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魔物資源活用機構  作者: Ichen
見つめ直す存在
870/2954

870. 魔物羽化

 

「ドルドレン。お前、サナギを見たら、次は何があると思う」


 親方は最後の一口を匙で口に押し込んで、ゆっくりと彼に訊いた。黒髪の騎士は状況を知らないのもあり、ちょっと首を横に振って『それは。虫になるだろう。その、大人の』思うことを答える。



「そうだ・・・サナギは、成長する。次の姿に」


 ドルドレンは、タンクラッドの言いたいことが分かった。それはザッカリアも同じで。

 今この時、成長過程の魔物の虫が、村のどこかにいる可能性。それを感じる。親方も、彼らの視線を受け、困ったように溜め息をつく褐色の騎士と、目を合わせて頷いた。


「今日、肉体労働かも知れん」


「タンクラッド。お前が見たサナギはどうだった」


「俺が見たサナギか。コルステインにやられて、黒くなった姿が一回。次は再び雷で、跡形もなくなった姿。この二回だ。

 しかしな。テルムゾの村でも最初に聞いたんだ。このティティダックとテルムゾは、ほぼ同時に被害が始まっていると。

 俺の言っている意味が分かるか?あっちでサナギだったってことは、こっちでもサナギが同時期にいたとして」


 ハッとするドルドレン。その顔を見て、シャンガマックが続ける。


「テルムゾは倒しましたが、ティティダックはそのまま日にちが経って。今日、羽化の間近だとしたら」


「それが・・・魔物の被害の一番」


 部下の言葉に唾を飲み込むドルドレンは、成虫になった時の被害を想像する。


「大詰めだ。恐らくな。テルムゾは間に合ったんだ。サナギのうちに倒したから。

 しかしもし、ティティダックのサナギが、ザッカリアの言う『暗い』場所の危機を示し、さっきの地震が『羽化間近』を示すとすれば」


 親方がそこまで言うと、ドルドレンは立ち上がる。『遅い。もう。地震は』緊迫した言葉を口にした瞬間、人々の悲鳴が遮る。


 ドルドレンたちの足元も揺れ、机の皿は揺さぶられて床に落ち、店の窓は軋み、椅子は床を滑って壁にぶつかって倒れる。


 親方は急いで机を飛び越えて、窓際のザッカリアを腕に抱えて窓から離れた。ガラスが割れ、間一髪でザッカリアは助かる。シャンガマックは他の客を助けに行き、窓際の客を引っ掴んでガラスから離した。


 ドルドレンも、店の人の声で厨房へ駆け、カウンターを飛び越え、調理の火が燃え移った主人を引っ張り出すと、彼の火の付いた前掛けを引きちぎって放る。火が落ちた厨房の床に、棚にあった木製の盆を何枚も引きずり落として、火に蓋をして足で踏みつけ、引火した油の温度を下げ、立ち上がった火を消した。



 揺れはまだ続いていて、ドルドレンは急いで、仲間の元へ戻る。『出るぞ』の言葉と共に、主人に『後で金を払う』と続けて叫ぶと、4人は店の外へ走り出た。


「龍を呼べ。上から探すんだ」


 タンクラッドがすぐに笛を吹く。騎士たちも笛を吹き、ドルドレンは、もしもの時のために、ベルトに挟んでいた冠を被った。


 笛を吹いたすぐ、真っ白な光が空に輝き、それが自分たちの龍ではないと気がついた4人。柔らかい光なのに光の範囲が広い。


 白い光の塊がぐんぐん近づいてきて、村人が驚いて逃げる中、ドルドレンは光に目を見開いて、大声で名前を呼ぶ。


「イーアン!!」


「ドルドレン」


 光の塊は名を呼び返し、あっという間に6翼を広げたイーアンが舞い降りた。後ろに青い龍が控えていて、その後ろから、ドルドレンたちの呼んだ龍が次々にやって来る。


 側で見ている村の人は『龍』の言葉を口にして、呼んだ彼らと、下りてきた翼のある女、5頭の龍を、信じられないと口々に言いながら見守る。


「イーアン、お帰り!」


「ただいま戻りました。抱きつきたいところですが、後にします」


 喜ぶドルドレンに、イーアンもニコッと笑ってすぐ真顔になり、皆に龍に乗るように指示する。『ここにもサナギがいるかもと思ったら、羽化が心配で』イーアンが浮かびながらそれを言うと、親方はすぐに『お前は何でも見通す』と苦笑いした。


「たった今。地震が起きた。どこか、この村の中でそれが起こる前触れのような」


 親方の言葉に、イーアンはぎょっとした顔を向けた。ドルドレンを見ると、彼も不安そうに頷く。


「どこにいるのか、までは。村に着いたばかりで、これから調査だった」


「大丈夫ですよ。向こうから出てきます。でもね、そんなに悠長に出させやしませんよ。殺してやる」


 イーアンの目つきが変わり、殺す宣言に、男たちは『うおっ』と小さく怯えを漏らす。


 イーアンはミンティンに『探して下さい』の指示を出し、ドルドレンたちの乗る龍に『龍気を上げて下さい』と自分を支えるように頼んだ。


 青い龍はぐっと浮上して、村の一方に首を向けると、すぐにそこへ向かって飛んだ。続いてイーアンたちも飛び、龍たちが白い光を放ち始める。


 丘を包むようにして村が広がる一角。丘陵のなだらかな斜面に、広く開いた場所があり『たい肥場ですよ』イーアンはそこを見て頷いた。


「同じだ。あの下に」


 親方が言いかけた時、たい肥場が爆発したように吹き飛ぶ。


 驚いた皆は、龍が高く上がってくれたため、たい肥が掛かることはなかったが、この爆発が何を意味するか同時に理解して『遅かった』ことを悔やむ。


 たい肥場の土の下から、大きな羽を広げる巨大な虫が動き、それはイーアンが向かうよりも早く飛び上がった。


 急いで滑空するイーアンに、ぶつかりそうな勢いで巨大な甲虫が上昇し、イーアンはさっと避けて爪を出したが。


「うっ。マズイ」


 爪を振り上げようとしたイーアンの顔に、ぐわっと焦りが浮かぶ。上で見ているドルドレンと親方は、彼女の動きが変わったので、何が起こったかと慌てた。シャンガマックは、ザッカリアを守るために少し後ろに動いた。


「イーアン、何だ?」


「タンクラッド、場所を変えます。ドルドレン、これを引き付け」


 気がついたことを言う前に、甲虫が広げたままの硬い羽ではなく、内側の薄い羽を振るわせたのを見て、イーアンは大急ぎで両腕の爪を回し、大風を起こした。


「どうした!」


「金属粉です!こいつが羽ばたくと金属粉が落ちるっ」


 叫ぶイーアンの声が突風の轟音に掠れながら、耳に届いたタンクラッドも『マズイぞ』とドルドレンを振り返る。慌てた顔の親方に、ドルドレンは『斬る』の一言と共に、ショレイヤを向けようとしたが、親方はすぐに止める。


「どうして」


「あれを斬ったら、村が金属粉を浴びる。イーアンは突風で、あいつの粉を落とさないようにしている」


「何?何だと?どうするんだ、あのまま」


「イーアンが言いかけた、場所を変えるんだ。村の上を通らずに済むように」


 どうやって、とドルドレンがもう一度、イーアンと魔物を見る。

 イーアンの突風は、不思議な雲の渦を筒型に作り出し、村の外へ伸びる。魔物から落ちる、きらきらと見える何かが吸い込まれて、中で火花が散っている。


「ミンティン!」


 イーアンが振り向いて青い龍を呼ぶ。龍はすぐにイーアンの側へ飛び、何かを頼まれたと思うや否や、青い龍は勢いを付けて魔物に突っ込み、頭から伸びる角を(くわ)えると、一気に村の外へ飛んだ。


 龍が魔物を引っ張り出したすぐ下に、イーアンは方向を変えて雲の筒を渡す。それからドルドレンたちを見上げて『村の外で』と頼んだ。


「行くぞ。ミンティンが出してくれる」


 タンクラッドはすぐに青い龍を追いかけ、丘の向こうへ飛ぶ。ドルドレンとザッカリアも続き、イーアンも雲の渦を操りながら、彼らの後を追った。


 実のところ。イーアンは、雲の渦を作れるなんて思っていなかった。


 魔物の羽が開いた時に、何かきらきらしていると気づいた瞬間『この魔物が金属と関わっていたら』の可能性が過ぎった。有り得ないことじゃないと、勘を信じ、最悪=金属粉と即決(※仮説すっ飛ばし)。


 大風で、金属粉を下に落とさないようにしようと、ぐるぐる腕を回したら、龍気と爪の勢いが重なって、突風と気温の低下が起こり、湿度の高い曇りの日だったこともあって、筒状の雲の壁が集まった。偶然の産物に助けられた結果。


 筒の中に粉が吸い込まれ、雲の水分と電気か何かで、火花が散る様子、これは金属粉だと確信した。どれだけ集まっているのか分からないため、急に止めては危険と判断して、ちょっとずつ移動。


 雲は出来るわ、風は吹くわ。こんなことも出来るようになりましたかと、眉を寄せて自分に驚くイーアン。まだまだ未熟な女龍だけど、頑張れば技も増えると希望を持つ。風を絶やさないまま、雲ごと移動して村の外へ出た。



 青い龍は、口に銜えた魔物をぶん投げて放り出す。下は、もう枯れてしまった大地。ミンティンの口が開き、真っ白い炎が吐き出されるが、魔物の虫は足を凍らせたものの、素早く交わして逃げる。


 後ろからイーアンの突風が吹いているので金属粉は浴びないが、魔物の羽から何かがキラキラと落ちているのが見える。


「吸い込んだら死ぬ」


 親方はドルドレンたちに注意し、自分が引き受けた。ミンティンの白い炎を交わしながら、向かってくる魔物に剣を勢い良く振る。


 タンクラッドの剣から金色の光が飛び、魔物の足と羽の端を斬った。甲高い金属音が響き、足と羽先が下に落ちる。


「ミンティン。続けてくれ、俺が魔物を斬り続ける」


 ミンティンが炎を掛け、タンクラッドが動く魔物に狙いを定めて、少しずつ斬り落とす。


 追い風の中を飛ぶバーハラーは、ミンティンに比べると小柄で、翼もある分、集中的な強風に動きにくい。だが、背中の乗り手を落とさないように機敏に動いて、時の剣の攻撃範囲を飛ぶ。これを繰り返しながら、遠くへ逃げようとする魔物を囲い込みつつ、青い龍とタンクラッドは攻撃を続けた。



 ドルドレンとシャンガマック、ザッカリアは下手に手が出せず、後ろで見ていたが、イーアンが近くに来て『ドルドレン。あれだけで済む気がしません』と叫んだ。


 ショレイヤを近くに寄せ、風を起こし続けるイーアンの後ろに付いて理由を訊ねると、彼女は『空気の振動から、地震がまた起きているような』不安そうに答える。


「今し方の、地震だと思います。私の腕に伝わりました。まだいるのです、きっと」


「どこ?あんなのが、もう一頭?金属粉なんか落とされたら、村人も植物も死んでしまう」


 ドルドレンも悩む。目の前で、ミンティンとタンクラッドが組んで、大きな虫の魔物に応戦してくれているが、そこにはイーアンの風もある。後方に飛ばし続けていることで動き回れるとしたら、同じ状況ではない場合、どう戦うべきなのか。それに、あの金属粉は。


「飛ばされている金属粉は、被害が」


「雲の中で火花が散っているのは、きっと炭化していると思うのです。でも、飛んで行ってしまっているものも、あるかも。とにかく今、見える地平線までに民家がありません。後で、私と龍でどうにかします」


 どうして良いか分からないが、多分、何かは出来る!とイーアンは言う(※もしくは『お願いコルステイン』)。『今は。ドルドレン、もう一頭の魔物を』イーアンが言い終える前に、下方の村で人の叫び声が響いた。


 急いで声の方に振り向くと、たい肥場の裏手にある林を挟んだ向こう側、焼却場とその敷地が壊れ、そこの上にゆっくりと、丸めた大きな体を伸ばしながら、浮かび上がる魔物の姿が見えた。



「総長。あれはヤバイ」


 褐色の騎士が、その大きさに呟く。ザッカリアは大きな目を、落ちそうなくらいに見開いて『あんなのどうやって倒すの』震える声で隣のシャンガマックに訴えた。


 イーアンも睨み付ける。『ちきしょう』喉から漏れた低い声が、隣にいるドルドレンに重く圧し掛かった。イーアンさえ、ヤバイと思うのかと。


 巨大どころか。羽を広げた虫型の魔物は、村を影で覆えるほどの広さの羽を8枚少しずつ広げ、浮かぶ龍たちを見ていた。

お読み頂き有難うございます。

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