871. 捕らわれたフォラヴと救出条件
同じ頃。ミレイオも必死に知恵を絞っていた。
ミレイオの横には、フォラヴの龍。ミレイオが来た時、龍は離れるに離れず、乗り手の側でウロウロしていた。
目の前に、フォラヴがいる。見下ろす地面。土を被ったその下、透けて見える大きな気色悪い花の中に、妖精の騎士が包まれていた。
「どうしたら良いの。どうしよう。何か。考えつけ、早く、何か!」
ミレイオは自分に言いながら、荒くなる息を押さえて必死に考える。龍とミレイオは、地上よりもずっと上に浮かんだまま、足元に透けて見える、眠るようなフォラヴの救出方法を探す。
――ミレイオが探しに来た時、龍の気配を頼りに辿り着いた場所は、村から離れた森の手前。丁度、中間の部分だった。
前方に浮かぶ龍を挟んで、その向こうに森が見え、龍からこちら側、村までの間は、色素を壊されたような世界が広がる状態。それが何かは、一度見ているミレイオにはすぐに察しが付いた。
「あそこに魔物がいるのね。あのデカイ花だ。同じね」
予想的中。お皿ちゃんで到着してすぐ、地面が少し盛り上がったような様子を見て、それが花だろうと思って見た途端、ぎょっとした。
見開いた目をすぐに龍に向けると、龍の背は誰もいない。水色の龍と目が合い、金色の瞳はとても困ったようにミレイオに視線を返した。
「あんた。フォラヴがこんなことになって。動くに動けなかったのね」
ミレイオは龍が見つめる真下に、フォラヴが捕まっているのを知り、龍の胸中を理解する。『いつからなんだろう』見えている状態では、横向きに丸くなったフォラヴは、取り込まれたままで、変化していないように思える。
龍は、誰かに知らせに行こうにも、離れた後にフォラヴがどうなるか心配で、身動き取れなかったんだ、とミレイオは分かる。龍の首を撫でて『大丈夫よ。私が来たから』とは言ったものの。
実際には、どうしたら良いのか。ミレイオも思いつかなかった。
そして地震が再び起こった後、村の上空に白い光と龍が見え、その後に爆発音がしたと思ったら、遠目からでも巨大と分かる魔物が飛んだのを見た。
一瞬、イーアンの連絡珠を思い出したが、帰って来ているとしても、さっきの魔物に応戦していたらと思うと使えなかった。
時間はまだ昼下がり。曇り空とは言え、コルステインも呼べない。自分と龍だけで、フォラヴをどう助け出せば良いのか、ミレイオは悩んだ。
周囲の土を消滅させることは出来ても。繰り返さないと、フォラヴを出すまでに至らないのだ。そこまで魔物が、大人しく攻撃を受けているわけもない。
刺激して、こっちを攻撃させるにしても、フォラヴに何かあったらたまらないし、フォラヴの龍の力も知らないから、龍にも頼めないときた。
「ええええ~~~~ 何なのよ。これ。どうすりゃ良いのさ!フォラヴが目の前にいるのに、助けられないなんて」
悔しくて歯軋りするミレイオ。
水色の龍は、ミレイオをハラハラしながら見守って、早く何か考えてと祈る(※乗り手に似る)。
お皿ちゃんに思わずしゃがみ込んだミレイオは、頭をわしっと抱える。
『早く!何とかしないと。どうしたら良いの?攻撃するわけにも行かないし、壊すことも出来ない・・・って。私の分野じゃ、ないじゃないの!』両手で頭を鷲掴みにして、喚きながら気持ちだけが焦る。
「フォラヴ!ごめんね、フォラヴ。苦しいのかしら。見ているだけなんて、私は。あーーーっ!!!もうっ!!」
ミレイオが苛立ちで大声を上げた時、真下から、何かが飛んだ。龍はそれを見ていて、急いでミレイオの肩を噛んで引っ張る。
間一髪で、ミレイオにもお皿ちゃんにも当たらず、体勢を崩して仰け反ったミレイオは、自分を掠めて飛んだ何かを見て驚いた。『何?』黒い点が空に上がり、弧を描いて遠くへ落ちる。
振り向いて龍を見て『有難う。ごめんね』急いでお礼を言い、龍に鼻先で押されて、水色の背中に乗せられた。
「乗せてくれるの?有難う。私が頼りないから。ごめん」
フォラヴの龍は、ミレイオにも優しい(※博愛)。サブパメントゥを乗り手にする龍など、かつて存在したかどうか。でも自分の乗り手・フォラヴを助けようとするミレイオは、乗せてあげようと思った。
情けなさそうに微笑むミレイオに、水色の龍は、うん、と頷く。そのすぐ後、飛んできた魔物の攻撃をさっと避け、顔を真下に向けた。ミレイオも龍の背中で下を覗き込み『動き出した』と呟く。
見れば、花びらと思しき形のものが、ぐっと開いて、中のフォラヴを囲むように黒い奇妙な粒がある。フォラヴは何かの膜にでも包まれているのか、薄茶色の透けた色の下にいる。黒粒は幾つかが動き、動いた直後に発射される。
龍はそれを見てひょいひょい避け、ミレイオを時々振り返る。ミレイオは金色の瞳を見て、理解するが困ったまま。
「今、魔物が動いているから。何か私も行動しろ、って言っているのね。そうよね、どうしよう」
『どうする』
ミレイオの頭の中に、低い太い声が答えた。
ハッとするミレイオ。さっと目だけ動かして周囲を見る。何もない。龍は飛んでくる粒を避けているが、ミレイオの頭の中の声に気がついている様子。
『どうする。助けてほしいか』
再び聞こえた声に、ミレイオは心臓がどくんと大きく揺れた。耳に付けた小さな欠けた指輪が、金属を叩く音を聞かせる。
『助けてほしいなら、そう言え』
『誰よ。あんた』
来たか、と感じるが、頼む気になれない。太い声が唸り声のような音を出した。
『助けたら、お前も俺を助けろ』
『誰なんだって訊いてるのよ』
『急がなくて良いのか。お前の仲間だぞ』
その仲間、フォラヴのことか。それとも―― 『俺のことだ』
ミレイオは、一度だけぎゅっと目を瞑る。やっぱ、こいつが仲間だったのか。名前が違うのにと、首を振る。何か、どうにか、何かの誤解でありますように!と思っていたことが、本当だった。
そんなミレイオの思考。遮断する思考を読まれないはずなのに、相手はあっさり読んで返す。
『名前。幾つもあるもんだぞ。ミレイオ。お前は一つで通しているが』
『くっ、くそっ。ヨーマイテス』
『どこで知ったのやら。だが助けてやろう。俺の名を呼んだ』
うわ~・・・ミレイオは自分の無力を呪った。まさか、親父に頼むなんて思いもしなかった。
ミレイオの歯を食いしばる呻き声に、水色の龍は振り返り、同情したような顔を見せてから、すぐに下を見る。
龍の首の動きにつられたミレイオも、花の中のフォラヴに顔を向ける。見た瞬間、負けた悔しさが襲った。
地中にあった花の本体が、見る見るうちに色を変えて黒く変わり、フォラヴの体を包んでいた薄い茶色の膜が剥がれ落ち、花の呪縛を逃れた意識のないフォラヴが浮かび上がる。
正確には浮かび上がったのではなく、フォラヴの下に大きな獅子がいた。フォラヴを持ち上げる獅子は、大きな頭の上に乗せた妖精の騎士を地上に出すと、思いっきり首を振って彼を放り出した。
驚いたミレイオが命じるより早く、龍は加速し、地面からすぐ上に滑り込んでフォラヴを受け止め、また舞い上がった。
「何て扱いすんのよ!」
「触れないだろう。お前じゃないんだ」
獅子は鬣を揺さぶって、汚れでも振り落とすような動きをした。ミレイオは浮上した龍の背で、フォラヴを抱きかかえて、何度か瞬きする。そうか、サブパメントゥって。直に妖精じゃなくてもフォラヴには触れないんだ・・・・・
自分が触れているもんだから、つい、サブパメントゥらしさを忘れるが、親もまた、龍の側にいるだけでもキツイのかと思う。コルステインよりは耐えられそうだが、それでもミレイオのようには触れ合えない。
獅子は龍の背に乗るミレイオを見上げ、フンと馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
「ミレイオ。その目の色。龍の皮の服。跨る龍。お前はサブパメントゥのくせに、とうとうそんな姿に変わったか」
「どうでも良いでしょ。あんたがそうしたくて作ったんじゃないの。フォラヴ、ありがと。お疲れさん」
とっとと離れたくて、龍に『行きましょ』と言った途端、頭の中に甲高い金属音が鳴り、ミレイオはビックリして目を閉じた。
「いい加減だぞ、ミレイオ。お前は俺の力を借りた。俺が助けなかったら、その男は魔物の餌だった。俺がお前に手伝いを求める時、言うこと聞けよ」
逃がすわけもなく、獅子はミレイオを引き止める。ミレイオは話したくもない。苦い表情で頭を振った。
「イーアンが仲介でしょ。聞いたわよ、あの子を攫って。何てことすんのよ。
自分から『約束しろ』って持ちかけたんだから、イーアンに言ってからにして!」
「女龍は約束していない。あいつは言いたいことだけ告げて、俺を置いて戻ったんだ。だから俺は・・・已むを得んが、お前と直に交わす。
俺は仲間を助けた。それは事実だぞ。ミレイオ、お前が俺の名前を呼んだんだ。お前もそのくらいは守れ」
ミレイオは答えに詰まる。うん、とは言いたくない。
だが、サブパメントゥに借りを作れば、確実に返さないとならない。それは逃げても隠れても、確実なのだ。まして、自分よりも力の強い相手となれば、嫌でも返さざるを得なくなる。
自分がその掟事にはまるとは。サブパメントゥの自分が、サブパメントゥ相手に・・・しかも、親・・・って。
唸るミレイオ。負けを認めて悔しがっていると、それが分かるヨーマイテスは意地悪く笑った。
「お前は負けを認めたがらないが、その態度が負けていると。何度言っても分かってないな」
「うるさいっ!子供の時の話なんかするな!」
「すぐ怒鳴る。ぎゃあぎゃあ、女みたいに怒鳴るのも変わってない。成長してない」
「うるさいって言ってんでしょ!帰れっ」
キレるミレイオは、フォラヴの体をぎゅうっと抱き締めて、下にいる獅子を睨み付ける。獅子は空を仰ぎ見て、フンと鼻を鳴らした。
「帰ってやろう。約束は果たせよ。
あの、デカイの。そう簡単に倒せんぞ。近づくなら、その男を置いていくんだな。側で息をしたら、大体の人間が死ぬ」
何?ミレイオが村の空を振り向き、恐ろしい大きさの虫に目を丸くする。さっき見たのより、桁違いに大きい。
背中にしていた村の光景なんて、この緊急事態に気が付かなかった。村の上を覆い尽くす羽がとんでもない広さ。
でも。『何で?あれ、何』その虫は、楕円の金色の袋に、包まれているように見える。獅子も空を見たまま呟いた。
「仲間の一人だろう。結界だ」
結界といえば、シャンガマック。ミレイオがヨーマイテスに聞こうとした時、獅子は碧色の目を向けて『次に会う時まで、ちゃんと生きてろよ』と言い、あっという間に地中へ消えた。
ミレイオは金色の袋を、もう一度見つめる。8枚もある大きな羽の蛾のような虫が、繭に閉じ込められたような風景。そしてその繭に、小さな動くものを見つける。
「白い光。龍」
イーアンたちが、魔物と同じ結界の中にいると知った。
お読み頂き有難うございます。
急な都合により、本日夕方の投稿がありません。どうぞ宜しくお願い致します。
いつもお立ち寄り頂く皆様に心より感謝します。本当に有難うございます。




