に入る彼の背中を見ていたが、あっという間に龍に溶け込むというか」
言いかけてすぐショレイヤが横に飛び、イーアンに教える暇もなく、ドルドレンも剣を振るう。イーアンも飛んでくる礫を爪で薙ぎ払い、爆発するそれを避けながら、ドルドレンに『二人は一緒という意味?』と叫んで訊く。ドルドレンも『そうだ』と返し、また遠くへ飛び去った。
「イーアン、俺は魔物の羽を落とす。羽を止めてから頭を」
巨大な背中へ向かう藍色の龍の飛ぶ姿から、伴侶の声が聞こえ、イーアンは了解した。伴侶はマスクもしていないけれど、本当に男龍の祝福で守られている様子。それは本当に有難かった。
そして。振り返ったあの小さな龍。あれがザッカリアとは。
「おおっ?!」
小型の龍を意識している場合ではないイーアンも、礫と一緒に飛んできた金属片を慌てて避ける。『何だこりゃ(※素)!』金属片まで飛んでくるとは思わず、避けたそれは結界に当たり、火花と一緒に散った。
「この大きさだからか。粉だけじゃなくて、剥離すると金属片」
マジかよと呟く暇もない。呟いている最中に再び攻撃が来る。滅多やたらに飛ばしているのかと思えば、そうでもなく、蛾の魔物は確実に、自分たちに目掛けて何かを発射する。
イーアンは、大き過ぎるにもほどがある、その相手に何が有効か、攻撃を交わしながら考える。
横を見れば、向こうでミンティンは白い炎を吐き続け、小型の龍もミンティンの隣にいながら、何か口から出している。
混合状態のザッカリアの出しているものは、はっきり見えない。ただ、魔物から飛ばされた物が、彼の息だか音だかに触れると、何か別の物質になるのか、突然、落下してゆくのは分かった。
彼の口から何が出ているんだろう、と思うが、それをじっくり観察する時間が足りない。ここにいる、自分・ドルドレン・ミンティン・混合ザッカリア。
この4名の力の状態が把握出来れば、また違う。ショレイヤも何が出来るのかを知らない。シャンガマックの龍は、彼と一緒にいるので参戦状況から外す。
「ドルドレンは『羽を落とす』と。その次が、頭と言っていた・・・8枚の羽」
イーアンも羽の状態を確認するため、龍気を集中して羽がばたつく上へ飛ぶ。風だけでも相当な音で、異音と振動は近づくほどに強烈で、結界の中の轟音はこれが理由と理解した。
攻撃を避けるイーアン。傷つかないと分かっていても、長年の習慣でつい避ける。『それに当たって吹っ飛ばされても敵いません』礫にしろ金属片にしろ、当たったらすり抜けるわけではない。
「冗談じゃないです。あんなの当たってすっ飛ばされて、結界まで撥ね飛ばされてる時間なんかありません」
時間大事と呟きながら、イーアンは巨大な魔物の羽の周囲を、起こす風に当たらないよう、その動きを観察する。
「8枚のうち、前4枚が大きいのか。後ろ側の4枚は小振りで。って言ってもデカイ。ミンティンの炎が風で散る。ミンティンにはこの状況はやり難いのね・・・ドルドレンは」
繭のようなカプセル状の結界。その中に閉じ込められ、8枚の羽を動かし続ける魔物の起こす風は、ミンティンの白い炎の方向をかき乱す。ミンティンは自分の近くに来た攻撃だけに応じていて、それは混合ザッカリアも同じ。
ドルドレンは剣を持つ。さっき見た、あの礫を弾き返す剣の強さは、これまでの威力とは段違いに感じる。『あれは。彼が被った冠の強化効果か』以前に使った時の変化を思い出す。
「ショレイヤも飛びにくそうだけれど、ドルドレンが羽の根元に近づくために頑張っている」
離れた場所で飛び回る藍色の龍が、小さく見える。その背中の伴侶は更に小さい。羽は、付け根の幅だけで数百mくらいありそうにも感じた。
出てきて膨れたのか、浮かんだ時はこれほど大きくなかった。くしゃくしゃの羽を広げた後に、羽も体も大きくなった気がする。こんな大きさ、魔物では見たことがない。
天地・魔性関係なく見た最大はグィードだが、魔物でこんな大きさはない。『アリとゾウくらいの差』自分たちはアリ。どうすれば良いのか、焦るばかり。
どこからどう、または、何をして攻めれば良いのか。全く見当が付かない。イーアンは悩む。大きさがここまで戦い難くする、そのことに。
自分が龍に変わったら違うかも知れないが、龍になるだけでも龍気を使うのに、攻撃して倒し損じたりなんて『洒落になりませんよ』力尽きるわけいきません、焦る気持ちの中でハッと思いつく。
「まずは。オーリン」
飛びながら、すぐにオーリンを呼ぶ。オーリン早く!珠を握り締めながら呼び出し、応答があった。
『どうした?どこ』
『助けて下さい。龍気を集めます』
『何?戦ってるのか?!早く呼べよ。待ってろ、龍気の塊のあるところだな』
『来てほしいけれど、結界の中にいます。空から見ても分かるでしょうが、結界に入らないで下さい。あなたはマズイ。結界の外にタンクラッドとバーハラーがいますから、彼らと一緒にいて』
『何だよ、そんなヤバイことになってんのか。今すぐ出るから・・・結界の外だな。分かった』
オーリンはすぐに出ると言ってくれて、通信を終える。イーアンは彼の珠を仕舞い、次にミレイオに連絡する。ミレイオは少しして出て『どうしたの?あの中?』と急ぐ。
『ミレイオ、無事でしたか。フォラヴは』
『ダメよ。意識がなくて。宿に今預けたけど、私どうすれば良い』
『フォラヴまで。でも宿ならまだ。ミレイオ、フォラヴの龍に乗れますか?龍はいますか』
『いる。龍で行けば良いの?』
『結界に入らないで下さい。タンクラッドがいます。一緒に外にいて下さい。龍気が必要です』
待ってな、とミレイオが答えてすぐ、通信は切れた。イーアンはミレイオの珠も急いで腰袋に戻して、ドルドレンの側へ飛ぶ。ドルドレンはショレイヤと一緒に右の羽付近を苦戦しながら飛び回っていた。
「ドルドレン!」
「イーアン。羽に辿り着かない!斬りつけるが、速いし、動きが大きくて風に巻かれる」
「聞いて下さい。ドルドレン、もうすぐ龍が集まります。龍気をもらって私が龍に変わります」
「イーアンが?イーアンがこいつを倒すのか」
「そこまで出来れば良いですが、私も龍で攻撃したことがありませんから、何が出来るか知らないのです。攻撃したら、もっと龍気を使うでしょうし、それを思うと私ではなく」
イーアンが大声で話している矢先、金属片がまとめて吹っ飛んできた。大慌てで二人は後ろへ離れる。
「ドルドレンが私に乗って下さい。私が龍なら、この風に飛ばされないでしょう。私があの羽に突っ込みますから、あなたが斬って」
「俺が?イーアンが龍になったら乗るのか?でも腕が届かない・・・うわっ」
再び飛んできた赤い礫を避け、ドルドレンは距離に無理があると言う。イーアンは首を振って『援護しますから』そう叫んで続ける。
「私から跳躍するのです。あなたの着地に合わせます。一度で斬ろうとしないで、何度か」
イーアンも羽の風を食らって、一度ぐらっと飛ばされ、急いで体勢を立て直した。戻ってきて、ドルドレンの側で叫ぶ。『龍が側に来ました。結界の外にいます。もう呼応しているので、変わります』そこまで言い切って、ショレイヤの金の瞳が見たので、イーアンは頷き、一気にドルドレンたちから離れた。
白い光がぐんぐん集まり始め、イーアンの体が真っ白に包まれた時、ミンティンより大きな白い光の塊が、一瞬で白い龍に変わる。龍はぐるっと体を回して、堂々とドルドレンの前に現れた。
「イーアン・・・・・ 」
見たことはあるが、戦闘の場で見る白い女龍の迫力にドルドレンは、心が震える。その龍は、自分の足元に首を伸ばした。自覚するドルドレン。俺は女龍の力を借りる勇者なんだ。沸き立つ熱が体を駆け抜ける。
ショレイヤがイーアン龍の上に飛び、ドルドレンは自分の龍から飛び降りる。彼が乗った途端、魔物の攻撃が大量になり白い龍を襲ったが、女龍は鳶色の瞳で睨みつけ、くわっと口を開けた。開けた側から魔物の飛ばしたものが消える。その直線上にあった足の一本も消えた。
「凄まじい」
話に聞いた、ビルガメスの力と似ているのか。コルステインと同じような消し方でもある。
だが、女龍はすぐに口を閉じて、体を捻って加速した。ドルドレンはそれが『龍気の放出への懸念』と理解し、自分に託された役目を覚悟する。
ふと見れば、ミンティンとザッカリアも龍気を送っているのか、動きが変わって攻撃しない。
「彼らも龍気を使うからか」
時間の問題なんだと分かり、気を引き締める。加速する白い龍の上で、ドルドレンは手に持った剣を構えた。
女龍は勢いをつけて、魔物の頭の上へ飛び、飛んでくる全ての攻撃を体に受けながらドルドレンを守る。白い龍の体にぶつかるはずの赤い礫や金属片は、信じられないことにぶつかる寸前で消えてしまう。
離れた場所にいる誰か ――さっきはドルドレン―― を守る時だけ、消し去ってしまう力を使うらしいことをドルドレンは知る。『俺が乗っている分には、一体みたいなものだから。龍気が続く間は、彼女は無敵』ミンティンもそうだ、とハッとする。ショレイヤたちも。イーアンは今、完全に龍なんだ。
がくっと滑空し始めた女龍の角の間で、ドルドレンはいよいよと力を籠める。『行くぞ、イーアン!』勇者の吼えた声に、白い龍も雷鳴のような咆哮で答えた。結界の中の振動が、女龍の咆哮で破壊される。
抵抗するものがなくなった一瞬。
魔物の上から突っ込んだ白い龍の頭が、ふっと足元から消えた。
ドルドレンはそれを合図に、捻れて伸びるイーアン龍の角を蹴り、大振りに羽で宙を叩く魔物の背中に向かって、剣を振り上げた。
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